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〖第15話〗
しおりを挟む覚さんは俺の髪を撫でた。俺は覚さんの胸の中で泣き続けた。
温かい。
こんな風に誰かの前で泣くのも、誰かの腕の中で泣くのも初めてだった。
「君はもっとひとに甘えなさい。肩の力を抜いて。ここの生活に慣れたら、モデルを頼みたい。駄目かな? 何枚か描きたい」
肩を掴まれ引き剥がされると思ったら、覚さんは、甘い香水のような匂いのするハンカチで、俺の目を軽く目を押さえた。
涙のたくさんのシミがついた。大判の柔らかなアイロンの折り目がついた深いグリーンに金の縁取りのハンカチ。
「すみません、ハンカチ。洗って返します」
覚さんのような清潔感があり、お洒落で、品のあるハンカチ。胸が苦しくなった。心臓の鼓動が大きく打って、身体が脈打つみたいな感じがした。
「あの………やります。モデル、やります」
このひとが俺だけを見る時間。
絵を描いているときは、覚さんの視線はすべて自分のものになる。
覚さんのすべてが自分しか、なくなる。
そう思った瞬間、
この思いは恋だと思った。
そんな気がした。
俺はやさしい目をした、
このひとに、恋に落ちた。
「ありがとう。決まりだ。モデル料は払うよ」
自分だけに向けられる視線があればいいと思った。
お金なんて要らない。
自分を映した絵が増えていく、
それだけで満足だ。
見つめられた形が残っていくなんて、
これ以上、しあわせなことはない。
苦しいほどの動悸がする。
想うひとが俺を見つめ、
俺の一瞬をキャンバスに閉じ込めていく。風の通り道で涼しいはずなのに、俺の身体は火照るように熱い。
俺は勇気を振り絞った。
「モデル料は要りません。その代わり、覚さんに、何というか、甘えさせて下さい」
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