上 下
24 / 29

24.むしょうに

しおりを挟む
「それならいいのよ」

 ウォートレット夫人は瞳を潤ませて言った。

「おめでとう、ふたりとも。それから、エヴァありがとう。あなたのおかげで私たちは大切なものを失わずに済むわ」

 エヴァは瞳を伏せて「とんでもないことです」と言った。

「母上、ありがとうございます」
「あなたはこれだからもう……」
 
 ほのぼのとお礼を言った息子に奥様は少し顔を顰める。

「なんですか?」
「エヴァはしっかり者だから安心ね。これからはあなただけではなく、エヴァにも相談して判断するんですよ」
「今回の契約のことをおっしゃってますか? あれはお爺様ですが……」
「聞いてます。あれはお義父様が娘可愛さに、お調子者のあの婿の言いなりになってしまったから」

 奥様が綺麗な顔をさらに歪めて嫌そうな表情を作る。
 
「お調子者ですか」
「悪人ではないわよ。ただ、私とも旦那様とも考えが合わなかっただけ。そういうことは普通にあることでしょ? ところで、今回の件が清算されたらもうあの一家とはなるべく近づかないようにしなさい」
「はぁ、近づくも何も、僕もほとんど会ったことはありません」
「せっかくだから縁を切りなさい」
「そう言われましても……」

 困り顔のアルバート。
 ほとんど会ったこともないのに縁を切るだなんて、そこまでする必要があるのかと思っているのかもしれない。
 もしくは、既に縁も切れているようなものでは? と思っているのかもしれなかった。
 
 エヴァは控えめに口を開いた。

「旦那様、私も奥様と同じ意見です。少なくとも、距離は取るべきかと。ウォートレット伯爵家に負債を押し付けて一度も説明どころか謝罪にも来ないような方々です。付き合うべき方々とは思えません。もちろん、何か理由があるなら別ですが」

 アルバートは目をぱちりと見開いた。

「そっか、君が言うならそうなのかもね。今他に昔の契約書がないか調べてるんだ。全部終わったら対応を考えよう」
 
 夫人は愉快そうな表情を見せている。
 エヴァは小さく頷いた。

「それじゃあエヴァ、悪いけれど私とアルバートは話すことがあるから席を外してもらえるかしら?」
「かしこまりました」

 エヴァはそう言うと、頭を下げて部屋から出て行った。
 
 
 ◇ ◇ ◇

 
 ウォートレット夫人はドアが閉まって足音が遠ざかったのを確認すると、息子を見つめた。
 その視線にアルバートは落ち着かなさげに身じろぐ。

「母上は僕に聞きませんでしたね」
「何をかしら?」
「エヴァを愛しているかどうかです」

 すると、夫人はとってもおかしそうに笑ったのだった。
 
「あなたの気持ちは聞かなくてもわかるわ」


 ◇ ◇ ◇


 ウォートレット夫人の部屋を出たエヴァは急いで自室に戻った。
 書きかけの手紙を開き内容を確認すると、書き直しのために筆をとる。
 姉のエミリーと両親への手紙をしたためているのだ。

 エミリーへは詳しい内容を。
 両親へは結婚することになったという報告と、伯爵の人柄等を添えて。
 書きながらエヴァは自分の個人資産についても考えていた。

 アルバートにも言っていないけれど、エヴァも個人資産を両親から分けてもらっている。
 契約の内容によっては、持参金を待つより先にエヴァの資産である程度の元本を返してしまえたらと考えていた。奥様の資産と合わせたら、そこそこ返せるのではないだろうか?
 向こうが負債の返済を望んでいるなら、ちゃんとした返済計画表もあるはずだ。
 なるべく多く元本を返してしまったほうが利子も少なくて済むし、こういうのは雪だるま式に負債が増えていく場合もある。
 まっとうじゃない業者の可能性もある。きちんと確認をしたかった。
 
 手紙に封をして外套を羽織る。
 今日は日曜日だけれど投函くらいはできる。その帰りにエミリーへ電話も入れておくかと考える。
 歩きながらエヴァは先ほどのウォートレット夫人の部屋でのことを考えていた。

 ――アルバート驚いていたわ。

 夫人にアルバートへの気持ちを伝えた時、後ろで息を飲む音が聞こえた。
 きっとアルバートにとって衝撃的なことだったのだろう。

「アルバートは、私の事どう思ってるのかしら……」

 プロポーズした時は、結婚してから愛を育てたらいいなんて思っていた。
 
 でも今は、むしょうにアルバートの気持ちが知りたかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...