妖精の園

華周夏

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【第25話】氷の将軍

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『氷の将軍』と皆に言われた頃は、こんな感じだったんだろうか。

一度だけ絵画の手解きを受けたとき、フィルはレガートの好きなツェーの青い花を描いた。

何か話がしたかった。

事務的な話しかない、息の詰まるこの雰囲気をフィルは少しでも変えたかった。

 「レガート、このツェーの変種の青い花、レガートの好きな花だよね。上手く出来たと思うの。どうかな?私が二日酔いになったときレガートが……」

話を途中で遮ったのは、レガートのため息と冷たい言葉だった。 

『だから何だ。二日酔いの話は二度とするな。はしたない。次はダ・カーポ文字の書き方だ』

という答えだけだった。レガートがやさしかったのは、あの日まで。

修練が始まる前の夜まで。
心も体温も口唇も……触れてくれたのはあの日が最初で最後。

どうしてだろう。一日ごとに離れていく。距離が遠い。手繰り寄せられないほど、遠く感じる。ベッドでも、背中合わせ。

ほんのり伝わるレガートの温度が、より切ない。レガートはもう、フィルの料理を食べない。

『馴れ合いは必要ない』

最初そう言われた日はフィルは落ちこんだ。今までの笑顔の食卓さえもが消えていく感じがした。それでもフィルは料理を作り続けた。

夜、独りで食べて、残った分を、明朝そっとベッドを抜け出して習った魔法陣で火をつけ温めて、親衛隊のドラゴンの厩舎の、夜勤の人たちに食べてもらっていた。

親衛隊の人にも『フィルは料理上手だな』と喜んで貰って、嬉しかったし、少し大きくなった赤ちゃんドラゴンを抱きしめると、温かくて、安心した。自然と溢れる涙に赤ちゃんドラゴンは《泣かないで》と、キューキュー鳴いた。 



……フィルはベッドで声を殺して泣く日が増えた。紺色のシーツはいいと思う。涙が目立たない。
どうしてこんなに変わってしまったんだろう。嫌われてしまったんだろうか。フィルの好きだったレガートは何処にもいない。

好きだった微笑みも、
照れ屋なところも、
不器用な優しさも勿論無い。

王様は『拙い努力……』と言ったけれど、今のレガートは、まるで知らない人みたいだとフィルは思う。

未来に希望を持つのが、フィルにとってこんなにつらいものとは思わなかった。
でも、希望と言っても何があるんだろう。フィルはぼんやり天窓の星を見る。あともう少しで王様の花嫁になるだけだ。
何か王様には考えがあるのだろうか。
フィルは考えるが解らない……。 

「私は何か悪いことをしたのかなあ、ねえ、どう思う?嫌われちゃったのかな。昔みたいに戻りたいよ。また、親衛隊で働いて、唄を歌って……」 

みっともないおねえちゃんだね。ごめんね。フィルはそう言い赤ちゃんドラゴンを抱きしめ泣いた。赤ちゃんドラゴンは困ったようにクークーと鳴き、お母さんドラゴンを見ている。しばらくしてリトが、 

『ツェーの花を食べさせていたら、フィルに乗れって言ってるみたいなんだ』

産後だから駄目って言ったら火を噴かれた。まあ大丈夫だから行ってきたら?と言うので鞍を付けて貰い、ドラゴンの背にのり空を飛んだ。
一生懸命ドラゴンの声に耳を澄ます。 

《泣いていいよ。誰にも聞こえない》

 そう聞こえた。たまっていた気持ちが溢れ出た。フィルは声をあげて泣いた。

恥も外聞もない。

誰も聴いてない、見ていない。

大声で泣くのは久し振りだった。

ひとしきり叫ぶように泣いたら、月や星が手で掴めるくらい近くにあるのが解った。綺麗だと思った。

涙の痕に風があたりひんやりする。修練が始まってからずっと月や星を見ていなかった。見る余裕なんてなかった。 

『ありがとう。ごめんね。お産の後で疲れてるのに………』 

本当に久しぶりに声を出して泣けた。首を撫でるとドラゴンは嬉しかったのか、雄叫びのように咆哮し、思いきり火を吹いた。

その後、『大地の唄』を歌いツェーを育てた。ドラコンの親子に花を食べさせ、レガートに喜んで欲しくて、青のツェー変種を何輪か持ち帰った。いつものようにそっと帰ってドアを閉めた、瞬間レガートの怒声がとんだ。

 『お前は王様の花嫁になる自覚はあるのか?ドラゴンの厩舎へ行って、挙げ句ドラゴンに乗るなど、どれだけ危険か解っているのか!』

楽しかったよ。久しぶりに声をあげて泣けた。レガートはそれすら無言で、握り潰してきたよね。そう言いたかった。なのに、フィルは何も言えなかった。自分の一番好きな人の声に怯える。 
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