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【第49話】幸せへの諦め
しおりを挟む時は過ぎる。今のフィルには、レガートは何も感心を抱かない。
フィルは使用人扱いをされ、挙げ句レガートはフィルを嫌いして、フィルの話を聞こうともしない。何か言おうものなら、
『うるさい! 生意気をいうな!』
と頬を叩かれる。今レガートが熱をあげているのは、あの薄桃色の髪の初恋の人。そのひとの言いなりだ。
秘密裏に反魂で生き返えらせてもらったらしい。羽根と遺髪を家族が残してくれていたらしい。そう、その薄桃色の髪の妖精は嘲笑って言った。
『レガートに謝ったら許してくれたの。私とレガートのことは誰にも内緒ね』
「……え?」
『だってあなた、みっともないじゃなぁい?あれだけ熱烈にあなたを想っていたレガートが、私の姿を見ただけで、私を求めて離さない。あなたたちの何ヶ月かが一瞬で消えたの。みんなに笑われるわよ。その程度の想いで婚約なんかするつもりだったのかって』
と言って、うふふっとフィルを嘲笑うように笑っていた。フィルの喉には楔が打ち込まれるようだった。
フィルはここから離れられない。その妖精はレガートの心に取り憑くようにレガートを甘やかす。
そしてその妖精の言葉は今のレガートに絶対だ。フィルは、
『どう扱っても構わない使用人』
そう位置付けされた。 毎日、昼夜も問わず情事にふけるばかりで、親衛隊の仕事にも行かない。
誰にも言えなかった。ここからも足枷をつけられたように離れられない。
レガートと薄桃色の髪の妖精に毎日叩かれ、泣いて俯くと髪を掴まれ無理やり上を向かされ、頬を何回も鬱血するまで張られ、壁に叩きつけられた。鼻血を出し、謝る理由もないのに謝った。
毎日寝るとき部屋には入れて貰えず、廊下で寝させられた。
『寒い廊下じゃ可哀想よね』
と薄桃色の髪の美しい妖精に毛布代わりに貰ったのは、2人が情事で汚したシーツだった。
『雑用を言いやすくて。あなたにはレガートの部屋で寝るのは似つかわしくないし。
だって、王太弟であり親衛隊長の部屋なのよ? 解ってるわよね? ごめんねぇ』
クスクス笑いながら薄桃色の髪の妖精は優越感たっぷりに言った。
ふわふわだと思った床の赤い絨毯は寝ると固く寒く、身体の節々が痛くなった。
今までフィルが懸命に培ってきたものと、レガートの初恋の想いは、こんなに重さに違いがあったのかと思うと今までの出来事がすべて泡になって消えていく気がする。
あんなに悩み、苦しんで得た幸せは、瞬く間に消え去った。
誰にも言えなかった。楔を打たれたように、あの薄桃色の髪の妖精の言葉を思い出し、言葉が出なくなる。
まるで酸欠の金魚のように。
ここから逃げられなかった。足枷をはめられたように。
籠の中の鳥のように。
レガートを愛したことは後悔していない。過去のフィルにとって、レガートは世界の全てだった。
愛したことを否定したくない。
愛したひとを否定したくない。
過去の自分を否定したくない。
幸せは確かに二人で作った。
『マシュマロティー、飲んでみたい』
「あれは特別な日に飲むものよ。それでなくても王宮は贅沢なのに」
『……兄上は飲んだ』
「やきもち?仕方ないんだから。今日は冷えるし。作ってあげる」
フィルは小さな幸せの破片を拾い集め、耐えようと思った。
そう思いたくても毎日虐げられ、絶望が襲うとすべてが、真っ黒に塗りつぶされる。
森にいこうか。今度こそ瘴気にあたって死のうか。もう、レガートは追いかけてこないだろう。レガートはもう、フィルが死んでも悲しんでもくれないだろう。フィルは泣きながら笑った。千切れるように。
『私には無理。もう無理だよ………』
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