蝶々の繭

〖第56話〗

「君に話すのは憚られるが………話すよ」

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「早瀬家は昔、今よりネームバリューがあった。けれど、私の性癖もみな薄々気づいていた。美大を卒業した私はこの家をあてがわれた。『表には出てくるな。姿も現すな』ということだと思う。ここは本家の別荘だった。隠したかったんだろうね。『臭い物には蓋』それが早瀬のやり方だ。体裁の良い厄介払いさ。今は私が買い取ってリフォームした」

　覚さんが、遠くを見ているような気がした。

「そこに、昔、遊びに来たのが大学生の友次だった。やはり、親子だな。少し、君に似ている。友次も『覚さん』そう私を呼んでいた。いつも私についてまわっていた。読んでる本を知りたがった。私についても、何でも知りたがった。珍しかったんだろうね。一緒に料理を作ったり、近くの湖で魚釣りをよくした。散歩もした。いつもニコニコ笑っていて可愛らしかったよ」

　ある日の夜、私の部屋に来て、

「俺の絵を描いて」
　
　そう友次は言った。

「一枚で良いから。一度だけでいい。俺を見て。俺だけを見て」
　
　モデルと称して招く、遊ぶだけの男の友達を友次は見てきた。友次に、抱き合っている所を見られても気にすること無く行為を続けた。

「いいところだから邪魔をしないでくれ」
　
　と息を乱してね。私は彼がノーマルだと思っていたから気にもかけなかった。友次に対して友人以外の感情もなかったし、友次はきっと内心では私を気持ち悪いと思っているものだと思っていたしね。だから、正直驚いた。

「俺を描いて。お願いだよ。絵を描いているときだけは覚さんは俺を見てくれるでしょ？俺を見て。覚さん、苦しいんだ」

　華奢な震える指先に、友次のいたいけな想いに、私だけしか映さない瞳に私は落ちた。そのまま、友次を抱いた。プラトニックだけだろうと思っていた友次を抱くのは気がひけたが、友次はそれを望んだ。行為の後、

「俺を描いて。ずっと俺を描いて。俺を恋人にして」

　そう友次は私にしがみつき泣いた。その日から、手放せなくなった。いとしくて、あまりにも友次の拙い恋が、切なかった。

「こんな私の何処がいいんだ」

「やさしいところと、手」

　そう言い友次ははにかむように笑った。そして、

「絵を描くんだから手は大事にして。俺が毎日ご飯をつくるよ」

　と言い、家事は友次がすべてやった。毎晩抱き合って、毎日友次を描いた。けれど、いつからか友次は正美さんのところへ通い始めた。