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小さなお客さんからの話(子供は忖度しないからねぇ……)
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「いらっしゃいませ」
コロンコロン、と。
今朝早く、アーシュラさんとベルセさんが一緒に出て行った扉が開いたのを知らせる木の鈴の音に、私は店舗に備え付けられた簡易キッチン、空炒りしていた木の実の入ったフライパンの火を止め、顔を上げた。
お店の壁にかかったハートの形の時計の針は三時を少し回っていて、こちらの世界でもちょうどおやつの時間だ。
賭すれば、扉を開けたのは各階層に等間隔に建設されている教会に併設された学校帰りの子供達だろうと、扉の方を振り返る。
「いらっしゃいま……ん?」
見れば、扉は開いてはいるものの、そこにお客さんの姿はない。
(ん? 何かしら?)
首を傾げ、持っていた木ベラを落ちないように鍋の上に置いてから、店舗用のミニキッチンから離れると、カウンターを出て扉に向かった。
「誰かの悪戯……?」
扉を出、きょろきょろとあたりを見回すと、見知った形をとる三つの影を見つけて、私はふふっと笑った。
「そんなところでなにしてるの? キロトくん、ウォターちゃん、コクツくん」
「こ! こんにちは!」
お店の外に並べている植木鉢の陰に隠れている、可愛い三つの影の持ち主の名を呼べば、それは大きく揺れて、獣人のキロトくん、花樹人族のウォターちゃん、獣人族と鳥族のハーフのコクツくんが恐る恐る顔をのぞかせた。
「こ、こんにちは!」
「キルシュちゃん、こんにちは」
「こんにちは……」
「はい、みんな、こんにちは」
彼らは近所の学校に通っていて、学校帰りには絶対にうちの店でしっかりと買い食いをしてくれる、やんちゃでかわいい常連さんなのだが、今日は様子が少し違った。
「そんなところでどうしたの? いつもは飛び込んでくるのに」
そう。いつもはばぁん! とものすごい勢いで扉を開け、こっちが吃驚するくらいの元気な声で「こんにちはー!」と元気いっぱいに文字通り、店内に飛び込んでくる三人なのに、今日は何やら困り顔で、今まで一度も見たこともない、遠慮がちというよりは、まるで怖がっているようなそぶりを見せていた。
「どうしたの? 入らないの?」
そんな様子を不思議だなぁと思いながら、腰を曲げて三人と目線を合わせて訊ねれば、彼らは互いに顔を見合わせ、誰が聞くかとこそこそ話し合い、皆で私の方を見上げた。
「キルシュちゃん、あのね?」
「うん、なぁに?」
三人の中で、意を決したように口を開いたのはウォターちゃんで、彼女は鮮やかな緑色に輝くアイビーの蔦と葉の髪を揺らしながら、小さな両の手の人差し指でぎゅうっと目じりを押して釣り目にした。
「今日は、こわ~い獣人、いない?」
「へ?」
彼女の言葉に私は目をまん丸くした。
「え? なに? 怖~い獣人、ってどういう事?」
訳が分からず問いかければ、三人は顔を見合わせ、それから私の方を見た。
「だってキルシュちゃんのお店に、怖い獣人が来て、騎士に捕まえてもらったってきいたよ? 本当にもういない? キルシュちゃんは大丈夫だった? 怪我はない? 怖い獣人、ちゃんとお薬使って、ポイしちゃった?」
「ええ?」
戸惑う私に、小さな三人はまるでオオアリクイの威嚇の様に両手を上げて『がおー!』と言ってくるので、私はただ困惑するしかない。
彼らの言う怖い番、とはきっとベルセさんの事だと思うが、どうして彼女たちがそれを知っているのかと思う。
ベルセさんがお店に訪れたのは閉店間際の夜の七時前。お店にはお客さんもいなかったし、周囲のお店も閉店準備をしていた頃で、まぁ確かに、店舗の外で警ら隊に抑え込まれたりしていたので少々野次馬は多かったかもしれないが、それでもあの時、子供は一人もいなかったはずである。
なのになぜ、彼らがそれを知っているのか。
「えっと……どうしてそんなことを聞くの?」
どう聞けばいいのか迷い、いい言葉が見つからなかったのでとりあえずそんな風に聞いてみると、だって、と声を上げたのは、一番気が弱く、今の涙目の、小さな獣の耳と綺麗な濡れ羽色の羽を持つ小柄な男の子だ。
「パパとママが話してた……キルシュちゃんが大変だって」
「うちも、ママが言ってた。キルシュちゃんのお店にツガイっていう悪いやつが入っていったって。怖いって。ここらじゃ見ない顔の犬ッコロだったから、早く出て行ってくれればいいのにって」
「イヌ……」
少し厚めのたれ耳をぴるぴるっと動かしながら、少し興奮気味に言うのはキロトくんで、彼は大きく上げていた両の手を下げてから、泣き出しそうな顔をした。
「ツガイって言ってやって来る獣人はね、とっても怖いんだって。キルシュちゃん、怪我してないといいねって父さんも母さんも言ってたよ! それから、おばちゃんたちも言ってた。ツガイはいっぱい人を傷つけるんだって。だから、ルフォート・フォーマで暮らす獣人は皆、生まれた時にお薬を使ってわからなくするんだって。だからね、多分ヨソモノが来たんだろうって。近づかないようにしなきゃって」
「待って!?」
キロトくんの話を聞いた私は、彼の手を持った。
「生まれてすぐ?」
「うん」
「皆そうなの?」
「そうだって言ってたよ?」
(え?! ちょっと待って……)
私は彼の手を持ったまま、動けなくなった。
バクバク心臓が鳴る。
「あ、お店の中、獣人いない!」
「ほんとだ! キロト、早く早く! 今日はピーカンナッツのステックケーキ売ってるよぉ!」
「ほんとに!? いくいく!」
私の手を振りほどいて、お店の中に入っていった三人を追いかけるのも忘れ、昨夜の話を思い出す。
(待って……? 『番認識阻害薬』は、本人の意思を尊重して使うものだって言ってなかった?! どうしてそんな話になっているの? それにヨソモノって……出て行けばいいって、何なの!?)
子供たちの口から聞かされた穏やかでない言葉に私は頭の中がいっぱいになってしまった。
コロンコロン、と。
今朝早く、アーシュラさんとベルセさんが一緒に出て行った扉が開いたのを知らせる木の鈴の音に、私は店舗に備え付けられた簡易キッチン、空炒りしていた木の実の入ったフライパンの火を止め、顔を上げた。
お店の壁にかかったハートの形の時計の針は三時を少し回っていて、こちらの世界でもちょうどおやつの時間だ。
賭すれば、扉を開けたのは各階層に等間隔に建設されている教会に併設された学校帰りの子供達だろうと、扉の方を振り返る。
「いらっしゃいま……ん?」
見れば、扉は開いてはいるものの、そこにお客さんの姿はない。
(ん? 何かしら?)
首を傾げ、持っていた木ベラを落ちないように鍋の上に置いてから、店舗用のミニキッチンから離れると、カウンターを出て扉に向かった。
「誰かの悪戯……?」
扉を出、きょろきょろとあたりを見回すと、見知った形をとる三つの影を見つけて、私はふふっと笑った。
「そんなところでなにしてるの? キロトくん、ウォターちゃん、コクツくん」
「こ! こんにちは!」
お店の外に並べている植木鉢の陰に隠れている、可愛い三つの影の持ち主の名を呼べば、それは大きく揺れて、獣人のキロトくん、花樹人族のウォターちゃん、獣人族と鳥族のハーフのコクツくんが恐る恐る顔をのぞかせた。
「こ、こんにちは!」
「キルシュちゃん、こんにちは」
「こんにちは……」
「はい、みんな、こんにちは」
彼らは近所の学校に通っていて、学校帰りには絶対にうちの店でしっかりと買い食いをしてくれる、やんちゃでかわいい常連さんなのだが、今日は様子が少し違った。
「そんなところでどうしたの? いつもは飛び込んでくるのに」
そう。いつもはばぁん! とものすごい勢いで扉を開け、こっちが吃驚するくらいの元気な声で「こんにちはー!」と元気いっぱいに文字通り、店内に飛び込んでくる三人なのに、今日は何やら困り顔で、今まで一度も見たこともない、遠慮がちというよりは、まるで怖がっているようなそぶりを見せていた。
「どうしたの? 入らないの?」
そんな様子を不思議だなぁと思いながら、腰を曲げて三人と目線を合わせて訊ねれば、彼らは互いに顔を見合わせ、誰が聞くかとこそこそ話し合い、皆で私の方を見上げた。
「キルシュちゃん、あのね?」
「うん、なぁに?」
三人の中で、意を決したように口を開いたのはウォターちゃんで、彼女は鮮やかな緑色に輝くアイビーの蔦と葉の髪を揺らしながら、小さな両の手の人差し指でぎゅうっと目じりを押して釣り目にした。
「今日は、こわ~い獣人、いない?」
「へ?」
彼女の言葉に私は目をまん丸くした。
「え? なに? 怖~い獣人、ってどういう事?」
訳が分からず問いかければ、三人は顔を見合わせ、それから私の方を見た。
「だってキルシュちゃんのお店に、怖い獣人が来て、騎士に捕まえてもらったってきいたよ? 本当にもういない? キルシュちゃんは大丈夫だった? 怪我はない? 怖い獣人、ちゃんとお薬使って、ポイしちゃった?」
「ええ?」
戸惑う私に、小さな三人はまるでオオアリクイの威嚇の様に両手を上げて『がおー!』と言ってくるので、私はただ困惑するしかない。
彼らの言う怖い番、とはきっとベルセさんの事だと思うが、どうして彼女たちがそれを知っているのかと思う。
ベルセさんがお店に訪れたのは閉店間際の夜の七時前。お店にはお客さんもいなかったし、周囲のお店も閉店準備をしていた頃で、まぁ確かに、店舗の外で警ら隊に抑え込まれたりしていたので少々野次馬は多かったかもしれないが、それでもあの時、子供は一人もいなかったはずである。
なのになぜ、彼らがそれを知っているのか。
「えっと……どうしてそんなことを聞くの?」
どう聞けばいいのか迷い、いい言葉が見つからなかったのでとりあえずそんな風に聞いてみると、だって、と声を上げたのは、一番気が弱く、今の涙目の、小さな獣の耳と綺麗な濡れ羽色の羽を持つ小柄な男の子だ。
「パパとママが話してた……キルシュちゃんが大変だって」
「うちも、ママが言ってた。キルシュちゃんのお店にツガイっていう悪いやつが入っていったって。怖いって。ここらじゃ見ない顔の犬ッコロだったから、早く出て行ってくれればいいのにって」
「イヌ……」
少し厚めのたれ耳をぴるぴるっと動かしながら、少し興奮気味に言うのはキロトくんで、彼は大きく上げていた両の手を下げてから、泣き出しそうな顔をした。
「ツガイって言ってやって来る獣人はね、とっても怖いんだって。キルシュちゃん、怪我してないといいねって父さんも母さんも言ってたよ! それから、おばちゃんたちも言ってた。ツガイはいっぱい人を傷つけるんだって。だから、ルフォート・フォーマで暮らす獣人は皆、生まれた時にお薬を使ってわからなくするんだって。だからね、多分ヨソモノが来たんだろうって。近づかないようにしなきゃって」
「待って!?」
キロトくんの話を聞いた私は、彼の手を持った。
「生まれてすぐ?」
「うん」
「皆そうなの?」
「そうだって言ってたよ?」
(え?! ちょっと待って……)
私は彼の手を持ったまま、動けなくなった。
バクバク心臓が鳴る。
「あ、お店の中、獣人いない!」
「ほんとだ! キロト、早く早く! 今日はピーカンナッツのステックケーキ売ってるよぉ!」
「ほんとに!? いくいく!」
私の手を振りほどいて、お店の中に入っていった三人を追いかけるのも忘れ、昨夜の話を思い出す。
(待って……? 『番認識阻害薬』は、本人の意思を尊重して使うものだって言ってなかった?! どうしてそんな話になっているの? それにヨソモノって……出て行けばいいって、何なの!?)
子供たちの口から聞かされた穏やかでない言葉に私は頭の中がいっぱいになってしまった。
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