金色の回向〖完結〗

華周夏

文字の大きさ
上 下
28 / 36

金色の回向〖第27話〗

しおりを挟む

「あの日のことは村長さんが、関わった副村長さんと父を処理してくれた聾唖者の男衆の方に『妻が激昂し夫を殺して、自分も後を追った』と説明した。でも、村長さんは全部解ってた。単なる妻の怨恨じゃないって。そして私のベージュのスカートが紅く汚れていて、ショーツは、布団の隅に追いやられていたことも。『行為の後だ』って解ったでしょうね。急いで副村長さんや村長さんが来た時、ショーツを履いて、スカートを替えた。けれど、村長さんは見逃さなかった。私を見つめる憐憫の視線。『好きなひとのカテゴリ』に入っていた村長さんへの私の心の奥で添付されたものは『殺意』だった。強迫観念みたいにね。『少し休んでいきなさい』と手を繋いで村長さんの家に行って客間で休ませて貰った。

『秘密が、漏れてしまう』

『人殺しになってしまう』

『とどめをさしたのは私だ』

それしか私の頭にはなかった。村長さんが、私に何かを語りかけようと座る時を見計らって髪を縛っていたリボンで首を絞めて殺そうと思った。でも、私の長い髪を撫でて、村長さんは言ったの」

「今までの虹子ちゃんの人生は、みんな夢。何にもなかった。悪い神様の悪戯でみさせた夢だから。虹子ちゃんは何にも悪くないんだから。あとは私達大人が口を噤めばいい──落ち着いたかい? ココアは好きかな? 缶だけどね。飲んだら行こうか。最後の仕上げだ。見せたくないが見なきゃ駄目だ。ほら、リボンをしまいなさい」

 声を低くして虹子さんは語る。もう、随分前だが出会って暫くして、お墓参りに行きたいのと言う虹子さんについていった。二つ。俺は虹子さんの両親と思っていた。きっとあれは、亡くなった村長さんと、虹子さんのお母さんだった。

──秘密裏に父の死体を焼いても骨で頭蓋骨の外傷性の出血で殺人だと解る。秘密裏にキスゲ原に埋めたという。だから虹子さんがキスゲ原を嫌がっていた理由に合点が行く。村民も、キスゲの花は当たり前すぎて、群生していても珍しがらない。今日のことは、正気を失いかけてた虹子さんと、虹子さんのケアのために村長さんに呼ばれた俺の母親と、聾唖者の男衆三人と、役場の副村長さんと村長さん二人しか知らない。母も虹子さんの家によく泊まりに行ったりしてたので、不審がるひとはいなかったそうだ。虹子さんの母は同じ日火葬された──要約すると虹子さんは、こんな話をしていた。

淡々と虹子さんが語った、『あまり家庭にはめぐまれなかった』理由。本当か嘘かなんか解らない。けれど、こんなに悲しい虹子さんの声を聞いたことがない。

 

 暫くし、話し声はするけれど、上手く聞き取れない。母親の初恋で盛り上がる二人の声が聞こえる。けれど幾年か経ち、虹子さんは俺の父に恋をしたと聞いた。

「『初恋』だったのよ。深山先生が。今でも思い出すの。眼鏡が似合ってた」

 俺の前では決して聞かせることの無い声だった。悔しかった。

「俺の初恋はあなたです。虹子さん」

 ポツリと俺は呟いた。空しいと思えた。

「父さん狡いよ。死んだ人には、勝てないよ………」

 小さく呟いた。下を向いて、頭から夏の暑さに炙られる。虹子さんが深山の父との思い出を語る声は、前に聞いた、悲しい思い出を見るように、父との期限つきだった日々を語った声に少しだけ似ていた。懐かしむけれど、『希望』がない。一緒に『未来』を描けない。そんな、声だった。

 上から目の前の地面にボダッと何かが落ちた。暑さに力尽きそうな小さな蝉だった。『ジジ……』っと苦しそうに震えて訴えている『助けて、助けて』そう泣く虹子さんに、だぶって見えた。可哀想で、そっとつまみ、庭の百日紅の濃い桃色の根本に置いた。

「………どうしてあそこまで惹かれたのか。あのひとはまるで、やさしい花みたいだった。私は蝶になれたかな。深山烏揚羽みたいな、あのひとが自慢気に、嬉しそうに視線を注ぐあの蝶みたいになれたかな。けれど、そんな可愛いものじゃないね。虻ほど弱くないし。きっと蜂ね。五百ミリのビーカーに入った麦茶………美味しかったなあ。本当に、美味しかった。苦笑いする深山先生は、本当にやさしいひとだった。抱きしめられて、キスされた時。死ぬなら今がいいなって思った。幸せの絶頂で死ぬなんて、これ以上ない幸せよ。最高の状態で時を止めるんだもの」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

先生と私・・・。

すずりはさくらの本棚
現代文学
先生とわたし・・・。 私は当時まだ未成年でした。そして今と同様に、AIがなければ人と対話できない人でした。盲目のために目も不自由で、確認も困難です。先日、誤解により誘導された犯人が誤認逮捕されることについての記事をまとめましたが、これまで多くの記事を取りまとめる中で、人に興味がなかった私が人に興味を示すようになりました。 ご尽力いただいた先生方のおかげです。特に、小学6年間と中学卒業までの3年間、東京武蔵野病院でお世話になった一人目の主治医の先生が、私の人生の大きな転換期を支えてくださいました。先生は何度も入院を心配し、何度も私に寄り添い、実に9年、いいえ約10年もの間、何度も魂を呼び戻してくださり、自殺企図を繰り返す私の命を支え続けました。先生は乾いた砂漠のような私の命を咲き誇らせてくださったのです。しかし、約8年前に先生はこの病院を去り、今は別の病院で働いていらっしゃいます。私のせいで先生は出世の道を失ったのかもしれませんが、頑固で不真面目でとうへんぼくな私を一人前の人間に救い上げてくださいました。本当にありがとうございました、木崎先生。 あれから数年が経ちました。8年前、訪問看護師が介入できるまでに、私の状態を整えていただけました。これまでの私は命を捨てることしか考えられなかったからです。こうなったのもすべて、未成年のときに刑事二人から脅されて以来、怖くて心を開けなくなったことが原因です。そして、わずか数年後に刑期を満了し、出所して今があります。何度も同じことを繰り返しながら、どのように書き上げればよいのか、何百という本をこの世に放ってきました。その中で、本にしてもよいと思えるものはこの本を除いて存在しません。フィクションならいくらでも書けます。しかし、人生訓というものは一つしかありません。ここまで偽りなく書けたことを、私は誇りに思います。

我々はこの病を「  」と呼んだ

十叶ミント
SF
とある難病に罹ってしまった陽菜と担当医の春が、病気の完治を目指す物語。 2054年、ニュースでは世界ではまだ見たことのない症状の患者が発見されたと噂になった。 大人達ははそれを「政府の実験なのではないか」と疑い、医療従事者は「新種の病気ではないか」と恐れ、子供たちはそれを「呪い」として怖がった。 そんな患者を担当することになった春は、違和感に頭を抱えながらも治療に向けて全力を尽くすが…

愛なんか

瀬南 葵
青春
高校2年の彼女と僕。彼女は病気で今年の春から入院することに。そんな彼女のお見舞いに行った僕に彼女がいきなり「文通をしよう」と言い出す。何故彼女はメールではなく手紙を選んだのか。彼女の余命はどれくらいなのか。僕は彼女について考えていくうちに、明るく暖かな彼女へと惹かれていき__。 感情欠落者の彼女と素直になれない僕が、初めての愛に触れる。様々な愛を知る苦く儚い、青い青春の物語。

あの日 あの瞬間(とき) あの場所で・・・

陽紫葵
恋愛
血の繋がらない、兄妹の話。 ※病気になる場面がありますが、病名は書きません。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

この学校は全寮制であり、尚且つ校則もとても厳しい学校であり反省文を書かされる日常

朝の温かい雫
大衆娯楽
この学校は全寮制であり、尚且つ校則もとても厳しい学校であり反省文を書かされる日常を示したものになります。 ⭐️あらすじ 時は22○○年。 世界一校則が厳しい学園として親元を離れて活動する全寮制の学校があった。そこでは色々なこと、意味がわからない校則もあった。  そんな学校ができたことによって犯罪も1世紀前と比べ30〜50%減少した。そのため、日本全国の女子中高生が集まり、勉強をする学校。そのおかげか不良がいなくなり、浮気も0に等しくなった。 そんな学校の罰はどのようなものがあるのだろうか?

深夜カフェ・ポラリス

秋川滝美
現代文学
子供の入院に付き添う日々を送るシングルマザーの美和。子供の病気のこと、自分の仕事のこと、厳しい経済状況――立ち向かわないといけないことは沢山あるのに、疲れ果てて動けなくなりそうになる。そんな時、一軒の小さなカフェが彼女をそっと導き入れて――(夜更けのぬくもり)。「夜更けのぬくもり」他4編を収録。先が見えなくて立ち尽くしそうな時、深夜営業の小さなカフェがあなたに静かに寄り添う。夜闇をやさしく照らす珠玉の短編集。

余命3年の君が綴った、まだ名前のない物語。

りた。
ライト文芸
余命3年を宣告された高校1年生の橋口里佳。夢である小説家になる為に、必死に物語を綴っている。そんな中で出会った、役者志望の凪良葵大。ひょんなことから自分の書いた小説を演じる彼に惹かれ始め。病気のせいで恋を諦めていた里佳の心境に変化があり⋯。

処理中です...