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金色の回向〖第11話〗
しおりを挟む「領ちゃんは、今日此処に、何しに来たの?」
俺が言いたかったこと。此処にきた理由を責めるのではなく、答えを導くように虹子さんは言う。俺は汗ばむ臆病な手を握り締めて言った。
「謝りに、来たんだ。鮎とそれ、持って。ごめん………本当にごめん。俺、虹子さんが好きなんだ、このままさよならなんて嫌だよ」
ここに来るの、怖かったよ。虹子さんがいないんじゃないかって、怖かったよ………言い訳、させてくれる? 俺は頷いた虹子さんに今までの気持ちを辿々しく伝えた。許してほしい、酷いことを言った、また、此処で甘いものが食べたいと。拙い言葉を繋いで、一つの言葉にするのは難しくて、俺は誰かを傷つけたら必ず自分に返って来ると解った。恋したひと、愛しいひとなら尚更。
「悪かったと思ってる。あんなこと言うつもりじゃなかったんだ」
気持ちが昂り、じわりと、目に涙が滲んだ。
「泣き虫領ちゃん。昔と変わらないわね。そんなこと気にしてないのに」
「怒ってる?」
虹子さんは隣の石に座って『おいで』と言った。虹子さんを抱きしめて肩に顎をのせると涙が流れた。今までの緊張がほどけて、みっともないくらい泣いてしまった。
「『おばさん』なんて言われたくらいで怒らないわよう。本当だし。普通、世の中では三十過ぎたら、皆おばさん扱いよ。気にしないで。かえってごめんね、気を遣わせて。あの言葉に深い意味なんて、ないのよ。まあ実際問題、私の年齢は『おばさん』だし。そう扱われないのは芸能人や有名人かお金持ち。ただ、私はお菓子作りと学歴しか取り柄がない劣等感だらけの人間なの。領ちゃんには、もっといい人いるよ。きっと上手く行くよ」
遠回しにさよならを促す虹子さんは綺麗に笑ってみせた。でも、何処か泣き顔にも似た哀しい笑顔だった。二度と同じ間違いはしない。俺は虹子さんを見つめた。
「俺は虹子さんしかいらない。虹子さん以上は俺にはないよ。この間はごめんなさい。頼りないかもしれないけど、俺、虹子さんが好きだよ。いい匂いの髪も、桜貝みたいな爪も、全部。俺は外野がどうこう言おうが虹子さんがいい。三十過ぎたら皆おばさんなら、こんな素敵なおばさんいないよ」
「殺し文句ね。領ちゃん、あなたは欲しかった言葉をみんなくれるのね」
そう言い微笑む虹子さんは切なそうで、つらかった。
「こんな綺麗なマニキュア。嬉しいよ。でも、このブランド、デパートにしか置いてないのに。修一さん………お父さんに街まで乗せて行って貰ったの?」
「自転車で。百貨店の、化粧品売場。場違いな感じがしたけど、虹子さんに似合うと思ったから………」
『こんな可愛い子に貢がせちゃったわね』と『ありがとう。本当に嬉しいよ』と虹子さんが言った。速く大人になりたい、追いついて対等でありたいと背伸びをする自分と、虹子さんに甘やかされて子供扱いされて、拗ねながら漂っていたい気持ちが拮抗する。
「領ちゃんが塗ってくれる?」
「うん。虹子さんに映えるだろうな………」
そう言い、俺と虹子さんは見つめあって口づけた。何かほんのり鮎の味がする。
「鮎味のキスは初めてだわ。変な感じ」
虹子さんはそう言う。目と目を合わせて二人で吹き出して笑った。
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