蝶々の繭

華周夏

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〖第59話〗

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 あの最後のメッセージを見る限り父さんと覚さんは何かに引き裂かれたように見えた。鍵を握るのは、母さんだ。会わなければ、真実を聞かなければ。この恋を、父に返すことになっても。俺のしあわせは、親父と覚さんの、かけ違いの不幸の上で、かりそめのしあわせとして成り立っているとは思いたくない。

 明日、出ていこう。最後だけでも甘えたい。いつも通り夕飯を作った。覚さんは料理に関しては不精なので、たくさん常備菜を作った。


『悪くならないうちに食べてね』


 とパックに付箋を貼った。シャワーを浴びて荷づくりをしたあと、今までのことを思い出した。いいことばかりではなかった。子供臭い行動をとったこともたくさんあった。たくさん覚さんを悩ませて傷つけた。それでも覚さんはやさしかった。


 幸せだった。


 初めてひとの胸の中で思いきり泣いた。恥ずかしいほど。そのひとは確かに俺を愛してくれた。だから、覚さんが望むところへ。糸をほどいて、覚さんが幸せになれるように。俺は、また居場所を探す。『根なし草だ』コロコロ転がって、何処かへ行こう。それでもよかった。覚さんの部屋のドアを叩く。いつも通りの声だ。

「どうした?」
 
 ベッドの枕を背もたれにして覚さんは本を読んでいた。英語の本だった。

「隣で寝させて。枕は持ってきた。久し振りに覚さんの寝息を聞きたくて」

「毎日寝てるが」

「そういうんじゃないんだ。ただ、昔みたいな気分を味わいたくて。あの頃は毎日怖かった。嫌われたくないって。憎まれてるんじゃないかって考えたときは世界が灰色になった。覚さん、初めてキスした日、覚えてる?俺覚えてるよ。嬉しかったなぁ」
 
 涙がこぼれた。とまらなかった。

「俺、幸せだったよ。ここに来たこと後悔してない。ありがとう、覚さん、忘れないよ。愛してたよ」

 スルリと覚さんのベッドに滑り込む。

「どうした? 洋之。変だ。何を考えてる?話してくれないと解らない。友次のことか?」

 俺は泣きながら寝たふりをした。さよなら、覚さん。そっと足先で覚さんのふくらはぎに触れた。
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