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僕の名前は………〖第14話〗

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 少年は答える代わりに、腕を背中に回し、深山の背中のガウンの布を握りしめた。

『もう一度、呼んでください。僕の、ふかやまさんがくれた、名前を』

「アレク」

『もう一度、呼んで下さい』

 少年は顔をあげ、涙の痕が残るアレキサンドライトの瞳で、深山を見つめる。

「アレク……そう言えば君に名前をつけたのは私なのに、君をそう呼んだのは初めてだったな。これからは何回でも呼ぶよ……君は私の大切な恋人だ。少し眠いな。アレク、一緒に寝室に来てくれないか?」

 深山の言葉に、少年は顔を真っ赤にして、俯いた。

 少年のその様子がいじらしく、とても可愛らしく深山の目に映った。深山は、苦笑する。

「今、君が想像しているようなことをするわけではないよ。ただ、眠るまで傍にいて欲しい。そしてまた、朝になったら私を起こして欲しい。いつものようにね。ただ、『マスター』ではなく『ふかやまさん』と呼んでくれ。私も君の名前を呼ぶから」

──────────

 モノクロームだった日々が、カラーに変わっていく。深山の目も、少しずつ改善し、今は遮光カーテンではなく、レースの薄いカーテンが部屋を覆い柔らかな光が空間を満たす。朝を迎えることは苦痛でしかなかったのに、朝は深山にとって、穏やかな幸せを感じられる時間になった。

『おはようございます。ふかやまさん。今日は目玉焼きがとても上手にできたんです。冷めないうちに召し上がって下さい。黄身がとろとろで、白身がふんわりで。だから起きて下さい。ふかやまさん、二度寝は駄目ですよ』

 少年は深山のブランケットからはみ出た肩に、トントンと気遣うように触れる。

「わかった、今起きるよ。おはよう、アレク。いつもすまないな。私は朝が弱いから起こすのも一苦労だろう。ありがとう」

 思ったこと、感じたことを、丁寧に伝える。深山はこれほど、誰かを大切にしたいと思ったことは初めてだった。守りたい。傷つかないように、傷つけないように。少年と居ると、深山の胸の奥は小さな灯火がついたように温かくなる。嫌いな鏡に映る表情が日に日に柔和になっていっていることが解る。

 かけがえのないアレクが居る。そして大切な、お喋りなコレクション。この家という空間が、深山にとって守るべき、大切な場所になった。

 ある日の夜、元気のない声で少年が夕食の後のミルクティーを出した。深山は眼鏡を外し、本から顔をあげた。深山は本を読むときと絵を描くときは眼鏡をかける。弱視だからだ。少年は見るからに落ち込んでいる様子で、深山は少年に出来るだけの優しい口調で訊いた。

「どうした?アレク」

『他の茶碗たちと、お喋りをしていたんです。その時、自分の名前の由来を訊かれて……僕は解らなかったんです。昔、ふかやまさんが「君の瞳の色に良く似合う」と仰っていたので、何か青いものだと言ったら、他の茶碗に笑われました。教えて下さい、ふかやまさん。僕の名前の由来は何ですか?』

 深山は、困ったように微笑み、言った。

「私が君とばかりいるからあの子たちも意地悪を言いたくなったのかもしれないな。悪気はないんだ。許してやってくれ。君はアレキサンドライトを知っているか?」

『いいえ……』

「碧い紅玉とよばれる非常に貴重な宝石だ。ついてきなさい」

 寝室の、いつものベッドサイドの棚。一番上の引き出しに、控えめな小さな淡い紫色の箱がある。木製のアンティークで、紫のビロードがあしらわれた見事な物だったが、軽く端に焦げたあとがあった。深山はそれを見て苦笑いし、箱を開けた。中には大きな碧い美しい石を中心にダイヤモンドをあしらった見事な指輪があった。

「この宝石はアレキサンドライトという。君にとても似合うだろう。どうか君に持っていて欲しい。君の名前の由来は、この宝石だよ、アレク。君の瞳と同じ色だろう?」

 そっと深山は少年の左手をとり、薬指にはめる。

「前にも言ったと思うが、私は君が好きだ。アレク。この先、何があっても、これを外さないで欲しい」

 少年は見る間に頬を染め、頷いた。

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