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第3章

金色のライオンと銀色のオオカミ

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 「今度話がしたいんだけど、いいかな。でも秋彦には言わないで欲しい」

 あの、雨の日に谷崎に祥介から、かかってきた電話。
 祥介が教室に訪ねてきた。
谷崎は腕時計を見る。
電話で指定した時間丁度だ。

少し秋彦に似ていると思えた。
『従兄弟なんだ』と秋彦から聞いていたが、秋彦を『可愛い』から『格好いい』にしたら、こうなるのかもしれない。

 「…化学準備室でいいですか?あんまり、ひとに聞かれたくない話ですよね」

 歩きながら聞いた。 

「秋彦が足を引きずるようになった理由と加野を毛嫌いする理由を知りたい」

 「加野さんを擁護したいなら話すことは何もりません。先輩の味方になってくれますよね?」   

 祥介は小さく『ああ』と言った。
 
「秋彦と仲いいの?」

 パタンとドアを閉めた瞬間、祥介は谷崎に訊いた。祥介の顔つきが変わる。谷崎をまるで敵視するような顔だった。 

「一緒にメシ食いに行ったりしてますよ。俺ん家で勉強みて貰ったり。
ゲームやったり。
ファミレスでドリンクバーだけで話したり。
先輩の家は行ったことないっすけどって腹の探りあい、やめましょうよ。
葉山さんが好きなの加野さんじゃないですよね。先輩が好きなんですよね?簡単に言えば恋愛感情でしょ?」 

そう言い谷崎は掃除用具入れに寄り掛かる。カーテンを閉めてあっても、部屋が蒸し暑い。祥介は

「まあね」

と言い、椅子に座り脚をくんだ。

 「俺、先輩好きですよ。尊敬できます。正直で、優しくて、嘘が下手。だから俺は今、苦しいです。先輩はあなたが好きだから」

 「そんな。秋彦が君に抱きしめられてるの見たけど?何の言い訳?二人で両思い、良かったじゃないか」

 祥介の皮肉っぽい言い方に、谷崎の語気が荒くなる。

 「こんな話をしに俺に会いに来たんですか?熱だしたとき、譫言でもあのひとはあんたを呼ぶんですよ!どれだけ俺がつらかったかあんたに解りますか?」 

「でも意識があるときの秋彦が選んだのは君だ。優しくて、正直で、
頼りになるいい子だって言ってたよ。
現に抱き合ってた。
普通に。いつから?」

 谷崎は、ため息をつく。何も解っていない、このひとは。 

「先輩は、『今更気づいた想いが消えてくれない』『きっともう、名前を呼んでも振り返ってくれないな』
ってあんたが彼女が出来たばかりの頃言ってましたよ。それに、あんたのこと、自慢げに話してました。
二人で見た蛍、カルガモの親子のこと、あの頃に戻りたいなあって切なそうな顔して笑ってた。…あんだけ先輩のこと傷つけたくせに。よく言えるな!先輩は、
『初恋だった』って。『そのひとが、僕の全てだった。でも、今更好きだなんて、言えない』って言ってました。泣きそうな顔して。
俺は、言いたくはなかったけれど、
『気持ちを伝えるだけでも』って言った。そしたらあんたらのキスの話が出た。あんな先輩の顔初めて見たよ。
『そのひとにとって僕は終わったことだから』って。しかもあんたのおかげで、先輩はクラスで居場所がなくなった!全部あんたの彼女のせいだよ!先輩がクラスの女子に散々嫌がらせ受けてたの、あんた知らねぇのか!」

 「え…?」 祥介がクラスで目を行き届かせているのは『男子』だ。『女子』まで目は届いてない。祥介の盲点だった。
秋彦の態度が不自然だとは思っていた。避けられている、それは感じていた。
だが、谷崎のせいだと思っていた。
 今思えば確かに絵理子も、秋彦の名前を話に良く出すと思う節はあった。 

「あんたが今付き合ってる加野って奴、クラスのカーストの最上位だな。でも、あんたはいつも通り。彼女がいても上っ面だけで先輩が一番。そのぐらい加野も馬鹿じゃない。気づくよ」 

「だから、秋彦は保健室に?」

 谷崎は淡々と語った。

 「そんな可愛いものなら、ね。始まりは、先輩の外靴がなくなった。上履きも、新しくしたばかりの体育館シューズも。
図書室が土足、素足禁止なの知ってますよね?出所はクラスのゴミ箱でした。
ハサミで切り刻まれていました。
先輩は靴下で帰りました。
『俺の履いて下さい』って言ったけど、
『こういうことをするひとは僕が泣きながら靴下で帰る姿が見たいんだよ。こんなの、慣れてるから。先生方には秘密だよ』
何にもなかったように笑ってました。
そしたら『あの件』だ。スマホで動画撮ったから。あんたはあの女の弁護でも考えてあげれば?彼女なんだろ?」

 そう言い谷崎は祥介をギロりと睨んだ。

「あいつらは先輩を散々痛め付けたあと暫くして飽きたように俺たちを置き去りにして帰っていきました。加野に理由を聞きました。
『祥介、いっつもあのキモ彦ばっかり。ムカつく。ゴミはゴミ箱に入ってろっつーの。あんたも物好きだよね~キモ菌うつるよ。じゃあねぇ~』だってさ。で最後に
『絵理子の企画超楽しかった~!』
って他の女子の声がしました。まあ、それもスマホに入ってますけど。
人間ってこんなに残酷になれるものなんだ、罪の意識もまるでない、
後悔もない。
ある意味本当に人間というものが怖くなりましたよ。先輩は肌でそれを感じてた。
本当に、本当に、痛くて、悲しくて、悔しくて、怖かっただろうなと思いました。
それで、目を離したら、
先輩がベランダの手すりに足をかけて飛び降りようとするところでした。
俺が泣きながら先輩の名前を呼んで無理やり手すりから引き剥がしたとき、
先輩は俺にしがみついて大声で泣きました。『僕は何も悪いことはしてない!もう、嫌だ!もう、もうここには居たくない!』って。
そうしたら、先輩が胸を押さえて『苦しい』って言い始めて…。
取り敢えず服着せて保健室に行ったんです。傷の手当てをしてもらいました。
上手いものです、全部服に隠れる怪我。
血は目立つから避けたんでしょう。
全て打撲傷でした。
あとは女子に笑いながらベルトで背中を打たれた痕。滲む血はシャツの下のTシャツに隠れて表向きには解らない。
後は、男子に無理やり道具を使って性的暴行を受けたことです。
狡猾っていう言葉がお似合いです。
グループの女子の彼氏と思われる奴等に蹴られた中で、肋骨と、足の骨が折れて救急搬送されました。先輩に
『祥介って先輩の親友でしたよね?』
そう聞いたら
『祥介は彼女の弁護をするよ。僕は所詮過去だから』
保健室の天井を見て笑ってましたよ」

「絵理子、秋彦に目が似てるんだ。告白されて、だから付き合ってる。
それに、見せつけるつもりじゃ……。
秋彦、最近クラスに来なくて、ずっと、電話しても、LINEも、メールも無視で…」 

「そうでしょうね。あんた経由で加野に情報は漏れる。先輩は頭が良い。
スマホを盗み見するのなんて簡単です。
現にあなたは俺の番号にかけてきた。
今言った件以来、
先輩はずっと保健室登校で火曜日と木曜日スクールカウンセラーのカウンセリング受けていますよ。
ちなみに俺が始めて先輩を抱きしめたのは救急車を待つ保健室だよ。焦点が合わない目で、『僕は、何か悪いことをしたのかなあ』そう言って空っぽに笑う先輩に、抱きしめる以外、あんた何が出来る!」

 黙り混む祥介に、谷崎は言った。

 「先輩を助けてやってください。先輩はまだあなたが忘れられない。
離れた手を、
先輩はまた一生懸命繋ぎたいと思ってる。
先輩と向き合うことに逃げて、
早々に彼女作って、
手を振りほどいたのはあんたなんじゃないの?好きなら、
先輩が好きなら、
応えてあげて下さい。
あと、これ。動画です。
見るならどうぞ。
今まで話したこと全部。
俺の親父とお袋、
弁護士なんで先輩と相談して最善の方法をとるつもりです。
加野に連絡とれないようスマホ出して下さい」 

「そんなことしない!」


 祥介の大声にも怯むことなく、

「そうですか」

と言い、谷崎は黙った。

映った映像は惨いとしか言いようがないものだった。 

「秋彦!嫌だ!秋彦!」

 祥介のスマートフォンを持つ手がガタガタ震えた。


ごめん、ごめん、守れなかった。

祥介は秋彦が自分を見て怯えるように後退りしたわけが解った。
グルなんかじゃない。
 会わなければ。
でも会うことを秋彦は望むだろうか。 


「何で、こんな…秋彦の足は?」 

「治る可能性が低いと」 

「不安…障害と、頻脈は?」

「精神的なものは、解りません。薬を飲んでいます」 

「俺のせいだ…」

 「そうでしょうね」 

谷崎は抑揚のない冷たい声で言った。祥介は思わず谷崎の顔を睨む。

谷崎は無表情で続けた。 

「加野を彼女にするならきちんと彼女として扱うべきだった。
あなたの容姿、成績、
将来性なら女子は羨みます。
それが、クラスのカーストの底辺の先輩を加野より、
いや何より大事に扱えば、
加野は面白くない。
先輩は賢い。
あなたを避けたでしょう。
そのサインの意味を見過ごした。
あなた自身が加野の先輩への嫉妬を煽った。ひとの気持ちを中途半端に扱ってきた、あなたのせいです。
ある意味加野も被害者かもしれません。同情する気はありませんが。
まあ、あんたとつき合わなければ、先輩への嫉妬であんな残酷な考えを持つようになることはなかったかもしれません。
先輩が精神を病むこともなかった。
言えることは、
俺は先輩を守る。
それだけです。
あなたはどうですか、葉山先輩」 
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