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ずっと、あなたがすきだったよ

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 泣きながら『ごめん』なんて、言わなくていいよ。さっぱりさよなら。それがいいよ。流花を好きになったこと、後悔なんかしていないから。あなたを好きになれて良かった。他人に対して優しくあろうと思えるようになった。春の乾いた風がグラウンドの土を巻き上げて目にしみる。
『ジリリリリリ!』
けたたましい目覚まし時計の音で起きたとき、私は泣いていた。
「縁起でもない夢見ちゃった。まったく」
 まだ眠い目を擦り、階段を降り、母と祖母に『おはよう』をいう。家は男に恵まれない家系だ。祖母は戦争に祖父を取られ、母はモラハラ親父に愛想をつかし離婚し、幼い私達を連れ実家に帰り、市立図書館の司書をしている。ちなみに私も本好きは遺伝し、望む進路は司書だ。母は賢いひとだった。体面を気にする親父とは慰謝料と養育費をきちんともらうだけもらい、円満離婚だ。ちなみに百貨店勤務の姉は仕事先の後輩に男を盗られたばかりだ。
「奏、ご飯前に手を洗ってきなさい」
 母のいつもの言葉。昔はうざったいと思ったけど私の反抗期は得てして短く、高2頃で終わった。高3の今、とくに腹もたたない。窓から秋にしてはやわらかい風が吹いた。
「急がなきゃ!今日流花るかと約束あるの!」
「どうしたの?」
「調理実習で、米研ぎ係になっちゃたの!」
 おはよ。今日すっぴん?ニヤニヤしながら毛布生地の人間をダメにするパジャマを着た姉が階段から欠伸をしながら降りてくる。
「すっぴんは無理!」
 朝御飯を丁寧に、でも早く食べる。ご馳走さまも忘れない。私の準備は手早い。いつものメイクを済ませる。髪はコテでストレート。寝癖直しにもなる。高校生にしては背伸びした高そうなカシス色のネイル。今日は昨日塗った透明のマニキュアだけ。やっぱりお米に対しての敬意かな、と思ってしまう。ふと、今日見た夢がやけに鮮明だった。はずなのに不思議だ。思い出せない。今日は香水も無し。普段なら出かける前に自分の部屋でディオールのヒプノティック・プワゾンをつける。甘いバニラのような香り。もう欠番。一連の化粧品・他、デパートのコスメティック売場に勤務する年上の姉に感謝だ。
 コンビニで流花と落ち合いいつもより2本早いバスでいく。
「私と奏が知り合ったの中学の始業式だったね。あのときは桜が咲いてた。今は紅葉だね。だから高校でこうしていられるの不思議。私、実は奏と同じ高校行きたくて結構頑張った。だから、受かって嬉しかった」
 私は決して私にだけ成績表を見せない流花の成績を知らなかったから驚いた。
「まだ、高校でも一緒に居られるって。嬉しかったな。でも、時間が過ぎるのは早いね。あと少ししかない」
 流花は私を見つめ笑う。
「追いかけるよ。奏ちゃんのこと。絶対」
 嬉しかった。──追いかけて。太陽が沈んで、星が回って、月が沈むまで。私は流花に不可能を言いたかった。哀しくて苛々した。一緒の大学なんて。無理だ。学力じゃない。きっと、大学へ行ったら流花は変わる。染まる。本人にその気はなくても、新しいことがたくさん待っているから。
 大学に行ったら新しい彼ができるよ。たまたま高校で出来なかっただけ。
 それに、出会ったのも、中学生じゃない。流花は知らないだけ。出会ったのは小学4年生なんだよ。
 桜が咲いていた。小学生の流花は可愛らしかった。眩しかった。綺麗な花が、陽の光に向かって開く前の蕾みたいだった。  
 今、高校生の流花は、本当に綺麗な、可愛らしい女の子になった、カサブランカみたい。あのときの事は、私は小6にかけて、タケノコみたいに身長が伸びちゃったから私のことを解らないのも仕方ないかもしれない。
 出会いは良い出会いではなかった。私は登校中、年上の男子に、遊び半分に突き飛ばされて私は側溝に落ちた。汚い泥まみれで泣いていた私の手を引いて、流花は、
『大丈夫。ちゃんと綺麗になるよ』
 校庭の水飲み場で、ホースを使ってあなたは私を綺麗にしてくれた。偶々居合わせた、知らない子の手で足を洗ってくれる白い指に胸が苦しくなった。盗み見るように見た。目があって、息が詰まった。悪いことをしているみたいに。
『名前の何て言うの?』
『私、日比野流花ひびのるかって言うよ。あなたは?』
『二条、二条奏にじょうかなで
 隣で笑う、流花という女の子。私は生まれて初めて、誰かに触れたいと思った。流花の髪に触れたいと、思った。天使の輪のあるさらさらの長い黒髪。胸が苦しくなった。心臓の病気だったらどうしようかと思った。けれど流花と会ったのはあの桜の花びらが舞い落ちるあの時間だけ。
『保健の先生を呼びに行ってくるから』
 そう言い残し流花は振り返り手を振った。暫くし、保健の先生は来たが、代わりにあの子は消えてしまった。
 それからずっとこの胸苦しくなる想いの正体が何か解らず、感情に名前をつけることができなかった。心臓病ではないことは暫くして何となく解った。
 そして、それが正しく理解できる年齢になったとき、心の中で納得できなかった、自分が『女の子が好き』であることを飲み込んだ。諦めた。モヤモヤとした何かが胸の中にある、ということにしておいた。そしてこの思いは感情は誰にも悟られてはいけないとは解っていた。
 知られたら、許されない。今、流花と『親友』でいることも。そしてきっと皆、私から離れていく。男子も女子も、残酷な好奇心、あからさまな嫌悪感。言ってはいけない。伝えてはいけない。
 テレビをつければドラマでは『男女』のラブストーリー。本屋のレンタル売場に行けばボーイズラブ『BL』はあるけど、ガールズラブ『GL』はなかなかない。しかも、何か絵柄が胸が皆異様に童顔なのに、大きい…。
 私は変なんだ、私はおかしいんだ。親友がずっと好きだったなんて。一生懸命隠そうとして、嘘ついて笑って。学校の放課後、もう、季節は秋だ。残るは後期を少し。受験ムード一色になるのだろう。皆解っているから3年になるまで言わない。
 誰かが持ってきた所謂イケメンのアイドル雑誌。私は興味なんてまるでないけど『私この子結構好き』なんて言って私は雑誌を秋色のシャンパンゴールドで飾ったネイルで指差す。流花が好きそうなアイドルの男の子を先回りして答える。『私もその子好き!いいよね!』となるように。
 流花がどんな男の子か好きかなんて、手に取るように解る。流花の目で追ってきたひと、噂になってきたひとの統計をたてればいい。睫毛が長いところ、丁度よい日焼け。白過ぎはNG。当の彼女が因幡の白兎のように肌が白いからだ。
 『流花との偶然の同意』の心地よさ。そして、確実に敵にならない、味方でいる『長年の絶対の信頼』だから私は、この立ち位置にいる。クラスで一番可愛らしく、笑うと右頬に笑窪ができる、《流花の親友》という立ち位置に。
 中学1年から3、同じクラス。同じ班。これほど神様の存在を感じたときはなかった。入学式、初めて『出会』った。好きな映画が同じだった。仲良くなるには時間はかからなかった。
 そして、高校も彼女と一緒の高校へ行った。流花は、いつもクラスの中心。私はその隣を唯一歩けるただ一人。
 流花は可愛らしい。ウサギやハムスターのように、小さくて、いたいけで守ってあげたくなる。けれど、本人は媚びた態度は取らない。学校帰りガリガリくんを齧りながら白い歯を見せて笑う。春か秋はブラックサンダーチョコを買うのが好きみたいだ。
 冬は肉まんを半分こ。二人だけの約束。二人だけの特別。私は流花の小さな寒さで紅くなった指先が白くてもっちりした肉まんを分けてくれるこの瞬間、好きだなとか、もうどうでも良くて、ただ、幸せだなと思う。生きていて良かったなと思う。
「奏ちゃん、寒いね。でも、美味しいね。奏ちゃんとこうしてる時間幸せだなあって思う。奏ちゃんだけだよ。特別なの。こうしていて、満たされるって言うのかな。私、帰宅部で良かったな。濃厚な青春って感じではないかもしれないけどさ。奏ちゃんと一緒に、奏ちゃん家で華ドラ見たり、雑誌見たりした方がいいな。あ、レンジの爆発のポップコーン持ってくね。日曜に駅の輸入雑貨のお店で買いだめしてきた。バター味だよ!」
 流花の家は私の家のから自転車で5分だ。流花はファンタジーラブロマンスが好きだ。今二人でハマっているのはガオ様と2人で呼んでいる中国のスーパーモデル兼イケメン俳優主演のファンタジーラブロマンスのドラマDVDだ。私は言えないがヒロインが好きだ。可愛らしくて、少し流花に似ている。
 何故大量のDVD群が私の家にあるかというと、社会人の姉と母が華流・韓流好きで、しかも祖母までも好きなのだ。最終的にはレンタルに飽き足らず格安購入となる。祖母はいい男が好きだ。あと泣ける話。韓流の伝説の医師の話がお気に入りだ。タイトルが思い出せないけれど、私も泣いた。あ、ホ・ジュンだ。
 今、私と流花が見ているドラマは、祖母が主演俳優の魅力に負けて買った。レンジでポップコーンを爆発させ、食べながら、ヒロインと相手との一挙一動にきゃあきゃあ言う流花が可愛い。キスシーンや、ハグのシーンに頬を染める流花。私はドラマよりも、流花を見ている。
 私はいつまでこうして自分を騙していくのだろう。そして、何処に行き着くのだろう。流花を騙したまま、大学進学で疎遠になり新しい恋を探す?それともケリはつけていく?
 でも、親友に卒業式に、自己満足のために勝手に告白されても流花は喜ばない。あの子は優しいから、たくさんの気持ちを飲み込む。きっと、偏見や嫌悪感も。私に対して、それを隠して、きっと『ごめん』という。
 受け入れられなくて『ごめん』なのか、
 今まで気づかなくて『ごめん』なのか、
 気持ちに答えられなくて『ごめん』なのか。
苦しい。悲しい。ドラマで悲恋のシーンがやっていて良かった。
「ごめん、ティッシュ1枚くれる?」
「珍しいね、奏ちゃんが泣くなんて。あのシーンは悲しいよ。王さま可哀想。うん、あ、ポップコーンちょっと残っちゃったね。でも美味しいね。私ちょっと焦げたの好き。苦いけど歯触りが好き」
「あ、無事なの残ってる。流花、あーん」
「あ、あーん」
 流花の頬が一気に紅潮する。指が口唇に少し触れた。流花のピンクのリップが薄く指についた。私は、流花のリップ指についた。
「私のリップ、分けたげる」
 冗談めかして、そう言い流花に口づけた。もちろん深いキスをするつもりなんてない。触れるだけの本当に私のリップが移る程度のキス。ふざけた口調で言ったはずだったのに、目があったときはお互いに真剣だったように感じた。流花が、自分と同じような性癖を持っているのかと錯覚するほど。けれど、流花との関係はやはり友達だった。
「こらー!奏!あんた私のファースト・キスを!」
「ごめーん、流花!悪い、悪かった!」
「不埒な輩にはお返し!」
 そう流花が言った瞬間沈黙が流れる。ソファに押し倒され、両頬をつねられる。流花が両手を離すと私を見つめ。震える声で流花は言った。
「わ、私、変なの。奏ちゃん、私、変なの。ずっと、ずっと………ごめん、何でもないっ!」
 流花は泣いてた。ポタポタ涙が奏の頬に落ちる。
「ごめん、帰る!明日続き見せて!」
 どうして、流花は泣いていたんだろう。私は答えは出せない。考えれば考えるほど、あの泣き顔がちらついて切なくなる。
 あの日から流花がどことなくよそよそしい。半分この肉まんもあれから、もうない。ドラマは、最後まで見きった。ハッピーエンドはやっぱりいい。ドラマは数式に似ている。解く、過程がある、答えが出る。必ず。
 今の私達は違うんだろうなと、単純明快なハッピーエンドではない。流花の顔を見れば解る。答えは曖昧でマーブル模様のように澱んでいる。可愛いネット通販で見つけた鞄を肩にかけ、流花はぎこちなく微笑み、
「面白かった、ありがとう。やっぱりハッピーエンドはいいね」
 と覇気のない声で言われる。そして、
「もう暫くドラマはいいかな。熱中してたら成績下がっちゃって」
 長いさらさらの髪を流花は人差し指でいじる。嘘をつくときの流花の癖。嘘つくほど私と居たくないんだ。職員室でたまたま聞いた。流花の成績がぐんぐん伸びてるって。
 そうだよね。急にキスするなんて強姦魔と似たようなもんだよ。
「成績上がったらまた爆発コーン持って、来て?」
 一生懸命の作り笑顔。多分、彼女が家に来るのはこれで最後になるんだろうなと思った。きっと流花の、私に涙を見せたような、彼女自身も感じた不可解な乱れた感情を、私と2人でドラマを最後まで見きったことで『なかったこと』にしたかったんだと思う。気持ち悪かっただろうな。ごめんね、流花。
 暫くして、流花に彼氏が出来たという噂を聞いた。直ぐ解った。同じクラスのサワケン通称ジュリー。随分古い名前つけられてるらしいサッカー部のキーパー。だが、私には何故サワケンがジュリーになるかが解らない。一文字も合ってない。さて、その問題のジュリーを見つめる。背が高くて、少しタレ目。女子にすこぶる人気あり。クラスの皆には黙ってる約束なんだろうと思う。私くらいしか、気づかないよ。
 何年あの子を見つめてきたか。見つめることしかできなかったか。私は流花をずっと見てたもの。だから流花の視線の先に何があるか、解ったの──サッカー部のサワケンこと沢田くんだって。身軽な、でも試合になると目が変わる。多分、流花の好きなひと。
 流花とはまた、一緒に帰ることになった。といっても沢田くんと一緒に帰れない日だと解っている。流花は私にだけだよと、サワケンと付き合ってることを教えてくれた。でも、瞳に影がある。不思議だったけれどえて触れなかった。私は一生懸命照れて笑う演技をする。
「良かったね。おめでとう。私も好きなひと出来たんだ。付き合ってはないよ、片思い」
 きっと私もそうとでも言わないと流花は自分ばかりと、自分を責める。そう思って私は仮想の彼氏について話した。流花を脚色して性別を変えた。男に興味はないからだ。流花の顔がどんどん暗くなっていく。
「ねえ、どんな感じ?サワケン女子からすごく人気あるじゃん。優しい?」
「すごく………優しいよ」
「んじゃ、肉まん半分したりするの?サワケン喜んだんじゃない?流花から肉まん半分あげる、何て言われて喜ばない男子いないんじゃん?」
 訊きながら泣きたい気持ちだった。私だけのサンクチュアリ聖域
『あったかい』
と笑いあって湯気に包まれた一番幸せな思い出。
「美味しいね」
「あったかいね」
 あの綺麗な時間が、湯気と共に消えてしまう気がした。流花は小さく呟くように『しないよ』と言った。『え?』と私は良く聞き取れず、疑問符を浮かべて流花を見た。瞳を潤ませて、流花は言った。
「肉まん半分こは、奏ちゃんとしかしない。しないよ!」
 そう流花は、怒鳴った。
「奏ちゃんのバカ!もう知らない。バカ!!」  
 走り去る流花を追いかけた。見送ったら、後悔すると何故かそう思えた。全速力で追いかけ、赤信号と気づかずに飛び出そうとしている流花を後ろから抱きしめた。
「バカは流花だよ!信号赤だよ!」
 乱れた息も整わないまま言った。
「解ってるもん、赤だもん!奏ちゃんはどうだっていいんでしょ私のことなんて!」
 グズるように大声で泣きながらヘタリと流花は蹲 った。
「流花、あなたの友達は好きな人も作っちゃいけないの?」
「だって私は奏ちゃんを見てきた。ずっとずっと好きだったんだもん!好きだって気づかれちゃいけない、気づかれたらきっと気持ち悪いって思われるって──沢田くんには彼氏のふりを頼んだの。私、変なの。奏ちゃんが、好き、なの。あの日から、奏ちゃんが冗談でキスした日から、頭から奏ちゃんが離れていかないの。奏ちゃんしか、大切なもの半分こしたりしない。ソファにあぐらかいて爆発ポップコーン食べながら、韓流ドラマ見て号泣してツケマ無くしたりしない。──彼氏ができたって言っても奏ちゃんはいつも通り。妬いてもくれない。惨めだよ、彼氏のふり頼むなんて。好きなひとと上手くいきそうだから予行練習させてって言った。好きな人に焼きもち妬いて欲しいなんて言えなかった。振り向いて欲しかったなんて言えるわけないじゃない! 」
 ひっくひっくと肩を震わせ流花は泣く。
「肉まん半分こまで、一番私の幸せな時間まで、サワケンとしてるってひどいよ。ひどいよ………。約束したよ?肉まん半分こは奏ちゃんしかしないって!特別だねって、言った!奏ちゃんもそう言った!約束したじゃない、特別だねって、奏ちゃんは私の特別だよって言ったじゃない!」
 小さく流花は丸まり泣き続けた。枝毛なんかないさらさらの黒髪が冬の風に靡く。ベージュの皮のミトン。去年のクリスマスに私がプレゼントした奴してくれてるんだ。
「ごめん。私嘘ついてた。好きな男の子なんて私、いないの。私ね、ずっと、流花が好きだったよ。ずっと言えなかったよ。今までの関係を壊すのが怖かった──ごめん」
 私も流花の前に座り、ミトン越しに手を握る。
「あの時、奏ちゃんのキスで、私、切なくて泣いて、あの時喉から出かかったの。私、変なのって。奏ちゃんが好きなのって。でも、奏ちゃんのただの悪ふざけだったらと思ったらだったら、全部が消える。そう思った。信頼も、親友としての立ち位置も『気持ち悪い』で片付けられたらどうしよう。だから何も言えなかったよ。ただ、涙が出た。好きだよ。振り向いて、もらえた。ありがとう、奏ちゃん。『好きだ』って言ってくれて、ありがとう」
 夕暮れに雪が降る。真冬の桜吹雪。
 ずっと、ずっと、好きだったよ。流花が足と靴を洗ってくれて。きっとこんな大昔のこと憶えてないと思うけど。それでも私には今に繋がるパーツだったの。いつか、言うね。

 今、私は県立図書館の司書。流花は隣に併設されてる美術館の学芸員。お互い安月給同士でルームシェア。ううん、同棲って言った方が正しいね。
 流花と私の本当の出会いは小4。泥まみれで泣いていた私。助けてくれたあなた。
 この出会いは私だけが知っていればいい。そう思ってた。でも、今日はあなたの誕生日。どんな秘密も言いたくなる。汚れた私を白い手で洗ってくれた、私だけが知ってる流花。さらさらのいい匂いの長い黒髪の天使の輪。白くて細い指。紅い口唇。私はこんな綺麗な子がいることに驚いた。
 胸が苦しくなったのは、心臓病じゃなかったのね。今夜は寒いから温かい野菜スープと、シャンパングラスを傾けて、可愛い思い出話をしてみようかな。あとは、ディップとクラッカー。ミニグラタンと野菜スティックと白髭のおじさんのチキンを1人2個。ナゲットとテンダーは2人で分けて、二人で選んだパスタ皿にペペロンチーノを軽く盛る。もう今年で流花と暮らして5年経つのね。クリスマスか。クリスチャンではないけど、流花を待つ時間がそわそわする。毎年次の日2キロは太ってる。
 本能に勝つ方程式は自制心を組み込む。私はあのとき、小4の頃確かに、あなたのさらさらの黒髪の天使の輪に、触れたかった。あのときから私はきっと、ずっとあなたが好きだった。


─────────【FIN】
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