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9章 アカデミーと野外演習

9)打ち合わせと、演習前夜

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 午前中の授業が終わっても演習に向けて話し合うことが多く残り、私たちは続きを話し合うためにサロンへと移動した。

 お弁当組の私とアル君とマーカス様は、ビオラネッタ様がランチという名の昼餐の為に侍女さんに連れていかれるのを見送ると、三人でサロンの奥、いつもの一角に陣取って彼女の帰りを待つことになった。

 小さめの布袋に手を突っ込み、しっかりした全粒粉使用らしきパンに、厚切りのお肉だけがボンボン! と挟み込まれたサンドイッチと、リンゴの様な果物を丸のまま出したのはマーカス様。

「マーカス様はお弁当なんですね?」

 随分と貴族らしくない、豪快なお弁当だなぁとまじまじと見ていると、サンドイッチを手にしたマーカス様はニヤッと笑った。

「貴族らしくないと思っただろう?」

「はい。」

 ばれたら仕方がない。

 はっきり言い切りながら自分のランチボックスを開けると、今日は兄さまお手製ピカタサンド(私の前世知識フル動員で作ってもらいましたよ!)が出てくる。

「フィランの弁当もサンドイッチとは違うけど、手で持って食べられるし、色々挟んであってうまそうだな。 今度作り方を教えてくれないか?」

「良いですけど……え? マーカス様が作るんですか?」

 吃驚しながら聞き返すと、違う違うとマーカス様は笑いながら手を振った。

「俺だって、次男とはいえ一応伯爵家の子供だからな。 腕の良いシェフを雇っているから俺の分はこうして作ってもらってるよ。 プライマリースクールの頃は、フィランの想像するような貴族然としたものを持っていってたんだ。 けどなぁ、冒険者を始めたら、ダンジョン内でのんびり昼餐というわけにもいかないだろ? で、簡単ですぐ食べられるものを食べ始めたら、すっかりこの美味くて楽というのにハマってな。 それからは無理言って毎日作らせているんだ。 仕事で忙しい父たちにも好評なんだぞ? だからそれの作り方も教えてくれ。」

「じゃあ、今度メモして持ってきますね。」

 ま、メモするのは兄さまですけどね、と思いながらも頷き、右隣のアル君を見ると、こちらも美味しそうな野菜とお肉がバランスよく配されたサンドイッチである。

「アル君は、師匠さんに作ってもらっているの?」

「いや?」

 食べ始めたアル君は笑う。

「師匠は家事能力皆無だから、僕が師匠の分も作ってきてるんだよ。 そう言うフィランは自分で作ってるのかい?」

「私は、朝は畑仕事やお店の用意をするから、ご飯は兄さまの当番なの。 でね、私が作るよりすっごい美味しいの。」

 役割分担ですよ、とちゃんと説明しつつも、師匠にお弁当を作って置いてくるアル君を前に、何故か兄さまに作らせてるのがちょっと恥ずかしくなって言い淀む。が、

 いや、恥ずかしくない!

 と、開き直って私も食べ始める。

 マーカス様はリンゴも丸かじり。 野菜を入れないからせめてこれだけでも! とシェフさんに持たされているらしい……お貴族様なのに、前世の高校生のノリで、すっごい親近感わくなぁとみていると、にかっと笑ったマーカス様。

「フィランにも兄貴がいるのか。」

「うーん、兄さまっていっても、遠縁にあたる人なんですよ。 私が田舎から出てきて王都でお店を開くのにあたって、後見人をしてくれたんです。 今は私がアカデミーの時はお店番してくれてたり、本当の兄以上の人……かな?  とっても頼りになるんですよ。」

「なるほど、いい兄貴なんだな。」

 実はうちの兄貴はな、と色々話し始めたマーカス様。

 お兄様とすごく仲良しなんだなと話を聞いていると、くるっとこちらを振り向いたアル君。

「マーカス様の兄君が良い人だとはよく分かったけど、フィランのお兄さんってどんな人?」

「へ?」

 急に声をかけられて変な声を出したら、また笑っている。

「料理上手で、本当の兄と言わしめる人は、一体どんな人なのかと思って。」

「どんな人……?」

 改めて聞かれると難しくて、そうだなぁと考える。

「えっとねぇ、お店の事も、おうちの家事全般何でもできて、ご飯を作るのが上手で、一緒に嘆きの洞窟行ったときはすごく強かったの! それから優しくって、かっこよくって、あ、でも怒ったら怖くて、それから、普段はしっかりしてるのにちょっと抜けてるところもあるかな? 話聞いてないことがあったり。」

 指折り数えていってから、あれ? 私めちゃくちゃ兄さまのこと好きなのでは!? と思ったら、二人も温かい……いや、生温かい笑顔を私に向けている。

「そんなに力説しちゃうなんて、フィランは本当にお兄さんが大好きなんだね。」

 そう言ったアル君。

 ですよね、そういう印象持っちゃいますよね。

 笑ってごまかすと、うんうん、と頷いたマーカス様が畳みかけるように言う。

「話を聞く限り、めちゃくちゃ過保護そうだよな。」

「え? うそ、なんでわかるの?」

 そんな話した? と聞くとアル君とマーカス様はティカップを手に笑う。

「聞かなくったって解るよ。 なんならフィランに好きな人とか出来たら、貴様にはやらん! って言いそうだ。」

 マーカス様がそういうと、そうそう、とアル君も同意する。

「大変だね、フィラン。 あぁ、でも気持ちはわかるなぁ。」

「え? なんで?」

 首を傾げたら、また笑われる。

「フィランは危なっかしすぎるし、庶民層で暮らしている割には全体的に世間知らず過ぎるし、危機感がないだろう? そのお兄さん、毎日ちゃんと帰ってくるまで心配だろうなぁって思ってさ。 まぁそれだけ大切にされてきたって事なんだろうけどね。」

「え!? わたしってそんな風に見えてたの!?」

 兄さま、会ったこともない人から過保護認定されてますよ!

 しかもそれが私のせいみたいだけど、わたし、のはず!

 大変に遺憾、由々しき事態!

 しかも、中身的には年下の同級生にまでそんな風に見られてたとか、中の人はアラフォーなのに恥ずかしいっ!

 と、まぁ。

 急に恥ずかしくなって、もにゃもにゃと言葉にならない苦情や羞恥を、うつむきながらぶつける様に紅茶の注がれたティカップに口を付けた時。


 ――そんなやつが、フィランを奪われたらどんな顔するだろうね。


「――っ!」

 ぞっとするほど冷たい、氷水を頭からかぶせられたような声に、跳ねるように私は顔を上げた。

「今、何か言った?」

「いや、言ってないけど? どうかしたか? フィラン嬢。」

「だいじょうぶかい? フィラン。」

「う、うん、大丈夫。 空耳だったのかな?」

 慌てて顔を上げるけれど、いつもの優しい笑顔で私のことを心配してくれるアル君とマーカス様がいるだけだ。

 うん、やっぱり気のせいだったのかな?

「本当に?」

「うん。 大丈夫だよ、ありがとう。 でも困ったことになった!」

「「え?」」

 心配そうにこっちを見てる二人に、私は空気をかえるように重々しく言う。

「マーカス様とアル君に言われたことについて、ちょっと今晩、兄さまと今後について話し合う必要が出てきた。 過保護厳禁!って言わなきゃ!」

 ……ぷっ。

 マーカス様が噴出したのを皮切りに、私たちは笑った。

 よしよし、空気戻った。

 よかった。

 そのまま、背中に残る違和感の様なわずかな寒気を気にしないようにしながら美味しく食べ終わり、テーブルの上を片づけてお茶をお願いしたところで、昼餐を終えられて優雅に現れたビオラネッタ様が合流されたので、わたし達四人、頭をつき合わせて野外演習の話の続きを始めた。







「もうこんな時間か。 ランチ時間も終わってしまったな。 いよいよ明日は演習だけど、事前確認は十分すぎるくらいしっかりできたし、明日を待つだけだな。 で、俺は午後から騎士科の実技訓練に行くんだけど皆は?」

 遠くに聞こえた予鈴に顔を上げたマーカス様は、ジャケットの内側から綺麗な懐中時計を取り出して時間を確認すると、私たちに聞いてきた。

「わたくしはこれから領地経営学と防衛魔法学の授業に出ますが、その後は明日の準備の確認のために早めに帰宅する予定ですわ。」

 その発言にびっくりした私。

「ビオラネッタ様は、領地経営学を専攻なさってるんですか?」

「えぇ。」

「え? でも、公爵令嬢なんですよね?」

 いつものように優しげな、柔和な微笑みのビオラネッタ様は、そうですねぇ、と少し考えてからニコッと笑った。

「貴族は貴族特権や領土を爵位に応じて与えられておりますが、それを享受する為には責任がございますでしょう? わたくしは生家も、嫁ぎ先も公爵家ですから、領民の皆様のためにも、良き領主の妻となるために領地経営学を専攻しましたのよ。」

「いまからそんな将来の事をしっかり見据えてお勉強なさっているんですか!? しかもご自分の興味とかじゃなくて領地経営とか領民のため!? ビオラネッタ様すごいですねぇ……かっこいい!」

「そのように褒めていただくことでは……貴族なら当たり前ですわ。」

 しみじみと感心しながら頷いた私に、少し赤くなったビオラネッタ様。

 前に二回ほど爵位押し付けられそうなときに、前世の薄っぺらい知識だけで、お貴族様は豪遊して贅沢してるだけではないらしい=領地経営とか大変そう=身分不相応な重責はノーサンキュー! ってほぼ脊髄反射で断ったけど、こうして当事者の言葉になると重いなぁ、と、私が考えると凄く軽くなるけど感じてしまう。

「未来の事をしっかり見据えて考えてらっしゃるってすごいですね。 私は目の前の事で精一杯ですよ。」

 しっかりした方なんだなぁとしみじみ言うと、ビオラネッタ様は優しく笑った。

「私もそうですわよ。 幼い頃から言われているから、そういう物だとわかっているようにお話しできるだけで、まだ10分の1も理解出来ていないのです。」

「いやぁ、俺から見てもビオラネッタ嬢はやっぱり立派だと思うけどな。 それで、アルフレッドとフィランは?」

 うんうん、と、相槌を打ちながら話の矛先を修正してくれたマーカス様は、私とアル君に話を振ってくれた。

「僕は魔術工学と魔術回路の授業に出る予定だよ。」

「私は医療学と錬金術学だったはず……たぶん!」

 自分の時間割を考えながらも、みんな見事に専攻がバラバラなんだなぁと感心していると、お茶を飲み終えたマーカス様が立ち上がった。

「じゃあ俺は着替えがあるから先に行くけど、放課後に教室でも会えないかもしれないから、また明日。 忘れ物しないように気を付けろよ?」

「うん。 マーカス様も午後からがんばってくださいね。」

「あぁ、みんなも午後からの講義、寝ないように頑張れよ。」

 そう言って去っていった彼の姿を見送った後で、私たちは席を立つと一度教室に戻り、それぞれ必要な物を抱えて各管理棟へのゲートに向かった。

「フィラン、実習頑張ってね。」

「アル君もビオラネッタ様も頑張ってね。」

 また明日、と、手を振ってゲートに入っていったアル君とビオラネッタ様と別れた私は、実験棟に向かうゲートに足を踏み入れた。
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