110 / 163
9章 アカデミーと野外演習
8)とけた誤解とチーム分け
しおりを挟む
「昨日はすまなかった、フィラン。 これ! お詫び!」
「いえいえ、いろいろ吃驚しましたけど(兄さまが言ったとおり、噂も収まったみたいですし)大丈夫ですよ、マーカス様」
朝一番。
登校してすぐに頭を下げてきたマーカス様から、ぜひお詫びにと押し付けられた、リボンのかかった可愛らしい小箱を受け取った私は、空いたほうの手をひらひらと動かして笑った。
「本当に申し訳なかった。 あの後集合場所に集まったら、流れていた噂は誤解で、任務では戦場に出ることもある騎士の見習いである君たちが、真偽も確かめることもないまま根も葉もないデマを信じ、ましてや広めるなど本当に嘆かわしい!って、騎士団の上官に言われて。 みんな真っ青になって話をした相手に誤解だと説明して回ったんだ。 まぁ、将軍が後ろ盾ってだけでも十分にすごいって話になったんだけどな。 あの方は俺らにとっては雲の上、いや、神みたいな方だからさ。」
いかに大変だったかを力説しつつも、雲の上の将軍様に目をキラキラさせるマーカス様。
他の騎士の方々もきっと彼みたいにロギイ様を崇めてるんだろうなぁと感じつつ……私的にはスライムをダーツの的にしたあの時の事が思い出されて、つい乾いた笑いを漏らしながら、後ろ盾になってもらえるなんてどんな関係なんだ、と探りを入れられる前に差し当たりない説明をしておく。
「あはは……。 実は私の後見人の兄さまの昔からのお知り合いで、その御縁でお願いしたみたいなんだ。 混乱させてごめんね。 それにしてもこんなお高そうな素敵な物、もらっていいの?」
私は明らかに高級品です! と、主張するその小箱には、きっとお菓子が入っているであろう。
貴族の方からもらうお菓子なんて、どんな素敵で美味しいお菓子かと、つい目線の高さに掲げて眺めていると、マーカス様は、あ~……と言いにくそうに頭を掻いた。
「昨日屋敷に帰ったら義姉上……兄貴の婚約者が来ててさ。 晩餐の時にアカデミーはどうかって聞かれて昨日の話をしたらさ、義姉上から『あなたにお土産として持ってきたものだけど、それを渡してちゃんと謝りなさい!』って怒られてさ。 フィランが受け取って喜んでくれたら、兄貴にも義姉上にも謝ったって話ができるから絶対もらってほしい。」
少し困った風に笑っていらっしゃるということは、実は相当怒られましたね? そしてお兄様とお義姉様に頭が上がらないんですね、マーカス様。
仲良しそうだし、怒られて小さくなっているであろう彼が可愛らしい。
「とっても嬉しいですよ、ありがとうございます。 お義姉様にもお礼を伝えてくださいね。」
えへ、と笑ってごまかした私に、よかったとほっとした顔をしたマーカス様。
「ごきげんよう、マーカス様、フィラン様。」
話が落ち着いたところで、ちょうど登校してきたのは私達の席の近くの……。
「おはよう、ビオラネッタ嬢」
「おはようございます、ビオラネッタ様。」
「おはようございます。 あら、フィラン様が持っていらっしゃるお菓子。」
ニコニコ笑いながら侍女を教室の後ろへ行くように指示したビオラネッタ様は、私の手にある箱を見て笑った。
「王都で今一番人気の、コルトサニア商会の焼き菓子ですわね。」
おっと、聞きなれた名前が出てきましたよ?
「これ、ヒュパムさん……じゃなくて、コルトサニア商会のお菓子なんですか?」
ヒュパムさんのところでこんな箱に入ったお菓子を見たことがないけれど、貴族層のお店ではこういう感じで売ってるのかな?
首をかしげると、椅子に座ったビオラネッタ様がポン、と手を合わせた。
「そうでしたわね、フィラン様の後見にはオーナーのコルトサニア伯爵もいらっしゃるんでしたわね。」
可愛らしく笑いながら、ビオラネッタ様は教えてくれる。
「そのお箱、一番人気のウーピーパイとシトロンサブレですわよ。 あ、ウーピーパイはチョコレートバターという酪農クリームが、ケーキのスポンジとは違う不思議な触感の生地にたっぷり挟まれた美味しいケーキで、シトロンサブレというのは甘酸っぱい白い上掛けのかかったクッキーですの。 私も大好きで、お父様が私へのお土産にとよく買ってきてくださるのです。」
とっても美味しいのですわ、とニコニコ教えてくださるビオラネッタ様。
「へぇ~……ウーピーパイとシトロンサブレですかぁ……」
それの発案者、私です!
なんていうこともできず、そうなんですね~っ、と笑って聞く私。
マカロンを食べていて、ウーピーパイも食べたくなったんだよね。 うん、わがまま言ってみたんだぁ……それに、レモンに似た果物を輸入してたのを見かけたから、レモンアイシングのサブレも推してみたんだけど……売れてるんだ、嬉しいなぁ。
美味しいもんなぁ~。
ぶっちゃけ、コルトサニア商会でアイデアを出してから商品化するまでに、向こうの味を再現するのに情熱燃やしてヒュパムさんといっぱい試作品を食べまくったら、比例して増えた体重を二人で必死に減らすためにしこたま運動したんだったな……しかも食べ過ぎて当分食べたくないと思ってたわ。
そんな思い出にふっと、笑ってしまった私。
「フィラン、何を笑ってるんだ?」
「え? あ、気にしないで。 そんな流行のお菓子なら、お昼にみんなで食べませんか?」
えへっと笑ってお誘いすると、マーカス様もビオラネッタ様もいいね、と乗り気になってくれた。
これでいっぱい食べなくても済むぞ、とほくそ笑んでいると、ビオラネッタ様が、あら、と私の後ろに手を振った。
「あら、おはようございます、モルガン様。」
「おはよう、モルガン。」
「おはよう、ヴァレリィ伯爵令息様、ガトランマサザー公爵令嬢様」
教室の扉が開き、こちらに気が付いてにこっと笑って入ってきた2日ぶりのアル君だった。
「アルくん、おはよう~。」
「おはよう、フィラン。」
席に着いたアル君は「はい、これ」と、何やら手の平にすっぽり包み込めそうな、小さな小さな箱を私の持っている菓子箱の上に置いた。
「うちの師匠がフィランに渡してほしいって。 後で一人の時に見てくれる?」
「? うん、わかった。 あ、アル君、お昼にマーカス様がくれたお菓子をみんなで食べるんだけど一緒にどうですか?」
「今一番流行のお菓子ですのよ。」
「なかなか食う機会ないし、一緒にどうだ?」
「へぇ、じゃあ一緒にいただこうかな。」
穏やかに四人で話していると、一限目の予鈴が鳴り、みんなが席に着く。
鞄の中にお菓子の箱を入れようとした私は、もうひとつ、アル君から渡された小さな箱を、制服のポケットに入れておいた。
「一年生の初めての特別演習は2週間後の野営を含む2日間にわたる『嘆きの洞窟』15階までの探索によるポイント回収だ。」
すぐにやってきた師匠――Sクラス担任アケロウス先生のその一言で、副担任の先生たちが分厚い紙の束を私たちに配っていく。
前世で言うところのホームルームの時間だが、私の右隣りは今日も空席のまま。
アケロウス先生曰く、特別聴講生のお二人は、この特別演習の間は自国で御実家関連の公務をされるために帰国されていて、登校はされないとのことだった――うん、たぶん公務が忙しいんだろう。
そういえば一般アカデミー生徒ではなく、他国からの特別聴講生という扱いだったね、と思いながら、渡された書類を見る。
「嘆きの洞窟は王都から一番近いダンジョンで、行ったことがある者もいると思う。 今回は5人1組でチームを組んでもらうわけだが、Sクラスは成績順で4人1組とする。 午前中はチームごとにクエストクリアのためにどうするべきか、役割などを協議してほしい。 教師は生命に危険がない限りは口出しも手助けもしないため、しっかりと計画を立てるように。 なお授業として時間を取るのは本日のみ。 明日から演習まで通常授業となる。 時間を無駄にすることなく取り組むように。 質問は適宜受け付ける。 以上だ。」
その言葉を合図に、成績後半チームが後方で集まったのがわかったため、私も左側を振り返った。
「アル君、ビオラネッタ様、マーカス様、よろしくおねがいします。」
にぱっと笑うと、3人も笑ってくれた。
「よろしく。」
「私、ダンジョン攻略は初めてなのですが頑張りますわ。 よろしくお願いいたしますね。」
「おう、よろしく。 洞窟のモンスターは任せておけ。」
「マーカス様は騎士様ですものね。 心強いですわ。」
ニコニコと笑うビオラネッタ様に、私は疑問に思った事を聞いた。
「ビオラネッタ様は、野営とか……大丈夫ですか?」
「その前に王都外に出たことがあるか?」
私の質問にかぶせるように聞いたマーカス様。
あ、やっぱり気になるよね? と思いながらビオラネッタ様の顔を見るとニコニコしている。
「領地に帰るときに、王都外には出たことがありますし、その道中で野営もしたことがありますから、御心配には及びませんわ。」
にこにこにこにこ。
貴族の、しかも公爵という貴族位最高の爵位を賜っている家の令嬢らしからぬ、柔らかく穏やかな笑顔に、そっかぁ~っとほんわかしそうになったところで別の質問。
「ビオラネッタ嬢の実家は北の海に面した大きな領地だったな。」
「そうなのです。 ご存じでしたか?」
「有名だからな。 海産物がうまくて、治安もよく、王都から続く街道も整備されていて交通の便も良い。 課税、保安など、様々な面で民からの信頼も厚いと聞いているぞ。」
「知っていてくださって嬉しいですわ。 実は全てわたくしがお父様に進言させていただいて……」
は~、ものすごいことなんだろうなぁ。 知識がないからわからないけど。
帰ってから知識の泉で調べて、兄さまに聞いてみよ。
と考えていると、アル君がマーカス様を見た。
「ヴァレリィ伯爵令息様は……」
「同じチームでクラスメイトなんだ、マーカスと呼んでくれ。 俺もアルフレッドと呼ばせてもらっていいか?」
「まぁ。 それでは、わたくしの事もビオラネッタと呼んでくださいませ、アルフレッド様。」
「不敬にならないのでしたらありがたく。」
ニコニコと人当たりよく笑う二人に、頭を下げたアル君。
「マーカス様は冒険者ランクAみたいですから、すでに嘆きの洞窟を制覇しているのではないかと思うのですが。」
「学校ではマーカスでいいよ、様はいらないからな。」
にかっと歯を見せて笑ったマーカス様はブローチを見せる。
「俺も、それからフィランも冒険者ランクはAだな。 嘆きの洞窟はCランクへの合格基準だから、それはお互い達成していることになるな。」
「まぁ! フィラン様も?!」
「えぇ、まぁ、成り行きですが。」
びっくりしているビオラネッタ様に、ブローチのギルドチャームを見せると、まぁすごい! と、ものすごく褒めてくれて、くすぐったい。
「マーカス様は騎士科でいらっしゃいますから討伐などでランクをお上げになられたのでしょうけど、フィラン様はどうやって制覇なさったの?」
「錬金薬師なんですが、精霊と契約をしているので魔法ですこし。」
「そうなのですね!」
嘘は、嘘は言ってないよ!
パーティーが凄すぎた上に、強襲クエストまでこなしちゃったから、飛び級してAに上がってるけど、嘘は! 言ってない!
「では、冒険者ランクDから始まるのは、わたくしとアルフレッド様ですわね。」
「二人に遅れを取らないように頑張りますよ。」
そう言って笑ったアル君ですが、ぶっちゃけあんな(モンスターがポンポン出現する)ところで暮らしているんだから、本当ならDじゃないのでは?? と思う。
ランクアップ条件に初心者ダンジョン制覇があるから上がらないのかな……師匠さんが連れて行ってくれそうな気もするけど……どちらにせよ、ここで口に出しちゃだめだろうから心の中でしみじみ思ってアル君を見て……違和感に首をかしげた。
「あれ?」
「どうした? フィラン。」
「ううん、何でもない。」
「そうか? じゃあ、嘆きの洞窟のポイントの稼ぎ方でも考えよう。 一番になりたいからな。」
渡された紙束の中から、採集・討伐ポイントとダンジョンの全体図の書かれた紙を取り出したマーカス様に頷く。
4人で紙を覗き込み、高ポイントの場所を確認する作業の合間に、私はちらりとアル君の制服を見た。
シンプルなままの、制服のジャケット。
師匠、たしかあの日、アル君にもそれ相当の後見人を付けるって言ってたよなぁ……。
私の左胸にジャラジャラついているブローチとチャームの事を考えながらも、ダンジョン制圧のための計画は、クエスト経験の多いマーカス様主導でどんどん進み、午前の授業を終えたのだった。
「いえいえ、いろいろ吃驚しましたけど(兄さまが言ったとおり、噂も収まったみたいですし)大丈夫ですよ、マーカス様」
朝一番。
登校してすぐに頭を下げてきたマーカス様から、ぜひお詫びにと押し付けられた、リボンのかかった可愛らしい小箱を受け取った私は、空いたほうの手をひらひらと動かして笑った。
「本当に申し訳なかった。 あの後集合場所に集まったら、流れていた噂は誤解で、任務では戦場に出ることもある騎士の見習いである君たちが、真偽も確かめることもないまま根も葉もないデマを信じ、ましてや広めるなど本当に嘆かわしい!って、騎士団の上官に言われて。 みんな真っ青になって話をした相手に誤解だと説明して回ったんだ。 まぁ、将軍が後ろ盾ってだけでも十分にすごいって話になったんだけどな。 あの方は俺らにとっては雲の上、いや、神みたいな方だからさ。」
いかに大変だったかを力説しつつも、雲の上の将軍様に目をキラキラさせるマーカス様。
他の騎士の方々もきっと彼みたいにロギイ様を崇めてるんだろうなぁと感じつつ……私的にはスライムをダーツの的にしたあの時の事が思い出されて、つい乾いた笑いを漏らしながら、後ろ盾になってもらえるなんてどんな関係なんだ、と探りを入れられる前に差し当たりない説明をしておく。
「あはは……。 実は私の後見人の兄さまの昔からのお知り合いで、その御縁でお願いしたみたいなんだ。 混乱させてごめんね。 それにしてもこんなお高そうな素敵な物、もらっていいの?」
私は明らかに高級品です! と、主張するその小箱には、きっとお菓子が入っているであろう。
貴族の方からもらうお菓子なんて、どんな素敵で美味しいお菓子かと、つい目線の高さに掲げて眺めていると、マーカス様は、あ~……と言いにくそうに頭を掻いた。
「昨日屋敷に帰ったら義姉上……兄貴の婚約者が来ててさ。 晩餐の時にアカデミーはどうかって聞かれて昨日の話をしたらさ、義姉上から『あなたにお土産として持ってきたものだけど、それを渡してちゃんと謝りなさい!』って怒られてさ。 フィランが受け取って喜んでくれたら、兄貴にも義姉上にも謝ったって話ができるから絶対もらってほしい。」
少し困った風に笑っていらっしゃるということは、実は相当怒られましたね? そしてお兄様とお義姉様に頭が上がらないんですね、マーカス様。
仲良しそうだし、怒られて小さくなっているであろう彼が可愛らしい。
「とっても嬉しいですよ、ありがとうございます。 お義姉様にもお礼を伝えてくださいね。」
えへ、と笑ってごまかした私に、よかったとほっとした顔をしたマーカス様。
「ごきげんよう、マーカス様、フィラン様。」
話が落ち着いたところで、ちょうど登校してきたのは私達の席の近くの……。
「おはよう、ビオラネッタ嬢」
「おはようございます、ビオラネッタ様。」
「おはようございます。 あら、フィラン様が持っていらっしゃるお菓子。」
ニコニコ笑いながら侍女を教室の後ろへ行くように指示したビオラネッタ様は、私の手にある箱を見て笑った。
「王都で今一番人気の、コルトサニア商会の焼き菓子ですわね。」
おっと、聞きなれた名前が出てきましたよ?
「これ、ヒュパムさん……じゃなくて、コルトサニア商会のお菓子なんですか?」
ヒュパムさんのところでこんな箱に入ったお菓子を見たことがないけれど、貴族層のお店ではこういう感じで売ってるのかな?
首をかしげると、椅子に座ったビオラネッタ様がポン、と手を合わせた。
「そうでしたわね、フィラン様の後見にはオーナーのコルトサニア伯爵もいらっしゃるんでしたわね。」
可愛らしく笑いながら、ビオラネッタ様は教えてくれる。
「そのお箱、一番人気のウーピーパイとシトロンサブレですわよ。 あ、ウーピーパイはチョコレートバターという酪農クリームが、ケーキのスポンジとは違う不思議な触感の生地にたっぷり挟まれた美味しいケーキで、シトロンサブレというのは甘酸っぱい白い上掛けのかかったクッキーですの。 私も大好きで、お父様が私へのお土産にとよく買ってきてくださるのです。」
とっても美味しいのですわ、とニコニコ教えてくださるビオラネッタ様。
「へぇ~……ウーピーパイとシトロンサブレですかぁ……」
それの発案者、私です!
なんていうこともできず、そうなんですね~っ、と笑って聞く私。
マカロンを食べていて、ウーピーパイも食べたくなったんだよね。 うん、わがまま言ってみたんだぁ……それに、レモンに似た果物を輸入してたのを見かけたから、レモンアイシングのサブレも推してみたんだけど……売れてるんだ、嬉しいなぁ。
美味しいもんなぁ~。
ぶっちゃけ、コルトサニア商会でアイデアを出してから商品化するまでに、向こうの味を再現するのに情熱燃やしてヒュパムさんといっぱい試作品を食べまくったら、比例して増えた体重を二人で必死に減らすためにしこたま運動したんだったな……しかも食べ過ぎて当分食べたくないと思ってたわ。
そんな思い出にふっと、笑ってしまった私。
「フィラン、何を笑ってるんだ?」
「え? あ、気にしないで。 そんな流行のお菓子なら、お昼にみんなで食べませんか?」
えへっと笑ってお誘いすると、マーカス様もビオラネッタ様もいいね、と乗り気になってくれた。
これでいっぱい食べなくても済むぞ、とほくそ笑んでいると、ビオラネッタ様が、あら、と私の後ろに手を振った。
「あら、おはようございます、モルガン様。」
「おはよう、モルガン。」
「おはよう、ヴァレリィ伯爵令息様、ガトランマサザー公爵令嬢様」
教室の扉が開き、こちらに気が付いてにこっと笑って入ってきた2日ぶりのアル君だった。
「アルくん、おはよう~。」
「おはよう、フィラン。」
席に着いたアル君は「はい、これ」と、何やら手の平にすっぽり包み込めそうな、小さな小さな箱を私の持っている菓子箱の上に置いた。
「うちの師匠がフィランに渡してほしいって。 後で一人の時に見てくれる?」
「? うん、わかった。 あ、アル君、お昼にマーカス様がくれたお菓子をみんなで食べるんだけど一緒にどうですか?」
「今一番流行のお菓子ですのよ。」
「なかなか食う機会ないし、一緒にどうだ?」
「へぇ、じゃあ一緒にいただこうかな。」
穏やかに四人で話していると、一限目の予鈴が鳴り、みんなが席に着く。
鞄の中にお菓子の箱を入れようとした私は、もうひとつ、アル君から渡された小さな箱を、制服のポケットに入れておいた。
「一年生の初めての特別演習は2週間後の野営を含む2日間にわたる『嘆きの洞窟』15階までの探索によるポイント回収だ。」
すぐにやってきた師匠――Sクラス担任アケロウス先生のその一言で、副担任の先生たちが分厚い紙の束を私たちに配っていく。
前世で言うところのホームルームの時間だが、私の右隣りは今日も空席のまま。
アケロウス先生曰く、特別聴講生のお二人は、この特別演習の間は自国で御実家関連の公務をされるために帰国されていて、登校はされないとのことだった――うん、たぶん公務が忙しいんだろう。
そういえば一般アカデミー生徒ではなく、他国からの特別聴講生という扱いだったね、と思いながら、渡された書類を見る。
「嘆きの洞窟は王都から一番近いダンジョンで、行ったことがある者もいると思う。 今回は5人1組でチームを組んでもらうわけだが、Sクラスは成績順で4人1組とする。 午前中はチームごとにクエストクリアのためにどうするべきか、役割などを協議してほしい。 教師は生命に危険がない限りは口出しも手助けもしないため、しっかりと計画を立てるように。 なお授業として時間を取るのは本日のみ。 明日から演習まで通常授業となる。 時間を無駄にすることなく取り組むように。 質問は適宜受け付ける。 以上だ。」
その言葉を合図に、成績後半チームが後方で集まったのがわかったため、私も左側を振り返った。
「アル君、ビオラネッタ様、マーカス様、よろしくおねがいします。」
にぱっと笑うと、3人も笑ってくれた。
「よろしく。」
「私、ダンジョン攻略は初めてなのですが頑張りますわ。 よろしくお願いいたしますね。」
「おう、よろしく。 洞窟のモンスターは任せておけ。」
「マーカス様は騎士様ですものね。 心強いですわ。」
ニコニコと笑うビオラネッタ様に、私は疑問に思った事を聞いた。
「ビオラネッタ様は、野営とか……大丈夫ですか?」
「その前に王都外に出たことがあるか?」
私の質問にかぶせるように聞いたマーカス様。
あ、やっぱり気になるよね? と思いながらビオラネッタ様の顔を見るとニコニコしている。
「領地に帰るときに、王都外には出たことがありますし、その道中で野営もしたことがありますから、御心配には及びませんわ。」
にこにこにこにこ。
貴族の、しかも公爵という貴族位最高の爵位を賜っている家の令嬢らしからぬ、柔らかく穏やかな笑顔に、そっかぁ~っとほんわかしそうになったところで別の質問。
「ビオラネッタ嬢の実家は北の海に面した大きな領地だったな。」
「そうなのです。 ご存じでしたか?」
「有名だからな。 海産物がうまくて、治安もよく、王都から続く街道も整備されていて交通の便も良い。 課税、保安など、様々な面で民からの信頼も厚いと聞いているぞ。」
「知っていてくださって嬉しいですわ。 実は全てわたくしがお父様に進言させていただいて……」
は~、ものすごいことなんだろうなぁ。 知識がないからわからないけど。
帰ってから知識の泉で調べて、兄さまに聞いてみよ。
と考えていると、アル君がマーカス様を見た。
「ヴァレリィ伯爵令息様は……」
「同じチームでクラスメイトなんだ、マーカスと呼んでくれ。 俺もアルフレッドと呼ばせてもらっていいか?」
「まぁ。 それでは、わたくしの事もビオラネッタと呼んでくださいませ、アルフレッド様。」
「不敬にならないのでしたらありがたく。」
ニコニコと人当たりよく笑う二人に、頭を下げたアル君。
「マーカス様は冒険者ランクAみたいですから、すでに嘆きの洞窟を制覇しているのではないかと思うのですが。」
「学校ではマーカスでいいよ、様はいらないからな。」
にかっと歯を見せて笑ったマーカス様はブローチを見せる。
「俺も、それからフィランも冒険者ランクはAだな。 嘆きの洞窟はCランクへの合格基準だから、それはお互い達成していることになるな。」
「まぁ! フィラン様も?!」
「えぇ、まぁ、成り行きですが。」
びっくりしているビオラネッタ様に、ブローチのギルドチャームを見せると、まぁすごい! と、ものすごく褒めてくれて、くすぐったい。
「マーカス様は騎士科でいらっしゃいますから討伐などでランクをお上げになられたのでしょうけど、フィラン様はどうやって制覇なさったの?」
「錬金薬師なんですが、精霊と契約をしているので魔法ですこし。」
「そうなのですね!」
嘘は、嘘は言ってないよ!
パーティーが凄すぎた上に、強襲クエストまでこなしちゃったから、飛び級してAに上がってるけど、嘘は! 言ってない!
「では、冒険者ランクDから始まるのは、わたくしとアルフレッド様ですわね。」
「二人に遅れを取らないように頑張りますよ。」
そう言って笑ったアル君ですが、ぶっちゃけあんな(モンスターがポンポン出現する)ところで暮らしているんだから、本当ならDじゃないのでは?? と思う。
ランクアップ条件に初心者ダンジョン制覇があるから上がらないのかな……師匠さんが連れて行ってくれそうな気もするけど……どちらにせよ、ここで口に出しちゃだめだろうから心の中でしみじみ思ってアル君を見て……違和感に首をかしげた。
「あれ?」
「どうした? フィラン。」
「ううん、何でもない。」
「そうか? じゃあ、嘆きの洞窟のポイントの稼ぎ方でも考えよう。 一番になりたいからな。」
渡された紙束の中から、採集・討伐ポイントとダンジョンの全体図の書かれた紙を取り出したマーカス様に頷く。
4人で紙を覗き込み、高ポイントの場所を確認する作業の合間に、私はちらりとアル君の制服を見た。
シンプルなままの、制服のジャケット。
師匠、たしかあの日、アル君にもそれ相当の後見人を付けるって言ってたよなぁ……。
私の左胸にジャラジャラついているブローチとチャームの事を考えながらも、ダンジョン制圧のための計画は、クエスト経験の多いマーカス様主導でどんどん進み、午前の授業を終えたのだった。
0
お気に入りに追加
694
あなたにおすすめの小説
休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使う事でスキルを強化、更に新スキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった…
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…
※小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~
華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』
たったこの一言から、すべてが始まった。
ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。
そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。
それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。
ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。
スキルとは祝福か、呪いか……
ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!!
主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。
ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。
ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。
しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。
一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。
途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。
その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。
そして、世界存亡の危機。
全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した……
※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。
賢者の幼馴染との中を引き裂かれた無職の少年、真の力をひた隠し、スローライフ? を楽しみます!
織侍紗(@'ω'@)ん?
ファンタジー
ルーチェ村に住む少年アインス。幼い頃両親を亡くしたアインスは幼馴染の少女プラムやその家族たちと仲良く過ごしていた。そして今年で十二歳になるアインスはプラムと共に近くの町にある学園へと通うことになる。
そこではまず初めにこの世界に生きる全ての存在が持つ職位というものを調べるのだが、そこでアインスはこの世界に存在するはずのない無職であるということがわかる。またプラムは賢者だということがわかったため、王都の学園へと離れ離れになってしまう。
その夜、アインスは自身に前世があることを思い出す。アインスは前世で嫌な上司に手柄を奪われ、リストラされたあげく無職となって死んだところを、女神のノリと嫌がらせで無職にさせられた転生者だった。
そして妖精と呼ばれる存在より、自身のことを聞かされる。それは、無職と言うのはこの世界に存在しない職位の為、この世界がアインスに気づくことが出来ない。だから、転生者に対しての調整機構が働かない、という状況だった。
アインスは聞き流す程度でしか話を聞いていなかったが、その力は軽く天災級の魔法を繰り出し、時の流れが遅くなってしまうくらいの亜光速で動き回り、貴重な魔導具を呼吸をするように簡単に創り出すことが出来るほどであった。ただ、争いやその力の希少性が公になることを極端に嫌ったアインスは、そのチート過ぎる能力を全力にバレない方向に使うのである。
これはそんな彼が前世の知識と無職の圧倒的な力を使いながら、仲間たちとスローライフを楽しむ物語である。
以前、掲載していた作品をリメイクしての再掲載です。ちょっと書きたくなったのでちまちま書いていきます。
元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
異世界生活物語
花屋の息子
ファンタジー
目が覚めると、そこはとんでもなく時代遅れな異世界だった。転生のお約束である魔力修行どころか何も出来ない赤ちゃん時代には、流石に凹んだりもしたが俺はめげない。なんて言っても、魔法と言う素敵なファンタジーの産物がある世界なのだから・・・知っている魔法に比べると低出力なきもするが。
そんな魔法だけでどうにかなるのか???
地球での生活をしていたはずの俺は異世界転生を果たしていた。転生したオジ兄ちゃんの異世界における心機一転頑張ります的ストーリー
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる