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【第71話】いとしいきみへ
しおりを挟むフィルはレガートの胸に顔を埋めた。
レガートの温もり、心音。懐かしい匂い。
もう、嫌じゃない。
清々しい甘い匂い。
抱き上げられる感覚がした。
フィルは顔を上げる。
「私をここに置いて、レガート。私と一緒にこの部屋で暮らそう?」
『昔と同じように?』
照れくさそうな、やさしい眼差し。フィルはぎゅっとレガートにしがみつくように抱きついた。
『どうした?フィル』
聞き慣れた声に睫毛にじんわり涙が凝る。心の奥が暖まる。それは熱を持って、
小さな灯りが確かなものに変わっていく。
フィルはレガートを見つめて言う。
「レガートだなって、久しぶりに……久しぶりに思えたの………」
そう言いフィルは微笑んだ。レガートは何も言わず髪を撫で、躊躇いがちに抱きしめる。
フィルは思う。
自分の生きる意味。
それはレガートと共にあること。
あのレガートはクレシェンドだ。
レガートじゃない。
暫くして、レガートは二回手を叩いた。
可愛らしい妖精に、何か頼んでいた。
「何を頼んだの?」
『来てからのお楽しみだ』
暫くして届いたのは、
シナモン香るビスケットに、
ロイヤルミルクティー。
蒸し焼きの芋にホワイトソースとチーズをのせて焼いたポテトグラタン。
ツェーのジェラート。
ロンドの実のスパークリングワイン。
『料理の練習をしていた。フィルが元気になったら食べて欲しくて。フィルからはたくさん貰ってきた。何かしたくて………下手…だけど、時間を凍らせる呪文で、作ったものだ。いつか、食べて欲しくて……』
「……レガートはいいひとだよ。優しい、
ひとだよ。翁のおじいさんのときと変わらない。シワシワのハンカチを差し出して、
眉を下げて……」
フィルは、大きく呼吸してから言った。
「ごめんなさい、レガートに非はなかったのに。ドラゴンから訊いた。無意識だったことを思い出せって言っても無理だ。でも、つらかった、痛かった………。それより、レガートに憎まれて悲しかった。あなたを………愛していたから」
『いいんだ。フィル。フィルは何も悪くない』
「それと………生命の珠に術がかかっているって、王様と話されているの偶々聞いた……。術は解かないで。つらい場面しかない!レガートはいつも自分を責める。私とレガートに過去なんて要らない。今からでいい。今が初めて出会ったとしても、私はあなたを見つけて好きになる自信はある!」
『フィル………私もお前を見つける自信がある。ただ、今は焦らないでいこう。望み通り生命の珠は、今のところ保留にしておく。フィル、ずっと一緒にいてほしい。また昔のようになれたらいいな………冷めてしまう。ロンドの実のスパークリングワインで乾杯でもしよう。未来に』
乾杯と、言葉をあわせ飲むと、甘く爽やかな味がした。
『リトの家でおろしているワインだ。これだけではないが、美味しい。リトには礼をしきれてもしきれない。……何と言えばいいか』
「そのままを言えばいいよ。ほら、食べよう?こんなご馳走、レガートは魔法使いだね」
二人で食べたレガートの手料理。不器用に切られた野菜や、少し薄いロイヤルミルクティー、小さくだまがあるホワイトソース。
「レガート……切ないよ」
『何か……気に触ることがあったか?』
「ないよ。ありがとう、ご馳走さま。レガートの一生懸命をみつけた。でも、切ないよ」
切ない………。
『酔ったな。参った。フィルはアルコールが弱いんだったな』
抱きかかえ、酔ったフィルをベッドへ横たえる。
『一緒に寝よう』ときかないのでレガートは傍らに横になり、フィルを寝かしつけた。
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