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9章 アカデミーと野外演習

6)穏やかな日常? いいえ、フラグです

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「それでは、手順通りにジャイアントダンデリオンと人食い薔薇の鉢植えが終わったら、自分の名前の入った棚に並べてください。 それが終わった人は、こちらに人工苗床が用意してありますので、各自、研究用に持ってきた薬草の種を等間隔で植えて、自身の水魔法もしくは魔力を込めた水を上げてください。 その際、決して他人の魔力の水をあげないように注意してくださいね。」

「「「はい!」」」

 教師の指示に従って『人を襲わない魔法』を施された銀の鉢に植えた人食い薔薇と、布でぐるぐる巻きにされたジャイアントダンデリオンの苗を丁寧にほどいて鉢植えに植えたフィランは、自分の名前の札が下げられた棚にそれを置いて一息ついた。

 初回の講義は座学かなぁと気楽な感じで指定されていた研究棟に来てみれば、まずは苗植えをしましょうと初老の女性薬学教師に言われて温室棟に誘導され、みんなで仲良く自分の苗を鉢に植え付けているのである。

 生徒の数はかなり少なく、フィランを入れて5人ほどであるが、リボンの色が違うだけでその下にぶら下がる宝石の色は一緒。 つまり各学年のSクラス所属の学生ということである。

 誰もほかの生徒と話したりすることなく、教師の指示に従って黙々と作業をしているので、やった! これはとっても気が楽な時間だ、と心の中でガッツポーズしながら、鼻歌交じりで次々と鉢植えを手入れしていく。

 教師から渡された人工苗床と言われたものは前世のプランターみたいなもので、柔らかな土が敷き詰めてある。

 少し触ってみると、ふかふかで柔らかく、養分を含んだ良い土であるとは思う。

 思うのだが……なんとなく自分の庭の土の方がいい土の様な気がする。

「もう少し養分を足した方が……いやいや、学校の研究用だし、みんなおんなじ条件下と言う意味では、下手に手を加えちゃまずいのかもね。」

 よしっと気持ちを切り替えて、ぽつぽつと指で穴を等間隔に開けると、研究用に用意してある薬草の種を落とし、さらさらと上から少しだけ土をかぶせる。

「水魔法の水かぁ。 人のところに掛けちゃいけないっていうし……」

 アンダインを呼んだら、喜んで全部にかけて騒ぎになっちゃうだろうな。 

 う~んと考えてから、人喰い薔薇用の銀の如雨露を両手に持つと目を閉じる。

「『スキル展開――水魔法・恵みの雨水』」

 ちゃぽん、と大きな水の塊が生まれて如雨露に入った重さを感じて目を開けると、如雨露にはしっかりと水が溜まっている。

「こんなもんかな?」

 よしよし、と如雨露にたまった水を自分の鉢にあげていく。

「フィランさんは、上手に水魔法を使うのね。」

「そうですか?」

 如雨露の中にたまった水をあらかたやり終わったころ、薬学講師から声を掛けられた私は首をかしげた。

「えぇ。 一年生の最初のうちは精霊を呼び出して他の場所にまでお水を上げてしまったり、上手に水が出せない子も多いのだけれど、如雨露の中にだけ水をためる技術はすごいわ。 魔法を使う基礎がしっかりできているのね。」

「ありがとうございます。」

 素直に頭を下げるが、思い浮かべるのは優しくも一切の妥協を許さずに指導してくるスパルタな師匠の顔である。

「たぶん、師匠のおかげです。」

「ふふ、そのようね。」

 にっこり笑っている様子から、先生は私の師匠を知っているのだろうが、ここで宮廷魔術師長の名前を出すのもどうかと思うので私もにっこり笑った。

「そこまで上手に扱えるなら、一年のSクラスの今年の野外実習は好成績を収めてくれそうね。楽しみだわ。」

「野外実習?」

「あら? ちゃんと授業計画書を見ていないのかしら? 来月、嘆きの洞窟での実習があるのよ?」

「嘆きの洞窟……。」

 あぁ、あのくそ悪趣味な気持ち悪い洞窟かぁ。

「それは、どんな実習なんですか?」

 思い出してげんなりしながら聞いてみると、楽しそうに先生は笑った。

「1年生全員が、クラスごとに5人1組のパーティーを組んで、丸2日掛けて15階まで降りるというものよ。 下に降りていく中には様々な特典ポイントがあって、一番多くポイントを貯めたチームが優勝ね。 例えばスライム一匹につき1ポイント、希少な薬草で10ポイントといった感じなの。 楽しそうでしょ?」

「へぇ、楽しそうですね。」

 採集はともかく討伐も含んでしまうのはいかがかと思うが、前世で言うスタンプラリー的な物かな? と想像して頷くと、先生はにっこり笑ってくれた。

「成績によるクラス分けをしっかりしているから、他のクラスの子達とは滅多に交流することがないでしょう? だから年に2回、野外活動と国内外の方たちに向けたアカデミー交流発表会は他の生徒と特別に交流できる場よ。 とくにアカデミー交流発表会は、国外のアカデミーも参加するし、学年もクラスもなく交流できる一年に一回の場になるわ。 1年生と2年生は裏方になるけれど、3年生や4年生になれば発表や交流の中心となるから、将来の道を決めるきっかけになったり、伝手ができたりするわね。 社交と同じ役割を担っている訳だから、みんな張り切っているのよ。 で、その予行練習となるのが1年生では嘆きの洞窟の野外実習なのよ。」

 ニコニコと話しているけれど、かなり壮大なスケールの話では?

 一年ではまず嘆きの洞窟かぁ……あそこはスライムの数が多かったし、魔物の強襲は起きるし、散々だったなぁと思い出し……ふと、お友達になったばかりの可憐なビオラネッタ様の顔が浮かんだ。

 あんな、ちいさな虫も殺せない、もしかしたらお花も摘み取れないような可憐でか弱そうな(私の勝手なイメージだけど)ビオラネッタ様が、そんな野営練習に参加できるんだろうか。

「先生。 先ほど全員参加と言われましたけど、戦うすべがない生徒はどうするんですか? それに2日がかりだと野営とかになりますよね? そういうのができない方もいらっしゃるのでは……?」

 至極当たり前のことを言ったつもりなのだが、先生は少しびっくりした顔をしてから笑った。

「スキル的に戦えない方もいるでしょうが、各チームに1人以上は必ず騎士科の生徒が入りますし、念のために各階に護衛騎士と宮廷魔術師も配置されるから安全なのですよ。 貴族であればアカデミーの行事は、事前に親御様から聞いているでしょうし、その上で参加できないのなら、その単位をもらえないだけです。」

 他の方の心配ができるなんて、フィランさんは優しいのね。

 なんて的外れなことを言って笑った先生は嘘を言ってない顔をしてたので、たぶん本当に単位もくれないし、深窓の令嬢でも野営させるんだな……としみじみ思って……あれ? 皇帝陛下夫妻も参加するのかな? と考え込む。

 それはかなり不味いのでは…? いいのか? いや、いいわけなくない?!

 と、脳内大混乱の私に微笑みながら、先生はパンパン、と手を二つ叩いて生徒の注目を集めた。

「さて、みなさん植え込みと水やりが終わったようですから、ここからは教室に戻って授業を開始しましょう。 身支度を整えて研究棟の薬術教室へ集まってくださいね。 15分後には開始します。 遅刻は許しませんよ。」

 あちらこちらからの生徒の応じる声に、私もあたりを慌てて片づけを始めた。






「帰るのか? フィラン。」

「この後図書館に少し寄る予定ですが、マーカス様も授業が終わったんですか?」

 薬草学の講義も終わり、教室に戻って帰る準備をしていたところに声をかけてきたのは、制服ではなく騎士科の白い実技服に着替えたマーカス様だった。

 見慣れない姿ではあるが、腰には模造剣を佩いていて、すらりっと長身の彼にはとてもよく似合っている。

「あぁ。 授業は終わったんだけどね。」

「授業は?」

 少し含みのある言葉に首をかしげると、首から下げたタオルで汗を拭きながら、服も着替えずに鞄に教科書を入れ始めたマーカス様は溜息をついた。

「実技授業は終わったんだけど、これから騎士団の特別演習に行くんだよ。 野外実習の事前説明があるらしい。」

「あぁ、嘆きの洞窟の。」

「なんだ、フィランは知っていたか。」

 つまらない、といった顔をしたマーカス様は人懐っこくて、つい笑ってしまった。

「さっき先生から聞いたんですよ、期待しているって。」

 なるほど、と納得したマーカス様。

 教科書を入れた鞄とは別の、たぶん制服が入っているのだろう袋を肩にかける。

「明日の朝礼か夕礼の時にチーム分けが発表されるらしいけど、例年成績順だって兄貴も言っていたから、たぶん俺たちは同じチームになるんじゃないかな。 薬師で魔法も使えるフィランがいれば心強いよ、よろしくな。」

「こちらこそ! マーカス様と一緒なら一安心ですよ。」

 なんたって旅団にも入っている、Aクラスの冒険者ですもんね。

 にっこり笑って素直に思った事を答えると、それは期待に応えなきゃな、とマーカス様は少し照れた風に笑った。

「そう言ってもらえると嬉しいな。 今回はさ、ほかの騎士科の生徒や教師陣も腕の見せ所だって、かなり張り切っているんだ。 なんたって今年は俺の、というか、王国内の全騎士が憧れる白銀将軍の婚約者がいるだろう!? まぁ、そのほかにも国交的に大切な要人の子息たちがいるからなんだけど、他の学年の騎士科の生徒も保安要員で駆り出されるらしくって。」

 ほうほう、そんなに騎士科はすごい盛り上がってるんだね。

 っていうか、聞き捨てならない面白い単語があったんだけど。

「え? なに? ロギィ様の婚約者が入学してるの? 初耳なんだけど、何クラスに?」

 ワクワクしながらマーカス様に聞き返す。

 だってあの! 私の推しポイントからは外れているけれど、虎のお耳尻尾が愛らしくもかっこいいロギイ様が! 結婚って! 婚約者って! そっかぁ、だから兄さま、今日はおうちにいなかったのかぁ! ときゃあきゃあ言っていた私に、信じられないって顔をしたマーカス様。

「え? 冗談で言ってるの? フィラン。」

「え? 何が?」

「いや、それ。」

「これ?」

 指をさされたのは私の左胸のブローチ。

 昨日兄さまから渡された、ロギイさまの盾のブローチと、そこからぶら下がるチャームが5つ何だけど。

「それ、フェリオ将軍の個人紋だよな?」

「個人紋? っていうのはよくわからないけど、ロギイ様の盾の形? なんだって。 かっこいいよね。」

「いや、それはそうだけど! それは騎士じゃなくても、ルフォート・フォーマの人間なら誰でも知っているくらいに有名な物だから知ってるけど! いや、そこじゃなくて、フィラン嬢なんだろ?」

「なにが?」

 朝も話した通り、後ろ盾の話だよね?

 なのになんでそんなに慌ててるんだろう?

 よくわからなくて首をかしげたところで、マーカス様はとんでもないことを口にした。

「いやいや、後ろ盾で言えばチャームがそうだけど! ブローチは! 家紋のブローチは婚約者や配偶者にしか与えられない最大の後ろ盾の証なんだよ? フィラン嬢は、白銀将軍の婚約者なんだろう?」

 ……は?

「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!?」

 人生最大の絶叫って、案外出るものだったんだなって、後になったら思いました。
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