38 / 103
【第32話】もうここにはいられない
しおりを挟む「帰るよ。人間の世界に帰るよ。修練はもう、閨を残すしかないもんね。だからおしまい。これ、あげる。香り袋。適当に捨てて」
フィルはレガートに、ツェーの香り袋を渡す。
「……レガート、私はずっとレガートが好きだったよ。あなたが、好きだったよ。
でも、私は、もうレガートには何も望まない。嫌いになったわけじゃないんだ。いつか、いつか、見てくれる。私の気持ちが伝わる……そう思ってきたけど、レガートは知らない人みたくなっていったね」
『目覚めの唄』を歌ったあと、ずっとレガートの話を王様にお願いして話して貰ったの。レガートの好きな食べ物、嫌いな食べ物、昔は泣き虫で身体が弱かったって聞いたよ。
レガートは丸いドーナツが好きだったって聞いたから厨房の、レガートを小さい頃から知ってるコックの妖精さんに教わって作ってきた。
喜んでくれるかなって。馬鹿みたい。私、本当に馬鹿みたい……。振り向きもしない人に、振り向いて欲しくて、ドーナツなんて……。
どうせ『いらない』って言われるの解ってるのにね。……ねえ、レガート。私はレガートにとって何だったんだろうね。王様は『諦めなければ道は私が開いてやる』って言ってた。
フィルは、俯いて言葉を繋いだ。
「でも、もう私には無理だ。人間の世界に帰るね。私は要らないんでしょ?レガートには、私は必要ないんでしょ? はっきりそう言って、レガート。じゃなきゃ私はどうすればいいの? この気持ちを何処に捨てれば良いの? どうせ、どうせ私は、浮浪の孤児で何処の馬の骨が解らない、取り柄は金色の髪だけの平凡な子供だよ。こんな髪なんて要らない!レガートにあげるよ!」
フィルはナイフで髪をザクりと切った。はらはらと散らばる金色。レガートは、息を殺してフィルを見ていた。
フィルは泣いていた。
息をするのも苦しいほどに。
フィルは部屋の端に置かれたバックを手に取りこの国に来たときの泥だらけの汚い服に着替える。
汚い服の方が今の自分にはお似合いだとフィルは思った。綺麗な気持ちなんて消えてしまった。もう、心の中の綺麗な砂は泥と混じって輝きを失った。
「じゃあね。レガート。もう会うこともないね。最後だから言うね。修練の前一緒に寝た日、私は起きてた。臆病な告白も、やさしい口づけも、幸せで、哀しかった。あの口づけは『さよなら』っていう意味だったんだね。あなたはあの時、自分なりに答えを出したんだね。もう、あの出会った頃の関係には戻らない。あるのは『養育係と花嫁修練をする王様の側室』って。それでも、私は思ったよ。贅沢だと解っていても、一度でいい。あなたに抱きしめられて『好きだった』と言われたかった」
──楽しかったでしょ?掟に縛られながらも未練がましく自分に好意を寄せる人の心を玩具みたいに弄ぶのは。想いを消せなくて、不様に何をしても涙ぐみながら耐える私を見るのは!
私は、幸せだった頃のあなたを思い出して、全て我慢してた。あなたが好きだったから!厳しい修練も、会話の無い冷えた食卓も、背中合わせに同じベッドに寝ることも!好きだったから!
今はあなたが憎い。春をひさぐ伽人扱いされて。部屋と庭?ふざけないで!好きだったのに、好きだったのに! 王様は言ってた『諦めるな』って。でも、今のあなたの言葉に全部が嫌になったよ。
修練も花嫁になるのも、全部、全部!全部!私はあなたを許さない。絶対に許さないから!もう、誰も信じたりしない、好きになんかならない。裏切られるのは、もう真っ平よ!──
泣き叫ぶフィルに、レガートは何も言えない。
恋は火に似ている。間違った恋は全てを焼きつくしてしまうよ。
おばあちゃんが枕元で、籠を編みながら言っていた。
悲しみは氷にも似ている。全てを凍りつかせてしまう。感情も、心も、全て。
間違った恋をした。ただの一方的な想いだ。もう、何もない。フィルは自分で最後の幕ひきをした。
悲しくて、やるせない。みっともない泣き顔を見られたくなくて、走ってフィルは部屋を飛び出した。
レガートは、フィルを引きとめることが出来なかった。フィルをあそこまで追い詰めていた。しかも、あの日、眠るフィルは起きていた。ただ呆然とレガートは立ち尽くしていた。
涙が伝う。金色の雫は次々と大理石の床に硬質な音を立てて落ちた。
『フィル………フィル。あいして、いたんだ……嘘じゃない……あいして……何よりも………大切だったんだ』
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長
五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜
王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。
彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。
自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。
アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──?
どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。
イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。
*HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています!
※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)
話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。
雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。
※完結しました。全41話。
お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
次期女領主の結婚問題
ナナカ
恋愛
幼い頃に決まった婚約者は、私の従妹に恋をした。
そんな二人を円満に結婚させたのは私だ。なのになぜ「悲劇の女」と思い込むのか……。
地方大領主マユロウ伯爵の長女カジュライアは、誰もが認める次期女領主。しかし年下の婚約者は従妹に恋をした。だから円満に二人を結婚させたのに、2年経った今でも「悲劇の女」扱いをされてうんざりしている。
そんなカジュライアに、突然三人の求婚者が現れた。いずれも女領主の夫に相応しいが、野心や下心を隠さず一筋縄ではいかない人物ばかり。求婚者たちに囲まれて収拾がつかないのに、なぜかのどかな日々が続く。しかし心地よい日々の中で求婚者たちの態度が少しずつ変わっていく。
※他所で連載した「すべては運命のままに」を一部改稿したものです
いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!
町島航太
ファンタジー
ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。
ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。
聖女召喚に巻き込まれて異世界に召喚されたけど、ギルドの受付嬢の仕事をみつけたので頑張りたいと思います!!
ミケネコ ミイミ♪
恋愛
明乃泪(めいの るい)は親友の聖清美(ひじり きよみ)と共に別世界スルトバイスに召喚される。
召喚したのはこの世界のチクトス国の神官カイルディ・リゲルだ。
カイルディは聖女だけを召喚するはずだった。しかし召喚されたのは二人だったため、どっちが聖女なのかと困惑する。
だが、聖女の証となる紋章が清美の首の右側にあった。そのため聖女がどっちか判明する。その後、聖女ではない泪は城を追い出された。
泪は城を追い出される前に帰る方法を聞くが誰一人として知らなかったため自力で探すことにする。
そんな中、働く所をみつけるべく冒険者ギルドへ行く。するとギルドの掲示板に【ギルドの受付をしてくれる者を募集。但し、冒険者も兼ねてもらうため体力に自信がある者のみ。】と書かれた貼り紙があった。
それをみた泪は受付の仕事をしたいと伝える。その後、ギルドで冒険者登録をしたあと受付の見習いになった。
受付の見習い兼、冒険者となった泪は徐々に自分が持っている特殊能力【見極め】の真の使い方について気づいていく。そして自分がこれからやるべきことも……。
★★★★★
【作者が考える作品のセールスポイント】
1.巻き込まれ系でありながら、ざまぁ要素のない成り上がり系作品。
2.恋愛あり。コメディ要素あり。スローライフでありながら勇者のような道を辿り仲間と最終ボスを倒す要素もある作品。
3.特殊能力【見極め】それは、かなりチートな能力だった。
★★★★★★
戦績:第4回 一二三書房WEB小説大賞[一次通過]
第5回 HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門[一次通過]
B-NOVEL 0.5周年企画作者の部、月間ランキングバトル「十万字作品部門!」[1位]
★★★★★
《ノベルアッププラス・小説家になろう・カクヨム・アルファポリス・ノベマ・エブリスタ・B_NOVEL・クロスフォリオに掲載》
表紙、田舎猫たま様の作品につき不正使用、無断転載、無断転売、自作発言を禁止します。
挿絵イラスト:もけもけこけこ様の作品に付き不正使用、無断転載、無断転売、自作発言を禁止します!
不定期です。
【第一部・完結】
【幕間・番外編】
【第二部・連載】
諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~
七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。
冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる