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〖第56話〗朱鷺side②

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「鷹さん、ごめんなさい。ごめんなさ……」

「いいよ。よしよし。とにかく今日は泣け。後からさっき言ったことを帰ったら瀬川に言え。可哀想にな」

頭を撫でるリズムが先輩とは違う。鷹さんのリズム。しばらく鷹さんは

「可哀想にな、可哀想に」

と言い、頭を撫でてくれた。

「ん?何かぺたぺたする」

「整髪料、かも?高橋さんが言ってた気がします」

二人で笑ってしまった、「帰るか」との声に僕は立ち上がる。

歩きながら色々なことを話した。先輩の話ばかりだった。

鷹さんは僕を見つめる。

「俺といるときの瀬川が不機嫌なら、あいつの言葉は全部嘘だと思え」

と鷹さんは言った。鷹さんが続ける。

「あいつ、すっげぇ焼きもちやきで、しかもその不機嫌の矛先がお前に行く。今日、本当は
『可愛くなったね。ただ、君があんまり可愛いから他の奴がちょっかいだしそうで不安になるよ』
って言いたかったんだそうだ。素直になれないへそ曲がりなあいつを信じてはやれないか?」

「そうですか……」

面と向かって言われたかった。あの声で『朱鷺くん』と名前を読んでその言葉を言われていたらどんなに嬉しかったか。

「解りました」

信じてみてもいいだろうか?もう一度、素直になれないというあの人の手をとってもいいだろうか。

しばらく歩き大通りに出る。キラキラの電飾。
だんだん冷え込みが強くなってきて、ぱらつく雨が夜半を過ぎたら、季節にはまだかなり早いが雪になるかなと思った。

「お茶でもしてくか。寒いと気持ちまでかじかむし。あったかいの、一緒に飲もう」

「はい」

僕が笑って返事をする。


そんな時、丁度、鷹さんに着信が入った。鷹さんが真剣な顔をして話をしている。だんだんと鷹さんの顔が蒼白になっていく。

『解りました。すぐ行きます』

その言葉を残し、鷹さんは電話を切った。
用事が入ったんだな、と思っていたら、

『お前にも来てほしい』

といつになく鷹さんに真剣な目で言われた。鷹さんが急いでタクシーをつかまえる。

「すみません、N総合病院へ。急いでください」

鷹さんの手が震えてるのか解った。前屈みになり、頭を抱える鷹さんの背中を僕は出きるだけ優しく撫でた。

「──朱鷺、落ち着いて聞いてくれ」

「はい」

深く息をはいて鷹さんは言った。

「──俺たち、兄弟なんだよ。お前が八歳まで一緒に育った」

絶句した。言葉がでなかった。まずおかしい。僕は東京に来たのは初めてのはずだ。

「え?じょ、冗談でしょう?僕は『深谷朱鷺』です。名字が違う。鷹さんは『芦崎鷹』じゃないですか」

「──兄弟なんだよ。養子に出された。ごめんな。朱鷺、お前が熱中症になった時、血液検査してもらったよな。あれはDNAの検査だ。結果は間違いないそうだ」


──俺には弟がいるんだけど、そいつのために検査を受けて欲しいんだ──


あれはDNA検査だった。僕は弟さんがドナーが必要な病気を抱えてるのかと思ったが敢えて立ち入らなかった。

次々に出てくる鷹さんの言葉に僕は混乱する。鷹さんが続ける。

「黙っているつもりだった。今更ごめん」

鷹さんを責めるつもりはない。

糸がほどける。
鷹さんが僕に優しい理由。声が鷹さんに似ている理由。
沢山の相似点。今冷静に考えれば繋がる。

きっと、一生懸命探してくれていたんだろうと思う。そんな鷹さんに、思わず僕は涙ぐんだ。
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