96 / 163
8章 アカデミー入学は前途多難!
8)夢みたいな話と、夢から覚める瞬間
しおりを挟む
「おおぉぉ、これはまたファンタジー色のなんて強い……」
目の前にある、神の木よりは細いけど、初見では声が出るほどに太い、扉のついた木の幹の前で、私は今日何度目かの驚きの声を上げた。
だってそれは、大きな切り株をそのまま家にしたものだから。 前世の首都近郊一軒家くらいのでかさ、そういえば伝わるだろうか……とにかくデカい切り株の家、なのだ。
家は、深い森のど真ん中にあった。
開けたところにはおうちがあって、その周りにはガラス張りの温室のような建物に、うちの畑のうん十倍はある広さの畑、その真ん中には光をはじいてきらきら光る私より少し背の高い感じの……不思議な木が立っている。
畑とその木が気になって、アル君から手を放してもらい、ミレハから降りた私はそっちの方に向かおうとしたが、ミレハから鞍を外したアル君に呼ばれた。
「フィラン、ついでだから、師匠を紹介するよ。 どうぞ、中に入って。 師匠、帰りました。」
「え? あ、アル君あの木」
「ん? あぁ、後で見せてあげるよ。 お茶淹れるから入って。」
おいでおいでと手招きされたので、後ろ髪をひかれながらも私はアル君の後を追った。
「お、お邪魔します~。」
「どうぞ、いらっしゃい。」
にこにこしながら扉を開けて中に入り、あれ? 師匠~っと大きな声を出しているアル君の後をついて入りながら、なんでこんなことになったんだっけ? と、首を傾げて思い出す。
が、完全に自分のせいでした。
お昼過ぎまで優雅な飛竜による空中散歩を堪能した私はつい
「そういえば通学の時は全力疾走って言ってたけど、どんな感じ? 面白い? いいな、私も一回全力で飛んでるミレハに乗ってみたいな。」
などと口にしてしまった。 危機管理ないよね。 今までそれでどれだけ問題に巻き込まれてきたかっていうか飛び込んできたかっていうか……案の定ですよ。
『ルルンッ!』という可愛く高い鳴き声と「あ! ミレハ! まって!」とちょっと鬼気迫ったアル君の声が聞こえた時にはもう遅かった。
いやさ、竜族の知能を馬鹿にしちゃいけないよね。
そして、でっかいけれどもまだ幼い竜族の好奇心も。
私のつぶやきを理解したミレハは私を喜ばせるためにそうしたようで、気が付いたら大喜びで歌うミレハの全力の羽ばたき後の、何にもよく見えない勢いよく流れる景色にも目が追いつかないという状況下にいたのだ。
「ミレ、ミレハ、待って!」
と頑張って口にしてみたが、ご機嫌な竜の耳には全く届かない。
そのまま残像が流れるだけの風景を、その空気抵抗も重力も感じないミレハの背中の上でただ見ているだけになった。
あ、いや、違うな。
片手に手綱、片手に私のお腹を抱えたアル君から、ミレハはこんなにおっきくても子供だから、あんまり気軽に言っちゃうと調子に乗って行動しちゃうから気を付けてね、あとフィランは基本的に危機管理が全くないと思うんだけど、それって生きていく上で本当に危ない。 学園や庶民層、貴族層ならまだしも、交易層とか王都外では騙されないように本当に気を付けてね。 というか一人で行動しないようにね。 等、一部かなり心外な内容のお小言をいただきました。
はい、ごめんなさい。
反省しています。
というわけで、全力疾走のミレハにアル君の自宅まで連れてこられたわけで……うん、次からは気を付けよう!
自分でも忘れていたけれど、私、中身はアラフォー、落ち着きのある四十路の女なんですよ。 身も心も快適すぎてそんな当初の設定とんと忘れていたけどね!
同級生のアル君にまで言われたんだから、よっぽどなんだろう……心外だけど……心外だけど!。
よし、ここはもう一度心を入れ替えて、思慮深い行動をしよう!
一つ、深呼吸して入った家の中を見て見れば、家の中はいたって普通……普通か?
ログハウス的な全体に柱や壁の少ない、私的にはとてもくつろげる空間。
丸い室内の高い天井まで壁に沿ったものすごい数の本と、それに沿ってぐる~っとつけられた階段。 それから、張られた紐でぶら下げられた薬草や不思議な道具たち。
……本とか紙ってすごく高価なはずなのに、この蔵書数すごい。
一番近い本棚に近づいて背表紙を見る。
皮張りの本にはものすごく繊細な装飾の施されたものがあったり、ボロボロでタイトルも読めない本があったりしている。
使用言語も普段使っているモノから、見たことがない象形文字のようなものまで様々だ。
ちょっと中が見て見たい。
そっと手を伸ばそうとした時、奥まで行っていたアル君が帰ってきた。
「師匠どこいったのかな……。 フィラン、申し訳ないんだけど師匠見つけたらお茶を淹れるから、そこの椅子に座って待っててくれるかな? 師匠を探してくるよ。 ……そうだ、本とか気になるだろうけど、危ないものもあるから触らないようにね。」
「え? わかった、大丈夫だよ。」
階段のほうに向かったアル君に、私は本に伸ばそうとしていた手を慌てて引っ込めて笑った。
いってらっしゃい~と手を振ると、きゅっと眉根をひそめたアル君は一度、私の目の前まで戻ってきた。
「どうしたの?」
「絶対、開いたり触ったりはしないでね」
あれ? ものすごく念を押されました。
「はい、大丈夫です。」
絶対だからね、と、何度も言いながら階段を上がっていくアル君を見送って、言われたとおりに椅子に座る。
待って、アル君まで兄さまっぽくなってない?
なんでだろう。 首をかしげながら私は言われた通り椅子に向かう。
『あらあら、珍しい。 こんな辺鄙な家にお客様?』
味わいのある大きな椅子に座ると、テーブルの上に開いて置いてある本……触らなきゃいいんだよね? と、絶対に触らないようにしながら内容を読もうとすると、上から声が降ってきた。
顔を上げると手のひらサイズの小さなハチドリような鳥が目の前ではばたいている。
虹色の不思議な羽を動かして目の前で浮遊飛行している小鳥の声?
「……いまの、貴方?」
『そうよ?』
くちばしが開いても出てくるのはさえずりじゃなくて人語で、かなりびっくりする。
「鳥人、ですか?」
一応確認してみる。
『違うわよ、私は……そうね、精霊っていうことにしておいて頂戴な。』
精霊、精霊……おぉ、アルムヘイムやヴィゾヴニルたちといっしょかぁ!
それにしても小さくてかわいい姿だし、人型じゃないんだけど……。
前世でも本やテレビでしか知らないけれど、本当のハチドリもこんな感じなのかな?
「精霊って人の形じゃないんだ……ったい!」
まじまじといろんな角度から見ていると、ブスッと鼻先をくちばしでつつかれた。
鼻先にかなりの痛みが走り、慌てて両手で鼻を抑える。
『レディをそんなにまじまじ見るなんて失礼よ、お嬢ちゃ……。』
「いたた……」
謝りながらつつかれた鼻に意識を集中すると、両手にはぬるりっとした感覚と、少しの鉄の匂い。
手のひらを見て見ると、ほんの少しだけ血が出ているようだ。 ハンカチで押さえようと鞄の中から『猫の手印の傷薬』とハンカチを出そうとした時、目の前の小鳥が土下座のように机に突っ伏しているのが見えた。
「え? どうしたの!? 私さっき手が当たっちゃった!? ごめんね!」
『ちが、違うんです、申し訳ありません、申し訳ありません! あのお二人の大切だったのですね! なにとぞこのことは……!』
小鳥さん、めちゃくちゃ焦ってるけど、どうしたんかな?
「よくわからないけど大丈夫だよ、こっちこそまじまじ見ちゃってごめんね。」
『いえ、いえ、本当に申し訳ありません~!』
なんで小鳥にこんなに平謝りされてるんだろう、私。
首をひねりながら、ハンカチで血を抑えてから傷薬を塗っていると上の方から階段を下りてくる足音二つ。
「……っていつも言っているでしょう? 師匠。」
「あぁ、はいはい。 それより女の子を連れて帰ってくるなんて、私、もしかしたら娘ができるのかしら?」
「なんでそう飛躍するんですか。 アカデミーの同級生ですよ……。」
振り返れば、階段を下りてくるアル君と、小柄で細身、大きな翼を持った女性。
「あ、アルく……」
『ごしゅじ~ん!』
私の顔の横を、小鳥が勢いよく飛んでいくと、女性の周りを必死に飛び回っている。
「あぁ、はいはい。 あらあら、嫉妬って怖いわねぇ……。」
ものすごく小鳥に飛び回られている女性は、どうやら笑っているようだ。
「フィラン、お待たせ。 こっちは僕の師匠。 師匠、この子はアカデミーでクラスメイトの……」
「ソロビー・フィラン嬢ね。 私はアルフレッドの師匠で養い親のマリアリアよ。 マリアと呼んで頂戴。」
アルフレッド君の頭半分くらい低い(私よりは高いんだよ?)の、乳白色の波打つ髪に、琥珀色の瞳のその人は、にっこりわらって長い爪が印象的な手を差し出してきた。
握手、かな?
そっと手を握る。
「はじめまして、ソロビー・フィランです。 今日はお土産も持たずに突然来てしまって申し訳ありません。」
手をきゅっとやさしく握ってくれたマリアさんは、アルフレッド君と私を交互に見て笑った。
「ふふ、いつもアルフレッドから聞いているわ、今日の事情もね。 あのミレハにも気に入られたんですってね。 仲良くしてやって頂戴、アカデミーでも、その後でも。」
「……? はい。」
ちょっと違和感を感じながら返事をした私は、アル君の淹れてくれたお茶と軽食、それからお菓子にその違和感をすっかり忘れて、夕暮れになるまでいっぱいおしゃべりをした。
本の事や、薬草の事、それから真ん中にある不思議な木は水を生む水晶樹であることなどたくさん。
たくさんお話してたくさん教えてもらった後、ミレハとアル君に送ってもらい、お日様が地平線の向こうに沈む前には王都についた。
突然のお休みだったけれど、この一日、すごく楽しすぎて時間がたつのがあっという間だった。
アル君には二階層騎士団駐屯地まで送ってもらい、そこから自宅に戻るまでの道も、なんだか夢に浮かされたみたいにわくわく落ち着かない感じだった。
またあのおうちに行きたいなぁ、とか、マリアさんとお話したいなぁとか。
またいつでもいらっしゃい、とマリアさんに額にキスされたときは、心臓飛び上がるかと思ったなぁ、なんて、本当に浮足立ってたんだと思う。
夢から覚めたのは、私のおうち『薬屋・猫の手』の玄関を開けた時、だった。
「ただいまぁ!」
「おかえり、フィラン。」
店じまいもしてある店内の奥から出てきた兄さまは、怒ったような、あきれたような、困ったような……複雑な顔をして私の顔を見て、それから二階を指さした。
「客が昼前からずっと来て待ってるよ。 アカデミーお休みだったみたいだけど、どこに行ってたんだい? 何かをするときはホウ・レン・ソウ、が約束じゃなかったかい?」
あ、そういえば連絡するの忘れてた……。
「ごめんなさい……アカデミーが自習になってたから、クラスメイトのおうちに行くことになっ……っ!」
「やぁ、フィラン嬢。」
「お、客様って!?」
言い訳しようとした所で、階段から降りてきた人影。
いや、声を聞いたらわかるけど、絶対零度氷点下……あぁ、逃げだしたい!
「Sクラスは自宅で自習にしてあったはずなんだけど、私の記憶違いだろうか?」
「……お、お友達のおうちで、勉強してました……。」
さっきまでふわふわ浮足立った足は、一気に地面にきっちりついた(めり込んだかも)のは言うまでもない。
黒衣に身を包んだアケロス師匠こと担任教師がにっこり笑って手招きされたのだから。
「さぁ、少し話を聞こうかな? わが弟子よ。」
「……ふぁぁい……。」
うぇん、だって竜に会ったり、空飛んだり楽しかったんだもんーっ!
目の前にある、神の木よりは細いけど、初見では声が出るほどに太い、扉のついた木の幹の前で、私は今日何度目かの驚きの声を上げた。
だってそれは、大きな切り株をそのまま家にしたものだから。 前世の首都近郊一軒家くらいのでかさ、そういえば伝わるだろうか……とにかくデカい切り株の家、なのだ。
家は、深い森のど真ん中にあった。
開けたところにはおうちがあって、その周りにはガラス張りの温室のような建物に、うちの畑のうん十倍はある広さの畑、その真ん中には光をはじいてきらきら光る私より少し背の高い感じの……不思議な木が立っている。
畑とその木が気になって、アル君から手を放してもらい、ミレハから降りた私はそっちの方に向かおうとしたが、ミレハから鞍を外したアル君に呼ばれた。
「フィラン、ついでだから、師匠を紹介するよ。 どうぞ、中に入って。 師匠、帰りました。」
「え? あ、アル君あの木」
「ん? あぁ、後で見せてあげるよ。 お茶淹れるから入って。」
おいでおいでと手招きされたので、後ろ髪をひかれながらも私はアル君の後を追った。
「お、お邪魔します~。」
「どうぞ、いらっしゃい。」
にこにこしながら扉を開けて中に入り、あれ? 師匠~っと大きな声を出しているアル君の後をついて入りながら、なんでこんなことになったんだっけ? と、首を傾げて思い出す。
が、完全に自分のせいでした。
お昼過ぎまで優雅な飛竜による空中散歩を堪能した私はつい
「そういえば通学の時は全力疾走って言ってたけど、どんな感じ? 面白い? いいな、私も一回全力で飛んでるミレハに乗ってみたいな。」
などと口にしてしまった。 危機管理ないよね。 今までそれでどれだけ問題に巻き込まれてきたかっていうか飛び込んできたかっていうか……案の定ですよ。
『ルルンッ!』という可愛く高い鳴き声と「あ! ミレハ! まって!」とちょっと鬼気迫ったアル君の声が聞こえた時にはもう遅かった。
いやさ、竜族の知能を馬鹿にしちゃいけないよね。
そして、でっかいけれどもまだ幼い竜族の好奇心も。
私のつぶやきを理解したミレハは私を喜ばせるためにそうしたようで、気が付いたら大喜びで歌うミレハの全力の羽ばたき後の、何にもよく見えない勢いよく流れる景色にも目が追いつかないという状況下にいたのだ。
「ミレ、ミレハ、待って!」
と頑張って口にしてみたが、ご機嫌な竜の耳には全く届かない。
そのまま残像が流れるだけの風景を、その空気抵抗も重力も感じないミレハの背中の上でただ見ているだけになった。
あ、いや、違うな。
片手に手綱、片手に私のお腹を抱えたアル君から、ミレハはこんなにおっきくても子供だから、あんまり気軽に言っちゃうと調子に乗って行動しちゃうから気を付けてね、あとフィランは基本的に危機管理が全くないと思うんだけど、それって生きていく上で本当に危ない。 学園や庶民層、貴族層ならまだしも、交易層とか王都外では騙されないように本当に気を付けてね。 というか一人で行動しないようにね。 等、一部かなり心外な内容のお小言をいただきました。
はい、ごめんなさい。
反省しています。
というわけで、全力疾走のミレハにアル君の自宅まで連れてこられたわけで……うん、次からは気を付けよう!
自分でも忘れていたけれど、私、中身はアラフォー、落ち着きのある四十路の女なんですよ。 身も心も快適すぎてそんな当初の設定とんと忘れていたけどね!
同級生のアル君にまで言われたんだから、よっぽどなんだろう……心外だけど……心外だけど!。
よし、ここはもう一度心を入れ替えて、思慮深い行動をしよう!
一つ、深呼吸して入った家の中を見て見れば、家の中はいたって普通……普通か?
ログハウス的な全体に柱や壁の少ない、私的にはとてもくつろげる空間。
丸い室内の高い天井まで壁に沿ったものすごい数の本と、それに沿ってぐる~っとつけられた階段。 それから、張られた紐でぶら下げられた薬草や不思議な道具たち。
……本とか紙ってすごく高価なはずなのに、この蔵書数すごい。
一番近い本棚に近づいて背表紙を見る。
皮張りの本にはものすごく繊細な装飾の施されたものがあったり、ボロボロでタイトルも読めない本があったりしている。
使用言語も普段使っているモノから、見たことがない象形文字のようなものまで様々だ。
ちょっと中が見て見たい。
そっと手を伸ばそうとした時、奥まで行っていたアル君が帰ってきた。
「師匠どこいったのかな……。 フィラン、申し訳ないんだけど師匠見つけたらお茶を淹れるから、そこの椅子に座って待っててくれるかな? 師匠を探してくるよ。 ……そうだ、本とか気になるだろうけど、危ないものもあるから触らないようにね。」
「え? わかった、大丈夫だよ。」
階段のほうに向かったアル君に、私は本に伸ばそうとしていた手を慌てて引っ込めて笑った。
いってらっしゃい~と手を振ると、きゅっと眉根をひそめたアル君は一度、私の目の前まで戻ってきた。
「どうしたの?」
「絶対、開いたり触ったりはしないでね」
あれ? ものすごく念を押されました。
「はい、大丈夫です。」
絶対だからね、と、何度も言いながら階段を上がっていくアル君を見送って、言われたとおりに椅子に座る。
待って、アル君まで兄さまっぽくなってない?
なんでだろう。 首をかしげながら私は言われた通り椅子に向かう。
『あらあら、珍しい。 こんな辺鄙な家にお客様?』
味わいのある大きな椅子に座ると、テーブルの上に開いて置いてある本……触らなきゃいいんだよね? と、絶対に触らないようにしながら内容を読もうとすると、上から声が降ってきた。
顔を上げると手のひらサイズの小さなハチドリような鳥が目の前ではばたいている。
虹色の不思議な羽を動かして目の前で浮遊飛行している小鳥の声?
「……いまの、貴方?」
『そうよ?』
くちばしが開いても出てくるのはさえずりじゃなくて人語で、かなりびっくりする。
「鳥人、ですか?」
一応確認してみる。
『違うわよ、私は……そうね、精霊っていうことにしておいて頂戴な。』
精霊、精霊……おぉ、アルムヘイムやヴィゾヴニルたちといっしょかぁ!
それにしても小さくてかわいい姿だし、人型じゃないんだけど……。
前世でも本やテレビでしか知らないけれど、本当のハチドリもこんな感じなのかな?
「精霊って人の形じゃないんだ……ったい!」
まじまじといろんな角度から見ていると、ブスッと鼻先をくちばしでつつかれた。
鼻先にかなりの痛みが走り、慌てて両手で鼻を抑える。
『レディをそんなにまじまじ見るなんて失礼よ、お嬢ちゃ……。』
「いたた……」
謝りながらつつかれた鼻に意識を集中すると、両手にはぬるりっとした感覚と、少しの鉄の匂い。
手のひらを見て見ると、ほんの少しだけ血が出ているようだ。 ハンカチで押さえようと鞄の中から『猫の手印の傷薬』とハンカチを出そうとした時、目の前の小鳥が土下座のように机に突っ伏しているのが見えた。
「え? どうしたの!? 私さっき手が当たっちゃった!? ごめんね!」
『ちが、違うんです、申し訳ありません、申し訳ありません! あのお二人の大切だったのですね! なにとぞこのことは……!』
小鳥さん、めちゃくちゃ焦ってるけど、どうしたんかな?
「よくわからないけど大丈夫だよ、こっちこそまじまじ見ちゃってごめんね。」
『いえ、いえ、本当に申し訳ありません~!』
なんで小鳥にこんなに平謝りされてるんだろう、私。
首をひねりながら、ハンカチで血を抑えてから傷薬を塗っていると上の方から階段を下りてくる足音二つ。
「……っていつも言っているでしょう? 師匠。」
「あぁ、はいはい。 それより女の子を連れて帰ってくるなんて、私、もしかしたら娘ができるのかしら?」
「なんでそう飛躍するんですか。 アカデミーの同級生ですよ……。」
振り返れば、階段を下りてくるアル君と、小柄で細身、大きな翼を持った女性。
「あ、アルく……」
『ごしゅじ~ん!』
私の顔の横を、小鳥が勢いよく飛んでいくと、女性の周りを必死に飛び回っている。
「あぁ、はいはい。 あらあら、嫉妬って怖いわねぇ……。」
ものすごく小鳥に飛び回られている女性は、どうやら笑っているようだ。
「フィラン、お待たせ。 こっちは僕の師匠。 師匠、この子はアカデミーでクラスメイトの……」
「ソロビー・フィラン嬢ね。 私はアルフレッドの師匠で養い親のマリアリアよ。 マリアと呼んで頂戴。」
アルフレッド君の頭半分くらい低い(私よりは高いんだよ?)の、乳白色の波打つ髪に、琥珀色の瞳のその人は、にっこりわらって長い爪が印象的な手を差し出してきた。
握手、かな?
そっと手を握る。
「はじめまして、ソロビー・フィランです。 今日はお土産も持たずに突然来てしまって申し訳ありません。」
手をきゅっとやさしく握ってくれたマリアさんは、アルフレッド君と私を交互に見て笑った。
「ふふ、いつもアルフレッドから聞いているわ、今日の事情もね。 あのミレハにも気に入られたんですってね。 仲良くしてやって頂戴、アカデミーでも、その後でも。」
「……? はい。」
ちょっと違和感を感じながら返事をした私は、アル君の淹れてくれたお茶と軽食、それからお菓子にその違和感をすっかり忘れて、夕暮れになるまでいっぱいおしゃべりをした。
本の事や、薬草の事、それから真ん中にある不思議な木は水を生む水晶樹であることなどたくさん。
たくさんお話してたくさん教えてもらった後、ミレハとアル君に送ってもらい、お日様が地平線の向こうに沈む前には王都についた。
突然のお休みだったけれど、この一日、すごく楽しすぎて時間がたつのがあっという間だった。
アル君には二階層騎士団駐屯地まで送ってもらい、そこから自宅に戻るまでの道も、なんだか夢に浮かされたみたいにわくわく落ち着かない感じだった。
またあのおうちに行きたいなぁ、とか、マリアさんとお話したいなぁとか。
またいつでもいらっしゃい、とマリアさんに額にキスされたときは、心臓飛び上がるかと思ったなぁ、なんて、本当に浮足立ってたんだと思う。
夢から覚めたのは、私のおうち『薬屋・猫の手』の玄関を開けた時、だった。
「ただいまぁ!」
「おかえり、フィラン。」
店じまいもしてある店内の奥から出てきた兄さまは、怒ったような、あきれたような、困ったような……複雑な顔をして私の顔を見て、それから二階を指さした。
「客が昼前からずっと来て待ってるよ。 アカデミーお休みだったみたいだけど、どこに行ってたんだい? 何かをするときはホウ・レン・ソウ、が約束じゃなかったかい?」
あ、そういえば連絡するの忘れてた……。
「ごめんなさい……アカデミーが自習になってたから、クラスメイトのおうちに行くことになっ……っ!」
「やぁ、フィラン嬢。」
「お、客様って!?」
言い訳しようとした所で、階段から降りてきた人影。
いや、声を聞いたらわかるけど、絶対零度氷点下……あぁ、逃げだしたい!
「Sクラスは自宅で自習にしてあったはずなんだけど、私の記憶違いだろうか?」
「……お、お友達のおうちで、勉強してました……。」
さっきまでふわふわ浮足立った足は、一気に地面にきっちりついた(めり込んだかも)のは言うまでもない。
黒衣に身を包んだアケロス師匠こと担任教師がにっこり笑って手招きされたのだから。
「さぁ、少し話を聞こうかな? わが弟子よ。」
「……ふぁぁい……。」
うぇん、だって竜に会ったり、空飛んだり楽しかったんだもんーっ!
0
お気に入りに追加
711
あなたにおすすめの小説

転生幼女が魔法無双で素材を集めて物作り&ほのぼの天気予報ライフ 「あたし『お天気キャスター』になるの! 願ったのは『大魔術師』じゃないの!」
なつきコイン
ファンタジー
転生者の幼女レイニィは、女神から現代知識を異世界に広めることの引き換えに、なりたかった『お天気キャスター』になるため、加護と仮職(プレジョブ)を授かった。
授かった加護は、前世の記憶(異世界)、魔力無限、自己再生
そして、仮職(プレジョブ)は『大魔術師(仮)』
仮職が『お天気キャスター』でなかったことにショックを受けるが、まだ仮職だ。『お天気キャスター』の職を得るため、努力を重ねることにした。
魔術の勉強や試練の達成、同時に気象観測もしようとしたが、この世界、肝心の観測器具が温度計すらなかった。なければどうする。作るしかないでしょう。
常識外れの魔法を駆使し、蟻の化け物やスライムを狩り、素材を集めて観測器具を作っていく。
ほのぼの家族と周りのみんなに助けられ、レイニィは『お天気キャスター』目指して、今日も頑張る。時々は頑張り過ぎちゃうけど、それはご愛敬だ。
カクヨム、小説家になろう、ノベルアップ+、Novelism、ノベルバ、アルファポリス、に公開中
タイトルを
「転生したって、あたし『お天気キャスター』になるの! そう女神様にお願いしたのに、なぜ『大魔術師(仮)』?!」
から変更しました。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。

異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。
暁月ライト
ファンタジー
魔王を倒し、邪神を滅ぼし、五年の冒険の果てに役割を終えた勇者は地球へと帰還する。 しかし、遂に帰還した地球では何故か三十年が過ぎており……しかも、何故か普通に魔術が使われており……とはいえ最強な勇者がちょっとおかしな現代日本で無双するお話です。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく
霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。
だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。
どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編をはじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる