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5.5 みんなの視点から3

コルトサニア商会新商品開発舞台裏。

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 ちくちくちくちく、と、床に座り込んたフィランちゃんは今日も一心不乱に針を動かしている。

「フィランちゃんは器用なのねぇ。」

「えへへ? そうですか?」

 照れて笑うこの子はとっても可愛い。

「でも私なんかまだまだなんですよね。 私の義母……じゃなくて、知り合いのお母さまが和裁も洋裁もとっても上手だったんですよ!」

 そしていつも、自信なさげに笑って謙遜するけれど、一心不乱に手を動かして作っている物は器用でなければ決して作れないような代物で、とても不思議で、私の好奇心をガッツリ掴んで離さない。

 ……のだけれども、あんなに真剣に一体何を作っているのかしら?

「これは、何ていう物なの?」

 ふうっと、針を持つ手を止めた時に声をかけてみると、これですか? と、手に持ったものを差し出して見せてくれた。

「これはクレイジーキルトっていうんですよ。 ランダムに出た端切れを縫い合わせて物を作る方法なんです。 知人のお母さんがものすごくお裁縫が上手で、その方から嗜みとして教えてもらってたんですよ。 教えていただいた中では一番簡単な方法なんです。 その方が副業としてやっていたモラっていう手法のものは本当に芸術品で、私なんか下手すぎて悲しいくらいです。」

 と言って説明してくれるのだが、何を示した言葉かさっぱりわからない。

 ただ、彼女が今作っているのは、小さな四角や三角の布を縫い合わせて大きめの四角い布を作り、その出来た四角を中表にもう一枚、こちらはただの布なんだけれど、その3辺を縫い合わせ、ひっくり返してから綿の花のふわふわをしっかりと詰め込んで縫い合わせる。

 これでクッションにしては大層薄い物の出来上がりで、それを何個も何個も作っていて……と言った具合だ。

 ……だが、そんな小さくて薄い四角を沢山作って何になるのか、私にはさっぱり分からない…

「これはあと何個作るつもりなの?」

「えっと、これ一個が目分量で30センチ×30センチくらいなので、横は5つ、縦は7つをつなぎ合わせて……35個ですね! 作ってみて足りなかったらもっと作ってつなげて、使いやすい大きさにしますよ。」

 とフィランちゃんは笑って言うけれど、これを35個も作るなんて、とても根気のいる作業なのね。





 フィランちゃんがこの作業を始めてもう10日になる。

 商品の打ち合わせをしていた時、「後見人の彼に内緒で作りたいものがあるので場所を貸してください!」と頭を下げてお願いされたときにはびっくりしたわ。

 もちろん快諾したけれど、それから毎日、お昼の3時間ほど、ここに来てはこれを熱心に作っている。

 彼のために一心不乱に作る姿を見ると、兄とはいえ、ちょっと妬けるわね。

 ……妬ける? あら? なぜかしら?

 私はなんとなくその思考を放棄して、次の布を選んでいるフィランちゃんを見た。

「これはどうするつもりなの?」

「できてからのお楽しみですよ~。」

「あら、またその解答なのね。」

「できてからの方が、びっくりできるでしょう?」

 ふふっと笑うフィランちゃんは、とても可愛らしい。

 この10日間、こんな会話を繰り返してきた。

 しかし、出来上がって重ねてあるものを一つ借りて見て見るが、これが何かの役に立つのかわからず、不思議で仕方ない。

 しかし何度聞いても、とりあえず出来上がったらわかりますよ! と彼女は笑って繰り返す。

「これが、すごいもの、ねぇ……」

 ちらりと作業に戻ったフィランちゃんを見ると、トーマが入れてくれたお茶も飲まず、チクチクチクチクやっているその集中力はすごいと思うのだけれど。

「ねぇ、フィランちゃ……」

「できた!」

 声を掛けようと思ったら、35個作り終わったみたい。

「本当に沢山作ったわね。 それで、ここからどうするの?」

「それは、ですね……これをこうして……」

 というと、わたしにわかりやすいように今度はその四角同士をつなぎ合わせて仮止めですけど、と言ってザクザク荒く縫い始めた。

 小さな四角は次々とつなぎ合わせられて、大きな四角になっていく。

 出来上がった時には、大きくしっかりとしたものになったけれど……敷物にしては耐久性がないわよね?。

「これは?」

「クレイジーキルトの掛け布団です! うまくいってよかった!」

「掛け布団……?」

 こくこく、と頷いたフィランちゃんは、その大きく縫いつなげられたものを私の背中からぶわっとかぶせてくれる。

 軽くて、柔らかくて、そして……

「あら、これ暖かいのね!」

「そうなんです! こっちってこう、少し厚めの織物をかぶって寝るじゃないですか? 寒ければ重ねるものを増やす感じで重いなぁって思ってたんですよね。 それで、考えてみたんです。」

「寝るときに使うモノなのね。」

「はい! だから中に入れる綿の花はクッションよりうんと少なくしてるんです。 軽くてあったかくて最高でしょ?  羽毛布団とかもあるといいんですけどね。」

 こっちの掛け布団、本当に重くてしんどいから、ずっと掛けているのはもっと疲れるんじゃないかと思って……と言うフィランちゃんに、私は初めて聞く単語を聞き返してみたわ。

「羽毛布団?」

 何かしら、それは。

「えぇと、ごめんなさい。 確かなんですけど、鳥の羽……といっても、ふわふわの柔らかい羽毛を使うんですけど、綿の花の代わりに羽毛をこれに入れるんです。 すっごくあったかくて、すっごい軽いんですよ。 それに軽くて暖かいので防寒着なんかにも使うんです。 こっちも四季があって雪も降るって調べたんですが……売ってないですよねぇ、私に作れるかなぁって今考えてるところなんです……ダウンジャケットっていうんですけどね。」

 う~ん、やっぱり難しいですよねぇ、とフィランちゃんはかわいらしく首をかしげているけれど、羽毛を使って軽くて柔らかで温かい防寒着、なんて!

 こっちでは革や厚い織物を何層にも重ねて作る防寒具しかない。

 それが軽くてやわらかくて暖かいですって?

 この掛け布団のように!?

 なんなの!? そのアイデア!

「フィランちゃん!」

「は、はい!」

「今日はこの後お時間ある!?」

「え? お店当番がありますけど……兄さまが夕飯の買い物に行くので。」

「お兄様にはこちらから連絡と買い出しの人をやるわ! だからこのクレイジーキルトとか、そのお母様のモラという物とか、羽毛布団とか、詳しく聞かせてもらってもいいかしら? トーマ! ちょっと服飾部門呼んできて頂戴! それからフィランちゃんのお兄様に連絡して、人手を出して頂戴。」

「かしこまりました。」

「え? えぇ!?」

 困ってるフィランちゃんに、いいからいいから、と私はかけてもらったお布団をかけたまま椅子に座らせて、お茶を用意してもらう。

 そばに控えていたトーマはすでに手をまわしてくれたようで、ほどなく専門部門の担当者が、鳥人の縫製に詳しい使用人といっしょにやってきた。

 まず、私が肩から掛けていた掛け布団を見てもらったうえで、フィランちゃんの話を聞き始めたわ!

 担当者も使用人も、フィランちゃんの作った掛け布団にも、羽毛布団にも飛びついたわ。

 すぐに商品化に向けて精鋭部隊を集め、同時にコルトサニア商会の独占権をギルドに申請する手続きも済ませてもらった。

 フィランちゃんが言うには、彼女はお知り合いのお母さまに習ったのと並行して、毎月キットというものを購入して勉強したとかで、パッチワークという物の図案も教えてくれたわ。

 図案は、美しい物から可愛らしいものまであったのだけど、私が気になったのはその話。

「フィランちゃん、そのキットって何かしら?」

「え、えっと……」

 きょとん、としたフィランちゃんは、すこし視線を泳がしたけど、気が付かないふりをしたわ。

「毎月、これを作って勉強しましょう、みたいな課題と、それに必要な物……例えばカットしてある布とパッチワークの針や、その布にあった糸がセットになっていて、わざわざ自分で一つずつ探して買わなくても、そのキットを買えばその課題の物はちゃんと作れる、っていうお道具箱? みたいなものの事です。 初心者用と、上級者用もありました。 お裁縫だけじゃなくて、お料理とか、お勉強とかのもあったような……」

 言い終わる前に、ぎゅっとフィランちゃんの両手を私は握った。

「そのアイデア、素晴らしいわ! いざやろうと思っても、用意するものがわからなくて諦めることも、嫌になることもあるもの! 刺繍や裁縫は上流階級でも必要な物だし、庶民だって嗜みとしてやるものだから売れるわ! その案もうちの商会で扱ってもいいかしら!?」

「……えっと、まだ誰もやってないならいいんじゃないですかね……。」

 相変わらず視線が泳いでいるけれど、気にしないわ!

「ありがとう! そうね、まずコルトサニア商会で、キルトのお布団やひざ掛けなどを貴族層で販売しましょう! それが市場で話題を呼びはじめたら、今度はキットの販売を始めましょう! そうすれば、こんな素敵なものが家でつくれるなんて、と手の出ない庶民層で爆発的に売れるわ! トーマ、この技法などは全部うちの独占として登録手続きをして頂戴。」

「かしこまりました。」

「それからフィランちゃん! 報酬はしっかりとお支払いするから、さっきのパッチワークの図案や、毎月のキット販売の件、それからそのキットの中身の検討もするから、手伝ってくれるかしら!? 後、これが終わってからでいいから、見本品を作ってくれない!?」

 両手でぎゅうっとフィランちゃんの手を握ると、きょとん、としていたフィランちゃんは、びっくりしながらもふんわりと笑ってくれた。

「は、はい、もちろんです。」

 そう言って目を細めて笑ってくれるのが、本当に可愛らしい!

「ありがとう! これからも、もし何か作りたい物やほしい物があったら絶対に! 私に! 最初に相談して頂戴ね! 絶対に力に! 味方になるからね!」

 びっくりしながらも快く快諾してくれたフィランちゃんにありがとう! と伝えて抱きしめながら、この子が幸せだと笑っていてくれるように、絶対に守ろうって再度心に決めたのよ。



 ちなみに一か月後に売り出したキルトの布団は大盛況、その後売りだしたキルト作成セットから始まった、様々なキット商品も売れに売れまくり、後日、フィランにはご褒美のお菓子と、完成品の可愛いダウンジャケットが届けられましたとさ。




―――――――――――――――――――――――――――――――――
*おまけ一言*
週間で販売される手芸の作成キット、楽しいですよね。
吊るしびなとかも大好きです。
クレージーキルトの掛け布団は、赤毛のアンで、アンの布団がマリラの作ったパッチワークだった気が……。
眠り姫セスの掛け布団に作ったんだと思います。
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