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〖第1話〗

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 雨が降っていた。頭から打ちつけるような雨で、夜も更けてみぞれ混じりになっていった。俯きながら雨足が弱まるのを店の中で待っていた私に女将さんは、

「三輪ちゃん、雨やまないみたいよ。これから雪になるかもだって。電車なくなっちゃうから、ほら、他のお客さんには内緒だよ、小さいけどビニール傘。気をつけて帰んなよ」

   *
 
 私が今日、行きつけの居酒屋『のんき』に来たのは、彼、賢治から、珍しく呼び出しがあったからだ。賢治は最近は自分から『会いたい』とは言わない。LINEも素っ気なく、スタンプだけの場合が多い。一応付き合っては、いる。
 今年のクリスマスと年越し、私誰と一緒にいたんだろう。ああ、黒猫のおはぎだ。家の前に捨てられていた仔猫。私は衰弱したその子をバスタオルでくるんで動物病院に飛び込んだんだっけ。今日みたく雨が冷たい日だった。ミィミィ鳴くおはぎに私は随分慰められてきた。

   *

 賢治に会いたい日は、私が家に誘う。電話をかけ、「会いたい」とだけ言う。彼は外の店で『のんき』以外では会いたがらない。『のんき』のもつ煮が好きなのだ。『のんき』以外は私の家で、宅飲みだ。賢治は、そのときだけ私の誘いに「いいよ」とだけ言って、早々に電話を切る。
 
 近くの地下鉄で落ち合って私の家の近くのコンビニエンスストアでチーズや、生ハムやワインなどを買って、私がクレジットカードで払う。賢治は不機嫌そうに何故かアイスクリームを買う。私にも「アイス、選んで」と言う。梅雨の大雨でも、蒸し暑い残照が残る夏の終わりにも。肌寒い秋も、必ずアイスクリームだけは奢らせない。昔はよく言ってくれた。

『三輪は可愛いよ。世界で一番頑張り屋さんだ。その年で課長だろ?やな奴に負けんな!』

 頭をくしゃくしゃっと悪戯に撫でられ、最後に言われたのはいつだったか。優しく抱きしめられたのはいつだったか。もう、ずっと前のことだ。簡単に言えば、こんなのデートじゃない。私から声をかけて、飲んで寝るだけ。
 そんな賢治との関係も、ほとんどなくなってきた矢先のLINE、

《今日『のんき』で七時に会わないか》

 会うのは暫くぶりだった。今日会って、喧嘩をしたわけじゃないけれど仲直りをして、昔みたいな関係に戻れたら。そんな淡い期待を私は抱いていた。
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