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7.5 みんなの視点から5
主人の帰還をまつ屋敷
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「まぁまぁ、かわいらしいお嬢さんですこと!」
白髪をきれいにまとめ、シャンと背筋を伸ばして立っていた侍女頭は、目の前で困惑した顔をして立っているフィランを見て嬉しそうに笑った。
「王宮に呼ばれているんだけれども、女性の正装は一人では着ることができないし、私も手伝えない。すまないがお願いできるかな?」
「よ、よろしくおねがいいたします……。」
彼の言葉に続けてフィランが頭を下げると、破顔した侍女頭。
「はいはい、もちろんでございますよ、うんと可愛くしましょうね! お預かりしたご衣裳に装飾品と、お化粧の用意もできておりますよ、さあ、こちらへどうぞ! お嬢様のご用意ができましたらお声掛けさせていただきますね!」
「あぁ、頼んだ。」
「兄さま?」
「大丈夫だよ、可愛くしてもらっておいで。」
ひらひらと手を振って不安げに頷いたフィランを見送る。
あらかじめこの屋敷に届けておいた衣装に装飾品一式と、それからそれに似合う靴も用意してあるから、とても可愛くなるだろうなと笑ったところで、彼は背後の気配に表情を消した。
「シスルか。」
「旦那様のお召替えのご用意もできております。」
「あぁ。」
フィランが連れていかれたのとは反対側の、二階の執務控室へ足を進めながら、後ろを歩く家令に問う。
「留守の間、変わったことは?」
「大きくはございません。 社交などはお断りさせていただいておりますが、一部の公爵家からのモノに関してはいつも通りに代理様が遂行してくださっております。 領地に関しましては旦那様より事前に指示いただいた通りでつつがなく。 御覧になって決裁をいただきたい書類に関してはこちらにご用意させていただいております。」
「そうか。 では、見よう。」
渡された書類を見ながらため息をつく。
「いつも無理をさせてすまないな。」
「いいえ無理など決して。 旦那様こそご無理なさいませんように。 お嬢様は、つつがなくいらっしゃいますでしょうか?」
「……あぁ。 現在の寝床に移ってから病の進行が止まっている。 陛下には頭の下がる思いだ。」
ため息をついてから目を通した書類を手の中で燃やし、改めてため息をつきながら、先回りした侍女によって開けられた扉から室内に入る。
促されるように今まで着ていた服を脱がされていく私は、用意された最礼装を何の感情もない目で見ながらため息をもう一度ついた。
「この堅苦しい服は相変わらず苦手なのだがな。」
「そうおっしゃいますな。 皇妃陛下の御前にお出になるのに、市井の服では不敬が過ぎます。」
「う~ん、今更なのだがな。」
「いつもであればとやかく申しませんが、本日はあの可愛いお嬢様が正式に招待された皇妃陛下の茶会のエスコート役でございましょう? お嬢様に恥をかかせることをよしとなさるのであれば、お止めしませんが……」
無言無表情ではあるものの、長年の付き合いがある家令は主人がそれはよしとしないということをわずかな表情で察したらしい。
「このまま支度を進めさせていただいてもよろしゅうございますか?」
「頼む。」
「かしこまりました。」
一旦皆が室内から出たところで控室にあるシャワー室で身を清め、下着にシャツ、コールパンツを身につけたところで傍にあった鈴を鳴らすと侍女と家令が室内に入ってくる。
細かな部分を整える侍女に邪魔にならないように、渡された書類に目を通し様々な指示を出していく彼は、つけられていく勲章に目をやった。
「増えていないか?」
「先日の功だと、伺っておりますが?」
「……どれかわからんが、邪魔だな……」
「さようですか?」
「どの功績によってもたらされたかも覚えていないような勲章をありがたがる気が知れない。」
深いため息をついた主に、家令はふっと笑う。
「なんだ?」
それを咎めるようにちらりと家令を見ると、彼は懐かしそうな顔をする。
「旦那様が皇帝陛下より初めて賜れたのは、あまり価値のない、小さな宝石であったなと思いまして。」
「よく覚えているな?」
「えぇ、嬉しそうに私の元へおもちになったのですから。」
「……忘れろ。」
苦虫を潰したような顔になりながら、支度の出来上がった姿を鏡で確認して部屋を出た主人は、玄関ホールにあるソファにすわり、支度に入ったままの少女を待つ間、再び書類に目を通す。
家令はその時、主人の耳にはめられた小さな石の装飾品に目を細める。
用意された書類をすべて見、指示を出し終わった時に二階へ上がる階段の方から人の声が聞こえたため、書類を手渡し立ち上がる。
「ご用意出来ました。」
「兄さま、お待たせしました。」
階段から侍女頭の手を借りてゆっくり降りてくる可愛い少女に手を差し出しながら、彼は先ほどまでとは雰囲気も気配も変えて近づく。
「よく似合っているよ、フィラン。 用意してくれてありがとう。」
「いいえ、久しぶりに可愛いご令嬢のお手伝いをさせていただき、楽しゅうございましたよ。 それでは、お気をつけていってらっしゃいませ。」
「ありがとうございました、いってきます。」
頭を下げてお礼を言ったフィランをエスコートする主人に頭を下げた使用人たちは、再び主不在となった屋敷を全力で守るために、それぞれの持ち場に戻るのだった。
白髪をきれいにまとめ、シャンと背筋を伸ばして立っていた侍女頭は、目の前で困惑した顔をして立っているフィランを見て嬉しそうに笑った。
「王宮に呼ばれているんだけれども、女性の正装は一人では着ることができないし、私も手伝えない。すまないがお願いできるかな?」
「よ、よろしくおねがいいたします……。」
彼の言葉に続けてフィランが頭を下げると、破顔した侍女頭。
「はいはい、もちろんでございますよ、うんと可愛くしましょうね! お預かりしたご衣裳に装飾品と、お化粧の用意もできておりますよ、さあ、こちらへどうぞ! お嬢様のご用意ができましたらお声掛けさせていただきますね!」
「あぁ、頼んだ。」
「兄さま?」
「大丈夫だよ、可愛くしてもらっておいで。」
ひらひらと手を振って不安げに頷いたフィランを見送る。
あらかじめこの屋敷に届けておいた衣装に装飾品一式と、それからそれに似合う靴も用意してあるから、とても可愛くなるだろうなと笑ったところで、彼は背後の気配に表情を消した。
「シスルか。」
「旦那様のお召替えのご用意もできております。」
「あぁ。」
フィランが連れていかれたのとは反対側の、二階の執務控室へ足を進めながら、後ろを歩く家令に問う。
「留守の間、変わったことは?」
「大きくはございません。 社交などはお断りさせていただいておりますが、一部の公爵家からのモノに関してはいつも通りに代理様が遂行してくださっております。 領地に関しましては旦那様より事前に指示いただいた通りでつつがなく。 御覧になって決裁をいただきたい書類に関してはこちらにご用意させていただいております。」
「そうか。 では、見よう。」
渡された書類を見ながらため息をつく。
「いつも無理をさせてすまないな。」
「いいえ無理など決して。 旦那様こそご無理なさいませんように。 お嬢様は、つつがなくいらっしゃいますでしょうか?」
「……あぁ。 現在の寝床に移ってから病の進行が止まっている。 陛下には頭の下がる思いだ。」
ため息をついてから目を通した書類を手の中で燃やし、改めてため息をつきながら、先回りした侍女によって開けられた扉から室内に入る。
促されるように今まで着ていた服を脱がされていく私は、用意された最礼装を何の感情もない目で見ながらため息をもう一度ついた。
「この堅苦しい服は相変わらず苦手なのだがな。」
「そうおっしゃいますな。 皇妃陛下の御前にお出になるのに、市井の服では不敬が過ぎます。」
「う~ん、今更なのだがな。」
「いつもであればとやかく申しませんが、本日はあの可愛いお嬢様が正式に招待された皇妃陛下の茶会のエスコート役でございましょう? お嬢様に恥をかかせることをよしとなさるのであれば、お止めしませんが……」
無言無表情ではあるものの、長年の付き合いがある家令は主人がそれはよしとしないということをわずかな表情で察したらしい。
「このまま支度を進めさせていただいてもよろしゅうございますか?」
「頼む。」
「かしこまりました。」
一旦皆が室内から出たところで控室にあるシャワー室で身を清め、下着にシャツ、コールパンツを身につけたところで傍にあった鈴を鳴らすと侍女と家令が室内に入ってくる。
細かな部分を整える侍女に邪魔にならないように、渡された書類に目を通し様々な指示を出していく彼は、つけられていく勲章に目をやった。
「増えていないか?」
「先日の功だと、伺っておりますが?」
「……どれかわからんが、邪魔だな……」
「さようですか?」
「どの功績によってもたらされたかも覚えていないような勲章をありがたがる気が知れない。」
深いため息をついた主に、家令はふっと笑う。
「なんだ?」
それを咎めるようにちらりと家令を見ると、彼は懐かしそうな顔をする。
「旦那様が皇帝陛下より初めて賜れたのは、あまり価値のない、小さな宝石であったなと思いまして。」
「よく覚えているな?」
「えぇ、嬉しそうに私の元へおもちになったのですから。」
「……忘れろ。」
苦虫を潰したような顔になりながら、支度の出来上がった姿を鏡で確認して部屋を出た主人は、玄関ホールにあるソファにすわり、支度に入ったままの少女を待つ間、再び書類に目を通す。
家令はその時、主人の耳にはめられた小さな石の装飾品に目を細める。
用意された書類をすべて見、指示を出し終わった時に二階へ上がる階段の方から人の声が聞こえたため、書類を手渡し立ち上がる。
「ご用意出来ました。」
「兄さま、お待たせしました。」
階段から侍女頭の手を借りてゆっくり降りてくる可愛い少女に手を差し出しながら、彼は先ほどまでとは雰囲気も気配も変えて近づく。
「よく似合っているよ、フィラン。 用意してくれてありがとう。」
「いいえ、久しぶりに可愛いご令嬢のお手伝いをさせていただき、楽しゅうございましたよ。 それでは、お気をつけていってらっしゃいませ。」
「ありがとうございました、いってきます。」
頭を下げてお礼を言ったフィランをエスコートする主人に頭を下げた使用人たちは、再び主不在となった屋敷を全力で守るために、それぞれの持ち場に戻るのだった。
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