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〖第59話〗朱鷺side④
しおりを挟む「聴くつもりはなかった、と言いたかったけど自分に関することだと思って聴いてしまいました。すみません。
でも、大丈夫です。事実でも、記憶がなければ、僕にはそれはなかったことです。だから、いいんですよ」
実際、突きつけられた事実にショックは受けた。
でもまるで他人の話を聞いているようだった。何しろまるで覚えてないからだ。
「ごめんなさい、朱鷺。ごめんなさい」
鷹さんのお母さんが涙をこぼした。
「いいんです。僕には記憶がないんです。だからなかったことです。これまでと一緒です。泣かないで下さい。それに僕は幸せです。僕は両親が大好きです。尊敬できて誇りに思う大切な家族です。だから僕を犠牲にしたなんて、思わないで下さい」
やっと解った。
僕が音楽が好きだと言った時に、両親がその道に進むことを猛反対したわけを。
父さんも、母さんも僕がその道へ行けば、まるで、ほどくべきではない絡まった糸が、ほどけてしまうように、
きっと『こうなってしまうこと』を予測したのだ。
僕が傷つかないように。そのためには何も知らなくていいと、細心の注意を払って、育ててくれた。
しばらくし、鷹さんの母さんは眠った。医師も大丈夫だというので、
病院をあとにする。タクシーで鷹さんは家のすぐ近くまで送ってくれた。
「俺んち近いから、休んでくか?」
「いいえ、家に帰ります」
幼い僕に許されないことをしたとはいえ、間接的に僕は人の命を奪ったのか。
その事実がずしりと思い鉛を飲み込んだようで辛かった。
力なく、うなだれた僕を、鷹さんはぎゅっと抱き締め「ごめんな」と言った。
「何も知らなくて、何もできなくて、ごめんな」
と鷹さんは言い、泣いた。
鷹さんの胸が暖かくて、僕も泣いてしまった。何故かどんどん涙が溢れてきて、僕は声をあげて泣いた。
「ごめんな。ごめんな。朱鷺。俺だけは何があってもお前の味方だから。──首寒そうだな。マフラーかしてやるよ」
『悪いです』という僕を『いいから』と鷹さんは穏やかに制し僕にマフラーを巻いてくれた。
「鷹さんありがとう──暖かいですね。兄弟って良いものですね」
首元がふわふわと暖かい。緊張がほぐれていく。僕は少し赤くなった目で鷹さんを見つめて笑った。
「帰るか」
「そうですね。鷹さんのお母さん、鷹さんに似てますね」
「そっか。お前は亡くなった父方のばあさんに似てるな。髪と言い、大きな目といいそっくりだ」
今度写真見せてやるよ、と言い笑う鷹先輩の屈託のない笑い方につられて僕も笑う。
その時僕は気づかなかった。通りの反対車線、アパートの階段下で、霧雨の中、先輩がずっと僕の帰りを待っていたことを。
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