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《第29話》僕だけを愛して

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 涼の部屋に奏はいる。一応『番』であるこには変わらない、と、楓が言い、流も渋々了承した。

一ヶ月くらい、経った。

涼は、つきっきりで奏についている。

あの、ヘリに乗る時以来、奏は一日ほんの小一時間ほど一日に二、三回目を覚ますくらいだ。 点滴のポタリポタリと落ちる音が聞こえそうなほど静かだ。


 「奏……俺は、ずっと一緒にいる。居させて。償いをさせて。
 俺の全ては君のものだよ。
 子供が出来たのが嬉しくて沢山秘密を作ってしまったんだ。ごめんね」


 でも、何も後ろめたいものはないよ。 君がキスしろって言うなら一色ともするよ。律とのキスは、それと同じ。

 それとね、君ほど美しい蝶々はいないよ。でも君は悲しんでいたんだね。ごめんよ。許して欲しい。許して。

お願い、俺を思い出して。


そう言い長い髪を撫でると奏は苦しそうに眉根に皺を寄せ、静かに涙を流した。



「奏、起きてる?思い出したの?俺のこと、解る?」

 目を閉じて涙を流しながら奏は言った。 

「知らないよ。君なんか。 君にここにいられるの本当に不愉快。 苛々するよ。 気持ちがざわざわして落ち着かない。
ブツブツうるさいし。

訳解んないこと言って。
 なんかさぁ、君 『好きなんだ』とか 『愛してるんだ』とか 『君だけなんだ』とか言うけど、僕は君を信用できないね。
人はね、簡単に裏切るんだよ。

 みんな一緒! 楓も君の父さんばっかりだし、 所詮君もそうだったじゃないか!
僕を忘れたじゃないか! 君の声も聴きたくないし、顔も見たくないよ!

 どうせ僕は独りだよ!
 あの白い部屋がお似合いだよ! 
真っ暗な、窓もない、本とベッドと簡易ライトだけの! もう嫌だ!

君といると嫌な気分になる!
どっか行ってよ!涼なんか大嫌いだ!」 

「……………今、なんて、」

 「涼なんか大嫌いだって………っ!」

 奏は、コロンと涼に背を向けた。

 「涼って、俺、名前、奏に言ってないよ……楓さんも…嘘……だったの?全部、嘘ついてたの?」 

一瞬ビクッと奏は震えたが、すぐに悪びれもせず、奏は、笑う。 

「悪い? ヘリに乗る時から記憶はあったよ。 面白かったね。君、わんわん泣いて。 僕は君を許さない。

 絶対に! あの女にうつつを抜かして。
 僕のことなんて、忘れて。
 キスなんてして。

 一色と同じ?毎日楽しそうにしてたじゃないか! 

僕はそのうち九条から迎えが来る。
あの部屋に押し込められて、
仕事をさせられるんだ。

また殺人犯に逆戻りだよ、いい気味だろ、お似合いだろ!」

 睨み付けるように奏が仰向けになると涼の手の気配があった。
 『ぶたれるっ!』と思い奏は、ぎゅっと目を瞑る。やさしく頬を撫でられる。大きな、涼の手。

涙をすくいとる、温かな指。ずっと欲しかったぬくもり。
奏は瞳を開ける。いつもと髪型が違う涼は別人に見えた。髪を下ろしていて、さらさらだ。 

「良かった。覚えてくれてて。良かった」 

泣きながら奏の胸に涼は突っ伏した。 涼は、しばらく、泣いていた。
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