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2部 2章花と歌の都の影

8)騎士団の事情聴取と身分証明の証

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「では、フーシャ子爵家より出立後、此方のモルガン嬢の騎獣の保管場所である騎士団厩舎のある、第一階層へ向かっている途中、第二階層にて暴漢に馬車が襲われた。 そのため、ルクス公爵家の騎士団で応戦、捕縛したという報告を受けられた、という事でお間違いはありませんね?」

「えぇ、その通りよ。」

 大柄の、赤銅の瞳に黒鋼の短髪の黒豹(?)の何とか騎士団の騎士団長様の問いかけに、背すじをしっかりと伸ばしたリンチェが微笑みながら肯定した。

 すると、黒豹の騎士様は今度は私の方を見て同じことを聞いてきた。

「モルガン嬢も、相違はありませんか?」

「はい、大丈夫です。」

 差しさわりないように気を付けて答えたけれど、『モルガン嬢』って聞きなれないんだよね。 こっちに来てから使? みたいなものなのに、なんでか自分の名前じゃないみたいな、違和感がぬぐえない……なんでかな?

 まあそんなことは今は些末事ですよ……そんなことよりも由々しき事態があるのです。 今、私は、大きくて座り心地の良いソファの、上座の! しかも公爵令嬢の! 隣に! 座らされて! チベットスナギツネのような顔で事情聴取を受けているですから……。

 え? なぜチベスナか?

 お部屋の絢爛豪華さに、庶民の私は目がつぶれそうだからだよっ!

 日が落ちて暗くなったことで、灯されたランプ?によって幻想的に演出された見事な庭に面している、学校の窓硝子なんて目じゃないくらい綺麗な硝子が一面に貼られた、ルクス公爵家のサロンに連れて行かれた私。

 前回、リンチェパパに呼び出された時の部屋と違い、とんでもなく目がくらむような、一見シンプルだけど絶対にお高いでしょう! 間違いなくっ! みたいな彫刻や装飾のされた調度品や、描くのに何年かかったんだろう的な絵画が飾られた部屋の、それはそれは座り心地がソファに『お座り』されているんですよっ!

 あああぁぁぁ、落ち着かない。

 あんまりにも身分違いな場所にいることに、泣き出しそうになるのを必死に我慢しながら、問われたことに返答していくんですが……何回も切り口や言い方を変えて同じこと聞いてきたり、犯人に心当たりがありませんかって聞かれたり、本当にもううんざり。

 ちなみに、襲撃時に外で襲撃犯と対峙していた公爵家の護衛騎士様や、馬車を操縦していた従者さんたちは、別室で個別に騎士団員からお話を聞かれているらしく。 口裏合わせをしないように個別らしいんだけど、こっちは被害者なのになって理不尽に思ったのと、その原理で行くと、私とリンチェが一緒に聞かれてるのは駄目なんじゃ? って考えたり。

 後、私達の事情聴取に立ちあうと聞いていた、リンチェのお兄さんのボルボ〇ン……もとい、ボルオネ様と、最後にリンチェとお話していたお顔も知らない影? さんは一体どこに行ったのかという疑問……

 いえ、大人の事情があるのでしょう、何かあるのでしょう、気にしない。

 まぁ、リンチェのお兄さんに会えるのはちょっと楽しみにんしていたで残念だけど気にしない!

 しかし、なんでこんなことになっちゃったかなぁ、ベゴラのおうちでお茶をして、後はただ家に帰るだけ、だったのに。 あと、今何時だろう、兄さまと師匠、めちゃくそ怒ってるだろうなぁ……。

 なんて考えた時に見つけたものすごい装飾の大時計を見れば、厩舎出発予定としていた時間より、すでに2時間以上過ぎた数を指し示す時計の針。

 約束したのに……。 うん、ばっちり怒られるの確定です、うえん、怖いよぉ。

 内心で、思い切り溜息をついてから、いつ終わるんだろうと隣を見れば、私の視線に気が付いたリンチェがにっこり、貴族の淑女の微笑みを浮かべて私を見る。

「どうかしたの? フィラン。」

 家令さんと話をするために私達の傍から離れた騎士団長には聞こえぬように、リンチェが小さな声で尋ねて来たので、同じように声を潜めた。

「帰宅予定時間からかなり過ぎてるから、保護者がめちゃくちゃ怖いの。」

 そういえば、あらあら、と目をまん丸くして、身を屈めて私にさらに近づいて来る。

「そういえば、厩舎から騎獣に乗って家に帰るんだったね、ここからどれくらいで帰れる? あぁ、でも、夜の飛行は、魔物が減ったとはいえ出ないわけじゃないから危ないよ。 今日はうちに泊まる?」

「嫌。 だってお貴族様の家で粗相したらと思うと怖い過ぎて泊まるなんで絶対に無理。 大丈夫、コタロウにのってダッシュで帰るから。」

「コタロウ? 変わった名前の騎獣ね。 うちに泊まるのに気兼ねなんかいらないけど、ま、そういうところもフィランらしいわ。 そうね、そろそろ切り上げてもらいましょ。 ……騎士団長殿、よろしいかしら?」

 このお屋敷に泊まるとか、寝てる間も気が休まらないというか、寝れない! 心臓が持たない! シルフィードの力を借りて、コタロウが全力疾走すれば最高新記録を出して何とか帰れるんじゃないだろうか……と思案してリンチェに告げると、板面っこみたいに笑った後、貴族の仮面をかぶって騎士団長さんを呼んでくれた。

「ルクス公爵令嬢。 どうかなさいましたか?」

 家令さんと話していた騎士団長様は、リンチェの声に気づき此方に寄ってきたところで、リンチェが問いかけた。

は、実は王都に居を構えていないのですわ。 保護者に当たる方と一緒に住んでいるのだけれど、事件に巻き込まれて遅く成ると、連絡もできていないの。 もう、20時を回ってしまっているし、そろそろ家に帰らないと保護者が心配するでしょう? 我が家に泊まってもらうように言ったけれど、今日は怖い思いもしたし、帰りたいそうなのよ。 それで、そろそろ取り調べを終えていただきたいのだけれど。」

「おや、モルガン嬢は王都にお住みではないのですか? なるほど、それでお二人は、フーシャ子爵家から第一階層の騎士団厩舎に向かわれたんですね。」

 え? 今そこの話? 知らなかったの? 王都に住んでるなら厩舎行かないじゃん、気づいてよ。

 と思ったけれど口には出さず、私はひきつった貴族の微笑み・ルナーク様&ヒュパムさん仕込みを浮かべ、スキル・知識の泉を表面上無言で脳内にたたき起こし、貴族の会話をシュミレーションして言葉にした。

「えぇ、はい。 私は王都外からアカデミーに通学しております。 その為、第一階層にあります騎士団騎獣厩舎を特別許可を得てお借りしています。 夜間の移動が危険なのは存じておりますが、保護者への連絡もしていないので帰りたいので、大変申し訳ございませんが、本日はこのあたりで帰宅しさせていただけるとありがたいのです。」

 にっこり笑ってそう言うと、いや、しかし、と思いもしないことを騎士団長は言い出した。

「騎獣で今からお帰りになると? もう黄昏も過ぎました。 今から王都外へ出て帰られるのは危ないく、騎士団としてはお勧めできません。 ルクス公爵令嬢のお言葉に従うか、事件の事で令嬢を引き留めたのはこちらですので、わが騎士団の騎士団女性寮の賓客室をお貸ししましょう。」

 だから、そこじゃないんだってば。

「いえ、保護者への連絡がまだなのです。 それに、夜間の移動は慣れておりますので。」

「では、騎士団から連絡を入れさせましょう。 夜間の王都外の移動は大変危険ですからこちらの指示に従ってください。」

 いや、だーかーら!

「私の保護者への連絡先は、諸事情からお教えできないのです。 不審に思われるようでしたらアカデミーへ問い合わせてください。 そのうえで、夜間の移動も本当に慣れております。」

 だからいいから帰らせろ。 と、無言の笑顔で訴えてみるのですが、この騎士団長様? 話聞いていないのか、王都に泊まれ、女性には危ないの一点っ張り。

 そろそろ面倒くさいなぁ、と思っていたら、出してきた妥協案がこちら。

「しかし、若いご令嬢を一人で王都外へお出す知る事は許可できません。 どうしてもと仰るのでしたら10人ほど護衛騎士をお貸ししましょう。」

 ……護衛騎士10人って……。 いらないし。 そんなこと言えないけど。

「いえ、私の移動ごときで、騎士様にそんなことはお願い出来ません。」

 とお断りすれば。

「では、王都に泊まっていただきたく。 護衛騎士を付けるか、お泊りになるか、お選びいただけますか?」

 くっそ、堂々巡りだなぁ……。 何とか騎士団さんの騎獣って何だっけ? でもそこいらの騎獣じゃ、シルフィードの風に乗った大空猫について来れるわけないし、なのに絶対連れて行けマンだし……リンチェ助けてくれないかな? と思って彼女を見れば『じゃあ、うちに泊まりなさい』と言ってきた。

 だから嫌なんだって……と頭を抱えようとして……そうだ、と思い出し、私は首の後ろに手をやった。

 手に触れるのは、私の体温と同じ暖かさの、繊細な造りだけど頑丈な、2本のネックレス。

 これを出すの、本当に嫌なんだけどなぁと思いつつ、ヒュパムさんからもらった、白金の長いチェーンの2本のうち、細い方を引っ張ると、首から外し、騎士団長の前にさし出した。

「これは……っ!」

「あら、フィラン。 貴女、そうなの?」

 それを手にした騎士団長さんは、目をまん丸くして驚いている。 なんならリンチェもびっくりしているが、相手を納得させるのに有効な手段で、軽めの物がこれしかないためそれを指さす。

「登録名フィラン・モルガン。 錬金薬術師で魔術師です。 御覧の通りA級の冒険者なので大丈夫です。」

 思わず受け取ってしまった、みたいな顔の騎士団長さん、はくはくと何度か口を開け閉めした後、私の前で一つ、頭を下げた。

「失礼いたしました。 いやしかし、あなたの様なお嬢さんがA級の冒険者とは思いもせず。 いえ、ギルドマスターからの証明石もついているので偽造と疑っているわけではございません。 王都外へ出ることを許可します。」

「ありがとうございます。」

 実はもっとやばい、チャームジャラジャラついたネックレスも持ってるけど、それを見せると多分大騒ぎになるから隠しておく約束になってるし、絶対使いたくないなぁ、なんて思いながら、騎士団長さんから、世界共通・冒険者ギルド登録者の証である剣に、A級である証の赤い石が付いているネックレスを返してもらう。

 しっかり私が首にかけ制服の下にそれをしまったのを確認した騎士団長さんは、しっかりと背筋を伸ばし、私の横に座るリンチェの前に立った。

「それでは、ルクス公爵令嬢殿。 被害者である皆様の聴取は終了しましたので、後はこちらで捕えている者達の証言も含め、事実を照合させていただきます。 その報告は、貴族院への報告と同時に、ルクス公爵閣下へさせていただく形でよろしいでしょうか?」

「えぇ、それでいいわ。 お願いしますね。」

 騎士団長さんがこの場では爵位とかまぁ位が高い? リンチェに深く頭を下げてそう言い、リンチェがそれを了承すると、それではこれで失礼します、ともう一度頭を下げて、家令さんと共に部屋から出ていく。

 黙ってそれを見ていたリンチェは、しっかり扉が閉まったのを見届けてから、ものすごく大きくため息をついた後、う~んっ! と、体をしっかり伸ばした。

「あ~! 疲れた! フィランお疲れ様! 相変わらずというか、お堅いというか、騎士団の事情聴取は、何度も同じことを聞いてきて、本当にしつこくて嫌になるわ。 あぁ、みんなもお疲れ様。」

 私が知っているいつものリンチェに戻った彼女は、私の方を見て笑いながらそういった後、室内にいた使用人さんにも労いの声をかけている。

「うん、えぇ、と。 うん、リンチェも、お疲れ様……でございます?」

「なにそれ、言葉使いが変だよ? 大丈夫大丈夫、今ここには、うちの者でも信頼がおける者しかいないし、口うるさいのもいないから、いつも通りでいいよ。」

 貴族様の仮面を外したリンチェが笑ってそう言うけれど、そんなことないよね? 後ろにいる侍女さんが顔しかめてるよ~。 リンチェの背後で私の事、めっちゃ見てるよ~、あれは駄目ですって合図だよね!?

「いや、絶対に駄目でしょう……。」

 ちらっと侍女さんと目が合ったから、ため息をついてそう言うと、侍女さんが大きく頷いている。 当たったみたいです、皆様ご苦労様です。

 アイコンタクトでそんなやり取りをしている私や使用人さんに気が付いているのかいないのか。

 学園での、いつもの表情豊かで勝気なリンチェに戻った彼女は、テーブルに置かれているお菓子を一つ摘んでため息をついた。

「それにしても、フィランがA級冒険者だなんてねぇ。」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてなかったわよ? 錬金術師で将来王都に可愛いお店を持ちたいっていうくらいしか。 私達って、仲がいいけど、あんまり知っていることがないって、今回よくわかったわ。」

「言葉に棘があるよ? 言っておくけれど、リーリが侯爵令嬢とか、私最近まで知らなかったからね? お相子ってことで御終いにしてね。」

 不満げに口を尖らせてそう言ったリンチェにそう言い返した私は、さて、と、ソファから立ち上がって、ソファに立てかけるように床に置いて鞄を手にした。

「じゃあ、今日はもう遅いから、そろそろ失礼するね。 色糸ありがとう、それから、今日はお疲れ様。」

「そうね。 でもさらに遅くなっちゃったし、うちの馬車で厩舎まで送って行かせるわ。」

 お菓子を飲み込んで頷いたリンチェは、そばにいた使用人さんに声をかけてくれようとしたけれど、私はそれを強く、辞退した。

「ううん、大丈夫。 いつもの方法で第一階層まで駆け降りるから。 ちょっとそこの庭に出てもいい? お花とかを散らす真似はしないから。」

「? えぇ、いいわよ。」

 リンチェが使用人さんに視線をやると、庭へのガラス戸を開けてくれたメイドさんにしっかりお礼を言って、私は庭に出た。

「リンチェ、貴族のお姫様なんだから、今日は疲れているだろうから、本当に、しっかりゆっくり寝て休んでね。 これは安眠のおまじない袋だよ。 じゃあ、また明日ね。」

 追っかけて来た、顔色が少し悪いリンチェに、私が作った安眠効果の高い薬草袋を渡してから、手を振る。

「え? ここから帰るつもり? この家には魔法障があって……。」

「魔法は使わないから大丈夫。 じゃあ、また明日ね、リンチェ。 ――シルフィード。 第一階層、コタロウとミレハのところまで一気に行くよ。」

『わかったぁ!』

 ふわっと腕輪が淡い光を放つと、私の体をシルフィードの風が巻き込んで、そのまま空に迂回上がった。

「またね~!」

「え、えぇ。 またね、フィラン!」

 びっくりした顔で手を振ってくれたリンチェに大きく手を振った私は、そのままシルフィードの風に乗って第一階層に向けて風に乗った。

 急いで帰らないと、兄さまと師匠が怖いよぉ! と、普段はやらない、9階層から1階層までの直接降りをする私(結構怖かった!)。






 だから気が付かなかったのだ。

 調度馬車で王宮での夜会から帰って来た、リンチェを除くルクス公爵家ご一家がその光景を見ていたことと、

 それから、あんまりにも帰って来ないわたしの事を、兄さまと師匠が般若のごとき形相で『厩舎まで』迎えに来ていたことを。
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