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【第15話】妖精王──レガートの兄
しおりを挟む「フィル、フィル・フェルマータ様」
衛兵が無言で重そうな緋色のドアを開ける。
王様の部屋らしき部屋は広く、床は大理石だ。美しい彫刻を施された本棚が目についた。窓は、バルコニー側は全て硝子張りだった。
花々がたくさん生けられ眩しい。でも、枯れた花や散った花はない。花に理由を訊くと、『王様のおかげ』と小さく聞こえた。
王様は窓際の綺麗な細工の藤椅子に座り宙を見ている。
「失礼します。王、さま?お世話を、お、仰せつかわりました」
『部屋の片付けを。終わったら髪を梳かしてくれ』
抑揚のない声。王様はこちらなどは見ずに、窓の外を向いたきりだ。整えられた部屋。けれど、暗い。
明るいのに暗くフィルには感じた。散らかってなどいないが軽く布で目についた埃を払い、「失礼致します」と声をかけ、王様の髪を梳かす。
長い真っ直ぐなプラチナブロンドで、レガートとはまた違ういい匂いがした。横をみると見事な蒼薔薇の寝台がある。天蓋まで薔薇が絡まり見事なものだけれど、あまり花は咲いていない。主人同様、元気がない。
『お茶を淹れてもらえるか』
妖精が沢山の茶葉と備えつけのお菓子、骨董品のような茶器を台車で音もなく運んできた。
フィルは茶葉の香りを嗅いだ。知っている香りが一つだけ。
おばあちゃんが好きだった安価だけど美味しい紅茶の茶葉。ミルクティーが良く合う香りが強いお茶だ。
妖精に火のついた魔法陣を用意してもらい、甘いミルクティーを作り、備えつけてあったお菓子の中からマシュマロを魔法陣の火で炙る。
とろりと溶けたマシュマロを紅茶に乗せ、シナモンスティックを添えた。誕生日だけのフィルの贅沢。おばあちゃんが作ってくれた。これを飲む度に、フィルは毎日誕生日ならいいのに、と思った。
薔薇のベッドで王様は座ることも疲れたようにクッションに凭れる。心を閉ざしたように、瞳は何も映さない。
あらゆる美女を給仕に向かわせたが意味はなかったと、王様の寝室に向かうとき子供の妖精が言っていた。
「遅くなりました。申し訳ありません」
お茶を口にすると、眉間に皺を寄せ、王様は初めてフィルを見た。みるみる睫毛に涙がたまり、溢れ、次々に金色の雫が落ちた。
『アルト。アルトだろう?この紅茶……そなたは「特別な日のご馳走なんですよ」と言っていた。いとしいアルト……傍に来てくれ。顔をよく見せてくれ』
王様の差し伸べられた震える手に表情に、フィルはすぐさま『私は……アルト様ではないんです』とは言えなかった。近くへ寄ると、王様はフィルを抱きしめ、声をあげ泣いた。
「王、さま?……あの………」
『会いたかった。会いたかった、アルト……許してくれ。お前はあの時泣いてばかりで、理由を訊いても息を苦しそうにするだけだった。『申し訳ありません』と頑なに、それ以外、何も言わず……私はお前をこの国で幸せにするという自信がなくなっていった。……私と結婚したらこの国からは出られない。結局、私は、自分の自信のなさを隠した。逃げたんだ……お前からも自分からも』
──けれど、アルト。お前を愛していたよ。何よりも誰よりも、愛していたよ。私には、お前だけだった。それだけは信じてくれ──
王様は咽びながら『アルト…』と繰り返す。おばあちゃんがここにいたら。もしおばあちゃんが生きていたなら。フィルはそう思わずにはいられない。
『アルト、顔色が悪いな。何か甘いものを』
王様が手を二回叩くとさっきとはまた違う綺麗な妖精が三人現れ、軽食の用意をした。
『お食べ、アルト。お前が好きな干し棗とタカタカの実だよ』
嬉しそうに、フィルを見つめて王様は笑う。当たり障りのない談笑をする。フィルが何かを話すたびに王様は微笑み、いつの間にか集まった妖精達は小さく、
『王様が笑われたわ』
小声でそんなことを言い、嬉しそうだった。少しづつ光を得たように部屋が明るくなる。空が明度を増していく。
寝台の蒼薔薇が目覚めたように花開いて、春のような暖かさが、部屋を満たしていった。
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