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〖第2話〗
しおりを挟むここは、少し湿度があって、薔薇の匂いが立ち込める、神秘的な、触れてはいけない、踏み込んではいけない禁足地のようでした。
『おかあさん、おとうさん、天国は良いところ?おばあちゃん、きっと天使様が胸の病気を治してくれるよ』
そんなことを願いながら、蒼い薔薇に触れます。願いは真実なのに、独りになったという現実は、私をひどく切なくさせるのです。
「みんなに会いたい……。おかあさん、おとうさん……おばあちゃん」
庭をつつむ甘い匂いが涙を誘います。私は人目も憚らず泣きました。今思えば戦火に全てを失い独りになって泣くのは初めてでした。一日を生きることに精一杯で、こんな風に泣くなんて出来なかった。
「……どうしてこんな所に子供がいる?」
厳しい声に泣き濡れた顔で振り向きました。見目麗しい、長い黒髪のオニキスのような瞳をした……『黒将軍』
蒼の国『聖女』エリアラ様の言わずと知れた忠臣、ジルベルト様。蒼薔薇の飾りをつけた黒毛の馬を引き、私を見据えています。
「どうして私の庭を勝手に歩いている。ここは私だけの庭だ」
「………も、申し訳ありません、ジルベルト様。わ、私は、イルと言います。屋敷で『まかない』を作らせてもらっています。ジルベルト様にお出ししているのは、甘いものだけですが……どうか、どうか、此処においてください。お願いします………」
「……アップルパイもお前が作っているのか?」
私は小さく頷きました。アップルパイは私の一番の得意のデザートです。俯いているとジルベルト様は、私の頭をそっと撫でて下さいました。磁器のような冷たく美しい手をしていました。
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