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【第22話】《眠る》二人
しおりを挟むレガートは、フィルを抱き竦めた。
『しばらく、しばらくこのままで。花嫁に無礼とは解っている。だが、頼む…フィル……今だけでいい』
── もう、触れることはないだろうから。
レガートがそう言葉を繋げようとする前に、フィルはレガートの手に自分の手を重ねる。
「一緒に寝よう、レガート。ぎゅっとしてあげるよ。おばあちゃんが、私が泣くといつもしてくれたんだ」
『私は、泣いてなどいない』
「泣いてるよ。傷だらけで、悲しいって……泣いてるよ」
フィルとレガートは紺色の金の花の刺繍のベッドに向き合って眠る。
いつも一緒に寝ているのに、緊張する。向かい合って眠ったことなんてないからだ。
少し照れ臭いような気がしたけれど、何処か不安気なレガートを見ると全てが消える。
フィルの世界はレガートだけになる。
そっとレガートの顔を胸に抱く。髪を撫でると最初レガートは、
『フィル、手が穢れる。やめろ』
と言ったけれど、フィルは言葉に逆らうように、レガートを抱きしめる腕に力を込め、その漆黒の長い髪を優しく撫でた。
レガートの髪は柔らかくしなやかで猫を撫でているような心地よい手触りがした。
『フィルからは、砂糖を入れたホットミルクのような匂いがする。甘く、いい香りだ』
「ありがとう。……眠って。疲れているんでしょ。レガートが眠るまでこうしてるから」
『まるで、子供扱いだな。幼い頃、誰かの胸の中で眠るなんて、私にはなかった。憧れていた。誰も私に触れてくれなかった。心地よい……ものだな』
そう言い。レガートは、目を閉じる。寝息が整ったレガートに、フィルは小さく話しかけた。
《私に本当にやさしくしてくれたのは、おばあちゃんと、レガートだけだよ。嬉しかった。抱きしめられて空を飛んだとき、綺麗な妖精の使者が来てくれたって。嬉しかった。あの時、私の心には金色の灯火がついた。レガートは私の初恋なの。ずっとレガートが好きだよ。王様の花嫁さんになっても、変わらないよ………》
フィルは『眠る』レガートに語りかけ、目を閉じた。胸が痛んだ。
それは、自分の恋は叶わないことを知っているから。
フィルは目を瞑り心の中でおばあちゃんの面影を探す。笑うおばあちゃんに話しかける。
《……おばあちゃん。私は王様の花嫁になるみたい。でもなりたくない。おばあちゃんの大切なひとの花嫁なんて、なりたくないよ…。それと、恋の味を知ったよ。皆甘いって言うけど嘘だった。苦くて、つらい。叶わない想いはつらい。おばあちゃん。僕の目の前で穏やかな寝息をたてる睫毛が長い、昔のあまりにも悲しい話を、私に代償のように差し出す不器用なこの人をつめると心の臓の鼓動が速くなる。切なくて、たまらない。守ってあげたい。もう、傷ついたりしないように………》
目を瞑り、もう思い出の中のおばあちゃんにフィルがこころの中で語りかけていると、レガートの囁きが聞こえた。
《フィル……可愛らしい寝顔だな。ずっと今までのように、一緒にいられたら……おかしな話だ。何故もっと早く伝えたかったのだろうな。日頃の『ありがとう』の言葉さえ、まともに伝えられなかったな。永遠なんて、ないのに……。また親衛隊の仕事帰りに、酒場に行ったり、もう一度あの奇跡のような唄で私の庭に花畑を作って欲しかった。仕事から帰ってきて、一緒に食事をすること、同じベッドで眠る幸せな窮屈さ。みんな私の初めてはお前がくれた。フィル、今日はすまなかった。……眠りながら、泣いているのか?》
レガートは親指で『眠る』フィルの頬を包み伝う涙を拭った。
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