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6章 お店と勉強と生活と。

3)美味しいお菓子と、現状把握

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「アカデミーの試験を受ける?」

「そうなんですよ。」

 翌日の昼下がり。

 馬車(引いているのは馬じゃないんだけど)のお迎えまでよこされて連れてこられたのは、あんまり足を踏み入れたくないなぁと敬遠していた貴族層の第二区画にある高級店の二階の個室。

 美しく縁どられた大きな窓からは、王宮に続く白亜の通路がある美しいシンメトリーの公園が見える。 圧巻の気品と高級感しか溢れていない個室で、一般庶民の小娘でしかない私は、あんまりにも身分不相応なこの状況に落ち着かないながらも紅茶をいただきながら頷いたわけですよ……ねぇ、何この状況。

 私の目の前に座るのは、本日は本当に仕立ての良いであろう落ち着いた色合いの細身の……なに? お貴族様が着ていそうな、しっかりしたお衣装に身を包んだ、麗しのコルトサニア商会オーナー、ヒュパム・コルトサニアさん……様? で、目の前で、さも慣なれているように優雅に紅茶をたしなんでおり、その後ろには先日もお会いした秘書の花樹人さんが立っている。

 一緒に座らないのかな? と気になって見ていたら、私の事はお気になさらず、と言われてしまった。

 で、ハイクラス? お貴族様っぽい感じでのティタイムがはじまったわけですよ。

「この間あった時にはそんな話をしていなかったけど、いったいどうしてそんな話になったの?」

 給仕姿の女性二人がかりで運び込まれ、私とヒュパムさんの間に置かれた、大きなシルバートレイに並べられた小さなケーキを一つつまみながら、ヒュパムさんは首をかしげる。

 そりゃそうだろう。 この三日間で決まった事なので、どこをどう説明したらいいかわからず、ついでに目の前に置かれたお菓子のグレードにもついていけず、いろんな意味で私も首をかしげたが、とりえず食べなさいね、とすすめられたから一つ手に取る。

「う~ん、一言でいえば、成り行き、ですかねぇ? あ、これ美味しいです。」

 今食べたものは、ボンボンショコラによく似たお菓子である。

 そうか、ボンボンショコラもこっちには存在するのか、作っているこの店のオーナーも転生者? と思いながら、もぐもぐ味わっていると、同じものを口に入れ、あら本当に美味しいわね、とヒュパムさんも笑って同意してくれた。

 目の前の豪華さは置いておいて、たったこれだけの何でもない会話がとても心底心地よいなと安心してしまったことに、この三日間がいかにハードだったか自分で思い知る。

「ヒュパムさんと美味しいお茶とお菓子が頂けて、私幸せです。 でも次からはもう少し庶民的だとありがたいです。」

「うふふ、私も幸せよ。 今日はここで商談があってね、あんまりにも美味しかったから食べさせたいなってお迎えをよこしたの。 急にごめんなさいね。 それと、成り行きだったとしてもアカデミーに関しては大賛成よ。 トーマと、フィランちゃんにアカデミーに行くことを勧めようって言っていたくらいだもの。 学校ではそこでしか学べないことがたくさんあるから、楽しんで通えるといいわね。」

「はぁ……」

「あら、どうしたの?」

 そう言ってもらえるのは嬉しい限りだが、実際行くと決めてから問題が出てきていて悩んでいるのも確かで……つい、弱音を吐く。

「実はもともとアカデミーがある事すら3日前に知ったわけで、それ位、全部が突然決まった出来事なんです。 いろいろ勢いとか、その場の雰囲気で、じゃあ行こうかなって、口にしたわけですが、ちゃんと考えたら試験勉強もですけど、いろいろとやることが多いのでは? と、ものすごく後悔してます。」

「あらやだ? どうしたの?」

 ちゃんと手を止めて聞いてくれる姿勢をとってくれる目の前の優しい人に、ありがたいなぁと思う気持ちと、申し訳ない気持ちになりながらもつい、ぼやく。

「金銭面と時間が一番ですかね。 入学案内を見たらアカデミーの入学金や学費、それに諸雑費の合算がありまして……果たして私のお店の売り上げで払えるかどうか。 まだ開店して一か月たっていないので、純利益がわからないですし、今は開店フィーバーですけど、継続して同等の利益を出し続けられるかも心配です。 それに、入学する前からなんですが、一日の概要(例)を見ると、行くとなったら、お店の商品を作る時間配分や、そもそも私のお店なのにお店に立つことができないのでは? ……とまぁいろいろ……勢いだけで言うんじゃなかったと後悔してます。」

 実は昨晩、寝る前になってからいろいろ不安になってきたのだ。 いや、本当、勢いって怖いね。アラフォーの思慮深さはどこに行っちゃったの、私。

 なんて言うこともできず、はぁ~っと深いため息をつくと、あら? とヒュパムさんが首を傾げた。

後見人おにいさんがいるじゃない。 アカデミーに行くことは賛成してくれているんでしょう? それならお金も人手も心配ないじゃない?」

「……それは……」

 いや~、そもそも私、空来種で、後見人が実は皇帝陛下からの護衛兼監視人として国から給料もらってる人で、その仕事の一環で私のお店に同居して、実はお店番は完全にただ働き状態に近くて、アカデミーに行くのも皇帝陛下のごり押しがきっかけなんです!

 なんて言えないしなぁ……。

 よく考えたら我が家はものすごく複雑な事情の家だった。

 う~ん、と紅茶を飲みながら、何とか耳障りのいい言い方を考える。

「兄さまは遠縁で、ここにも私が押し掛ける形で来てますし、今はお店の事も家の事もやってもらってるのに(私からは)お金払ってないんです……だからそこまで迷惑かけたくないんです。 正直に言えば、いまお店番してもらってる分のお給料だけでも渡したいなって考えているくらいなんです。」

 この言い方だと、おかしさはないかな……とちらっとヒュパムさんを見ると、びっくりした顔している。

 あれ? 失敗した?

 けど、心配はまったくの杞憂だった。

「あら、フィランちゃん若いのにちゃんと考えているのね。 それはとてもいいことよ。 でもそんなにしっかりした考えがあるのなら、なおさらちゃんと話し合いなさいね。 一人で悩まれるのは、大人はつらい物よ?」

 フフッと笑ったヒュパムさんは、後ろにひかえていたトーマさんに同意を求めると、えぇ、と頷いてくれる。

「そうですね、かわいい妹さんからなら、なおさらですよ。」

「そうですか……? うん、じゃあちゃんと話し合ってみます。」

 それがいい、と二人が笑ってくれた。

 確かに私も中の人年齢ならそう思うだろうな。 よし、やっぱり兄さまとちゃんと話し合おう、と思っていると、トーマさんがそれよりも、と、ヒュパムさんに断りを入れてから話し出した。

「すでに錬金薬師として広い知識をお持ちのフィラン嬢なら大丈夫でしょうが、今年のアカデミー入学試験はかなり競争率が高そうなので、気を抜かないようにした方がよいですね。 家庭教師の方はつけていますか?」

「えぇっと、一応兄さまが考えておくと言ってましたが……競争率上がるんですか?」

 本当は師匠が探してくれてるんだけど、と思いながらも、知識の泉で確認したが、例年に変わりなく、そんなには競争率高くなかったと思うんだけど……と考えていると、トーマさんは難しい顔をしていて、ヒュパムさんも今年は大変そうよねぇと、お茶を片手にため息をついている。

 あれ? 私危機感ないのかな?

「参考資料は例年並みって書いてあったんですけど、上がってるんですか?」

「あぁ、なるほど。 フィラン嬢はここ数日で入学倍率が急に上がり始めたのをご存じなかったんですね。 なんでも、皇帝陛下の遠縁にあたる方が入学されるらしいという噂があるんです。」

「へ? なんで……」

 知ってるんですか? とその先を言いかけて慌てて口を閉ざす。

 どういうこっちゃ? だってまだちゃんと決まってないんだけど?

 と、ヒュパムさんとトーマさんの顔を交互に見ていると、情報を知らずに戸惑っていると思ったのだろう、トーマさんが教えてくれた。

「仕事柄こういう情報が入るのは早いものですから。 実は私の娘も受験するのですよ。」

「ふぇ!?」

 びっくりして変な声を出した私に、困ったように眉根を下げてトーマさんは笑う。

「トーマのお嬢さんはね、最近まで仕事でこちらを離れてた母親について北の大国に留学していたのだけど、最近帰ってきたから、こちらのアカデミーを受けることになったの。 フィランちゃんの二つ上よ。」

「は~。 偶然って怖いですね……。」

 こんなところにライバル出てきちゃった。

 緊張と驚きで口がカラカラになってしまって、とりあえず落ち着くためにお茶を飲んでいると、その子を思いだしているのだろう、嬉しそうにヒュパムさんは笑う。

「小さい頃から知っているから贔屓目でもあるんだろうけれど、両親に似て頭もいい可愛い子よ。 二人が仲良くなってくれると嬉しいわ。 同じ学科だし。」

「そうですね、フィラン嬢とは同じクラスになるかもしれません。」

 受かればですけどね……と言えずにお茶をすする。

 う~ん、落ちるな。 私多分落ちると思うよ? 現役受験どころか異世界受験ですからね?

 深いため息をつくと、ヒュパムさんもため息をつく。

「それにしても今年の受験は大変ね。 その高貴な方以外にも、四公爵家の一つの嫡男様に、才女と名高い侯爵家の末娘様、それから宮廷魔導士の副団長の御令息……それにつられて倍率が上がってるらしいわ。」

「え? それ、関係あります?」

「もちろんあるわよ。 アカデミーでは身分関係なく交流を持つことが許されているから、ここで偉い方の子供と自分の子供を仲良くさせて、利を狙っている親が多いのよ。 いやぁね、子供をダシに使うなんて。」

 は~っとため息をついたヒュパムさんの話に、言われれば確かになぁと頷いた。

 皇帝の遠縁と仲良しとか、親はいろいろ鼻高くなっちゃうんだろうなと思ってから、あれ? っと首を傾げた。

「なんでそんなに詳しいんですか?」

 聞くと、あら、わからない? と笑う。

「私は商人だもの、さっきトーマも言ったけれど、何事も情報は常にキャッチしているわ。 それにアカデミー入学時期になれば、身の回りの物を新調するためにお屋敷に呼ばれることもあるしね。」

 んん?? 呼ばれることもある?

「ヒュパムさんが行くんですか?」

「伯爵位以上であれば私自らが出向くわよ。 失礼があってはいけないし、商会の本店はこの貴族層にあって、お貴族様相手にもお仕事もしているもの。」

「は~、大変ですねぇ……」

「あら、フィランちゃんだって一緒よ? ねぇ。」

 大商会のオーナーって大変なんだなぁと感心していたら、ヒュパムさんがあきれたように言い、そうですね、とトーマさんが額を抑えて頷いている。

「フィラン嬢、差し出がましいようですがはっきり言わせていただきますね。 この件は他人事ではありません。 もっと自覚を持たれた方がいいでしょう。」

 真剣に言われたけど……ちょっと意味わかんないから素直に言う。

「なんでですか? わたし、ただの薬屋さんですけど??」

 その言葉に、苦虫を潰したような顔になった大人二人。

「あのねぇ、フィランちゃん……」

 はぁ~っとため息をついたヒュパムさんが私の口に小さなケーキを入れてくれた。

「以前フィランちゃんの事を調べたって言ったわよね。 貴女、七精霊と契約しているらしいじゃないの。 しかも昼日中に大騒ぎしながら。 それから近頃導入されてすごく便利だって話題になった腕輪をかざすだけの支払い機能、発案はフィランちゃんなんですって? その点でギルドから一目置かれていることと、褒章として授与される予定だった爵位を拒否したこと、社交界で話題になっているわよ。」

 頭から氷水ぶっかけられたような言葉に身を固めた。

 私、知らんところでなにやらかしているの!? と、冷や汗をかきながら、口の中のケーキをやっつけていると、それから、と、トーマさんがため息をついた。

「最近嘆きのダンジョンに行き、その際発生した救出クエストと強襲クエストをクリアして、冒険者ランクが飛び級であがっていますよね?」

 ごっくんして、返答する。

「あれは採集に行っただけで、完全に巻き込まれ……」

「結果は結果です。」

「えぇ~、とばっちりですよ?」

 なんだか話が大きくなりすぎていて、不可抗力! と抗議を試みてみるが。

「それから。」

 抗議むなしく、さらに追加されるらしい。

「まだあるんですか?」

「ルフォート・フォーマの商人ギルドでは、コルトサニア商会が商人ギルドにおけるあなたの後見を宣言していますので、子供の貴方に取り入ってオーナーに近づこうとする者も多いのです。 本日迎えを送ったのはそういう輩へのけん制です。」

 ……あぁ、そういえばお迎えが来たんだっけ……。 店先をのんきに掃除してた時だったからびっくりしたんだよなぁ……。

「あれってそういう意味だったんですか? 貴族層だと私が言かないっていうから、黙って連れてきたとかではなく?」

「あら、貴族層は嫌い?」

  そこについてはにっこり笑ったヒュパムさん。

「すみません、庶民なもので。 お貴族様に縁がないというか、持ちたくないというか……めんどくさそうじゃないですか。」

「まぁ、確かに面倒くさい決まりも多いわねぇ。」

「でしょ? できればこう、近づきたくないなぁって……」

 えへっと笑ってごまかそうとするが、あんまり効果はなかったみたい。

「でもまぁ、貴方がアカデミーの試験を受けると噂が出る前に知れてよかったわ。 余計なものが出てくる前に対処できるもの。 入学後にお店で誰かを雇う時は身元が確かな人間をこちらから回すから、ちゃんと知らせて頂戴。 犯罪に巻き込まれたりしないためにも約束よ。 お兄様とまた話し合いの時間を設けてもらわなくちゃ。 私の可愛いフィランちゃんに変な虫が付いたら困るもの!」

「はい……?」

 いつヒュパムさんのになったのかな~? なんて思いつつ、畳みかけるように言われた自分の現在の立場を思い出して……泣きたくなった。

 思ったよりも、私を取り巻く環境がだいぶんやばいってわかりましたが、神様、スローライフがいいっていったはずです! 目立ちたくないっていったじゃないですか! 神様の馬鹿ぁ!

 最初の約束と違いすぎる状況に、私は腹いせとばかりに目の前のお菓子をバクバク食べるのだった。

 ……転生して感謝しているのって、こうして食べても胃もたれしないことと、太らない事だけだよ、今のところね。
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