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【第29話】フィルが持つ唄の力
しおりを挟む音楽の修練の時間、フィルは滅多に歌わない『嘆きの唄』を歌った。すると、とんでもないことが起きた。
宮殿中の植物が、眠るようにクタりと元気を無くした。
花もしぼみ、
この異常事態の原因究明に大臣が総動員された。
結局原因は解らず謁見の間で真剣な面持ちの大臣を前にして王様は大笑いして言った。
『アルトと喧嘩をしたとき、同じことが起きた。私の寝室の蒼薔薇の寝台が枯れかかるわ、テラスの花は萎れるわでな。これはフィルが唄を歌ったな。しかも、フィルの力はアルトより強い。『目覚めの唄』を歌わせれば植物は眠りから覚める。……さすがアルトの孫だな』
夜の帳が降りる頃、王様の使者が来て、明日の朝『目覚めの唄』を歌うようにと言われた。そして、その日はそのままに、夜深く、秘密裏に王様からフィルにお呼びがかかった。
使者は『ドアの外で待ちます』と部屋を出た。
ソファから降りようとしたとき眠っていたと思っていたレガートが後ろ向きのままフィルに話しかけた。
『王様に、会いに行くのか』
「行ったら、いけないの?」
『……行くな』
向き直り、ベッドに腰掛け、レガートはじっとフィルを見つめる。
フィルの瞳が潤み月影を受けて光る。
あまりの美しさにレガートは息をのむ。
反射的にレガートはフィルの手首を掴んだ。フィルの瞳にあるのは悲しみと怒りが混ざったものだった。
フィルは早口で捲し立てた。
「…もう私のことなんてどうでもいいくせに!……何で今まで散々冷たくしといて、今更そんなことを言うの?迷わせるの?好きだったよ。あなたが誰よりも好きだったよ!だけど【掟】だから、諦めなきゃって、そう思って耐えてきたのに……今更何でそんなこというのよ!法の修練で習った。あなたが教えた。掟に背いたら最悪死罪だって。王命は守らなければならないって。行かなきゃ。そう教えたのはあなたじゃない!」
レガートは力なく手を離した。フィルは音もたてずドアを閉めた。
フィルは掴まれた手首を見る。この手を曳いて抱きしめて欲しかった。その場限りの言葉でも、嘘でもいい、
『好きだ』と『王様には渡さない』と、レガートに言って欲しかった。
あの腕であの声で引き留めて欲しかった。
でも、この想いは、禁忌とフィルも解っている。王様の花嫁が密かにその双子の弟を想っているなんて。叶わないことなんてフィルは充分解っていた。
だから、最後くらいレガートと思い出を作りたかった。冷たくあしらわれても、胸に灯った小さな灯りは消そうとしても消えなかった、何度もこの想いを捨てようと思った。
けれど捨てようとしても捨てられないものがあるなんて、知らなかった。
フィルは独り扉の外で泣いた。
王様のフィルのお召しの真意が……解らない。
レガートは月明かりに出来たフィルの影を思い出していた。影すらいとしい、そうレガートは思う。
レガートは俯き額に手を当て、瞳を閉じる。閉じた目蓋の裏でフィルが笑う。
「レガート!」
と呼び、ツェーの青い花を片手に駆け寄る、かつての姿が見える。
幸せだった頃を思い出せる。
思い出だけでいいとレガートは自分に言い聞かせた。
この想いは、叶わない。初めから解っていた。……出逢ったときから。
『フィル……兄上に渡すと解っていて、想いを押し殺して花嫁の礼を教える私の気持ちは、どうすれば良かったんだ?』
想いを口にすることさえ、許されないのに。『──お前がいとしい』それさえも、その一言さえも。
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