蝶々の繭

〖第９話〗

「ちゃんと、縁談はきちんと礼儀正しく断ったじゃないか！　どうして、俺を置いていくんだよ！　俺の何が気に入らないんだよ！」
　
　俺が早瀬の家に要らないからだと気づくまで時間はかからなかった。

　恋も終わり、
　店もクビ。
　家に居場所はない。

　自嘲の笑い声が、自然に口から漏れた。結局父も、母と一緒か。誰もいない。俺には何もない。俺は存在するけど、いない。あるけど、ない。

　下を向くと、太陽に照らされながらも懸命に働く蟻がいた。

「お前らは、家族だもんなぁ。仲間だもんなぁ、いいなぁ……」

「君が、洋之だね」

　蟻が羨ましくて泣きたくなった。そんな俺に、かけられた声に振り返ると、誰もが見惚れるような綺麗な顔があった。

　月並みな言い方だと昔の二枚目の映画俳優のようだ。顔の造作に似合わず髪の色がグレーに近いからだろうか余計だろうか。

「陽射しが暑いだろう。家に入るといい。アイスクリームでも食べようか。抹茶とラムレーズン、チョコレート。好きなものは？」
「ま、抹茶………」
　
　有無も言わせず、映画のセットみたいな洋館の、趣味の良い広いリビングに通されて、ソファにかけるよう促される。表面にアクリルを敷かれた木の寄木細工の、見るからに高価そうな、凝ったローテーブルがあった。

　しばらくすると男の人は可愛いコルクのコースターの上にコンビニでは見るだけの高い外国の小さなアイスと、見るからに高級そうなアイスクリームスプーンを持って、ローテーブルの上に置き、笑う。

「さて、いただこうか」