金色の回向〖完結〗

華周夏

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金色の回向〖第9話〗

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久しぶりに攩網で二匹鮎を取った。学校には、行ったが一限目から行かなかった。簡単に言えばサボった。天然の鮎はやはり西瓜の匂いがする。二匹の鮎はバケツ中をいつものように何食わぬ顔で泳ぐ。ぐるりぐるりと。虹子さんの家は村外れだ。学校と川からは、近道をすれば速く着く。

「ごめんください。虹子さん、開けて。お願い開けて」

 廊下を小走りする音が玄関で止まる。

「領………ちゃん?」

 それから沈黙が流れ、中々ドアは開かなかった。もう俺を、家にあげてくれないのかもしれない。蝉が耳元で鳴く。鼓膜が痛い。

「言い訳させて欲しいんだ。虹子さん」

 と言った。暫くし、カチャリと鍵が開く音がして、引き戸が開いて『入って』と一言虹子さんは言う。ベージュの手触りの良さそうなロングワンピースを着た虹子さんは、俺を見上げ、視線を右手のバケツに移す。

「鮎………?」

「お、お土産。川でさっき取ってきた」

 虹子さんは『ありがとう』とバケツの鮎から目を離さず言った。鮎がパシャリと跳ねた。

「お魚元気ね、お庭で焼こうか。美味しそう」

 虹子さんは、鮎を見て嬉しそうに笑うけれど、俺を見て笑ってくれない。初めて来たときと変わらない荒れた庭。最初から何も変わっていない。何回目か、虹子さんの家を訪れたとき、庭に咲く白い花を見て『《除虫菊》好きなの?』と疑問符を頭につけながら俺は言った。中々匂いが独特だし、ありふれているからだ。虹子さんは解ってないなぁという顔をして、『《シロバナムシヨケギク》ともいうのよ《除虫菊》じゃ何だか名前が色気ないよ。ロマンがないわね。男の子だから仕方ないか。花としても有能だし、マーガレットに似ているでしょ? 可愛いじゃないの』と言った、網戸越しに吹く風に、お菓子を食べながら、暑さで流れる汗を乾かしながら二人で見た花たち。マーガレットのような白い花弁が風に揺れる。他にあるのは名前も知らないサワサワとそよぐ夏草。夏草がそよいで姿を現すのは風。

やり直したい。もう一度機会が欲しい。一緒にいるだけでいい。虹子さんが俺を見て笑ってくれたら嬉しい。でもそれはたぶん叶わないだろう。だから、せめて謝りたいと思う。でもそれは裏を返せば、諦める理由が欲しいだけだ。虹子さんに振られることで、心の底の波立つ感情から楽になりたい。

叶わないのに、報われないのに思い続けるのは苦しい。本当は触れたいけれど、触れられないのも苦しい。答えの出ない問題をずっと解いている気分だ。最初は興味だけで会ってすぐに白い首に触れたりした。今は出来ない。触れることがどれだけ特別かを知ってしまったから。

頭から陽に照らされる。今日も変わらず蝉は鳴く。千切れる程に痛々しい。気持ちは、余すことなく伝えなければ。そう思いながら鮎を焼く準備をする。石で簡単な囲炉裏を二人で造った。虹子さんは、冷たい甘酒をくれた。

相変わらず日の光を知らないような白い首に見惚れた。俺の指は、あのうなじに触れた。今は、怖くて。否定されたらと思うと触れるなんて出来ない。

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