15 / 18
〖15〗別れの挨拶
しおりを挟む「あの子の毛皮………ありがとう。簪は貴方が。あの子は貴方に憧れていたから」
「華さん………受け取れません。貴女が大切に持っていて下さい。帰りましょう」
私は差し伸べられた貴方の手を振りほどきました。貴方はひどく傷ついた顔をしてから、切なそうに微笑みました。
「罠と狐には気をつけます。雪と二人にしてください。それと、親切にして下さったのに、申し訳ありません。こんな失礼な態度を。お許しください」
「そんな、華さん……許す許さないの問題ではありません。私は、貴女が心配で……」
「貴方の心配なんて要らない!雪、ごめんね。悪いお姉ちゃんだったね」
私は一晩中泣き明かしました。私の顔を見たひとは皆、泣き腫らしたみっともない顔だと思うでしょう。足に怪我の名残が残る弟への注意を怠りました。まだあの子は全速力で走れない仔兎なのに。私は桜に寄り添って、雪に謝り続けました。
罰の悪そうな、白霜さまの気配がありました。私は、振り返らずに言いました。
「独りに、なってしまいました。白霜さま」
「気づいていましたか」
「誰も、いない。誰も。誰もいなくなってしまいた……」
白霜さまは、私の隣に腰を下ろしました。
「……私がいます。あなたの苦しみを分けて下さい。華さん」
「……貴方も、貴方も兎を食べるでしょう?私を食べない理性の保証はありますか?貴方だって飢えたら私を食べるくせに!雪を食べた狐と同じよ!」
言い放った言葉をこんなに後悔したことはありませんでした。ただの八つ当たりです。私は決して私に危害を加えることはないと解った上で白霜さまに向かって腹立たし紛れの言葉を繋げます。
汚い私の言葉は、いつしか涙に変わりました。白霜さまは私の手を痛いくらい握りしめ、言いました。潤んだ声が辛かった
「華さんだけは………貴女だけは………食べない。飢えて死のうが、私は貴女を食べない!絶対に!」
白霜さまは静かに泣いていました。私と一緒にいたらこの方は不幸になる。やるせない苦しみを私は白霜さまの傍にいる限り、これ以上ない荷物を負わせてしまう。
もう、会うべきではない。私の隣で下を向き顔を上げることのない白霜さま。私は足手まといの部類でしょう。群れの皆にも迷惑をかけたでしょうし、兎を食べられないと言ったら白霜さまの群れの頂点にいるものとしての沽券に関わります。私は白霜さまの手の甲にそっと口づけました。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
姫様と猫と勧進能
尾方佐羽
歴史・時代
紀州徳川家の姫様が寺社参詣の道すがら、たいへんなことを知ってしまいます。自分に何ができるか、思案の末に姫様がとった驚くべき行動とは。
(タイトルイラスト 「ぽぽるぽん」さん)
四本目の矢
南雲遊火
歴史・時代
戦国大名、毛利元就。
中国地方を統一し、後に「謀神」とさえ言われた彼は、
彼の時代としては珍しく、大変な愛妻家としての一面を持ち、
また、彼同様歴史に名を遺す、優秀な三人の息子たちがいた。
しかし。
これは、素直になれないお年頃の「四人目の息子たち」の物語。
◆◇◆
※:2020/06/12 一部キャラクターの呼び方、名乗り方を変更しました
アヴァロンシティ地球史博物館
明智紫苑
歴史・時代
信頼出来ない語り手は語る。過去の誰かの物語を。
当掌編集は私のライフワーク『Avaloncity Stories』第一部に含まれます。個人サイト『Avaloncity』、ライブドアブログ『Avaloncity Central Park』、小説家になろう、カクヨムなどにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる