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最終章 魔界と少女と世界樹と

6)強がりと、大泣きと、策略。

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「昔話をしようか。」

 椅子にもたれかかり、檻越しの真正面にいる私をに、にこにこと笑いかけるアル君の顔。

 それはぞっとするほど綺麗な、学校では一度も見せたことのない表情の抜け落ちた顔で、思わず身震いをしてしまった私はここで負けちゃだめだ! とアル君を正面から見返した。

「こんな時に昔話なんていらない。」

 わたしは(異世界生活のおかげで)NO!と言える(ようになった)ジャパニーズ!

 しっかり手を使って、それを聞かないと意志を示しているのを楽しそうに眺めるアル君。

「まぁまぁ、そういわずに聞きなよ。」

「結構です! 今話すことでも聞くことでもないし、本当に本気で怒ってるんで、出来れば今アル君と話したくないですっ!」

 そもそもお前誰だよ、完全にキャラ崩壊してるじゃん!

 などとは突っ込まず、私はただいま、心底本気で怒ってるからお前との話は完全拒否だ、この野郎! を、体現した。

 それなのに、そんな私を見ていたアル君はむかつくくらい、いい笑顔を向けてきた。

「なんでそんなに怒っているの?」

「はぁ~?」

 ついアラフォーの時の癖がでちゃったよ。

 いや、なんでじゃないでしょ?。

 なんなの?

 首席で入学しちゃうくらい頭がいいくせに急に大陸語がわからなくなっちゃったの?

 今も話してるのに?

 なんかもう、構えているのもつらくなったので、ふん! とふんぞり返るように椅子に座ると足を組んで偉そうに見えるように腕も組んでみた。

 少しだけ顎を上げて、斜に構えてみる。

「私の怒っている理由なんて、誰が見てもわかるよ。 アル君のせいで辺境では怪我人がたくさん出てる。 マーカス様は将来の夢が立派な騎士だったのに、それを諦めざるをえない大怪我した。 腕がなくなるなんて騎士にとっては致命的って知ってるでしょ? それに、あんなに優しかったビオラネッタ様にあんなことさせて、消えてしまったじゃない。 それからセス姉さまの好きな人は死んでしまう寸前に、アル君の仲間が魔人にして今回の駒にしたのね? そしてそれを知らないままセス姉さまは死んでしまった。 人を何だと思っているの? 玩具じゃないんだよ? なんで笑って見ていられるの? なんでこんな酷いことできるの?」

 ぼろり。

 思っている以上に、私のメンタルにダメージがあったらしい。

 言葉にしたら涙が出てきて歯を食いしばった。

 泣いてしまいたい、痛い、苦しい、悲しい。

 私は、ただ安全なところで見せられているだけで、彼らに何にもできなかった。

 そしてその元凶であろう、目の前で笑っているアル君。

 彼には絶対に涙を見せたくなくて両手で顔を覆い、嗚咽も我慢して大きく深呼吸をする。

 鼻の奥がツンと痛くなるのを我慢しながら、頑張って平常心へもっていこうとする。

 なのに、だ。

「何のためかぁ。 そうだな、強いて言うなら『目的』のためかな?」

 さらっと耳に届いた心を逆なでにする言葉に顔を上げると、罪悪感のかけらもない笑顔のアル君がいて――こちらに来て初めて、憎しみの感情のまま彼を睨みつけた。

「人を馬鹿にするのはやめて。」

「フィランのそんな顔初めてみたな。 そんな顔もできるんだね。 でもそれはなんのため? フィランにとって親でも兄弟でもない人なのに。」

 目の前が真っ赤になったと思った。

 それくらい、悔しかった。

「私にとっては! 兄さまも、姉さまも、ヒュー兄様も、師匠も、ロギイさんも、ルナーク様も、陛下も……ここで出会った人みんな、みんな本当に大事なの! アル君は大事なものは、ないの? 大事な人はいないの?」

「だいじなもの、かぁ……」

 自分の頭の上にある、折れずに残った3本の足で宝冠を支えているボロボロの王冠を手に取ると、ふっと、彼は笑った。

「フィランは、僕をなんだと思っているの?」

「何って……?」

 彼は自分の目の前まで持ってきた冠を片手で支えながら笑ったままだ。

「フィラン的な言葉で言うと、お友達? クラスメイトに、大切な仲間、親友とかそのあたりかな? 危機感のない、防衛本能すら持っていない平和ボケしているフィランらしい。 だからそんな風に僕に対しても怒っていられるのかな? だけどねフィラン、それはそれを持つ人間にしか大切さも特別さもわからないよね? だから、僕のしたいことを想像することもできない。」

 ぽろっと、アル君の手から王冠が落ち、軽い音を立てて床に転がると乳白色の石を支えていた残る3本の脚が砕けて、石はアル君の足元まで滑り、枠台だけになった王冠だったものは、カラカラカラ……カラリン、と、乾いた音を立てて回って止まった。

「じゃあ……したいことって、なに?」

「言ったじゃないか。」

 足元に転がった壊れた王冠に飾られていた白い石を摘んで拾い上げたアル君は、にこっと笑った。

「すべてを奪うことだよ。」

 彼はそうだな、と続けた。

「これビオラネッタ様の守り石、だっけ? 仲間だから、とか言っていたけれどそんな彼女はすべてを捨てることを選んだ。 君のいう姉さまの婚約者だっけ? 彼は、家族も、婚約者も、仲間も捨てて魔人になろうとした。 その程度のだったんだよ。」

「それはっ。」

「フィランだって、彼らみたいに簡単に捨てられるし、捨てちゃうかもしれないね。」

 こんなふうに、とつまんでいた守り石を粉々に潰したアル君は笑いながらパンパンと手を払う。

「そんなものよりも……」

「私は! 少なくとも、この世界で出来た大切な人を絶対に捨てたりしない!」

 そんなものなんて言われたくない。

 これ以上心が死んでしまうような雑音を聞くのが嫌で、アル君が言い終わる前に叫んだ。

 ぎゅっと膝の上で握りしめていた手を白くなるまで握りこんで叫んだ私。

 そんな私を面白そうに見ていたアル君は肘置きに肘をつき、軽く握った拳の甲に顎を乗せた。

「う~ん、だけどさ。 フィランはそうでも相手はどう思ってるかな? 君の大切な人たちは駒の役割を果たしていたけれどねぇ。 ねぇフィラン、僕を殴り飛ばしたフィランの大好きなお兄さんはここまでの中でどこにもいなかったね。 妹さんも親友もいたのに他の人に任せちゃっていったいどこに行ったんだろうね。」

「それは……。」

「そんなに大切じゃなかったんだね、フィランの事も妹さんや友人の事も。 あぁ、もしかして怖くなって逃げちゃったかな?」

「兄さまは逃げたりしない!」

「じゃあ、捨てられたんだ。 可哀そうなフィラン。」

 ごくん、と、喉を鳴らした。

 彼の策に嵌ちゃだめだと分かっている。

 兄さまがそんなことするはずないと信じている。

 だけど、心はどんどん冷えこんでいく気がして、耐えきれなくなり俯いて握りしめた拳を見る。

「捨てられた気持ちは、どうかな?」

「……そんなことないもん……。」

「どうかなぁ。 君のお兄さんにとって、君は、守る価値もないんだね? これは君を守ることで世界を救うゲームなのに。」

 冷たい笑い声が、容赦なく心に突き刺さる錯覚を起こす。

 異世界からの空来種だから、他の特別な仲間の方が大事だから、私の事は皇帝の命令で見張ってるだけだから……。

 そんなことないと思うが、心に棘が刺さったようで、辛い。

 抑え込んでいた涙があふれてくる。

「可哀想な泣き虫のフィラン。 そんな人たちのために君は泣くの? そんなに弱くて今までよく、生きてこれたね? フィラン。 うん、だからもう降参して僕たちと一緒に終わらせよう、君もそれを望んでるんだろう?」

 それだけは絶対に。

 ボロボロっと涙が流れた。

「……ちが……っ!」

「まぁまぁ。 そんなことを言って女の子を泣かせるなんてだめね、アル。」

「師匠。」

 涙でボロボロの顔のまま、反論しようと顔を上げたところで、その人と目が合った。

「マリアさん……」

「フィランちゃん、久しぶりねぇ。」

 いつ、来たのだろう。

 いつからそこにいたのだろう。

 アル君の後ろに立った彼女が、にっこりとかわいらしい笑顔でひらひらと私に手を振っている。

「師匠、まだ早いのでは?」

「いいえ、もうあと3つだったもの。 辺境の魔物も制圧されてしまったから、それが壊れていなければ残りは二本になったところよ。 でも、それでいいの。」

 アル君の座る椅子の後ろにいたマリアリアさんは、ニコニコと笑いながら壊れた宝冠の土台を手に取り、アル君の頭に乗せた。

「これで、決着がつけられるもの。」

「決着……?」

 何のことかわからず首をかしげてしまった私に、マリアリアさんは大きな翼を広げる。

「暴力と守護、廃棄と庇護、絶縁と友情、親子と兄妹の愛情と確執、戦争と平和。 そんなものはどうでもいいのよ? それよりももっと大切なものがあるもの。 フィランちゃんはそれが何かわかる?」

 ぎゅっと、大きな翼を広げた下で、自分の体を抱きしめながら嬉しそうに、歌うようにそう私に聞いてきたマリアリアさんは、一等綺麗に微笑んだ。

「唯一に、なる事よ。」

「唯一?」

「そう。 たった一人、特別になること。 そのためにはどちらが残るか決める必要があったわ。 本当はここに、鍵であるアルフレッドとフィランちゃん、それから守護者となるわたくしと、そちらの王様が来るはずなんだけれど……」

 翼を小さく閉じて、自分の体を抱きしめていた両手をアル君の方に置いたマリアリアさんはきょろきょろと猛禽類の鋭い瞳で見回すと、その冷たい瞳のまま私をしっかり正面からとらえた。

「いないわね、貴方の守護者。」

 恐ろしく美しい笑みを浮かべたマリアリアさんが右手を上げると、私達を覆い隔てていた檻が消えた。

「フィランちゃん一人で、私達ふたぁりを相手するしかないけれど……面倒な精霊はこの空間では出てこれず魔法も使えない。 フィランちゃんに勝ち目はないわね。」

「そんなこと、わからないじゃないですか。」

 はい、はっきり言って強がり!

 マリアリアさんが来た時から、私の足は震えてたぶん役に立たない……怖くて動かない。

 でも、このまま相手の思い通りになるのは本当に癪!

 なので、腰につけていた杖を引っ張り出しマリアリアさんに突き付けた。

「精霊が呼べなくても、別の手があります。」

 椅子に座ったアル君の頭をなでていたマリアリアさんは、ゆっくりと私の方に足を動かした。

「そうして抵抗する様は可愛いけれど、フィランちゃんに戦うすべがないことは、初めてあった日にキスして探ったからわかっているわ。 ついでに徐々に魔力が抜ける跡もつけたはずだったんだけど……消えているのは、あの方のせいしょうね。 でも、それだけではどうにもならない。 の勝ち。 だから、ねぇ、フィランちゃん。」

 鉤の様な爪が伸びた指が杖を握る手を掴もうと近づいた。

 触れられるのが嫌で、顔を背ける。

「アルと一つになりなさいな。 そうして、フィランちゃんの抜け殻には鍵と苗床しての役割を……」

 首元に指が振れたと感じて目を閉じた瞬間に、私の足に何かがぶつかった。

「師匠!」

 アル君の叫び声?

 恐る恐る目を開けると、私の足元にはマリアリアさんの手首?

「……手っ!?」

「その汚い手でうちのフィランに触るなっ!」

 顔を上げると、小さな悲鳴を上げたマリアリアさんが、落ちた手首とは反対の手で血ではなく瘴気を垂れ流す手首を握りながらアル君の方へ後ずさる。

 そして、聞きなれた声。

「フィランにそれ以上余計なことを言うな。 というか、一歩も近づくな。」

 少し距離のある所から聞こえた声は、今度は私の後ろから聞こえた。

 聞き覚えがある優しい声に振り返ってみれば、ポンポン、と私の頭を大きくて優しい手が撫でた。

「お待たせ、フィラン。」

「兄さま!」

 笑う膝にを入れて椅子から飛び上がると、その首元にぎゅうっと抱きついた。

「うえぇん! 怖かったよぉ!」

「はいはい、フィラン、ごめん……。」

 ものすごい勢いだったにもかかわらず、びくともせず抱き止め、よしよしと大きな手で撫でてくれるセディ兄さまの温かさに心と涙腺が崩壊!

 心細さも、怖さも、寂しさも全部一気に安心感で塗りつぶされて大泣きした。

「心細かった! 心細かったぁっ! 怖かったよぉ!」

「怖い思いをさせてごめん、フィラン。 もう大丈夫だよ。」

 よしよしと、わたしを宥めてくれる兄さまに、泣きつく私。

 兄さま来てくれるの信じてた!(ちょっと自信なかったけど!)

「よしよし、フィラン、まだ落ち着くのは早いかな。 あれらをどうにかしてからにしよう。」

 文句を言いながら泣いてる私を必死に宥めながら涙を拭いていた兄さまのお陰でちょっと落ち着いた私は、そうだったと状況確認。

 いや、攻撃されなくてよかったね、と思って兄さまの腕の中からそっと肩越しに相手を見れば、手首が生えているマリアリアさんと、その隣に立つアル君。

 二人とも、めちゃくちゃ怖い顔してる!

「あら、ここにあなたが来たのね? 本当の妹さんを放っておいて。」

「私ではあの子を眠らせてあげることは出来なかったからね。 それに、フィランも可愛い妹だ。」

「どうでもいいことよ。 でも、これで2対2ね。 フィランちゃんが数に入れば、だけれども。」

「いや、2対3だな。」

 ふわっと私と兄さま、アル君とマリアリアさんという4人の間に現れたのは精霊女神を伴った黄金の獅子王。

「人の王に精霊まで! なぜ!?」

 先ほどまでと違い、余裕がないように感じるアル君の声に、不敵に笑うその人。

 王都要塞ルフォート・フォーマ現皇帝ラージュ・オクロービレ・ルフォート本人である。

「なんでここに……」

 ルナーク様も別空間ここにいるのに、陛下が王城じゃなくてこんなところにいてもいいの!? と声にならないまま凝視していると気づいた彼が口を開いた。

「随分と怖い思いをさせて本当にすまない。 俺がここに来たのは、爺との最初の約束を守るためだ……ここまで一致していると本当にムカつくし、面白くないのだが仕方がない。」

 すごく嫌そうに言いながらも、柔らかく笑ったラージュ陛下は、すぐにアル君たちへ視線をもどした。

「爺と神の木のためにも、どうしてもあいつをここに引っ張り出す必要があったんだ。」

「あいつ?」

 あぁ、と、手に持つ大きな杖で目の前の美しい鳥人を指し示す。




「最初に世界の理を曲げた神の反逆者、命の欠片の簒奪者、魔女マリアリアだ。」
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