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9章 アカデミーと野外演習

8)とけた誤解とチーム分け

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「昨日はすまなかった、フィラン。 これ! お詫び!」

「いえいえ、いろいろ吃驚しましたけど(兄さまが言ったとおり、噂も収まったみたいですし)大丈夫ですよ、マーカス様」

 朝一番。

 登校してすぐに頭を下げてきたマーカス様から、ぜひお詫びにと押し付けられた、リボンのかかった可愛らしい小箱を受け取った私は、空いたほうの手をひらひらと動かして笑った。

「本当に申し訳なかった。 あの後集合場所に集まったら、流れていた噂は誤解で、任務では戦場に出ることもある騎士の見習いである君たちが、真偽も確かめることもないまま根も葉もないデマを信じ、ましてや広めるなど本当に嘆かわしい!って、騎士団の上官に言われて。 みんな真っ青になって話をした相手に誤解だと説明して回ったんだ。 まぁ、将軍が後ろ盾ってだけでも十分にすごいって話になったんだけどな。 あの方は俺らにとっては雲の上、いや、神みたいな方だからさ。」

 いかに大変だったかを力説しつつも、雲の上の将軍様に目をキラキラさせるマーカス様。

 他の騎士の方々もきっと彼みたいにロギイ様を崇めてるんだろうなぁと感じつつ……私的にはスライムをダーツの的にしたあの時の事が思い出されて、つい乾いた笑いを漏らしながら、後ろ盾になってもらえるなんてどんな関係なんだ、と探りを入れられる前に差し当たりない説明をしておく。

「あはは……。 実は私の後見人の兄さまの昔からのお知り合いで、その御縁でお願いしたみたいなんだ。 混乱させてごめんね。 それにしてもこんなお高そうな素敵な物、もらっていいの?」

 私は明らかに高級品です! と、主張するその小箱には、きっとお菓子が入っているであろう。

 貴族の方からもらうお菓子なんて、どんな素敵で美味しいお菓子かと、つい目線の高さに掲げて眺めていると、マーカス様は、あ~……と言いにくそうに頭を掻いた。

「昨日屋敷に帰ったら義姉上……兄貴の婚約者が来ててさ。 晩餐の時にアカデミーはどうかって聞かれて昨日の話をしたらさ、義姉上から『あなたにお土産として持ってきたものだけど、それを渡してちゃんと謝りなさい!』って怒られてさ。 フィランが受け取って喜んでくれたら、兄貴にも義姉上にも謝ったって話ができるから絶対もらってほしい。」

 少し困った風に笑っていらっしゃるということは、実は相当怒られましたね? そしてお兄様とお義姉様に頭が上がらないんですね、マーカス様。

 仲良しそうだし、怒られて小さくなっているであろう彼が可愛らしい。

「とっても嬉しいですよ、ありがとうございます。 お義姉様にもお礼を伝えてくださいね。」

 えへ、と笑ってごまかした私に、よかったとほっとした顔をしたマーカス様。

「ごきげんよう、マーカス様、フィラン様。」

 話が落ち着いたところで、ちょうど登校してきたのは私達の席の近くの……。

「おはよう、ビオラネッタ嬢」

「おはようございます、ビオラネッタ様。」

「おはようございます。 あら、フィラン様が持っていらっしゃるお菓子。」

 ニコニコ笑いながら侍女を教室の後ろへ行くように指示したビオラネッタ様は、私の手にある箱を見て笑った。

「王都で今一番人気の、コルトサニア商会の焼き菓子ですわね。」

 おっと、聞きなれた名前が出てきましたよ?

「これ、ヒュパムさん……じゃなくて、コルトサニア商会のお菓子なんですか?」

 ヒュパムさんのところでこんな箱に入ったお菓子を見たことがないけれど、貴族層のお店ではこういう感じで売ってるのかな?

 首をかしげると、椅子に座ったビオラネッタ様がポン、と手を合わせた。

「そうでしたわね、フィラン様の後見にはオーナーのコルトサニア伯爵もいらっしゃるんでしたわね。」

 可愛らしく笑いながら、ビオラネッタ様は教えてくれる。

「そのお箱、一番人気のウーピーパイとシトロンサブレですわよ。 あ、ウーピーパイはチョコレートバターという酪農クリームが、ケーキのスポンジとは違う不思議な触感の生地にたっぷり挟まれた美味しいケーキで、シトロンサブレというのは甘酸っぱい白い上掛けのかかったクッキーですの。 私も大好きで、お父様が私へのお土産にとよく買ってきてくださるのです。」

 とっても美味しいのですわ、とニコニコ教えてくださるビオラネッタ様。

「へぇ~……ウーピーパイとシトロンサブレですかぁ……」

 それの発案者、私です!

 なんていうこともできず、そうなんですね~っ、と笑って聞く私。

 マカロンを食べていて、ウーピーパイも食べたくなったんだよね。 うん、わがまま言ってみたんだぁ……それに、レモンに似た果物を輸入してたのを見かけたから、レモンアイシングのサブレも推してみたんだけど……売れてるんだ、嬉しいなぁ。

 美味しいもんなぁ~。

 ぶっちゃけ、コルトサニア商会でアイデアを出してから商品化するまでに、向こうの味を再現するのに情熱燃やしてヒュパムさんといっぱい試作品を食べまくったら、比例して増えた体重を二人で必死に減らすためにしこたま運動したんだったな……しかも食べ過ぎて当分食べたくないと思ってたわ。

 そんな思い出にふっと、笑ってしまった私。

「フィラン、何を笑ってるんだ?」

「え? あ、気にしないで。 そんな流行のお菓子なら、お昼にみんなで食べませんか?」

 えへっと笑ってお誘いすると、マーカス様もビオラネッタ様もいいね、と乗り気になってくれた。

 これでいっぱい食べなくても済むぞ、とほくそ笑んでいると、ビオラネッタ様が、あら、と私の後ろに手を振った。 

「あら、おはようございます、モルガン様。」

「おはよう、モルガン。」

「おはよう、ヴァレリィ伯爵令息様、ガトランマサザー公爵令嬢様」

 教室の扉が開き、こちらに気が付いてにこっと笑って入ってきた2日ぶりのアル君だった。

「アルくん、おはよう~。」

「おはよう、フィラン。」

 席に着いたアル君は「はい、これ」と、何やら手の平にすっぽり包み込めそうな、小さな小さな箱を私の持っている菓子箱の上に置いた。

「うちの師匠がフィランに渡してほしいって。 後で一人の時に見てくれる?」

「? うん、わかった。 あ、アル君、お昼にマーカス様がくれたお菓子をみんなで食べるんだけど一緒にどうですか?」

「今一番流行のお菓子ですのよ。」

「なかなか食う機会ないし、一緒にどうだ?」

「へぇ、じゃあ一緒にいただこうかな。」

 穏やかに四人で話していると、一限目の予鈴が鳴り、みんなが席に着く。

 鞄の中にお菓子の箱を入れようとした私は、もうひとつ、アル君から渡された小さな箱を、制服のポケットに入れておいた。






「一年生の初めての特別演習は2週間後の野営を含む2日間にわたる『嘆きの洞窟』15階までの探索によるポイント回収だ。」

 すぐにやってきた師匠――Sクラス担任アケロウス先生のその一言で、副担任の先生たちが分厚い紙の束を私たちに配っていく。

 前世で言うところのホームルームの時間だが、私の右隣りは今日も空席のまま。

 アケロウス先生曰く、特別聴講生のお二人は、この特別演習の間は自国で御実家関連の公務をされるために帰国されていて、登校はされないとのことだった――うん、たぶん公務が忙しいんだろう。

 そういえば一般アカデミー生徒ではなく、他国からの特別聴講生という扱いだったね、と思いながら、渡された書類を見る。

「嘆きの洞窟は王都から一番近いダンジョンで、行ったことがある者もいると思う。 今回は5人1組でチームを組んでもらうわけだが、Sクラスは成績順で4人1組とする。 午前中はチームごとにクエストクリアのためにどうするべきか、役割などを協議してほしい。 教師は生命に危険がない限りは口出しも手助けもしないため、しっかりと計画を立てるように。 なお授業として時間を取るのは本日のみ。 明日から演習まで通常授業となる。 時間を無駄にすることなく取り組むように。 質問は適宜受け付ける。 以上だ。」

 その言葉を合図に、成績後半チームが後方で集まったのがわかったため、私も左側を振り返った。

「アル君、ビオラネッタ様、マーカス様、よろしくおねがいします。」

 にぱっと笑うと、3人も笑ってくれた。

「よろしく。」

「私、ダンジョン攻略は初めてなのですが頑張りますわ。 よろしくお願いいたしますね。」

「おう、よろしく。 洞窟のモンスターは任せておけ。」

「マーカス様は騎士様ですものね。 心強いですわ。」

 ニコニコと笑うビオラネッタ様に、私は疑問に思った事を聞いた。

「ビオラネッタ様は、野営とか……大丈夫ですか?」

「その前に王都外に出たことがあるか?」

 私の質問にかぶせるように聞いたマーカス様。

 あ、やっぱり気になるよね? と思いながらビオラネッタ様の顔を見るとニコニコしている。

「領地に帰るときに、王都外には出たことがありますし、その道中で野営もしたことがありますから、御心配には及びませんわ。」

 にこにこにこにこ。

 貴族の、しかも公爵という貴族位最高の爵位を賜っている家の令嬢らしからぬ、柔らかく穏やかな笑顔に、そっかぁ~っとほんわかしそうになったところで別の質問。

「ビオラネッタ嬢の実家は北の海に面した大きな領地だったな。」

「そうなのです。 ご存じでしたか?」

「有名だからな。 海産物がうまくて、治安もよく、王都から続く街道も整備されていて交通の便も良い。 課税、保安など、様々な面で民からの信頼も厚いと聞いているぞ。」

「知っていてくださって嬉しいですわ。 実は全てわたくしがお父様に進言させていただいて……」

 は~、ものすごいことなんだろうなぁ。 知識がないからわからないけど。

 帰ってから知識の泉で調べて、兄さまに聞いてみよ。

 と考えていると、アル君がマーカス様を見た。

「ヴァレリィ伯爵令息様は……」

「同じチームでクラスメイトなんだ、マーカスと呼んでくれ。 俺もアルフレッドと呼ばせてもらっていいか?」

「まぁ。 それでは、わたくしの事もビオラネッタと呼んでくださいませ、アルフレッド様。」

「不敬にならないのでしたらありがたく。」

 ニコニコと人当たりよく笑う二人に、頭を下げたアル君。

「マーカス様は冒険者ランクAみたいですから、すでに嘆きの洞窟を制覇しているのではないかと思うのですが。」

「学校ではマーカスでいいよ、様はいらないからな。」

 にかっと歯を見せて笑ったマーカス様はブローチを見せる。

「俺も、それからフィランも冒険者ランクはAだな。 嘆きの洞窟はCランクへの合格基準だから、それはお互い達成していることになるな。」

「まぁ! フィラン様も?!」

「えぇ、まぁ、成り行きですが。」

 びっくりしているビオラネッタ様に、ブローチのギルドチャームを見せると、まぁすごい! と、ものすごく褒めてくれて、くすぐったい。

「マーカス様は騎士科でいらっしゃいますから討伐などでランクをお上げになられたのでしょうけど、フィラン様はどうやって制覇なさったの?」

「錬金薬師なんですが、精霊と契約をしているので魔法ですこし。」

「そうなのですね!」

 嘘は、嘘は言ってないよ!

 パーティーが凄すぎた上に、強襲クエストまでこなしちゃったから、飛び級してAに上がってるけど、嘘は! 言ってない!

「では、冒険者ランクDから始まるのは、わたくしとアルフレッド様ですわね。」

「二人に遅れを取らないように頑張りますよ。」

 そう言って笑ったアル君ですが、ぶっちゃけあんな(モンスターがポンポン出現する)ところで暮らしているんだから、本当ならDじゃないのでは?? と思う。

 ランクアップ条件に初心者ダンジョン制覇があるから上がらないのかな……師匠さんが連れて行ってくれそうな気もするけど……どちらにせよ、ここで口に出しちゃだめだろうから心の中でしみじみ思ってアル君を見て……違和感に首をかしげた。

「あれ?」

「どうした? フィラン。」

「ううん、何でもない。」

「そうか? じゃあ、嘆きの洞窟のポイントの稼ぎ方でも考えよう。 一番になりたいからな。」

 渡された紙束の中から、採集・討伐ポイントとダンジョンの全体図の書かれた紙を取り出したマーカス様に頷く。

 4人で紙を覗き込み、高ポイントの場所を確認する作業の合間に、私はちらりとアル君の制服を見た。

 シンプルなままの、制服のジャケット。

 師匠、たしかあの日、アル君にもそれ相当の後見人を付けるって言ってたよなぁ……。

 私の左胸にジャラジャラついているブローチとチャームの事を考えながらも、ダンジョン制圧のための計画は、クエスト経験の多いマーカス様主導でどんどん進み、午前の授業を終えたのだった。
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