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〖第75話〗朱鷺side❿─❷

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「僕はあなたが好きでした。どうしようもなく好きでした………だから、信じて欲しかった。

あなたには、先輩だけには、あんなことをされたくなかった!
痛かった。悲しかった。苦しかった。怖かった!

………あなたはすべて壊した。僕の気持ちも、身体も、全部踏み潰した。ご丁寧に思い出したくないことすべて思い出させてくれて、本当に感謝してますよ!」

僕は泣き叫んでいた。涙がとまらなかった。薄くぼやけた視界で先輩を見つめる。窓の外は風が強い。雪がやまない。

「………本当に、ごめん………君を傷つけて、ごめん……ごめん………」

先輩の長い睫毛に涙がたまる。落ちる。
何滴も、大粒の涙が僕の頬に落ちた。
先輩は、消えいるような声で「ごめん」と繰り返した。

僕は「手を、離して」と小さな声で言うと、うなだれて先輩は手を離し、ソファに座り直す。僕も少しだけ先輩に距離をとり、ソファに腰かける。

──きっと、堰を切ったように溢れた涙とあの言葉は僕の本心かもしれない。つけ加えるなら、先輩の涙を見るのが本当は苦しい。

嫌いになれない。憎みたいのに。そうできれば楽なのにと、僕は思う。
それができないのは、幸せな思い出たち。そして、先輩をどうしようもないくらい、好きだったから。

そうでなければ、影なんて呼ばない。
振り向き微笑む先輩を見ない。
影を見て咽び泣いたりしない。
そして、ここには居ない。

僕は先輩の襟元を掴み、先輩に口づけた。もう、これが最後。先輩からはいつもの珈琲とピースの香りがした。

傷つけるなら最後まで。
先輩が思い出したくもない記憶になるように。
記憶から僕のことなんて、消えてしまうように。

先輩の唇に歯をたてる。先輩の唇に血がじんわり滲む。

「朱鷺、くん──」

先輩は呆然と僕を見つめる。

「僕の、気持ちです。純粋で無垢、虫も殺さないって思ってました?
僕だって人間ですよ。傷つけられたら傷つけ返します」

したいことは、こんなことではなかったんです。
言いたいことは、こんなことではなかったはずなんです。
こんな最後にはしたくなかった。けれど、憎まれるくらいで丁度良い。

僕は胸の中で先輩に『さよなら』を言った。

「ごめんね──芦崎くん。ごめん」

血の滲む赤い唇で、先輩は謝罪の言葉を繰り返した。
涙をびっしり纏った睫毛。
橙色のライトに反射し、光る。

傷つけるために選んだ言葉を、この人は、全部受け止めて、一生懸命、無理にでも微笑もうとした。

最初は、僕は酷い言葉をたくさん投げて、彼が苦しむ姿を見たかった。

けれど今はそうじゃない。それに今、僕も苦しい。燃え移った小さな火は、僕自身を焦がした。

先輩に視線を向ける。すぐぶつかる。
──先輩はずっと僕を見ているからだ。
先輩は少し寂しそうに微笑んでいた。

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