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金色の回向〖第22話〗
しおりを挟む紅い口紅。改めて虹子さんの姿かたちが綺麗で見惚れた。太陽の下の虹子さんは綺麗だ。口づけをしたいと思ったが、その前に俺は口が鮎臭いと心配になり俺は『ちょっとごめん』と、少量の烏龍茶で口を濯ぐ。虹子さんも笑って俺の真似をした。口づけに応えてくれる。心地よくて、頭の奥が溶けそうだと思う。『領ちゃんは、穏やかな幸せをくれる』そう言い、河原の石に座り、虹子さんは二つのお弁当箱と、もう一つ小さなタッパーを持って笑う。俺は、今までこんなに浮かれて幸せな気分になることはなかった。蝉時雨が見ている。波のような音の視線のようだ。俺は不意をつくように虹子さんの頬に口づけた。驚いた顔をする虹子さんを見て、俺は悪戯っぽく笑った。
「お弁当美味しい! 甘いだし巻き玉子なんて初めて! すっごく旨い! おかかのおにぎりも美味しいよ! 白ごま効いてる! カニとタコのウインナーなんて久しぶりだよ。美味しい」
幸せだと思えた。本当に幸せな時だと思えた。はじけるような虹子さんの笑顔、背を流れる健康的な汗。時を止めることができたら。この瞬間が永遠に続けばいいと思うった。毎日が幸せであることを願いながら、鮎みたいに今を今日を、明日をを自由に泳ぎ回りたい。俺はそう思うけど、虹子さんが、前に言っていたことは、俺が心から願ったこととは違かった。
「全てにおいて永遠の幸せなんてないのよ。だから一番幸せな時に全て終わらせたいの。もしその瞬間があれば、隕石か何かが衝突すればいい。皆まとめて消えてしまえばいい。永遠なんてないんだから。存在しないから永遠を願うの。花火と一緒よ。華々しい轟音と共に、打ちあがって、残るのは、静かな火花。バチバチと残った音さえ愛しいのよ」
そう言って俯きながら笑ってた。今はうって変わって恥ずかしそうな顔をしながら、小さなタッパーを俺に差し出した。胡瓜の浅漬け。唐辛子でピリ辛だ。辣油もアクセントになっている。
「よかった。喜んでもらえて。若い子に何作っていいか解らなくて、タコさんウインナー。子供っぽかったかな。デザートは後でね。はりきっちゃったの。自信作なんだよ」
それからキスゲの群落を見に行った。丁度時期にあたり、辺り一面キスゲが揺れる。降るような蝉時雨。俺が住む山に囲まれた小さな集落の村人ですら、ここの存在を知る人はほとんどいない絶景スポットだ。虹子さんはキスゲの花より遠くを見つめる。豊かな黒髪が風になびいた。厳しい目付きに、繋いだ手が冷え、震えていた。
「どうしたの?」
「………変わらないんだなって。ちょっと怖くなったの。時間が止まったみたい」
「深山の親父と来たの?」
「違うよ!」
違うの………。弱々しく俯いたまま虹子さんは黙った。
「ねえ、領ちゃん」
「ん?」
「………いや、何でもない。気にしないで」
「どうしたの? どうして泣くの?」
「何でもない!」
語尾を荒げ、虹子さんは、非力な腕で俺を突き飛ばした。わざとひっくり返って驚かせようとしたら、キスゲの中に埋もれた俺を見て虹子さん絶叫した。尋常じゃない反応に俺は暫く動けなかった。大声で泣きながら虹子さんは、俺にしがみつき『ごめんなさい』と『許して』を繰り返した。
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