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6章 お店と勉強と生活と。
1)良い客と嫌な客、それから地獄からの助け…?
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乾燥してもらった茶葉に、こちらもしっかりと乾燥した薬草の葉の部分を傷つけないように丁寧に合わせて、湿気対策をした大きな瓶に入れる。
量り売りの薬効紅茶を補充をし終えたら、零れ落ちた物や分別用の網から抜けて下に敷いた布の上にたまった細切れ、それに傷がついたり形の悪くてはじいた薬草を集める。
それを3つの瓶に分けると、それぞれに果実の皮の乾燥したものを刻んだもの、香りのよい薬草を乾燥させて刻んだもの、色の出る花びらを乾燥させて刻んだものをまぜこみ、それぞれに小さな布袋に入れて先を縛り、かわいい飾り紐を付ければ、これで入浴剤の出来上がりで、匂いが逃げないように考えられた包装用の袋で包み、決められた仕切りの籠に並べていく。
「よし、つぎは……」
目についたのは傷薬。
傷薬を大小二種類の瓶詰にするのだが、開店から2週間、大きなものが飛ぶように売れているので、作るのも大きいものに重点を置いてつめていく。
それとは別に、どうせ瓶につめるのなら、と考えたのが、リユース!
一度買って使い終わった瓶を、綺麗に洗って乾燥させた状態で持ってきてくれた人には瓶代を差し引いた金額での軟膏の販売サービスを始めたら、これが大変に好調で、リピーターさんがとても多い。
……どんだけ怪我してるんだよ、という突っ込みは置いといて、詰める用に大量に作った軟膏も用意しておく。
「よし、こんなものかなぁ……」
開店から最初の3時間は品切れなんでお待ちください、って言いたくないので、在庫を手が届くところにしっかりと確保しておきたくてバタバタと動き回るのが、美味しい昼ごはんが終わった後の私の日課で、その間に兄さまは
昼食の後片付けと夕食の下ごしらえもするんですが……
「フィラン、やっぱり……?」
「兄さま、さっきも言ったでしょ? それから今、フィランはお店の準備してますよ~。 無駄話をしてる時間はありませんよ~。」
ちょくちょく話しかけてくる兄さまの手をすりぬけて、カウンターを抜けて掃き掃除を始める。
「いや、開店時間を少し遅らせれば……」
「昨日お休みしてるんだから、それはできませ~ん。 兄さまが一番よくわかってるでしょう?」
親方に作ってもらった塵取りでチリごみを集めると、ぽいっとごみ箱に放り込んで、今度はお店の外に置く看板を用意する。
良く、カフェに置いてある黒板みたいなのが欲しかったんだけど、残念なことにこちらの世界にはそう言ったものはないようで、今度、改装してくれた大工の親方に相談することになっている。
チョークってどうやって作るんだっけ? 夏休みの自由研究に卵の殻から作ったことがあるはずなんだけどなぁ……と思案している横で、ちらちらと見える赤い髪の残像。
はぁ~……と、深いため息をついて、私はくるっと振り返った。
「兄さま……ちゃんと決めたらいうって言ったんだし、ちょっとまっててください。 後、台所仕事終わったんなら、こっちのお仕事手伝ってください。 もうすぐ開店ですよ~。」
「ごめん……でもフィラン、私とセスの事を考えての事なら、本当に、そんなことはしなくていいんだよ?」
だーかーらっ!
「もうっ! その話はひとまずおしまい! そもそも誰かさんのせいでアカデミーに入るのはもうほぼ決定ですよね? だからまだ前向きに考えてますよ~! はい、おしまい!」
「それはそうなんだけど、そうだとしたら、アカデミーには様々な分野があるから。 そうだな、フィランが好きなものがあるかもしれないからゆっくり考えよう、だからお昼からはお店を閉じて……」
まだ言うか……。
「お店を閉じるのは駄目ですってば! ほら、兄さま! 開店時間になるから早く用意してっ!」
さっさと奥に追い立てて、早く開店準備して! と捲し立てる私。
朝食の時に言ったのが間違いだった。 晩御飯の時ならそのまま部屋に閉じこもっちゃえたよねぇ、と絶賛後悔中です。
だってあれからうるさかった……。 畑仕事し終わって家の中に入ったら、真っ青な顔して私の肩をつかんだかと思ったら、
『フィラン、よく考えて決めなさい。』
『殿下には殴ってでもアカデミー行きをやめさせるから!』
『私とセスの事を考えて決めたっていったけど、そんなことはしなくていいんだ。 そんなことよりもフィランはフィランのやりたいことをやりなさい!』
って、今日だけで、というか、お昼の閉店作業から、これからの開店まで休憩時間で延々とセディ兄さまの口から出続けた言葉……覚えちゃったよ。
そのたびに、だってそうしないと駄目なんでしょ?とか、
行くなら医学薬学系! だって『薬屋・猫の手』にもプラスしかないとか、
私は元々こちらの人間ではないから、知識の泉だけでは生きた知識ではないし、まっとうに世間知らずだし、アカデミーに入っていろんな人と勉強するのはすごくいいと思う!
と、何度も何度も説明していたのだが……あの様子ですよ、皆さん。
よくわかった。 セディ兄さま、粘着質かもしれない。
餅をついたような性格だよね。 ぺったんぺったん、大変よく粘っております。
っていうか、一言で言おう。 しつこい。
普段あっさりしているだけに、余計にそう感じてしまうのかもしれないけれど、本当にしつこい。
どうしたら、うんって言うかなぁ、っていうか私の中では決定事項なんだけどな。 やっぱり夜にもう一回ちゃんと話し合うしかないのかな、めんどくさいなぁ……。
そもそも、まだ考えるって言っただけで行くってはっきり言ってない。(いや行くけど)
しかもそうせざるを得なくなったの、貴方の上司と親友達!
私、只の巻き込まれ要員! 頑張るけど。
そんな我が家の混乱の中でも、開店時間が来たのでいつも通り、薬屋・猫の手、午後の部開店です!
「フィランちゃん、傷薬、瓶持ってきたから詰めてくれる?」
「はぁい。」
いつも来てくれる孤児院の院長先生は、子供たちの生傷が絶えないって良く買いに来てくれる。
ちなみに先生の生傷も絶えないらしくって、食材の買い出しの時に来てくれるんだけど……ほぼ毎日来てるのね。
「先生、もう、もっとおっきい瓶にします? お徳用ってことで。」
「あら、それじゃあフィランちゃんのお顔見に来れなくなっちゃうもの。 この瓶でいいのよ。」
軟膏をいっぱいに詰めた瓶を渡すと、にっこりと深い皺の刻まれた上品なお顔で笑ってくれて、水晶経由で支払いを済ます。 今日も両手に一杯の食材を持っているので扉を開けてあげると、笑顔で帰っていく。
姿が見えなくなるまで手を振るんだけど、孤児院大変そうだなぁといつも思う。 何か力になれたらいいなぁ……慈善家とかではないけど、何かできる事……と考えながら店内に戻る。
と。
「セディ様ぁ~。 今日のおすすめはぁ、なんですかぁ。」
「薬効紅茶ですかね、こちらになります。」
「それってぇ、どんな効果で、どんな味なんですかぁ?」
「こちらに書いてありますので、ご覧ください。」
語尾にハートマークがつきそうで、ついぶん殴……失礼、もっとはっきり喋ってほしいなって思うような、鼻にかかったような声が聞こえてきた。
また来たよ……。
今、カウンターにいる兄さまに、乳の谷間を明らかに見せつけるようにしながら話しかけてる女の人は獣人さんです、ぼんきゅぼん! の……なんの種族だろ、ホルスタインか?
開店したときに冷やかしで来て、セディ兄さまにロックオンしたのだろう。 毎日毎日やってくる。
セディ兄さまは他のお客様より少し突き放すように対応してるんだけど、めげることなく毎日毎日飽きもせず、入浴剤とか薬効紅茶とかをめちゃくちゃ少量ずつ買いに来るんだよなぁ……明らかにセディ兄さま目当てで!
いや、買ってもらえるのはありがたいんだけど、カウンターに陣取って聞き流している兄さま相手に一時間以上長話するんだよねぇ……あ、買ってもらえてても、これだとありがたくもないか……どっちかというと営業妨害だよ……香油つけすぎでくさいし。
今日も何の香油なのか、甘ったるい香りを垂れ流していて、私と兄さま、目が合って頷きあう。
おもむろに窓を開けました。 空気の入れ替え大事! 商品に匂い付いたら最悪!
うち薬屋だからね? 香害ってめちゃくちゃ迷惑なんだけど!
あと何かの拍子にぽろりしそうなその寄せてあげて半分出してみたいな服は恥ずかしくないのか?
いや、ないから着てるんだろうけど、違う意味で視界の暴力……ちらっと見えるのがいいんじゃんねー!
そんな、さも、見ろ! って言わんばかりじゃ食指はうごかないぜ!
私の個人的見解だけどな!
と思っても口に出さずため息をついてカウンターに入ると、兄さまの袖をつつく。
「兄さま、奥の軟膏壺瓶のストック、しまっておいてもらっていいですか?」
この客帰るまで奥に行ってて! のサインを送ると、わかったよ、と言って奥の部屋に下がる。
と、途端にあの女性は舌打ちをした。
「もう! 子供が邪魔するんじゃないわよ!」
「……」
わぁ、あからさま!
あからさますぎてため息も出ない。
まだ扉の向こうに兄さまがいて、全部聞いてるかもしれないのに、そういうのは考えないのかなぁ?
軽率だよなぁ。
「無視してるんじゃないわよ! お兄さん取られたくないからって邪魔なのよ! ここはセディさんと変わって、あんたは奥に行ってなさい!」
はぁ……
あ、溜息出ちゃった。 もういいや。
「お姉さん、帰っていただけますか?」
「はぁ!? 私は客なのよ!? 客に向かってなんなのよ! いい加減にしなさいよ!」
ばん! と、カウンターから身を乗り出そうとして何かにぶつかったようだ。
「いたっ! なによ、これ!」
「防犯対策ですが。」
「はぁ!? いい気になってんじゃないわよ! 客に対してこんなことしてもいいってわけ!?」
……ほんっと、脳に行く栄養、発情に使ってしまってるのかな、このお姉さん。
深く息を吸って、しっかり吐き出すと、冷静に、あくまで冷静に! 私は相手の目をみて口を開いた。
「毎日毎日、お店のカウンターに一時間以上居座って無駄話をするような方はお客様ではありません。 あと、うちは薬屋ですので、その香油の匂いは非常に迷惑です。 セディ兄さま目当てなのはよくわかりますが営業妨害ですよ。 どうぞお引き取りください。」
「こ! 子供が大人に逆らってもいいって思っているわけ!?」
かっと目を見開いて顔を真っ赤にすると、大きく手を振り上げて、私の事殴ろうとする予備動作を取った女の人。
いや、きいてた? 防犯対策取ってるって言ってるのに殴るの? 自分の手が痛くなるだけよ。
やれるもんならやってみろって思うけど、流石に止めてあげようかな?
と、ため息をついておやめください、と言おうとした時だった。
「未成年者への暴行行為は犯罪だよ、下品なお嬢さん。」
その振り上げた手をぎゅっとつかんだ男がいた。
「お怪我は? フィラン嬢」
痛いとか、離せとか、ぎゃぁぎゃあ喚いているお姉さんの腕をひねりあげているのは……師匠!
「店の防犯の魔方具がありますから全然ありませんけど、師匠、どうしてここに?」
「君に用事があってね。 さて。」
パチン、と、女の人をひねりあげた指と逆の手で指を鳴らすと、外にいたらしい騎士団の男性が一人入ってくる。
「非常に目障りなので、あそこに連れて言って差し上げてください。」
「かしこまりました。」
騎士の方がお姉さんの首筋に手刀を落とすと、気を失ってしまったその人を担いで外に出ていく。
手刀で気絶ってよくテレビとかで見たことあったけど、初めて見たな~……あれ、頚椎捻挫とかになるんじゃないかな? 大丈夫なのかな?
「フィラン嬢が危ない目に合ってるのに、セディはどこに?」
そう切り出す師匠ことアケロス様。
あ、まずい! なんか目が笑ってない!!
「大丈夫! 大丈夫です! あの女の人はセディ兄さま目当てで、いままでも兄さまが何言っても駄目で、奥に引きこもってもらったんですよ。だから! 大丈夫! 兄さまのせいではありません!」
言えないですが中身40超えてるから、ああいう逆切れする人の扱いも悔しいけど、まぁ慣れてるんで……とも言えず、慌てて話題をさがす。
「あ! 師匠、そういえばアカデミーの件で相談したいことがあったんです! 師匠が来てくださって助かりました!」
そう言うと少し興味がひけたのか、うっすらと口角が上がって、目も心なしか穏やかになったような……。
よし! わたし、いい仕事した!
「おや、そうですか? 私もお話があったので、丁度よかったですね。 お客様もちょうどいらっしゃらないようですし、少々お時間いただけますか?」
「はい! 今お茶を入れますね。」
よし、よし! と心の中でガッツポーズをしていると……
「それはのんきに片づけをしているセディにやらせましょう……君から一瞬でも目を離して危険な目に合わせたことへの言い訳も、そこできちんと聞きましょうね。」
そう言って、にっこりと微笑むアケロス様。
……目! 目が笑ってません! っていうかブリザード、吹雪いてますよう!
うえーん! 忘れてくれませんでした―!
しかもまた、そこにタイミング悪く出てきた兄さま。
なんで間が悪いのよ、と、その胸に飛びついた私。
怖いよー! お茶の時間、こわいよー!
量り売りの薬効紅茶を補充をし終えたら、零れ落ちた物や分別用の網から抜けて下に敷いた布の上にたまった細切れ、それに傷がついたり形の悪くてはじいた薬草を集める。
それを3つの瓶に分けると、それぞれに果実の皮の乾燥したものを刻んだもの、香りのよい薬草を乾燥させて刻んだもの、色の出る花びらを乾燥させて刻んだものをまぜこみ、それぞれに小さな布袋に入れて先を縛り、かわいい飾り紐を付ければ、これで入浴剤の出来上がりで、匂いが逃げないように考えられた包装用の袋で包み、決められた仕切りの籠に並べていく。
「よし、つぎは……」
目についたのは傷薬。
傷薬を大小二種類の瓶詰にするのだが、開店から2週間、大きなものが飛ぶように売れているので、作るのも大きいものに重点を置いてつめていく。
それとは別に、どうせ瓶につめるのなら、と考えたのが、リユース!
一度買って使い終わった瓶を、綺麗に洗って乾燥させた状態で持ってきてくれた人には瓶代を差し引いた金額での軟膏の販売サービスを始めたら、これが大変に好調で、リピーターさんがとても多い。
……どんだけ怪我してるんだよ、という突っ込みは置いといて、詰める用に大量に作った軟膏も用意しておく。
「よし、こんなものかなぁ……」
開店から最初の3時間は品切れなんでお待ちください、って言いたくないので、在庫を手が届くところにしっかりと確保しておきたくてバタバタと動き回るのが、美味しい昼ごはんが終わった後の私の日課で、その間に兄さまは
昼食の後片付けと夕食の下ごしらえもするんですが……
「フィラン、やっぱり……?」
「兄さま、さっきも言ったでしょ? それから今、フィランはお店の準備してますよ~。 無駄話をしてる時間はありませんよ~。」
ちょくちょく話しかけてくる兄さまの手をすりぬけて、カウンターを抜けて掃き掃除を始める。
「いや、開店時間を少し遅らせれば……」
「昨日お休みしてるんだから、それはできませ~ん。 兄さまが一番よくわかってるでしょう?」
親方に作ってもらった塵取りでチリごみを集めると、ぽいっとごみ箱に放り込んで、今度はお店の外に置く看板を用意する。
良く、カフェに置いてある黒板みたいなのが欲しかったんだけど、残念なことにこちらの世界にはそう言ったものはないようで、今度、改装してくれた大工の親方に相談することになっている。
チョークってどうやって作るんだっけ? 夏休みの自由研究に卵の殻から作ったことがあるはずなんだけどなぁ……と思案している横で、ちらちらと見える赤い髪の残像。
はぁ~……と、深いため息をついて、私はくるっと振り返った。
「兄さま……ちゃんと決めたらいうって言ったんだし、ちょっとまっててください。 後、台所仕事終わったんなら、こっちのお仕事手伝ってください。 もうすぐ開店ですよ~。」
「ごめん……でもフィラン、私とセスの事を考えての事なら、本当に、そんなことはしなくていいんだよ?」
だーかーらっ!
「もうっ! その話はひとまずおしまい! そもそも誰かさんのせいでアカデミーに入るのはもうほぼ決定ですよね? だからまだ前向きに考えてますよ~! はい、おしまい!」
「それはそうなんだけど、そうだとしたら、アカデミーには様々な分野があるから。 そうだな、フィランが好きなものがあるかもしれないからゆっくり考えよう、だからお昼からはお店を閉じて……」
まだ言うか……。
「お店を閉じるのは駄目ですってば! ほら、兄さま! 開店時間になるから早く用意してっ!」
さっさと奥に追い立てて、早く開店準備して! と捲し立てる私。
朝食の時に言ったのが間違いだった。 晩御飯の時ならそのまま部屋に閉じこもっちゃえたよねぇ、と絶賛後悔中です。
だってあれからうるさかった……。 畑仕事し終わって家の中に入ったら、真っ青な顔して私の肩をつかんだかと思ったら、
『フィラン、よく考えて決めなさい。』
『殿下には殴ってでもアカデミー行きをやめさせるから!』
『私とセスの事を考えて決めたっていったけど、そんなことはしなくていいんだ。 そんなことよりもフィランはフィランのやりたいことをやりなさい!』
って、今日だけで、というか、お昼の閉店作業から、これからの開店まで休憩時間で延々とセディ兄さまの口から出続けた言葉……覚えちゃったよ。
そのたびに、だってそうしないと駄目なんでしょ?とか、
行くなら医学薬学系! だって『薬屋・猫の手』にもプラスしかないとか、
私は元々こちらの人間ではないから、知識の泉だけでは生きた知識ではないし、まっとうに世間知らずだし、アカデミーに入っていろんな人と勉強するのはすごくいいと思う!
と、何度も何度も説明していたのだが……あの様子ですよ、皆さん。
よくわかった。 セディ兄さま、粘着質かもしれない。
餅をついたような性格だよね。 ぺったんぺったん、大変よく粘っております。
っていうか、一言で言おう。 しつこい。
普段あっさりしているだけに、余計にそう感じてしまうのかもしれないけれど、本当にしつこい。
どうしたら、うんって言うかなぁ、っていうか私の中では決定事項なんだけどな。 やっぱり夜にもう一回ちゃんと話し合うしかないのかな、めんどくさいなぁ……。
そもそも、まだ考えるって言っただけで行くってはっきり言ってない。(いや行くけど)
しかもそうせざるを得なくなったの、貴方の上司と親友達!
私、只の巻き込まれ要員! 頑張るけど。
そんな我が家の混乱の中でも、開店時間が来たのでいつも通り、薬屋・猫の手、午後の部開店です!
「フィランちゃん、傷薬、瓶持ってきたから詰めてくれる?」
「はぁい。」
いつも来てくれる孤児院の院長先生は、子供たちの生傷が絶えないって良く買いに来てくれる。
ちなみに先生の生傷も絶えないらしくって、食材の買い出しの時に来てくれるんだけど……ほぼ毎日来てるのね。
「先生、もう、もっとおっきい瓶にします? お徳用ってことで。」
「あら、それじゃあフィランちゃんのお顔見に来れなくなっちゃうもの。 この瓶でいいのよ。」
軟膏をいっぱいに詰めた瓶を渡すと、にっこりと深い皺の刻まれた上品なお顔で笑ってくれて、水晶経由で支払いを済ます。 今日も両手に一杯の食材を持っているので扉を開けてあげると、笑顔で帰っていく。
姿が見えなくなるまで手を振るんだけど、孤児院大変そうだなぁといつも思う。 何か力になれたらいいなぁ……慈善家とかではないけど、何かできる事……と考えながら店内に戻る。
と。
「セディ様ぁ~。 今日のおすすめはぁ、なんですかぁ。」
「薬効紅茶ですかね、こちらになります。」
「それってぇ、どんな効果で、どんな味なんですかぁ?」
「こちらに書いてありますので、ご覧ください。」
語尾にハートマークがつきそうで、ついぶん殴……失礼、もっとはっきり喋ってほしいなって思うような、鼻にかかったような声が聞こえてきた。
また来たよ……。
今、カウンターにいる兄さまに、乳の谷間を明らかに見せつけるようにしながら話しかけてる女の人は獣人さんです、ぼんきゅぼん! の……なんの種族だろ、ホルスタインか?
開店したときに冷やかしで来て、セディ兄さまにロックオンしたのだろう。 毎日毎日やってくる。
セディ兄さまは他のお客様より少し突き放すように対応してるんだけど、めげることなく毎日毎日飽きもせず、入浴剤とか薬効紅茶とかをめちゃくちゃ少量ずつ買いに来るんだよなぁ……明らかにセディ兄さま目当てで!
いや、買ってもらえるのはありがたいんだけど、カウンターに陣取って聞き流している兄さま相手に一時間以上長話するんだよねぇ……あ、買ってもらえてても、これだとありがたくもないか……どっちかというと営業妨害だよ……香油つけすぎでくさいし。
今日も何の香油なのか、甘ったるい香りを垂れ流していて、私と兄さま、目が合って頷きあう。
おもむろに窓を開けました。 空気の入れ替え大事! 商品に匂い付いたら最悪!
うち薬屋だからね? 香害ってめちゃくちゃ迷惑なんだけど!
あと何かの拍子にぽろりしそうなその寄せてあげて半分出してみたいな服は恥ずかしくないのか?
いや、ないから着てるんだろうけど、違う意味で視界の暴力……ちらっと見えるのがいいんじゃんねー!
そんな、さも、見ろ! って言わんばかりじゃ食指はうごかないぜ!
私の個人的見解だけどな!
と思っても口に出さずため息をついてカウンターに入ると、兄さまの袖をつつく。
「兄さま、奥の軟膏壺瓶のストック、しまっておいてもらっていいですか?」
この客帰るまで奥に行ってて! のサインを送ると、わかったよ、と言って奥の部屋に下がる。
と、途端にあの女性は舌打ちをした。
「もう! 子供が邪魔するんじゃないわよ!」
「……」
わぁ、あからさま!
あからさますぎてため息も出ない。
まだ扉の向こうに兄さまがいて、全部聞いてるかもしれないのに、そういうのは考えないのかなぁ?
軽率だよなぁ。
「無視してるんじゃないわよ! お兄さん取られたくないからって邪魔なのよ! ここはセディさんと変わって、あんたは奥に行ってなさい!」
はぁ……
あ、溜息出ちゃった。 もういいや。
「お姉さん、帰っていただけますか?」
「はぁ!? 私は客なのよ!? 客に向かってなんなのよ! いい加減にしなさいよ!」
ばん! と、カウンターから身を乗り出そうとして何かにぶつかったようだ。
「いたっ! なによ、これ!」
「防犯対策ですが。」
「はぁ!? いい気になってんじゃないわよ! 客に対してこんなことしてもいいってわけ!?」
……ほんっと、脳に行く栄養、発情に使ってしまってるのかな、このお姉さん。
深く息を吸って、しっかり吐き出すと、冷静に、あくまで冷静に! 私は相手の目をみて口を開いた。
「毎日毎日、お店のカウンターに一時間以上居座って無駄話をするような方はお客様ではありません。 あと、うちは薬屋ですので、その香油の匂いは非常に迷惑です。 セディ兄さま目当てなのはよくわかりますが営業妨害ですよ。 どうぞお引き取りください。」
「こ! 子供が大人に逆らってもいいって思っているわけ!?」
かっと目を見開いて顔を真っ赤にすると、大きく手を振り上げて、私の事殴ろうとする予備動作を取った女の人。
いや、きいてた? 防犯対策取ってるって言ってるのに殴るの? 自分の手が痛くなるだけよ。
やれるもんならやってみろって思うけど、流石に止めてあげようかな?
と、ため息をついておやめください、と言おうとした時だった。
「未成年者への暴行行為は犯罪だよ、下品なお嬢さん。」
その振り上げた手をぎゅっとつかんだ男がいた。
「お怪我は? フィラン嬢」
痛いとか、離せとか、ぎゃぁぎゃあ喚いているお姉さんの腕をひねりあげているのは……師匠!
「店の防犯の魔方具がありますから全然ありませんけど、師匠、どうしてここに?」
「君に用事があってね。 さて。」
パチン、と、女の人をひねりあげた指と逆の手で指を鳴らすと、外にいたらしい騎士団の男性が一人入ってくる。
「非常に目障りなので、あそこに連れて言って差し上げてください。」
「かしこまりました。」
騎士の方がお姉さんの首筋に手刀を落とすと、気を失ってしまったその人を担いで外に出ていく。
手刀で気絶ってよくテレビとかで見たことあったけど、初めて見たな~……あれ、頚椎捻挫とかになるんじゃないかな? 大丈夫なのかな?
「フィラン嬢が危ない目に合ってるのに、セディはどこに?」
そう切り出す師匠ことアケロス様。
あ、まずい! なんか目が笑ってない!!
「大丈夫! 大丈夫です! あの女の人はセディ兄さま目当てで、いままでも兄さまが何言っても駄目で、奥に引きこもってもらったんですよ。だから! 大丈夫! 兄さまのせいではありません!」
言えないですが中身40超えてるから、ああいう逆切れする人の扱いも悔しいけど、まぁ慣れてるんで……とも言えず、慌てて話題をさがす。
「あ! 師匠、そういえばアカデミーの件で相談したいことがあったんです! 師匠が来てくださって助かりました!」
そう言うと少し興味がひけたのか、うっすらと口角が上がって、目も心なしか穏やかになったような……。
よし! わたし、いい仕事した!
「おや、そうですか? 私もお話があったので、丁度よかったですね。 お客様もちょうどいらっしゃらないようですし、少々お時間いただけますか?」
「はい! 今お茶を入れますね。」
よし、よし! と心の中でガッツポーズをしていると……
「それはのんきに片づけをしているセディにやらせましょう……君から一瞬でも目を離して危険な目に合わせたことへの言い訳も、そこできちんと聞きましょうね。」
そう言って、にっこりと微笑むアケロス様。
……目! 目が笑ってません! っていうかブリザード、吹雪いてますよう!
うえーん! 忘れてくれませんでした―!
しかもまた、そこにタイミング悪く出てきた兄さま。
なんで間が悪いのよ、と、その胸に飛びついた私。
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