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24.むしょうに
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「それならいいのよ」
ウォートレット夫人は瞳を潤ませて言った。
「おめでとう、ふたりとも。それから、エヴァありがとう。あなたのおかげで私たちは大切なものを失わずに済むわ」
エヴァは瞳を伏せて「とんでもないことです」と言った。
「母上、ありがとうございます」
「あなたはこれだからもう……」
ほのぼのとお礼を言った息子に奥様は少し顔を顰める。
「なんですか?」
「エヴァはしっかり者だから安心ね。これからはあなただけではなく、エヴァにも相談して判断するんですよ」
「今回の契約のことをおっしゃってますか? あれはお爺様ですが……」
「聞いてます。あれはお義父様が娘可愛さに、お調子者のあの婿の言いなりになってしまったから」
奥様が綺麗な顔をさらに歪めて嫌そうな表情を作る。
「お調子者ですか」
「悪人ではないわよ。ただ、私とも旦那様とも考えが合わなかっただけ。そういうことは普通にあることでしょ? ところで、今回の件が清算されたらもうあの一家とはなるべく近づかないようにしなさい」
「はぁ、近づくも何も、僕もほとんど会ったことはありません」
「せっかくだから縁を切りなさい」
「そう言われましても……」
困り顔のアルバート。
ほとんど会ったこともないのに縁を切るだなんて、そこまでする必要があるのかと思っているのかもしれない。
もしくは、既に縁も切れているようなものでは? と思っているのかもしれなかった。
エヴァは控えめに口を開いた。
「旦那様、私も奥様と同じ意見です。少なくとも、距離は取るべきかと。ウォートレット伯爵家に負債を押し付けて一度も説明どころか謝罪にも来ないような方々です。付き合うべき方々とは思えません。もちろん、何か理由があるなら別ですが」
アルバートは目をぱちりと見開いた。
「そっか、君が言うならそうなのかもね。今他に昔の契約書がないか調べてるんだ。全部終わったら対応を考えよう」
夫人は愉快そうな表情を見せている。
エヴァは小さく頷いた。
「それじゃあエヴァ、悪いけれど私とアルバートは話すことがあるから席を外してもらえるかしら?」
「かしこまりました」
エヴァはそう言うと、頭を下げて部屋から出て行った。
◇ ◇ ◇
ウォートレット夫人はドアが閉まって足音が遠ざかったのを確認すると、息子を見つめた。
その視線にアルバートは落ち着かなさげに身じろぐ。
「母上は僕に聞きませんでしたね」
「何をかしら?」
「エヴァを愛しているかどうかです」
すると、夫人はとってもおかしそうに笑ったのだった。
「あなたの気持ちは聞かなくてもわかるわ」
◇ ◇ ◇
ウォートレット夫人の部屋を出たエヴァは急いで自室に戻った。
書きかけの手紙を開き内容を確認すると、書き直しのために筆をとる。
姉のエミリーと両親への手紙をしたためているのだ。
エミリーへは詳しい内容を。
両親へは結婚することになったという報告と、伯爵の人柄等を添えて。
書きながらエヴァは自分の個人資産についても考えていた。
アルバートにも言っていないけれど、エヴァも個人資産を両親から分けてもらっている。
契約の内容によっては、持参金を待つより先にエヴァの資産である程度の元本を返してしまえたらと考えていた。奥様の資産と合わせたら、そこそこ返せるのではないだろうか?
向こうが負債の返済を望んでいるなら、ちゃんとした返済計画表もあるはずだ。
なるべく多く元本を返してしまったほうが利子も少なくて済むし、こういうのは雪だるま式に負債が増えていく場合もある。
まっとうじゃない業者の可能性もある。きちんと確認をしたかった。
手紙に封をして外套を羽織る。
今日は日曜日だけれど投函くらいはできる。その帰りにエミリーへ電話も入れておくかと考える。
歩きながらエヴァは先ほどのウォートレット夫人の部屋でのことを考えていた。
――アルバート驚いていたわ。
夫人にアルバートへの気持ちを伝えた時、後ろで息を飲む音が聞こえた。
きっとアルバートにとって衝撃的なことだったのだろう。
「アルバートは、私の事どう思ってるのかしら……」
プロポーズした時は、結婚してから愛を育てたらいいなんて思っていた。
でも今は、むしょうにアルバートの気持ちが知りたかった。
ウォートレット夫人は瞳を潤ませて言った。
「おめでとう、ふたりとも。それから、エヴァありがとう。あなたのおかげで私たちは大切なものを失わずに済むわ」
エヴァは瞳を伏せて「とんでもないことです」と言った。
「母上、ありがとうございます」
「あなたはこれだからもう……」
ほのぼのとお礼を言った息子に奥様は少し顔を顰める。
「なんですか?」
「エヴァはしっかり者だから安心ね。これからはあなただけではなく、エヴァにも相談して判断するんですよ」
「今回の契約のことをおっしゃってますか? あれはお爺様ですが……」
「聞いてます。あれはお義父様が娘可愛さに、お調子者のあの婿の言いなりになってしまったから」
奥様が綺麗な顔をさらに歪めて嫌そうな表情を作る。
「お調子者ですか」
「悪人ではないわよ。ただ、私とも旦那様とも考えが合わなかっただけ。そういうことは普通にあることでしょ? ところで、今回の件が清算されたらもうあの一家とはなるべく近づかないようにしなさい」
「はぁ、近づくも何も、僕もほとんど会ったことはありません」
「せっかくだから縁を切りなさい」
「そう言われましても……」
困り顔のアルバート。
ほとんど会ったこともないのに縁を切るだなんて、そこまでする必要があるのかと思っているのかもしれない。
もしくは、既に縁も切れているようなものでは? と思っているのかもしれなかった。
エヴァは控えめに口を開いた。
「旦那様、私も奥様と同じ意見です。少なくとも、距離は取るべきかと。ウォートレット伯爵家に負債を押し付けて一度も説明どころか謝罪にも来ないような方々です。付き合うべき方々とは思えません。もちろん、何か理由があるなら別ですが」
アルバートは目をぱちりと見開いた。
「そっか、君が言うならそうなのかもね。今他に昔の契約書がないか調べてるんだ。全部終わったら対応を考えよう」
夫人は愉快そうな表情を見せている。
エヴァは小さく頷いた。
「それじゃあエヴァ、悪いけれど私とアルバートは話すことがあるから席を外してもらえるかしら?」
「かしこまりました」
エヴァはそう言うと、頭を下げて部屋から出て行った。
◇ ◇ ◇
ウォートレット夫人はドアが閉まって足音が遠ざかったのを確認すると、息子を見つめた。
その視線にアルバートは落ち着かなさげに身じろぐ。
「母上は僕に聞きませんでしたね」
「何をかしら?」
「エヴァを愛しているかどうかです」
すると、夫人はとってもおかしそうに笑ったのだった。
「あなたの気持ちは聞かなくてもわかるわ」
◇ ◇ ◇
ウォートレット夫人の部屋を出たエヴァは急いで自室に戻った。
書きかけの手紙を開き内容を確認すると、書き直しのために筆をとる。
姉のエミリーと両親への手紙をしたためているのだ。
エミリーへは詳しい内容を。
両親へは結婚することになったという報告と、伯爵の人柄等を添えて。
書きながらエヴァは自分の個人資産についても考えていた。
アルバートにも言っていないけれど、エヴァも個人資産を両親から分けてもらっている。
契約の内容によっては、持参金を待つより先にエヴァの資産である程度の元本を返してしまえたらと考えていた。奥様の資産と合わせたら、そこそこ返せるのではないだろうか?
向こうが負債の返済を望んでいるなら、ちゃんとした返済計画表もあるはずだ。
なるべく多く元本を返してしまったほうが利子も少なくて済むし、こういうのは雪だるま式に負債が増えていく場合もある。
まっとうじゃない業者の可能性もある。きちんと確認をしたかった。
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歩きながらエヴァは先ほどのウォートレット夫人の部屋でのことを考えていた。
――アルバート驚いていたわ。
夫人にアルバートへの気持ちを伝えた時、後ろで息を飲む音が聞こえた。
きっとアルバートにとって衝撃的なことだったのだろう。
「アルバートは、私の事どう思ってるのかしら……」
プロポーズした時は、結婚してから愛を育てたらいいなんて思っていた。
でも今は、むしょうにアルバートの気持ちが知りたかった。
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