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28.本当の姿とは

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 本当は何度も「マリーと友人なの」と言おうと思った。

 でもアスターがそれを聞いたらどう思うだろう?
 裏切られたと激高しないだろうか?
 それに嘘つきと罵られるかもしれない。
 
 それを考える度に、今まで占ってきた人達の顔が思い浮かぶ。
 実際に状況をある程度知っていて相談を受けたのはアスターだけだった。
 他の人達は、エヴァがカードを読んで、心を砕いて一生懸命相談に乗って来た。

 でもアスターにとってはエヴァは最初から答えを知っていたようなものだ。
 インチキと罵られてもしょうがないのかもしれない。
 
 エヴァは重い口をゆっくりと開いた。

「アスター、今まで黙っていたけどね、私マリーと友人なのよ」
「妹から聞いてるよ」
「え?」

 柔らかく微笑んでいるアスター。
 エヴァは塔の上から飛び降りるような気持でした告白をさらりと流されて、思わずアスターの顔をまじまじと見てしまった。

「マリーと仲良くしてくれてありがとう」
「ええ。……そうじゃなくて、私の占いはカードを読んだだけじゃなくて、マリーから聞いていたあなたの話も参考にこたえてたのよ」
「そうなんだ?」

 あっけらかんと言われて、エヴァが困惑する。
 もっと、愕然とした顔をされると思ったのだ。
 罵られることも覚悟していた。
 
「なんとなく、君の言いたいことはわかったよ。でも僕の相談に乗ってくれていたのはエヴァだよ。カードを見ながら一生懸命僕の事を考えてこたえてくれてたよね」
「ええ……」
「その言葉に僕がどれだけ励まされてきたか」

 影のない笑顔でそう言われて、エヴァはなんだか自分がとても恥ずかしい気持ちになった。
 
 アスターはエヴァの占いの能力から、何か勘違いをしてエヴァに執着しているのだと思っていた。
 そんなことはない。
 ちゃんとアスターはエヴァのことを見ていてくれた。
 そのうえで愛を伝えてくれていたのだ。

 それなのにエヴァは、アスターが真実を知ったら怒るのではないかと思っていた。
 アスターをちゃんと見ていなかったのは自分の方だ。
 姉のエミリーに言われた「ちゃんと相手を見てあげて」という言葉が今さらながらに蘇る。

 ――私アスターにずっとひどい事していたのね……。

 勝手な思い込みでずっとアスターを見ていた。
 知った気持ちになっていた。
 会話が微妙に嚙み合わないのも、どうにかできたかもしれないのに逃げていた。
 
 エヴァは地面に視線を落として黙り込んだ。
 先ほどまでと違うエヴァの雰囲気にアスターが心配そうに声をかける。

「エヴァ?」
「……ごめんなさい」
「何がだい?」

 ぽつりとこぼした言葉にアスターが戸惑いながらこたえる。

「私、あなたのことをちゃんと見てなかった」
 
 ふたりの間を通り抜ける風が少し冷たくて、エヴァは身を震わせた。
 ちゃんと誠実に対応しなきゃいけない。
 逃げているのはアスターに不誠実だわ。
 エヴァは自分が婚約したことを言おうと思った。それが一番必要だと思ったからだ。その上で自分の気持ちを伝えるのだ。

「あのね、私……」

 そう言った時、聞きなれた声が割り込んできた。
 
「エヴァ!」

 アルバートが息を切らせて走りながら近づいてくる。
 その手には何か紙で包まれた大きなものが握られている。

「アルバート!」

 エヴァは落ち込んだ気持ちが浮き上がるのを感じた。
 ほっとして笑顔を見せる。
 アルバートの額にはうっすらと汗が滲み、黒髪がはりついている。
 エヴァの隣で息を整えると、ぐいっとエヴァの肩を自身に引き寄せた。

「僕の婚約者に何か御用ですか?」
「婚約、者?」

 アスターがぽかんと呟いた。
 信じられないといった様子だ。
 エヴァは、ひとつ息を飲むと覚悟を決めて口をひらいた。

「アスター、言い忘れていてごめんなさい。実は私、婚約したの」

 アルバートが頷くような挨拶をする。
 エヴァは弱気になりそうな心を励ますように、胸の前できゅっとこぶしを握った。

「だからね、あなたの気持ちは……」

 するとどうだろう、呆然としていたアスターの青い瞳からぽろりと涙が一粒零れ落ちたのだった。

「え?」

 エヴァが驚く。
 アスターは素早く顔をそむけた。
 ふたたび顔を向けたときには瞳に浮かぶ涙も消えていた。まるで一瞬の幻を見たようだった。

「そうか……、うん。エヴァの運命は僕じゃなかったんだね……」
「アスター……」
「いや、いいんだ。何も言わないでくれ」

 アスターはフッと寂しげに笑うと言った。

「エヴァ、おめでとう。それじゃあ」

 そう言って背を向けてアスターは公園の奥へ歩いて行ったのだった。

 あまりにもあっさりと去っていったアスターに、エヴァは目をぱちぱちと瞬かせた。
 もっと違う反応を予想していたから、その姿に戸惑ってしまった。
 
 瞳を揺らして立ち尽くすエヴァだったが、アルバートは何か神妙な顔で何度か頷くとエヴァに話しかけた。

「エヴァ、遅くなってごめんね」
「いえ、大丈夫よ」
「少し歩こうか」
「ええ……」

 促され歩きだす。
 彼を傷つけた心苦しさや涙を見た動揺。もっと自分がちゃんとしていたらという少しの後悔。
 いろいろな気持ちが渦巻く。

 ふたりは自然が感じられる川の流れる公園のエリアから、優美なアーチがかかっている薔薇の花のエリアに移動した。
 薔薇の優雅で気品のある香りが漂い、エヴァはこわばっていた頬をほころばせた。
 
 ざりざりと土を踏む音が響き、公園を歩く人達がちらりとエヴァたちを振り返っていく。
 一歩一歩進むごとに、頭の中や心が整理させていく。
 アルバートにほんの少しだけ身体を近づける。
 会話もせずに並んで歩いているだけだったが、大切な人から感じる体温の暖かさに段々と大波のように荒れていた心が緩やかになっていく。
 
 すると気になるのは人の視線だ。
 
 何故見られているの?

「ねぇ、アルバート。なんだか見られてる気がするのよ」
「それはこれかな」

 そう言うと、アルバートは右手に持っていた紙に包まれた花束をエヴァに渡した。

「きゃっ!」

 両手で抱き留めると、甘い薔薇の香りが鼻をくすぐる。

「すごくたくさん! 100本? もっと? 何本あるの?」
「わからない。お店にある赤い薔薇を全部くださいって言ったから」

 アルバートが頬を染めて照れながら微笑んだ。

「今日君に花を持っていくのを忘れてたから。花屋が近くにあるのを思い出して急いで行ってきたんだ。そのせいでひとりにしてしまってすまなかったよ」
「大丈夫よ、気にしないで。それよりも花束ってとっても重いのね! 私こんなにたくさんの薔薇の花束は初めて……」

 花束に顔を埋めてかぐわしい香りを胸いっぱいに吸い込む。
 エヴァの瞳が潤む。

「嬉しい」

 エヴァは顔を赤く染めてアルバートを見つめた。
 アルバートの緑がかったヘーゼル色の美しい瞳がうっとりと細められる。
 
 アルバートがエヴァの右手を持ち上げると唇を近づけた。
 ちゅっ、と音を立てて手の甲に口づけられる。
 
 エヴァの胸の中が何か暖かいものでいっぱいになる。

「エヴァ……」
「なぁに?」

 エヴァは瞳を潤ませ微笑んだ。

「君を愛してるんだ」
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