妖精の園

華周夏

文字の大きさ
上 下
31 / 103

【第26話】砕け散った蒼の花びら

しおりを挟む

「ごめんなさい………」

『それは何だ?』

「あの、これ、レガートに…あげたくて。この花、好きだったよね」

フィルは青いツェーの花を差し出すが手を叩かれた。

拍子に花びらがはらはらと散りながら、小さな花束は痛みと共に手を離れた。

『こんなものでご機嫌取りのつもりか?あんな所に、夜独りで出歩くなんて!』

「………お前は花嫁より、ドラゴンの厩舎の方が似合うって昔は言ってくれたのにね。どうして『あんな所』なんていうの?それに…ご機嫌取りなんかじゃないよ。レガートに、喜んで…欲しかっただけだよ……」

フィルは散らばった花びらを見つめる。ご機嫌とりか……。

楽しく働いた場所は、あんな所……。

俯いたフィルの頭の上をレガートの声が通り抜ける。

 『花嫁修練中の者が行くべき所ではない!』 

「私には……自由はないの?赤ちゃんドラゴンにも、お母さんドラゴンにも、もう、会えないの?私を窮屈な後宮に押し込めたくないって言ったのはレガートじゃない……」 

『あの頃と、今とは状況が違う』

 「うん。そうだね……そうだよね」 

フィルは足元の花と花びらを拾う。涙も出なかった。力無く、花びらを全部拾い集め、バルコニーへ出る。レガートにいきなり後ろから抱きとめられた。

「どうしたの?」

『……飛び降りるかと……思った』 

「どうして?花びらを撒くだけだよ。唄を歌えば根づいてくれるから」

 『フィル……?』

 『……私に飛び降りさせるようなことをレガートはしていると思うの?』

フィルは力なく笑った。レガートは、何も言えなかった。月は満月。光が眩しいくらいだった。

レガートからフィルの顔はよく見えた。レガートは夜風に揺れる金の髪と、月を仰ぐフィルの横顔を盗み見る。

あの顔だった。翁の姿のときに見たあの顔。涙を流さず心で泣きながら笑う、悲しくも美しい、レガートの心を掴んで離さない、あの表情。

今フィルは泣いていない。けれど悲しいと、つらいと、泣いているように見えた。




フィルにこの顔をさせているのは自分だとレガートは解っていた。

 『ツェーの花びらか……綺麗だな。捨てるのは……少し気が引ける』

 「……レガートの好きにしていいよ」

そう言い、花びらをフィルはレガートに手渡した。『先に寝ている』そう言い、レガートは部屋に戻って行った。

夜明けが近い群青の空。想いは、捨てなければならないのに。

フィルはレガートの好きだったこの花を捨てて、想いも捨てようと思っていた。
諦めようと思っていた。
だから、あんな風に抱きとめないで欲しかった。

まだ、レガートの心の何処かに自分がいるのではないかと期待する。

包むように後ろから抱きしめられた温かさがフィルの身体に染みつく。
部屋に戻ると綺麗なクリスタルの器にに青いツェーの花びらが飾ってあった。

 「どうして……」

ご機嫌取りのこんなもの、レガートは確かにそう言い、手を叩いた。なのに、こんな丁寧に飾って。

 『綺麗だろう?』 

ベッドの壁側、振り向きもせずにレガートは言った。

 「……うん」

 『花嫁様のご機嫌を損ねると大変だからな』

カッとなってフィルはクリスタルの器を壁に向かって投げた。カシャンッと甲高い音を立てて器は割れて花びらはクリスタルの細かな破片と共に床に舞い落ちた。

ベッドから身を起こしたレガートを、フィルは怒りと悲しみに手の平を握りしめ震えながら言った。

 「羽根のない私がバルコニーから羽ばたいたら、どうなるんだろうね。空の使者を呼びたくなければ、今、私に何も話しかけないで!」

その日、フィルはソファで寝た。朝寝坊し、起きるとレガートの姿は無く、昨日のことが夢だったかのようにクリスタルの破片も花びらも何もなかった。



ただ、ツェーの青い花にレースの飾りつけをされたブーケが机の上にあるだけだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

次期女領主の結婚問題

ナナカ
恋愛
幼い頃に決まった婚約者は、私の従妹に恋をした。 そんな二人を円満に結婚させたのは私だ。なのになぜ「悲劇の女」と思い込むのか……。 地方大領主マユロウ伯爵の長女カジュライアは、誰もが認める次期女領主。しかし年下の婚約者は従妹に恋をした。だから円満に二人を結婚させたのに、2年経った今でも「悲劇の女」扱いをされてうんざりしている。 そんなカジュライアに、突然三人の求婚者が現れた。いずれも女領主の夫に相応しいが、野心や下心を隠さず一筋縄ではいかない人物ばかり。求婚者たちに囲まれて収拾がつかないのに、なぜかのどかな日々が続く。しかし心地よい日々の中で求婚者たちの態度が少しずつ変わっていく。 ※他所で連載した「すべては運命のままに」を一部改稿したものです

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

聖女召喚に巻き込まれて異世界に召喚されたけど、ギルドの受付嬢の仕事をみつけたので頑張りたいと思います!!

ミケネコ ミイミ♪
恋愛
明乃泪(めいの るい)は親友の聖清美(ひじり きよみ)と共に別世界スルトバイスに召喚される。 召喚したのはこの世界のチクトス国の神官カイルディ・リゲルだ。 カイルディは聖女だけを召喚するはずだった。しかし召喚されたのは二人だったため、どっちが聖女なのかと困惑する。 だが、聖女の証となる紋章が清美の首の右側にあった。そのため聖女がどっちか判明する。その後、聖女ではない泪は城を追い出された。 泪は城を追い出される前に帰る方法を聞くが誰一人として知らなかったため自力で探すことにする。 そんな中、働く所をみつけるべく冒険者ギルドへ行く。するとギルドの掲示板に【ギルドの受付をしてくれる者を募集。但し、冒険者も兼ねてもらうため体力に自信がある者のみ。】と書かれた貼り紙があった。 それをみた泪は受付の仕事をしたいと伝える。その後、ギルドで冒険者登録をしたあと受付の見習いになった。 受付の見習い兼、冒険者となった泪は徐々に自分が持っている特殊能力【見極め】の真の使い方について気づいていく。そして自分がこれからやるべきことも……。 ★★★★★ 【作者が考える作品のセールスポイント】 1.巻き込まれ系でありながら、ざまぁ要素のない成り上がり系作品。 2.恋愛あり。コメディ要素あり。スローライフでありながら勇者のような道を辿り仲間と最終ボスを倒す要素もある作品。 3.特殊能力【見極め】それは、かなりチートな能力だった。 ★★★★★★ 戦績:第4回 一二三書房WEB小説大賞[一次通過]    第5回 HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門[一次通過]    B-NOVEL 0.5周年企画作者の部、月間ランキングバトル「十万字作品部門!」[1位] ★★★★★ 《ノベルアッププラス・小説家になろう・カクヨム・アルファポリス・ノベマ・エブリスタ・B_NOVEL・クロスフォリオに掲載》 表紙、田舎猫たま様の作品につき不正使用、無断転載、無断転売、自作発言を禁止します。 挿絵イラスト:もけもけこけこ様の作品に付き不正使用、無断転載、無断転売、自作発言を禁止します! 不定期です。 【第一部・完結】 【幕間・番外編】 【第二部・連載】

諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~

七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。 冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

処理中です...