10 / 36
金色の回向〖第9話〗
しおりを挟む
久しぶりに攩網で二匹鮎を取った。学校には、行ったが一限目から行かなかった。簡単に言えばサボった。天然の鮎はやはり西瓜の匂いがする。二匹の鮎はバケツ中をいつものように何食わぬ顔で泳ぐ。ぐるりぐるりと。虹子さんの家は村外れだ。学校と川からは、近道をすれば速く着く。
「ごめんください。虹子さん、開けて。お願い開けて」
廊下を小走りする音が玄関で止まる。
「領………ちゃん?」
それから沈黙が流れ、中々ドアは開かなかった。もう俺を、家にあげてくれないのかもしれない。蝉が耳元で鳴く。鼓膜が痛い。
「言い訳させて欲しいんだ。虹子さん」
と言った。暫くし、カチャリと鍵が開く音がして、引き戸が開いて『入って』と一言虹子さんは言う。ベージュの手触りの良さそうなロングワンピースを着た虹子さんは、俺を見上げ、視線を右手のバケツに移す。
「鮎………?」
「お、お土産。川でさっき取ってきた」
虹子さんは『ありがとう』とバケツの鮎から目を離さず言った。鮎がパシャリと跳ねた。
「お魚元気ね、お庭で焼こうか。美味しそう」
虹子さんは、鮎を見て嬉しそうに笑うけれど、俺を見て笑ってくれない。初めて来たときと変わらない荒れた庭。最初から何も変わっていない。何回目か、虹子さんの家を訪れたとき、庭に咲く白い花を見て『《除虫菊》好きなの?』と疑問符を頭につけながら俺は言った。中々匂いが独特だし、ありふれているからだ。虹子さんは解ってないなぁという顔をして、『《シロバナムシヨケギク》ともいうのよ《除虫菊》じゃ何だか名前が色気ないよ。ロマンがないわね。男の子だから仕方ないか。花としても有能だし、マーガレットに似ているでしょ? 可愛いじゃないの』と言った、網戸越しに吹く風に、お菓子を食べながら、暑さで流れる汗を乾かしながら二人で見た花たち。マーガレットのような白い花弁が風に揺れる。他にあるのは名前も知らないサワサワとそよぐ夏草。夏草がそよいで姿を現すのは風。
やり直したい。もう一度機会が欲しい。一緒にいるだけでいい。虹子さんが俺を見て笑ってくれたら嬉しい。でもそれはたぶん叶わないだろう。だから、せめて謝りたいと思う。でもそれは裏を返せば、諦める理由が欲しいだけだ。虹子さんに振られることで、心の底の波立つ感情から楽になりたい。
叶わないのに、報われないのに思い続けるのは苦しい。本当は触れたいけれど、触れられないのも苦しい。答えの出ない問題をずっと解いている気分だ。最初は興味だけで会ってすぐに白い首に触れたりした。今は出来ない。触れることがどれだけ特別かを知ってしまったから。
頭から陽に照らされる。今日も変わらず蝉は鳴く。千切れる程に痛々しい。気持ちは、余すことなく伝えなければ。そう思いながら鮎を焼く準備をする。石で簡単な囲炉裏を二人で造った。虹子さんは、冷たい甘酒をくれた。
相変わらず日の光を知らないような白い首に見惚れた。俺の指は、あのうなじに触れた。今は、怖くて。否定されたらと思うと触れるなんて出来ない。
「ごめんください。虹子さん、開けて。お願い開けて」
廊下を小走りする音が玄関で止まる。
「領………ちゃん?」
それから沈黙が流れ、中々ドアは開かなかった。もう俺を、家にあげてくれないのかもしれない。蝉が耳元で鳴く。鼓膜が痛い。
「言い訳させて欲しいんだ。虹子さん」
と言った。暫くし、カチャリと鍵が開く音がして、引き戸が開いて『入って』と一言虹子さんは言う。ベージュの手触りの良さそうなロングワンピースを着た虹子さんは、俺を見上げ、視線を右手のバケツに移す。
「鮎………?」
「お、お土産。川でさっき取ってきた」
虹子さんは『ありがとう』とバケツの鮎から目を離さず言った。鮎がパシャリと跳ねた。
「お魚元気ね、お庭で焼こうか。美味しそう」
虹子さんは、鮎を見て嬉しそうに笑うけれど、俺を見て笑ってくれない。初めて来たときと変わらない荒れた庭。最初から何も変わっていない。何回目か、虹子さんの家を訪れたとき、庭に咲く白い花を見て『《除虫菊》好きなの?』と疑問符を頭につけながら俺は言った。中々匂いが独特だし、ありふれているからだ。虹子さんは解ってないなぁという顔をして、『《シロバナムシヨケギク》ともいうのよ《除虫菊》じゃ何だか名前が色気ないよ。ロマンがないわね。男の子だから仕方ないか。花としても有能だし、マーガレットに似ているでしょ? 可愛いじゃないの』と言った、網戸越しに吹く風に、お菓子を食べながら、暑さで流れる汗を乾かしながら二人で見た花たち。マーガレットのような白い花弁が風に揺れる。他にあるのは名前も知らないサワサワとそよぐ夏草。夏草がそよいで姿を現すのは風。
やり直したい。もう一度機会が欲しい。一緒にいるだけでいい。虹子さんが俺を見て笑ってくれたら嬉しい。でもそれはたぶん叶わないだろう。だから、せめて謝りたいと思う。でもそれは裏を返せば、諦める理由が欲しいだけだ。虹子さんに振られることで、心の底の波立つ感情から楽になりたい。
叶わないのに、報われないのに思い続けるのは苦しい。本当は触れたいけれど、触れられないのも苦しい。答えの出ない問題をずっと解いている気分だ。最初は興味だけで会ってすぐに白い首に触れたりした。今は出来ない。触れることがどれだけ特別かを知ってしまったから。
頭から陽に照らされる。今日も変わらず蝉は鳴く。千切れる程に痛々しい。気持ちは、余すことなく伝えなければ。そう思いながら鮎を焼く準備をする。石で簡単な囲炉裏を二人で造った。虹子さんは、冷たい甘酒をくれた。
相変わらず日の光を知らないような白い首に見惚れた。俺の指は、あのうなじに触れた。今は、怖くて。否定されたらと思うと触れるなんて出来ない。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
行き倒れ女とスモーカーのレシピ〖完結〗
華周夏
現代文学
塾講師、日比野彰の趣味は料理だ。
後輩の朝越タカラと煙草を吸いながら鍋の話をする。
今日は雪。しかも、大雪。
アパートの二階。何故か家の前で行き倒れた雪だらけの女がいた。
待つことの怖さ、
待たれることの怖さ。
愛したひとを忘れることの傲り、
愛することをやめない頑なな哀しみ。
塔の上の王子さま〖完結〗
華周夏
現代文学
黒い瞳と黒の髪の王子さまがいました。
王子さまは不吉だと言われ塔の一番上に幽閉されていました。
哀しい境遇の王子さまはそれでも優しく、名前もなく醜い容姿と声の私に優しく接し『ロイ』と名前を与えてくれました。
ロイは不相応ながら、王子さまに密かに想いを寄せていました……。
宵闇の山梔子(くちなし)〖完結〗
華周夏
現代文学
寂しいと僕が泣くと、甘い香りの花。白い花びらのような手を伸ばすようように僕を慰めてくれる。
青年と、甘い山梔子(くちなし)の精との幻想的な切ない恋物語。
まるで、真夏だけ許された御伽噺。
指先だけでも触れたかった─タヌキの片恋─〖完結〗
華周夏
現代文学
今あなたは恋をしている。あの子ばかり見つめている。何故解るのか?私があなたを見つめているから。気づかれないようにそっとみる。あなたには私の視線は騒音でしかないから。
あなたを好きになったのは間違っていた?………たぶん、そうだったんだね。私はあなたに嫌われているから。
★【完結】ダブルファミリー(作品230717)
菊池昭仁
恋愛
結婚とはなんだろう?
生涯1人の女を愛し、ひとつの家族を大切にすることが人間としてのあるべき姿なのだろうか?
手を差し伸べてはいけないのか? 好きになっては、愛してはいけないのか?
結婚と恋愛。恋愛と形骸化した生活。
結婚している者が配偶者以外の人間を愛することを「倫理に非ず」不倫という。
男女の恋愛の意義とは?
氷雨と猫と君〖完結〗
華周夏
現代文学
彼とは長年付き合っていた。もうすぐ薬指に指輪をはめると思っていたけれど、久しぶりに呼び出された寒い日、思いもしないことを言われ、季節外れの寒波の中、帰途につく。
その男、人の人生を狂わせるので注意が必要
いちごみるく
現代文学
「あいつに関わると、人生が狂わされる」
「密室で二人きりになるのが禁止になった」
「関わった人みんな好きになる…」
こんな伝説を残した男が、ある中学にいた。
見知らぬ小グレ集団、警察官、幼馴染の年上、担任教師、部活の後輩に顧問まで……
関わる人すべてを夢中にさせ、頭の中を自分のことで支配させてしまう。
無意識に人を惹き込むその少年を、人は魔性の男と呼ぶ。
そんな彼に関わった人たちがどのように人生を壊していくのか……
地位や年齢、性別は関係ない。
抱える悩みや劣等感を少し刺激されるだけで、人の人生は呆気なく崩れていく。
色んな人物が、ある一人の男によって人生をジワジワと壊していく様子をリアルに描いた物語。
嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言……
現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。
彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。
※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非!
※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる