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9.5 みんなの視点から7

イケメンに殺される!(3)~過保護保護者による可愛いあの娘争奪戦!~

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「何その究極の選択みたいなの、やだぁ! 選択肢が少なすぎますっ!? 身を守るって、ついこの間、後見人ジャラジャラつけたので大丈夫でしょ?! それに、わたしなんかと婚約したら兄さまたちロリコンなの? って噂がたっちゃうよ? そのまえに、兄さまやヒュパムさんと結婚とか、なんじゃそりゃ―!」

 そんな強制で結婚なんか決められたくないし、正直、結婚は前世でだったので本当にノーサンキューっ!

「結婚ってそんなのでするものじゃないんです! いや、お貴族様たちは政略結婚とか? よくわからないけどしなきゃいけないんでしょうけど、私は嫌です! 愛のない結婚は絶対に絶対にノーサンキューです! 兄さまたちは知らないでしょうけど、愛のない結婚程しんどいものはないんですよ!」

 こっちでは関係なんてないのに、ちらつくのは前世まえの記憶。

 食べてもらえなかったご飯。

 一人取り残された部屋。

 名前を呼んでも振り返ってももらえず、自分が視界に入った瞬間に心底嫌なものを見たという顔をされ、睨みつけられた時の絶望。

「愛のない結婚反対! 政略結婚反対! 私は庶民なのでそんなのはできません! もし結婚するとしたら、私はおじいちゃんとおばあちゃんになっても手をつないで、笑いあってお買い物に行ってくれる人と結婚したい!」

 ちらつくものを視界や思考の向こう、もう二度と思い出さなくてもいいところまで追いやるように、私は兄さまたちがぐぅの音も出ないように力いっぱい今の気持ちをぶちまけてみた!

 のですが!

「究極の選択? ろりこん? 何だい? それは。」

「フィランの造語です、気にしないでください。」

「いやいや、当事者であるフィラン嬢の意見ですし、聞いておいた方がよいのではないでしょうか。 ねぇ、フィラン嬢。」

 冷静にお話しする兄さまとヒュパムさん。

 私の口撃は完全にスルーされたようです。

 そもそも単語の意味が通じないとはっ!

 がっかりしていたら、兄さまの制止をやんわりと留めたヒュパムさんが聞いてきたので、とても正確に教えてあげました!

 で。

「なるほど……興味深い。 しかしこの世界にそのロリコンという概念はないね。 究極の選択という語彙には使用用途がたくさんありそうだが。」

「え? そうなんですか?」

 頷くヒュパムさん。

「未成年での結婚は心身を守るために許されていないが、成人になれば結婚できる。 そして様々な人種がいるからね。 比較的長命の花樹人や、短命なものが多い人、獣人と鳥人は種によってかなり寿命が違うから、その中ではナンセンスだね。 あぁそれから、子孫の必要がなければ同性での結婚も許されているね。」

「はは~なるほど~。 でも、好き好んでこんなツルペタなお子ちゃまと結婚するもの好きいないですって。 兄さまもヒュパムさんも無理してまで結婚する必要ないですよぅ。」

 NO! 政略結婚! と、お菓子を食べようと伸ばした手首をつかまれた。

 ん?と振り返ると、目の前には真剣なお顔のヒュパムさん。

「え? お菓子食べちゃダメでした?」

 お菓子食べたいのになぁ、と首をかしげると、ふっと、笑う。

「フィラン嬢には私の気持ちが届いていなかったようだ。」

 ちゅ。

 素敵スマイルを浮かべて笑ったヒュパムさん、私の頬にやさしく触れると反対の頬にキスした。

「私は初めて会ったときからずっと、フィラン嬢の事を可愛いと思っていたし、妹のように思っていたけれど、いつか君が年頃になった時には私の事を意識してくれるように、好きになってもらえるように頑張るつもりだったが?」

 にこっと、至近距離で微笑んだヒュパムさん。

「私では力不足だったかな?」

 視線を合わせたままもう一度、今度は取られた手の甲にチュッとされた。

 ちゅう!

 チュウされたぁぁぁ!

 ぼしゅっ!

「ひぃやぁぁぁぁ~~~~……。」

 私の脳みそがあつあつのとろとろになって噴火しました。

 オーバーヒートです。

 いや、うん、ちらつくくらいには好きだった人と、裏切られたとはいえ結婚してたことは前世であったけどさー!

 こんな甘い甘いイケボでほっぺにチューとか、見つめながら手の甲にチューとか聞いてない、死んじゃう!

 好き!(存在が神という意味で!)

「……圧倒的イケメンによる圧倒的イケボでのちゅ~による会心の一撃なんて卑怯だ……供給過多で私の墓が建っちゃう……こんなの解釈違いなのに……イケメンバンザイ……。」

 そのままヒュパムさんがいない方に倒れこんだ私。

 そんな私の背中をさすってくれてるのは多分笑っているであろうヒュパムさん。

 なんでわかるか? だってさすってる手が震えてるもん。

 あと、なんか兄さまの方からひんやりしたものが流れてるけど、涼しくてちょうどいい~。

「供給が過ぎる……ここが天国か……。」

 ヒュパムさんの攻撃にへにょへにょの私は何とか体を起こす。

 するといい香りのするハーブティを「落ち着きますから」と差し出された。

 ほんといいお仕事される使用人様たちです。

「フィラン嬢。 見ていただきたいものがあるのですがよろしいですか?」

「あ、はい。 すみません、えっと、拝見します。」

 感心しながらハーブティをいただいたところで、トーマさんに言われて頷いた。

 すると彼はコルトサニア伯爵家の使用人の方に合図を出し、それに頭を下げた使用人の方が、奥に置かれていたらしいワゴンの上に乗った、たくさんの絵本? 書類? を持ってきた。

「こちらは昨日一日でコルトサニア商会、並びにコルトサニア伯爵家に届きました釣り書きでございます。」

「……はぁ……?」

 一日でこの量?

 ヒュパムさん大人気だね。

 それが何か?

 と、首をかしげるわたしに、トーマさんは一番上に乗った物を差し出した。

「どうぞご覧ください。」

「え? 見てもいいんですか?」

「どうぞ。」

 人様の家の釣り書きなんて、しかもお貴族様の家に届いたものを庶民の私が見てもいいの? と思いながらそっとものすごい装丁の施された絵本の様なそれの表紙を開く。

 前世の日本と同じで、写真の代わりの絵姿と経歴がつづられている。

 こういうの作ったの、空来種だろうな……余計な文化持ち込んじゃって……と内心溜息をつきながら絵姿を見たのだが。

 あれ? あれれ?

「……ん? あの、すみません。」

「なんでしょうか?」

「ヒュパムさん宛の釣り書きなのに、なんで男性の絵姿が付いてるんですか? 一般的に異性じゃ……こっちの世界ではこれが普通? ん? いやマイノリティな問題だから難しいのか? いや……え? あ! もしかして!?」

 釣り書きを放り出した私は、隣に座る素敵ヒュパムさんを見た。

「わかったかい? フィラ……」

「失礼します!」

 ばん! と、私はヒュパムさんの体――正確にはお胸のあたりをお貴族様のジャケットの上からペタペタと触る。

「え? なに? え? ヒュパムさん結構素敵マッスル!? それとも鍛えすぎ……いや、カップを調べるときは下乳からもち上げなさいと高級下着売り場のお姉様がおっしゃっていた……下乳……うん?」

 柔らかでハリのあるお胸……これは偽物ではない、お胸だ。

 私の掌からあふれんばかりの弾力!

 たまらんっ!

 しかしこれはお胸かお乳のどっちだ!

「ないすばでぃ……。」

「フィラン、嫁入り前の娘が何をしているんだ!」

「え? 釣り書きが男性の柄姿だったから、ヒュパムさん、オネェじゃなくて本当に女性なんじゃと確認を……。」

 そういうと、ものすっごい深い溜息をついた兄さま。

「はしたないから今すぐやめなさいっ!」

「ふぇ!? はい!」

 珍しく怒った兄さまの声に、慌てて距離を取って離れた私。

 たぶん自分史上一番素早く動けたと思う!(参考資料・フィラン全力疾走の自己ベストタイム50m10秒弱)

 ちらりと肩越しにちょっと振り返ると、スマートにお洋服の乱れを治しながら笑っているヒュパムさん

「積極的なのは嫌いではないが、このような場所では流石に女の子としていささか慎みが足りないかな。」

「足りないどころじゃないっ!」

 兄さまの方から冷気が流れてるけど、何そんなに怒ってるんだ……めんどくさいから謝っとけ!

「えっと、ごめんなさい?」

「わかってないな……」

 ものすっごい深い溜息をついた兄さまとヒュパムさん、というかその場にいた皆さま。

「人前で男性を押し倒して体を触るなんてなにをしているんだ。 貴族とか貴族じゃないとかという前にフィランは嫁入り前の女の子だぞ! ふしだらと言われたくないだろう!」

 ふしだら?

 ……ふしだら?

「……ふぁっ!。」

 そう言われて冷静に考えれば、いや、冷静に考えなくても、先ほどまでの私は、突然わけのわからないことを呟きながら、ヒュパムさんのお胸をペタペタ触りまくるただの変態さん……。

 圧倒的にこの状況、悪いのは私!

「申し訳ありませんでした! 今後このようなことはしないと誓います。 本当に気を付けます!」

 ソファの端っこに座りなおし、ひたすら頭を下げる。

 まぁまぁ、とヒュパムさんに差し出された、少しぬるくなったハーブティのカップを傾けながら、そっと周りを見回せば、額を抑えてため息をついている兄さまに、少しだけ頬を染めて得も言われぬ顔でお茶を飲むヒュパムさん、それから私の放り出した釣り書きを手に、マナー講師は早い方がいいですねと執事さんと話し合ってるトーマさん……あ、後ろに控えている使用人さんがめちゃくちゃ冷静を保とうとしつつも笑いをこらえてる。

 なさけなぁぁぁい……。

「落ち着いたかい? フィラン嬢。」

「はい、申し訳ございません。」

 ティカップを置いて、座ったまま深々と頭を下げた私に、トーマさんは笑った。

「いつも奇想天外なフィラン嬢ではありましたが、まさかそんな風にお取りになるとは思わず……私の説明不足でしたね。 こちらは貴女の後見人であるコルトサニア伯爵に届いた、貴方への釣り書きです。」

「え? はぁ?」

「ちなみにイトラ家にも同じように毎日大量に届いているよ。」

 こんなお貴族様の釣り書きが?

 今怒られてるくらいにはアホの子の私に?

「え? なんで? だって私庶民だよ? 平民! お貴族様と結婚できるわけないじゃん。」

「そこは、君を養子にもらってもらってから結婚するという手もあるからね。 いま私たちがしようとしていることと同じように。」

「あ……。」

 そういえばそうでしたね。

「でも、なんで?」

「庶民では類を見ない魔力量と2つの属性、全属性の精霊の契約に、それから高位貴族と騎士団長の後見に、魔術師長の弟子、コルトサニア商会の新製品開発に関わっている事、腕輪支払い機能追加の発案者で、ジャイアントダンデリオンの研究発案、『薬屋・猫の手』の商品とアカデミー次席の入学。 爵位も一度は蹴られたものの、二度目は今現在保留になっていますね。」

「……すみません、解りました。」

 商品価値ってことですね、私の。

 言い並べられてやっと自覚したけど、私好き勝手やってたのに、いたるところへの影響半端ないな。 うん、私でも目を付けるわ。

 転生後二度目の片頭痛起こしそう……主に自分の無自覚と無謀としか言えない行動に。

 もういいです、自覚しました、とお手上げ状態なのに、兄さま、ヒュパムさん、トーマさんが畳みかけてくる。

「貴族はフィランの膨大な魔力と属性を血統に入れたい、商人はフィランの商才がほしい、魔術師は研究対象として、またフィラン自身の希少性に惚れこんでいる者も多い。 しかしフィランは未成年、正面きって君に何かを言うことも手を出すこともできない分、後見をしている各家に縁談、または養子縁組の申し込みが非常に殺到している。 予想はしていたけれどそれを上回る量だ。」

「お断りはしておりますが、屋敷に直接持ってくる等の実力行使をする馬鹿かたもいらっしゃいまして。 建前としてでも貴族の籍に入り、高位貴族の婚約者を決めてしまった方が守りやすいと判断しました。 一つ一つにお断りを入れるという余計な雑務も減りますしね。」

 とんとん、と、ヒュパムさんが書類の下を叩いた。

「ここにに書いてあるだろう? 君にもし、本当に好きな人ができた時には無条件で婚約は破棄される、と。」

 言われて契約書を見た私。

「あ、本当だ。」

 表面だけ見て興奮してここまで見る余裕……いや、冷静さが足りなかったみたい。

 これまでもいろいろ好き勝手やって、のびのびさせてもらっていたけれど、どれだけ周りに助けられてきたのかな。 本当に私はアラフォーなのかと心から反省してしまうわ。

「いっぱい助けてもらってたのに気が付かなくって文句ばっかり言ってごめんなさい。」

 謝りながら、ものすごく情けなくなって出てきた涙をヒュパムさんがいい匂いのするハンカチでそっと拭いてくれた。

「いいんだよ。 大人は子供を守るものだから。 イトラ卿から伺って、このまま後見をいくら付けても、あの手この手で君を手に入れようとする欲に目がくらんだ大人は別の手を考えてくる。 だからこれが手っ取り早いだろうという話になったんだ。 ……まぁ、私としては本当にお嫁に来てくれてもかまわないのだけどね。」

 にこっと笑ってくれたヒュパムさん。

「……ヒュパムさんには、私みたいなツルペタのお子様じゃなくって、もっと大人の、素敵な女の人が似合いますよぅ。」

 しゃくりあげながらそう言った私は、並べられた書類をみた。

 ほぼ内容は同じ書類。

 違うのは名前の並びだけ。

「これからも、兄さまにも、ヒュパムさんにも、皆さんにもいっぱいご迷惑をおかけすると思います。 だから守ってもらう分、きちんと言うこと聞いて、出来ることを精一杯頑張りたいと思います。 ……だから……。」

 私は一枚の書類を指さした。

「これに、します。」

「うん、今の生活を極力変えないためには、これがいいんじゃないかと話していたからこれでいいね。」

「あぁ、そっちを選んでしまったか……。 これで、本当にいいんだね、フィラン嬢。」

 二人に聞かれ、私は大きく頷いた。

「はい、よろしくお願いいたします。」






 『薬屋・猫の手』の看板を出した私は、ぐ~っと大きく背伸びをした。

「フィラン、今日はアカデミーの創立記念の休校日なんだから休んでもいいんだよ?」

「やだ、たまにはちゃんとお店に出てお客さんの相手したい!」

「……はいはい。」

「おはよう、フィランちゃん。」

 そこにやってきたのは、お野菜や果物が入った大きな木箱を抱えた庶民層で働く姿で登場の……。

「ヒュー兄様!」

 お店に入ってすぐの場所に木箱を置いたところに、すかさずむぎゅっと抱きつくと、まぁまぁ、よしよし、と私の頭をなでてくれるのはヒュパム『お兄様』。

 コルトサニア伯爵家に養女に入り、ヒュパムさんの娘……ではなく妹になった私は、イトラ侯爵家の当主に返り咲いた兄さまと婚約した。(ちなみにミルスート様はフォーノット家の当主になったよ。)

 侯爵での兄さまは相変わらずの『昼行燈』の『変わり者』で知られているから社交は頑張らなくてもいいし、お忍びという名の道楽で庶民層にお店を出して、婚約者もそこでのんびり暮らしててもいいでしょう? ってことになったのだ(押し切ったというのよ)。

 ついでに、私に与えられるはずだった爵位の件もお受けした上で、兄になったコルトサニア伯爵が一時保有することになった。

 領地がコルトサニア領と隣り合ってたのもちょうどよかったし、将来私が他の人と結婚することになったら、その爵位と領地を使えばいいということだ。

 よくこれでまとまったなと思うけど、たぶん皇帝陛下の特例出しまくったんじゃ……?

 よくわからないから突っ込まない!

 藪蛇反対!

 侯爵家と私の実家の伯爵家があるし、後ろ盾も健在なので、皇帝に脅されない限りはよっぽどじゃない限り安全!

 皇帝陛下の許可あっての養子&婚約もだもんね!

 これで大切な人たちみんな守れるよ、ばっちり! って笑ったら、フィランもみんなの大事なんだよって笑われたけどね……大丈夫、前よりは自覚しています。

 ヒュー兄様、と、抱き着かれているヒュパムさんはまんざらでもなさそ……あ、なんか冷たい空気がセディ兄さまの方から流れてきてる~。

「義弟よ、万が一にでも妹に手を出したら、婚約破棄の上、妹は当家に取り返しますからね。」

「……はははは、義兄上、そんなことはしませんよ。 というか、私の方が兄としては付き合いが長いので、そこはお忘れなく。」

「お願いですから仲良くしてください。 書類上以外は、今までの生活と何にも変わらないんですから。」

 は~とため息をついた私は、はいはい、と二人をお店のミニテーブルの椅子に座らせた。

「お茶にしましょう? 新作の薬草茶、試飲お願いしますね。」

 にこっと笑うと、二人は私に笑ってくれた。

「「よろこんで。」」
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