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〖第15話〗瀬川side③
しおりを挟む「謝ることじゃないです。何で僕を追いかけなければならないんですか?恋人じゃあるまいし、いいんじゃないですか?そのままで」
「──教会の日は悪かった。君を待たせて、あの日はイライラしていて。あんな言い方をして。君にはきちんと謝らないといけないと思っていた。電話をかけようと、思っていたんだ。でも怖かった。君に泣かれるのが怖かった」
「もう、いいです。いいんですよ。もう──」
──先輩に会うのも最後だし。そう朱鷺の口から出てきそうで急いで言葉を探す。
「そういう投げやりな言い方、君らしくないよ」
朱鷺は一抹の悲しさがのぞく口調で言った。
「ぼ、僕らしいってなんですか、先輩。いつも一歩踏み出すことが怖くて、ただ後で泣いてるだけだとでも思ってるんですか?確かに──確かに、僕は先輩より十歳下の冴えない子供です。でも、子供にも感情はある。自尊心もあるんです。もう先輩の暇つぶしには付き合えません」
澱みなく朱鷺は言葉をつないだ。俺が『違う』と言う前に朱鷺は俺の目を見つめて淡く笑う。
「どう、したの?」
朱鷺の大きな目にだんだん涙が満ちてくる。病院の白く薄暗い照明に照らされ、涙が目の際を縁取る睫毛まで濡らしているのが見えた。限界まで貯められた涙が零れて頬に涙が伝った。
「でも、僕は、それでも、暇潰しでも、先輩が好きでした。今日、自分自身の気持ちに気づいてしまった。だから、もう終わりなんです。もう前のように振る舞えません。優しくされたら期待します。嫉妬もします。あの日、ずっと待ってた。暑くて暑くて、でも帰ってしまったらもう会えない気がして。会ってもらえない気がして。でも、その一時間より、先輩は香織先生の五分の方を気遣うような人なんですよね。僕、やっぱり変だったみたいだ。先輩が好きだなんて。ほら、今年の夏は、暑かったから」
朱鷺は泣きながら笑っていた。けれど、溶けるようにそれは消えて自嘲に変わる。俺は力づくで彼の肩を抱き寄せた。次の瞬間突き飛ばされた。
「簡単にこういうことをしないでください。どうせ──どうせ遊びのくせに!そんなに僕は可哀想に見えますか?そんなに先輩には、僕が、惨めにみえましたか?」
消え入るような声を絞るように朱鷺は言う。
「……これ」
手提げの楽譜入れから出てきたのは、俺がよく買うブランドの小ぶりの袋。ずっと持ち歩いていたことを窺わせる細かい皺。
「開けていい?」
朱鷺は小さく頷いた。出てきたのは綺麗にラッピングされた青の大判のハンカチ。
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ。でもどうして?」
「シャツのお礼がしたくて。それだけです。入院のお金、ちゃんとお返しします」
『さよなら。先輩』弱々しくそう笑いながら朱鷺は言い、踵を返した。
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