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金色の回向〖第7話〗
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「領ちゃんには未来がある。私は似合わないよ」
赤い口紅のついた煙草を、口唇から虹子さんは離し、お洒落な硝子の灰皿に置いた。うっすらと光る虹子さんの唾液に、獣みたいにまた欲情すると虹子さんに伝えると、虹子さんは、
「私もよ。領ちゃんの焼けた肌は綺麗だと思うわ。ミルクコーヒーみたい。欲情ぐらいするわよ。適齢期の男女なんだから。汚いことじゃないと思うけど。人間も動物よ」
情事の後の、火照る俺の指に、虹子さんは笑って口づけた。そして躊躇いもなく、俺の頬に額に口唇に、触れるだけのキスをする。どうして? 虹子さん。俺が虹子さんを好きだから? 俺が子供みたいな年齢だから、だから虹子さんは、子供が玩具で遊ぶように俺に口づけるの? 思わせぶりに、残酷に。思わず涙ぐみそうになる俺を見透かすように。そんなとき虹子さんは言った。
「領ちゃん──私あなたが好きだよ」
虹子さんは手を伸ばして俺を抱き締める。空の翳りが完全に晴れて部屋が眩しい。空から夕立のような夏の日差しと、蝉時雨が降ってくる。
俺は死ぬまでこの音を忘れられないだろうなあと漠然と思った。初めて好きになった人、初めての人に抱きしめられて、その人と体温が同化していく。俺の気持ちも全部虹子さんに浸透して伝えられたらいいと思った。『領ちゃんはあったかいね。安心する』と、何故か睫毛を伏せて虹子さんは、そう言った。
「俺、虹子さんが好きだよ」
けれど、いつも虹子さんは、何か遠くを見て寂しそうにしている。そう繋げたかった言葉を飲み込む。虹子さんはいつも通り、淡く微笑んで、
「私も好きだよ」
「でも、虹子さんは………」
俺は口ごもった。虹子さんは俺を必要ともしないし、信用すらしてないように感じる、そうは言えなかった。つないだ糸が切れてしまいそうだったからだ。
「………信用してなかったら、領ちゃんを家にあげたりしないよ」
虹子さんは続けた。心臓が軋んだ。俺は自分の考えを読まれて、彼女のことを信じてないのは自分だったと思い知らされた。虹子さんは俺を信じて、やさしい味の甘いものをくれた。一番やさしい味の甘いものは、虹子さんだった。
「領ちゃんは優しい目をしてるね。でも、私ね、いい噂はないの。それにもう私……おばさんだもの。領ちゃん、学校で噂になってない? 初めての相手が私じゃ、恥ずかしいよね………ごめんね」
虹子さんは静かに、置かれた煙草の煙を深く吸い、綺麗なガラスの灰皿に静かに置いた。自分を貶すように、短く詰まるように笑ってから俺を見る。俺は虹子さんを『おばさん』だなんて思ったことはない。
ただ俺は悔しくて、切なくて、やるせない。俺はどうしていいか解らない。俺は感情のまま、虹子さんを責めた。
「何でそんなこと言うんだよ。噂になんかなってないよ! なったとしても、俺は構わないよ! 俺に今、何言ったか、解ってる? 俺の『初めて』の相手は恥ずかしい人だって。虹子さん、今そう言ったんだよ? あなたのことが好きでどうしようもない相手に、あなたは自分を『恥ずかしい』そう言ったんだよ? じゃあ俺は? 虹子さん!」
赤い口紅のついた煙草を、口唇から虹子さんは離し、お洒落な硝子の灰皿に置いた。うっすらと光る虹子さんの唾液に、獣みたいにまた欲情すると虹子さんに伝えると、虹子さんは、
「私もよ。領ちゃんの焼けた肌は綺麗だと思うわ。ミルクコーヒーみたい。欲情ぐらいするわよ。適齢期の男女なんだから。汚いことじゃないと思うけど。人間も動物よ」
情事の後の、火照る俺の指に、虹子さんは笑って口づけた。そして躊躇いもなく、俺の頬に額に口唇に、触れるだけのキスをする。どうして? 虹子さん。俺が虹子さんを好きだから? 俺が子供みたいな年齢だから、だから虹子さんは、子供が玩具で遊ぶように俺に口づけるの? 思わせぶりに、残酷に。思わず涙ぐみそうになる俺を見透かすように。そんなとき虹子さんは言った。
「領ちゃん──私あなたが好きだよ」
虹子さんは手を伸ばして俺を抱き締める。空の翳りが完全に晴れて部屋が眩しい。空から夕立のような夏の日差しと、蝉時雨が降ってくる。
俺は死ぬまでこの音を忘れられないだろうなあと漠然と思った。初めて好きになった人、初めての人に抱きしめられて、その人と体温が同化していく。俺の気持ちも全部虹子さんに浸透して伝えられたらいいと思った。『領ちゃんはあったかいね。安心する』と、何故か睫毛を伏せて虹子さんは、そう言った。
「俺、虹子さんが好きだよ」
けれど、いつも虹子さんは、何か遠くを見て寂しそうにしている。そう繋げたかった言葉を飲み込む。虹子さんはいつも通り、淡く微笑んで、
「私も好きだよ」
「でも、虹子さんは………」
俺は口ごもった。虹子さんは俺を必要ともしないし、信用すらしてないように感じる、そうは言えなかった。つないだ糸が切れてしまいそうだったからだ。
「………信用してなかったら、領ちゃんを家にあげたりしないよ」
虹子さんは続けた。心臓が軋んだ。俺は自分の考えを読まれて、彼女のことを信じてないのは自分だったと思い知らされた。虹子さんは俺を信じて、やさしい味の甘いものをくれた。一番やさしい味の甘いものは、虹子さんだった。
「領ちゃんは優しい目をしてるね。でも、私ね、いい噂はないの。それにもう私……おばさんだもの。領ちゃん、学校で噂になってない? 初めての相手が私じゃ、恥ずかしいよね………ごめんね」
虹子さんは静かに、置かれた煙草の煙を深く吸い、綺麗なガラスの灰皿に静かに置いた。自分を貶すように、短く詰まるように笑ってから俺を見る。俺は虹子さんを『おばさん』だなんて思ったことはない。
ただ俺は悔しくて、切なくて、やるせない。俺はどうしていいか解らない。俺は感情のまま、虹子さんを責めた。
「何でそんなこと言うんだよ。噂になんかなってないよ! なったとしても、俺は構わないよ! 俺に今、何言ったか、解ってる? 俺の『初めて』の相手は恥ずかしい人だって。虹子さん、今そう言ったんだよ? あなたのことが好きでどうしようもない相手に、あなたは自分を『恥ずかしい』そう言ったんだよ? じゃあ俺は? 虹子さん!」
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