上 下
21 / 24

〖第22話〗木常の見つめる先

しおりを挟む

**********
 
 勿論もちろん、木常もそうだった。昔はただ視線が気になった。悲しい瞳の見つめる先が、オレだと言うことは、カナエちゃんとオレと一緒に、楽しく会話できないことへのただの一抹の寂しさということだと思っていた。狐が見ているのは、カナエちゃんじゃなくて、オレだと、ずっと気づかないでいた。

**********

「カナエちゃんしか見えない、カナエちゃんに夢中なあなたにとって、私も見つめるだけの恋だった。見つめるしかできなかった。そして私の視線は騒音だった。だから、あなたのつらさは解るよ。つらかったね、田貫。『何で気づいてくれなかったの!』なんて怒ったりしないよ」
 
 木常はカナエちゃんの記憶を消した日から、心がぼんやり宙を漂ったままのようなオレを見かねたのか、毎日鈴蘭の花束をくれた。木常の本当の名は『鈴蘭』だった。

 オレは気力を失くし、ヒトになる力も失ってしまう始末だった。毎日小さな毛布をかぶせられ社務所の端にまるまるオレに添えられる鈴蘭の花束があった。
 
 木常の思いは雪を融かす春の陽射しのようだったとオレは思う。優しくて、暖かなで、決してオレを責めるようなことはしなかった。

 心に穴が空いて、カナエちゃんが棲んでいた俺の心は、がらんどうで、古傷みたいにカナエちゃんがいた痕跡が痛くて、寂しくて、恋しくて。オレは木常が、オレが木常への好意を解っていながら、その想いを返せるか解らないのに肩を借りて泣いた。オレは狡い奴だ。木常、ごめん。こんなオレを許してくれ。それでも木常は、そんなオレの心を読むように優しくしてくれて、オレはその優しさに甘えてしまう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

王妃の手習い

桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。 真の婚約者は既に内定している。 近い将来、オフィーリアは候補から外される。 ❇妄想の産物につき史実と100%異なります。 ❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。 ❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

ままならないのが恋心

桃井すもも
恋愛
ままならないのが恋心。 自分の意志では変えられない。 こんな機会でもなければ。 ある日ミレーユは高熱に見舞われた。 意識が混濁するミレーユに、記憶の喪失と誤解した周囲。 見舞いに訪れた婚約者の表情にミレーユは決意する。 「偶然なんてそんなもの」 「アダムとイヴ」に連なります。 いつまでこの流れ、繋がるのでしょう。 昭和のネタが入るのはご勘弁。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた、妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。

【完結】夫もメイドも嘘ばかり

横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。 サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。 そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。 夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。

アダムとイヴ

桃井すもも
恋愛
私には、婚約者がおります。 その名をアダム様と仰います。 私の名がイヴですから、アダムとイヴで「創世記」の例のお騒がせカップルと同じ名ですね。 けれども、彼等と私達は違います。 だって、アダム様には心を寄せる女性(ひと)がいらっしゃるのですから。 「偶然なんてそんなもの」のお二人も登場します。 からの 「ままならないのが恋心」へ連なります。 ❇例の如く、100%妄想の産物です。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた、妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。

処理中です...