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番外編

【番外編】啓介の夏休み③

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「そんなんじゃない。あなたが寂しそうだったから」

とか気取ったことを言って。啓介は思う。僕は変なのかな。男のひと、うんと年上の。それなのに胸が痛むし、苦しくなる。抱きしめたくなるなんて。
啓介のような小さな従兄弟の子をどうしていいか解らず、戸惑いながら秋彦は啓介の髪を撫でる。

「落ち着く?髪の毛さらさらだ。僕と同じシャンプーだね。祥介も二十年以上シャンプー変えてないんだ。不精だなあ……落ち着いた?どうしたんだい?話してごらん」

「アキにいちゃん…アキにいちゃんは何だかずっと寂しそう。来ないひとをずっと待っているみたい」

「そうかも…しれないね。この家はあのひとの気配がたくさんある。ひょっこり笑って顔を出してくれそうな気がするくらい」

「そのひと、死んじゃったの?」

悲しそうに秋彦は笑う。

「ご飯出来たよ。お夕飯にしよう」

秋彦は谷崎が座っていた席を見つめた。

「美味しい!お父さんのご飯より、ずうっと美味しい!」

「こらこら。お父さんは教授で大変なんだから。ご飯くらいは点数を甘く見なきゃ」

「だってご飯は僕担当だよ。お父さんはたまにしか作らない」

「そっか。…僕もご飯、よく作ってた。火には気を付けるんだよ」

「大丈夫だよ。レンジで作れるやつ。スマホでレンジのレシピ探して作ってる」

ふふっと顔を見合わせて笑う。

「あのさ、アキにいちゃん。アキにいちゃんにとって、楽しいことは悪いこと?」

「どうして?」

「何か…アキにいちゃん、つらそうだから」

秋彦は瞼を伏せた。

「そうだね。罪悪感はあるね。昔、好きなひとがいたんだ。今も愛してる。でも、ここにはいない。一人だけ楽しんでいいのかなって思ってしまうよ…もうあのひとはもういないのに、僕だけ…ってね」

秋彦の大きな瞳から意図せず、涙が落ちた。啓介はティッシュをとって『みっともないね』と言い泣く秋彦に手渡す。秋彦は泣きながらも笑う。痛々しい、と啓介は思った。そしてそのひと─秋彦のいう『好きなひと』は、秋彦にとって、かけがえもない、ただ一人のひとだったのだと思った。

「みっともなくなんかないよ。アキにいちゃん、笑って?アキにいちゃんは笑った顔の方が似合うよ」

『先輩、ほら笑って。笑った方が可愛いよ』

何故か共鳴する言葉。

「こんな、感じ?」

首をかしげ、一生懸命に秋彦は微笑む。

「うん。いい感じ。笑うと良いことが寄ってくるんだって。アキにいちゃんの大切なひとも、アキにいちゃんが、うんとおじいさんになって天国に行くまで幸せでいて欲しいってお空の上で思ってると思うよ。…それにしても、お醤油だけなのに、このチャンプル丼美味しい。家でも作ってみる。若布の炒め物も。油少なければ、はねないんだね」

秋彦は、斜め後ろでお喋りをしていたのに、よく見ているなと感心してしまう。

「そうだよ。油は必要最低限」

谷崎を思い出すチャンプル丼。『先輩』から
『秋彦さん』に変わっても作ってくれた。

「啓介、お味噌汁美味しくなかったかな?」

ふるふると首を振り、啓介は、

「ごめんなさい。猫舌なの。美味しいよ」

と言った。食事も終わり、食後に食べようと思っていたタッパーで固めた手作りの水羊羹を切ってあげた。

「美味しい!アキにいちゃんはなんでも出来るんだね」

と啓介は感動していた。そんなときだった。玄関のチャイムがけたたましく鳴った。

「こら。啓介!居るんだろ!出てこい!」 
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