上 下
11 / 27
狸と狐のピーチとオレンジのキャンディ

ファジーネーブル〖6〗

しおりを挟む
──────────

 「木津音くん、ごめん、帰るね!」

「立貫さん!明日放課後、体育館倉庫に一人で来て」

「うん!」

浮かれて駆ける私の中でパチンッと何かが弾けた。無意識に、私、笑った。やっと笑えて、何かが弾けた。やっと正しく思い出せたことがある。

私には記憶の箱の鍵が壊れて、閉じこめておきたいのに、どうしても溢れてしまう言葉がある。

『笑って汚い顔をより汚くするな』

好きな狐から言われた言葉だった。私は上手く笑えなくなった。だけど思い出したくなかった、でも思い出した。彼が、あの彼が私に言った。暗示が溶けた。あの狐の顔が鮮明になっていく。

『笑顔が汚い』

その言葉で、私の生き方や、処世術まで変えた、私の初恋の狐。恋しくて憎い狐。

──────────

『幼い私の初恋を踏みにじったあの狐』は『木津音くん』だった。

半分個の焼きそばパンも、ピーチかオレンジの飴も、ほかほかの肉まんも思い出したくもない。

『笑顔が汚い』

って吐き捨てられた冷たい言葉も、それ以来ずっと笑えなくなったのも。あの狐のせいだったのに。

私はまんまと騙されて、不細工に笑ってた。

もう誰も好きになんかならないと思ったその日、蒲団をかぶって咽ぶように泣きながら思ったのも、だれも信用できないと思ったのも、あの狐がそうさせた。

でも、その鎖をほどいてくれたのもあの狐だった。弾けた鎖は術だ。

ねぇ、またがんじがらめに私のこころを縛っていくの?どれだけ私が苦しんだか解る?

「汚い顔」

って思われるって、怯えて、怖くて、哀しくてどうしていいか解らないから、また私は感情を握りつぶして無表情のまま泣きながら感情を埋葬して、偽りの『笑い面』を被る。

私の顔は汚い。笑った顔はもっと汚い。
私はその場を立ち去り泣いた。汚い顔をさらに歪ませる。

一人部屋に籠って声をあげて泣いた。

あの狐のせいだ。みんな、嫌いだ。だれも信用できない。あの優しい顔、笑った顔、照れた顔、溢れ出る親切、善意。全部。魂胆がない人なんかいない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】待ってください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ルチアは、誰もいなくなった家の中を見回した。 毎日家族の為に食事を作り、毎日家を清潔に保つ為に掃除をする。 だけど、ルチアを置いて夫は出て行ってしまった。 一枚の離婚届を机の上に置いて。 ルチアの流した涙が床にポタリと落ちた。

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

セリフ集

ツムギ
ライト文芸
フリーのセリフ集を置いています。女性用、男性用、性別不詳で分けておりますが、性別関係なく、お好きなセリフをお読み下さって大丈夫です。noteにも同じ物をのせています。 配信や動画内でのセリフ枠などに活用して頂いて構いません。使用報告もいりません。可能ならば作者である望本(もちもと)ツムギの名前を出して頂けると嬉しい限りです。 随時更新して行きます。

夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる

ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。 正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。 そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...