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7章 お受験から逃げ出したい!

5)アラフォー、もうぶれぬと決心する(フラグじゃないよ?)

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 えーっ、と。

 前回の流れから、フィラン! いまのは何かのフラグよ、それはもう何か大変なことのフラグだから気を付けて!  と思ってくださった方がいらっしゃいますでしょうか……(誰に話しかけてるか? 神様ですよ)。

 大当たりです。

 本当に、もう、フラグ回収職人って呼んでください。

 もしくは地雷処理タップダンス女優と呼んでいただいても結構です……。

 あ、でも私は空気を乱すのが苦手なジャパニーズなので、タップダンスじゃなくて、阿波踊りのほうがいいですよね!

 ほら、阿波踊りって地雷を全部よけていきそうな見事な足さばきしてません!?

 どう動いても地雷を絶対踏まなそうな足さばきですよね(二回目)!

 だからほら! 地雷! 回収! したくない!




「フィラン、そんなに緊張しなくていいから、ゆっくり味わって食べなさい。」

「……無理。」

 私、半泣きのままフォークとナイフを持って固まっていますが、一度知識の泉に聞いたけれど、この世界のマナーは確か日本と一緒だったはず!

 と、いま私は食事に向かっています!

 なんでそれがおフラン〇的なフルコースなディナーなのかは突っ込まない方向で!

 兄さまのあの微妙に意味深な視線に気づくべきでしたよね、っていうか気づいてたけどまさかここまでぶっこんでくるとは思わなかったよね!

 なじみの店?

 ここが?

 こんな高級店が!?

 と戦々恐々となっているわけですよ……はい、では落ち着いて今の私の状況を伝えたいと思います。

 半個室です、この世界でも半個室ってあるんですね。

 繊細で美しい刺繍の入った向こうがギリギリ見えるか見えないかの絶妙な透け感のある紗のカーテンに囲まれたお部屋で、一か所だけカーテンがたくし上げられて開いていますが、誰かと目が合うような気まずい状況にはならないつくりです。

 で、テーブルも、椅子も、なんという事でしょう。 前世では一生座ることのなかった、本当に目ん玉飛び出しそうな国営的な放送局で王宮・王室特番やっていた時に見たアンティークな高級品っぽくて、椅子なんかロコ〇調? ……座り心地を表現なんか到底出来そうにない代物、何なら怖すぎてお尻付けたくない。

 空気椅子でいいですって言いたい。

 で、それとセットのテーブルはもう、足しか見えないけど絶対高級品だし、それにかけられた染みも皺もない純白のテーブルクロスは、テーブルクロスだって言ってるのに、裾にびっしりと金糸で刺繍がしてあって、その上には見たこともないような食器の上に、これまた見たこともないお料理が……。

 ちなみに手に持っているフォークとナイフは、繊細な細工や彫り物のされた銀製品のようです。 曇りひとつないって素晴らしいね。

 ……私のような庶民が持ったら、価値が下がるんじゃないかな……。

「西の海竜のテールステーキでございます。 付け合わせの野菜や果物も西国のモノですので、お楽しみくださいませ。」

「ありがとうございます……。」

 前菜から始まって、スープにパン、クラーケンのカルパッチョみたいなやつと続いて、今目の前に運ばれてきたのは海竜ステーキ。

 フルコースってやつですね。 ちょっと意味が解らないけど。

 一応高校と職場で、何度かマナー講習は受けていたから最低限のマナーは知っているし、この世界の食事やお茶のマナーは日本とさして変わりないってわかってたから、激しく取り乱すことはありませんでしたけど。

 だけどね!?

 いつもの軽いのりで「ご飯食べよう」って言ってたよね?

 フルコースは軽く誘うようなご飯じゃないっ!

 恨み節を連ねてみようと、ちらっと目の前に座る兄さまを見れば、そりゃもう素敵なマナーで粛々と食べ進めながら、いつも通りに私のお世話をしてくれるわけですよ。

 珍しいことにお酒も飲んでるしね。 あ、私は果実水ですよ、これがまた美味しいの。 作ってみたいな、レシピ教えてくれないかな?

 いやそこじゃない。

「兄さまが嘘ついた……」

「嘘?」

 最後のデザートになって、そう呟いた私。

 そう、やっとフルコースが終わりを迎えたので、心に余裕が出てきて、ようやく兄さまに苦情を申し立てる気合と元気が出てきたわけですよ。

「こんなすっごいお店に行くって言わなかった。」

 語尾を強めたいけど、こんなお店でいつもみたいに騒げないので、拗ねたように言うと、兄さまはグラスを傾けながら笑ってます。

「フィランが普段食べないような美味しいものが食べたいって言ったから、この店にしたんだけど、駄目だったかな?」

「う……。」

 ……言った、言いました、言いましたけれども!

「こんな高級店とか聞いてないもん。 ……美味しかったけど……デザートも美味しいけども……。」

 目の前にあるデザートプレートは、こちらの果物を一口にカットして、クリームに混ぜてスポンジケーキの上に置いてある・・・・・トライフル? に似たような感じですごくおいしい。 フルーツの鮮度なんかとれたてなの? ってくらいみずみずしくっておいしいの! カットも可愛い!

 でね、これを食べてて思ったのが、チョコレート! チョコレートかかってたらもっと美味しかったと思うんだよねぇ。

 で、一回思い出しちゃうと、すごく食べたいなぁって思うわけですよ。 チョコレートパフェとか食べたい! チョコレートってこっちにはないのかな?

 ってそこじゃなくって。

「あのね、兄さま。」

「うん? あ、私のデザートも食べるかい?」

「……食べる……」

 アカデミーの話をしようと思ったのに、すっと差し出されたお皿を普通に受け取っちゃった。 兄さまのデザートは少し違うの、そして美味しそうだったの!

 兄さまから受け取ったお皿には、カリッと焼いた薄―い生地が何層にも重ねてあって、果物とフルーツを乗せてあるんだけど、一口食べるとやっぱり! と思うくらいにサクサクパリパリの触感の、とっても美味しいやつ。

 しかも兄さまの分は私のモノよりも甘さが控えてあって……うぅぅ、お高いだけはあるんですね、とても美味しい……美味しいです!

「美味しいかい?」

「すっごい美味しいです。」

「よかった。 実はセスがお気に入りの店でね、フィランを一度連れてきたいと思っていたんだ。 こんな時じゃないと来れないからね。」

「こんな時?」

「いつも可愛いけれど、今日みたいに特別可愛くおめかししているとき、かな?」

 にこっと笑う兄さま。

 ごん! とテーブルに頭を打ちつける私!

「フィラン!」

 あーーーっ! イケメンー!

 はいきた!

 もう、兄さま素敵! 何!? 口説き文句なの!?

 こんな素敵なイケメンにそんな風に笑顔で言われたら、普通の人なら本気にしちゃうよ?

「ナンパ! 兄さまもそんなこと言うんですね! 綺麗なお姉さんたちだったら誤解されちゃいますよ? だめ、危険、そんなこと言っちゃだめ!」

 心配している兄さまをよそに、顔を上げて兄さまの顔を見る。

「ナンパ? 私はセス以外ではフィランしか連れてきたことはないし、これからもそういったことはないからね。」

 しまった、こっちではナンパっていう言葉は通じないのか……。

 そしてむくれている私に笑いながら、いつもよりも優雅に紅茶を飲んでいる兄さま。

 う~ん、ずるい、そんな兄さまもかっこいい。

「それで?」

「ん? 美味しいですよ。」

「うん、よかったけど、そうじゃなくて、さっき何か言おうとしていなかったかい?」

 そうだった、本日の本題のお話をしなきゃですよね。

「えっと、アカデミーの事。 散々先延ばししましたけど、ちゃんと受けますね。 まぁ、受かればですけど、ちゃんと通います。」

 そういうと、ちょっとびっくりした顔をした後、ふわっと笑ったセディ兄さま。

「それに関してはわがままを聞いてくれたことも含めて感謝しているよ。 世界情勢や歴史、魔法学は勉強すれば大丈夫。 家庭教師の件もアケ……いや、フィランの師匠から知らせが来ていたから、明日にでも説明するよ。」

「はい。」

 頷いてからデザートを食べ進める私。

 正直行きたくない気持ちと、行きたい気持ちは半々……以上行きたくないんだけど、セス姉さまを治したいっていう気持ちは嘘じゃないし、この世界でちゃんと生きていくためにも物を知ることは武器になるとわかってる。

 今日は見学に行こうなんて急に言われたから、心の準備ができなくて抵抗したけどね!

 心はアラフォーだから、突然に言われた事や状況に弱いの! 繊細なの! でもその分、こうと決めたら度胸はあるから、その状況に突っ込まれてしまえば、何とかできる気合も根性も持っているの!

 本当にただ、新しい環境に飛び込むのが怖いだけなの……まぁもう、決心というか、納得したけど。

「それで、アカデミーを見学した感じはどうだった?」

 と、決心できたのに気が付いたのだろう、兄さまが具体的なことを聞いてきた。

 そうやって聞いてくれるのだから、感じたことを素直に話した方がいい気がして、う~ん、と思いだしてみる。

「……施設的にはすごくしっかり充実していて、さすが王立の学校だなっておもいましたよ。 それから、一定収入での特待生への学費支援とか、貴族と庶民で分けていないところとかは、よく考えてあるなって思ったし、図書館の蔵書数は本当にびっくりしたし、研究施設も広くてしっかりしていてすごいなぁって思いました。 後、本当に大事なんですけど、オーネスト様はやっぱりかっこよかったです、私の推し最高っ!」

 思い出したら顔がにやけちゃう。 オーネスト様の勇姿!

 うふふっと笑ったわたしに兄さまが額を抑えた。

「フィラン、見るところが少し違うような気がするんだが……? 入学したら楽しそうとかは……?」

 困惑している兄さま、あ、聞きたいのはそういうところですか?

「う~ん……授業風景を実際に見たわけじゃないですし、今日は完全に施設見学って感じでしたよね? クラス分けの方法はともかく、貴族様の庶民の生徒さんに対する態度が実際はどうなのかなぁって……ちょっと心配です。 こちらの世界の貴族様を知らないですけど、以前ちらっと聞いたのと、今日会った貴族様を見る限りでは……あんまり平穏は期待できませんね。」

「フィラン、達観しすぎじゃないかな?」

 ため息をついた兄さまに、とりあえず笑ってみる。

「勉強をするには環境は最高だとは思いますが、対人関係にはあんまり期待はしないようにしておきます。」

 これが見た目と同じいたいけな? 十代のころだったら、やだやだ、絶対行きたくないようって兄さまに言ってたと思います……が、残念。 前世?のわたしの職場は、年功序列の縦社会の、狭い社会の、女の園だったので、たぶんやっていけます……ぐうの音も出ないほど理論叩きつけて黙らせることもできそうです。 師匠にその方法である知識を叩きこんでもらうのが前提ですが。

 それにちゃんと目標がありますからね。

「行くって決めたので、ちゃんと頑張りますね。」

 心の中でも、かなり二転三転してますけどね。 もう、ここまで来たら根性決めます。

 うん! と、小さくガッツポーズをしながら兄さまに決意表明をしました。 私、えらい! 今日のお昼までのアカデミー反対! ってぐずぐず言ってた私とはおさらばですよ!

「そうか、フィランはえらいな……うん。」

 にこっと笑った兄さまに、偉いでしょ? と外見年齢相応の笑顔を向けた私に、兄さまはえらい偉い、と言ってくれました。



 ……なんかまだ何かがある気がするのは、気のせい……だよね?
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