57 / 163
5章 冒険者ギルドとアイテム採集
9)過去と現在と後悔と……
しおりを挟む
淹れ直してもらった紅茶は、柔らかな湯気を立てていた。
さて、どこから話そうかなぁと目を伏せた兄さまは、気分が悪くなる、面白くもない話で、話せる範囲も限られているんだけど、と前置きした後でゆっくり話を始めてくれた。
セディ兄さまが生まれたのは、西の大国の属国である花樹人だけの、お花や樹木に溢れた美しい小さな集落。
だけどすぐに戦争が起きて集落は火に包まれ、周りにいた人たちは皆、巻き込まれないようにと必死に逃げた。
気が付いた時には、兄さまは妹のセスさんと二人、北の国との国境付近にいたらしいけれど、どうやってそこに流れ着いたのかはわからない。
食事と水を与えてくれ、安全だと思われる一番近くの集落まで連れて行ってくれた獣人の行商集団の男性は、セディ兄さまとセス姉さまに人間の血が混じっていたから燃えずに済んだのかもしれない、不幸中の幸いだった、と言ったらしい。
そこから何度も集落を商人の陰に隠れて通りすぎること十日余り。 ようやく届けられた先は、深い森の中にある小さな小さな集落だった。
そこにいる人を見て、兄さまたちは最初、自分たちは奴隷として売られたか、もしくは人身売買をされたと絶望したといった。
そこには、めったに姿を現さないと言われた魔人がいたから。
もちろん、人間も、獣人も、花樹人も、鳥人もいたのだが、戦で大人が信じられなくなっていたセディ兄さまとセスさんの目には、彼らは自分たちを奴隷として買い取った悪者で、これから死ぬまで殴られて働かされているように映ったそうだ。
恐怖の中で引き合わされた、自分たちを引き取ってくれた背丈の大きな一つ目の魔人夫婦は、そんなセディ兄さまが吐き出した暴言を笑いとばし、暖かい寝床と、暖かい食事、それから優しい言葉をくれたらしい。
が、兄さまたちはそれを信じることはできなかった。
いつ食べられてしまうのかと不安に駆られ、どうにかして逃げる方法を考えながらも、そこで暮らした。
そして、いつしか自分たちの考えが凝り固まったものだったと気が付いた。
村の者は皆、仲間であり、家族だった。
お日様が昇ると目を覚まし、暖かい食事を食べ、畑を耕したり、機を織ったりする。
お日様が落ちると家に戻り、やはり暖かい食事をとって、隙間風に震えることなく柔らかな寝床で眠る。
時折……と言えない頻度で火を囲んで酒盛りをし、みなで笑いあう。
そうするとこの生活は、今までの生活の中で一番幸せと感じられた。
集落に来て1年たち、身も心もすっかり落ち着いたセディ兄さまたちは、大人たちに連れられて一人の少年に引き合わされた。
オーガの夫婦の息子である、自分たちよりも少し小さな人間の男の子だった。
村はこの男の子の不思議な言葉や知恵や予言めいた言葉で、森の生き物たちと折り合いを付けながら開墾し、蓄えを増やしていった村だったらしい。
その不思議な少年は、かなり警戒心が強く、人見知りで、兄さまたちも最初は会話をするのも大変だったそうだが、それでもすぐに仲良しになった。
彼は気難しいらしく、傍にいる人を選ぶとのことで、彼といられる人間はごくわずかであったが、セディ兄さまもセス姉さまもその中にいつの間にか入っていたらしい。
ある日、男の子の独り言のような助言で、セディ兄さまは自分に合った武具というものを得て戦う力を付けられるようになった。 同時に一緒にいた限られた数人――虎と白狼の獣人と、翼を失った鵲の鳥人、それから花樹人の男の子に人間の女の子……村の八人の子供たちも同じように、めきめきと力を付けるようになっていた。
特別な8人と言われるそのメンバーで、毎日、夜明けから夕暮れまで一緒に仕事をしながらたくさん遊んだ。
その遊びや仕事が、実は村を襲うためにやってきた野党や侵入者、魔獣を排除していると知っているのは一部の大人だった。
そんなある日、侵略者が来た。
一番近くの獣人の村が、この豊かな地を求めて攻めてきた。
いかに集落に魔人がいても、武装した大勢の獣人を相手に勝てるはずがないと、皆逃げようとしたり、絶望したりした。
しかしあの少年がすべてを覆した。
彼はセディ兄さまたち7人の子供とともに、不思議な力を使って村を守った。
けして戦うことはできなかったが、彼が祝福と言われるものを7人の子供に授け、7人の子供たちは常人離れした力で、侵略者を撃退したのだ。(実は今までもしていたことだが、襲撃の規模が大きく、村人全員に知れたのはこの時が最初だったそうだ。)
まぐれと思われた一度だけではなく、そこからは何度となく、村を守り続けた。
彼は村の守護神となった。
彼の張った結界のおかげで村は守られ、侵略者は逃げていなくなるか仲間となり、村はぐんぐんと大きくなる。
共に戦ってくれる者も増え、瞬く間に集落は村、街、小国と姿を変えていった。
時折、馬鹿な考えで森を無理に広げようとしたり、守護神の少年を懐柔し村の長になろうとする者がいたが、そんなものはすぐに排除されていった。
そのたびに、こうなりたくなかったから隠してたのに、とぼやいていたのを一部の大人と自分たちで必死になだめた。
そうやって、少年とその親、そして仲間たちを中心として、どんどんと集落は大きくなっていったのだ。
そんな中、おおよそ百年前に何百回目かの侵略から村を守ろうと行った攻防を経て、彼は東の大国を手にすることになってしまっていた。
『うっわ、めんどくせぇ! なんでこんなことになってんだよ。 マジありえねぇんだけど! お前らのせいで皇帝なんて押し付けられた! 連帯責任でお前らも重要な役職に就けてやるからな! 逃げ得なんかさせねぇからな!』
が、彼の王座に座った時の最初のお言葉、だったらしい。
「……ラージュ陛下、大人げないです……」
「いや、彼が悪いわけではないからね……どちらかというと巻き込まれたというか……正直、同情を禁じ得ない。」
「まぁ、隠れてやってたのがばれたら、村の守護神って勝手に祭り上げられて、利用されそうになったりして、挙句気が付いたら皇帝になっちゃった? させられちゃった? んですもんね……。」
そりゃ逃げたくなるわな、と真剣に同情しちゃった。
「ちなみにその最初の悪ガキ八人のうち、殿下を抜いたメンバーが、私、セス、アケロス、ロギイと、宰相補佐をやっている白狼の獣人のストレンミル・フォトン。 それからミゲト・フォーノット……だよ。」
……待て待て待て待て、肩書がちょっと想像に追い付かなくなってきたよー!
あと一人! 一人足りない……言えないっていうところかな?
しかしこのメンバー。
「……この国は大丈夫ですか?」
「あぁ、そうだね心配になるよね。 でも、とりあえず百年頑張れているから大丈夫じゃないかな? 私たちの親たちも、以前の集落があった場所で健在だしね。」
「え? 皆さんここにはいないんですか?」
「こちらに来たい者は皆来ているけどね。 一部は訳アリだから。 自分たちから、ここには近づかないと決められてラージュの結界の中にいるんだよ。」
ははっと笑ったセディ兄さまは、セス姉さまの顔を見た。
「セスは、宮廷女官長をやりながら、陛下の侍女もやってた。 すごく強いし、彼の身の回りの世話は他人にさせられなかったからね。 それに、八人で気を遣うことなく息抜きをするのには、それなりの地位が必要だったっていうのもあるな。 大変だったよ。 セスは双剣のほかに柔術と棍も使うんだけどね、感覚がわからずにそのままの感じで宮廷の仕事をしてたから、力の加減を間違えて握った瞬間に花瓶を割ったりしてたなぁ。 おかげで色仕掛けで陛下に取り入ろうとする女官や侍女は激減したけどね。」
あー……セス姉さまも脳筋系なのかな、暴れん坊って言ってたもんなぁと、眠っている横顔を見る。
相変わらずの綺麗な横顔に、サラサラの赤い髪……う~ん、脳筋なんて全然想像できない。
「さすがに百年もやってれば、マナーもおしとやかさも身につくからね。」
笑ったセディ兄さまは、紅茶を飲んでから、一息ついて私の手の中のペンダントを見た。
「セスはね、5年くらい前に、花樹人だけがかかる『花睡病』という病にかかってから、こうしてずっと眠っている。 この病気の治療法は『そうなった原因を探すこと』と『原因を解決する事』らしいんだけど、それを見つけるのは非常に困難で治癒した人の記録はほぼないんだ。 ただ、幸いなことにセスの場合はその原因はわかっている。」
「え? それじゃあなんで……」
原因がわかっているならば、解決すれば治るというならば、早く治せばいい。
しかし今、セスさんは寝たままということは、解決していないということで……
「解決方法は、解っているんですよね?」
「原因はこれだというものがある。 でもその解決は……わかっていても解決するのは不可能なんだ。」
そのペンダント、と、セディ兄さまは絞り出すように言う。
「悪ガキ八人のうちの一人、花樹人のミゲト・フォーノット……彼はロギィと私と三人で騎士団を率いていた。 と言っても、私は表向きの仕事はしていなかったから、ロギイとミゲトが騎士団を率いていた。 ある日、不穏な国境付近で動きがあってね。 ミゲトが皇帝の命により制圧に向かった。 表向きは視察と言う形でね……大人数では行けなかったから、騎士団を仰々しく向かわせたうえで、私たちもそこへ向かった。」
ぞわぞわっと、私の中で何かが泡立ち始めた。
よくある展開が来ると、気持ちが悪くなってくる。
嫌な展開、聞きたくない展開。
そう、ここは、『戦いのある世界』なのだ。
「普通の強盗や盗賊の部類だと思ってた私たちは、完全に勘違いをしていたんだ。 居たのは異端の集団で、彼らはいけにえを捧げようとしていた。 村ひとつを燃やしたんだ。」
国境、守りの薄くなる部分。 そこを狙い、村まるまる一つをいけにえとして使った召喚魔法。
現れたのは、高位の魔人だったらしい。
「相打ちだったんだ。 あれがあの場に一人でいたミゲトができる最上の方法だった。 炎の魔人を相手に花樹人の彼ができたのは、あれが精いっぱいだった。 ミゲトの尽力のおかげで、村は燃え尽きたが村の人は助かった。 召喚した集団は自らをいけにえにしたから助からなかった。 こちらの犠牲者は彼だけだった。 焼け野原を探したけどね、どこにも彼を見つけることが出来なくて……彼は純粋な花樹人だったから、魔人の業火で燃え尽きてしまったんだろうということになった。 私たちは身を引き千切られるような思いだったよ。 幼い頃からの唯一無二の友人を亡くしたんだ。 でもセスのそれは私達以上だった。 お互いの愛を誓っていたからね。 わたしは友人を見殺しにし、妹を苦しめる状況を作ってしまったことで身動きが取れなくてね……そこに戻って彼のかけらだけでもと探し続けていた。 だからセスの異変に気付くことができなかったんだ。」
ふぅと、兄さまは眉根を寄せた。
「あの日、私とセスが契約していた精霊が見えなくなった。 同時にアケロスから、セスが花睡病に罹ったと、魔道具伝てで知らせを受けた。 ミゲトの空っぽの棺桶の傍で、それを握りしめて眠っていたらしい……原因はミゲトを失ったため……だと私たちは思っている。 全てはあの日、相打ちを覚悟で残った彼の気持ちを察することができずに一人で死なせ、セスは花睡病を発症した。 すべて私の責任なんだ。 だから私はラージュ陛下に辞職を願い出た。」
すこし深めに息を吐いた兄さまは、セス姉さまを見る。
「騎士団にいたのではセスの傍にいることもできない。 ミゲトの事もセスの事も守ってやることができなかった。 だからせめて、セスの最期を看取ることができるよう職を辞することにしたんだ。」
それだけ言って笑った。
「これが私が背負う罰なんだ。 フィランは自分が私に迷惑をかけている、甘えていると謝ってくれただろう? でも違うんだ。 これは私が、私たちが、フィランを利用しているんだよ。 ここにいれば、私はセスを看取ることができる……フィランには辛いものを見せてしまう可能性が高いのに、私たちはこの世界に来たばかりの君に甘えたんだ。」
立ち上がった兄さまは、私の頭をなでてくれた。
見上げれば、初めて見る顔をした兄さま。
「小さな身に、いろいろ背負わせてしまう結果になってしまった。 本当にすまない。」
私のほっぺにぽつっと落ちた水滴が、顎にかけて床に落ちていった。
さて、どこから話そうかなぁと目を伏せた兄さまは、気分が悪くなる、面白くもない話で、話せる範囲も限られているんだけど、と前置きした後でゆっくり話を始めてくれた。
セディ兄さまが生まれたのは、西の大国の属国である花樹人だけの、お花や樹木に溢れた美しい小さな集落。
だけどすぐに戦争が起きて集落は火に包まれ、周りにいた人たちは皆、巻き込まれないようにと必死に逃げた。
気が付いた時には、兄さまは妹のセスさんと二人、北の国との国境付近にいたらしいけれど、どうやってそこに流れ着いたのかはわからない。
食事と水を与えてくれ、安全だと思われる一番近くの集落まで連れて行ってくれた獣人の行商集団の男性は、セディ兄さまとセス姉さまに人間の血が混じっていたから燃えずに済んだのかもしれない、不幸中の幸いだった、と言ったらしい。
そこから何度も集落を商人の陰に隠れて通りすぎること十日余り。 ようやく届けられた先は、深い森の中にある小さな小さな集落だった。
そこにいる人を見て、兄さまたちは最初、自分たちは奴隷として売られたか、もしくは人身売買をされたと絶望したといった。
そこには、めったに姿を現さないと言われた魔人がいたから。
もちろん、人間も、獣人も、花樹人も、鳥人もいたのだが、戦で大人が信じられなくなっていたセディ兄さまとセスさんの目には、彼らは自分たちを奴隷として買い取った悪者で、これから死ぬまで殴られて働かされているように映ったそうだ。
恐怖の中で引き合わされた、自分たちを引き取ってくれた背丈の大きな一つ目の魔人夫婦は、そんなセディ兄さまが吐き出した暴言を笑いとばし、暖かい寝床と、暖かい食事、それから優しい言葉をくれたらしい。
が、兄さまたちはそれを信じることはできなかった。
いつ食べられてしまうのかと不安に駆られ、どうにかして逃げる方法を考えながらも、そこで暮らした。
そして、いつしか自分たちの考えが凝り固まったものだったと気が付いた。
村の者は皆、仲間であり、家族だった。
お日様が昇ると目を覚まし、暖かい食事を食べ、畑を耕したり、機を織ったりする。
お日様が落ちると家に戻り、やはり暖かい食事をとって、隙間風に震えることなく柔らかな寝床で眠る。
時折……と言えない頻度で火を囲んで酒盛りをし、みなで笑いあう。
そうするとこの生活は、今までの生活の中で一番幸せと感じられた。
集落に来て1年たち、身も心もすっかり落ち着いたセディ兄さまたちは、大人たちに連れられて一人の少年に引き合わされた。
オーガの夫婦の息子である、自分たちよりも少し小さな人間の男の子だった。
村はこの男の子の不思議な言葉や知恵や予言めいた言葉で、森の生き物たちと折り合いを付けながら開墾し、蓄えを増やしていった村だったらしい。
その不思議な少年は、かなり警戒心が強く、人見知りで、兄さまたちも最初は会話をするのも大変だったそうだが、それでもすぐに仲良しになった。
彼は気難しいらしく、傍にいる人を選ぶとのことで、彼といられる人間はごくわずかであったが、セディ兄さまもセス姉さまもその中にいつの間にか入っていたらしい。
ある日、男の子の独り言のような助言で、セディ兄さまは自分に合った武具というものを得て戦う力を付けられるようになった。 同時に一緒にいた限られた数人――虎と白狼の獣人と、翼を失った鵲の鳥人、それから花樹人の男の子に人間の女の子……村の八人の子供たちも同じように、めきめきと力を付けるようになっていた。
特別な8人と言われるそのメンバーで、毎日、夜明けから夕暮れまで一緒に仕事をしながらたくさん遊んだ。
その遊びや仕事が、実は村を襲うためにやってきた野党や侵入者、魔獣を排除していると知っているのは一部の大人だった。
そんなある日、侵略者が来た。
一番近くの獣人の村が、この豊かな地を求めて攻めてきた。
いかに集落に魔人がいても、武装した大勢の獣人を相手に勝てるはずがないと、皆逃げようとしたり、絶望したりした。
しかしあの少年がすべてを覆した。
彼はセディ兄さまたち7人の子供とともに、不思議な力を使って村を守った。
けして戦うことはできなかったが、彼が祝福と言われるものを7人の子供に授け、7人の子供たちは常人離れした力で、侵略者を撃退したのだ。(実は今までもしていたことだが、襲撃の規模が大きく、村人全員に知れたのはこの時が最初だったそうだ。)
まぐれと思われた一度だけではなく、そこからは何度となく、村を守り続けた。
彼は村の守護神となった。
彼の張った結界のおかげで村は守られ、侵略者は逃げていなくなるか仲間となり、村はぐんぐんと大きくなる。
共に戦ってくれる者も増え、瞬く間に集落は村、街、小国と姿を変えていった。
時折、馬鹿な考えで森を無理に広げようとしたり、守護神の少年を懐柔し村の長になろうとする者がいたが、そんなものはすぐに排除されていった。
そのたびに、こうなりたくなかったから隠してたのに、とぼやいていたのを一部の大人と自分たちで必死になだめた。
そうやって、少年とその親、そして仲間たちを中心として、どんどんと集落は大きくなっていったのだ。
そんな中、おおよそ百年前に何百回目かの侵略から村を守ろうと行った攻防を経て、彼は東の大国を手にすることになってしまっていた。
『うっわ、めんどくせぇ! なんでこんなことになってんだよ。 マジありえねぇんだけど! お前らのせいで皇帝なんて押し付けられた! 連帯責任でお前らも重要な役職に就けてやるからな! 逃げ得なんかさせねぇからな!』
が、彼の王座に座った時の最初のお言葉、だったらしい。
「……ラージュ陛下、大人げないです……」
「いや、彼が悪いわけではないからね……どちらかというと巻き込まれたというか……正直、同情を禁じ得ない。」
「まぁ、隠れてやってたのがばれたら、村の守護神って勝手に祭り上げられて、利用されそうになったりして、挙句気が付いたら皇帝になっちゃった? させられちゃった? んですもんね……。」
そりゃ逃げたくなるわな、と真剣に同情しちゃった。
「ちなみにその最初の悪ガキ八人のうち、殿下を抜いたメンバーが、私、セス、アケロス、ロギイと、宰相補佐をやっている白狼の獣人のストレンミル・フォトン。 それからミゲト・フォーノット……だよ。」
……待て待て待て待て、肩書がちょっと想像に追い付かなくなってきたよー!
あと一人! 一人足りない……言えないっていうところかな?
しかしこのメンバー。
「……この国は大丈夫ですか?」
「あぁ、そうだね心配になるよね。 でも、とりあえず百年頑張れているから大丈夫じゃないかな? 私たちの親たちも、以前の集落があった場所で健在だしね。」
「え? 皆さんここにはいないんですか?」
「こちらに来たい者は皆来ているけどね。 一部は訳アリだから。 自分たちから、ここには近づかないと決められてラージュの結界の中にいるんだよ。」
ははっと笑ったセディ兄さまは、セス姉さまの顔を見た。
「セスは、宮廷女官長をやりながら、陛下の侍女もやってた。 すごく強いし、彼の身の回りの世話は他人にさせられなかったからね。 それに、八人で気を遣うことなく息抜きをするのには、それなりの地位が必要だったっていうのもあるな。 大変だったよ。 セスは双剣のほかに柔術と棍も使うんだけどね、感覚がわからずにそのままの感じで宮廷の仕事をしてたから、力の加減を間違えて握った瞬間に花瓶を割ったりしてたなぁ。 おかげで色仕掛けで陛下に取り入ろうとする女官や侍女は激減したけどね。」
あー……セス姉さまも脳筋系なのかな、暴れん坊って言ってたもんなぁと、眠っている横顔を見る。
相変わらずの綺麗な横顔に、サラサラの赤い髪……う~ん、脳筋なんて全然想像できない。
「さすがに百年もやってれば、マナーもおしとやかさも身につくからね。」
笑ったセディ兄さまは、紅茶を飲んでから、一息ついて私の手の中のペンダントを見た。
「セスはね、5年くらい前に、花樹人だけがかかる『花睡病』という病にかかってから、こうしてずっと眠っている。 この病気の治療法は『そうなった原因を探すこと』と『原因を解決する事』らしいんだけど、それを見つけるのは非常に困難で治癒した人の記録はほぼないんだ。 ただ、幸いなことにセスの場合はその原因はわかっている。」
「え? それじゃあなんで……」
原因がわかっているならば、解決すれば治るというならば、早く治せばいい。
しかし今、セスさんは寝たままということは、解決していないということで……
「解決方法は、解っているんですよね?」
「原因はこれだというものがある。 でもその解決は……わかっていても解決するのは不可能なんだ。」
そのペンダント、と、セディ兄さまは絞り出すように言う。
「悪ガキ八人のうちの一人、花樹人のミゲト・フォーノット……彼はロギィと私と三人で騎士団を率いていた。 と言っても、私は表向きの仕事はしていなかったから、ロギイとミゲトが騎士団を率いていた。 ある日、不穏な国境付近で動きがあってね。 ミゲトが皇帝の命により制圧に向かった。 表向きは視察と言う形でね……大人数では行けなかったから、騎士団を仰々しく向かわせたうえで、私たちもそこへ向かった。」
ぞわぞわっと、私の中で何かが泡立ち始めた。
よくある展開が来ると、気持ちが悪くなってくる。
嫌な展開、聞きたくない展開。
そう、ここは、『戦いのある世界』なのだ。
「普通の強盗や盗賊の部類だと思ってた私たちは、完全に勘違いをしていたんだ。 居たのは異端の集団で、彼らはいけにえを捧げようとしていた。 村ひとつを燃やしたんだ。」
国境、守りの薄くなる部分。 そこを狙い、村まるまる一つをいけにえとして使った召喚魔法。
現れたのは、高位の魔人だったらしい。
「相打ちだったんだ。 あれがあの場に一人でいたミゲトができる最上の方法だった。 炎の魔人を相手に花樹人の彼ができたのは、あれが精いっぱいだった。 ミゲトの尽力のおかげで、村は燃え尽きたが村の人は助かった。 召喚した集団は自らをいけにえにしたから助からなかった。 こちらの犠牲者は彼だけだった。 焼け野原を探したけどね、どこにも彼を見つけることが出来なくて……彼は純粋な花樹人だったから、魔人の業火で燃え尽きてしまったんだろうということになった。 私たちは身を引き千切られるような思いだったよ。 幼い頃からの唯一無二の友人を亡くしたんだ。 でもセスのそれは私達以上だった。 お互いの愛を誓っていたからね。 わたしは友人を見殺しにし、妹を苦しめる状況を作ってしまったことで身動きが取れなくてね……そこに戻って彼のかけらだけでもと探し続けていた。 だからセスの異変に気付くことができなかったんだ。」
ふぅと、兄さまは眉根を寄せた。
「あの日、私とセスが契約していた精霊が見えなくなった。 同時にアケロスから、セスが花睡病に罹ったと、魔道具伝てで知らせを受けた。 ミゲトの空っぽの棺桶の傍で、それを握りしめて眠っていたらしい……原因はミゲトを失ったため……だと私たちは思っている。 全てはあの日、相打ちを覚悟で残った彼の気持ちを察することができずに一人で死なせ、セスは花睡病を発症した。 すべて私の責任なんだ。 だから私はラージュ陛下に辞職を願い出た。」
すこし深めに息を吐いた兄さまは、セス姉さまを見る。
「騎士団にいたのではセスの傍にいることもできない。 ミゲトの事もセスの事も守ってやることができなかった。 だからせめて、セスの最期を看取ることができるよう職を辞することにしたんだ。」
それだけ言って笑った。
「これが私が背負う罰なんだ。 フィランは自分が私に迷惑をかけている、甘えていると謝ってくれただろう? でも違うんだ。 これは私が、私たちが、フィランを利用しているんだよ。 ここにいれば、私はセスを看取ることができる……フィランには辛いものを見せてしまう可能性が高いのに、私たちはこの世界に来たばかりの君に甘えたんだ。」
立ち上がった兄さまは、私の頭をなでてくれた。
見上げれば、初めて見る顔をした兄さま。
「小さな身に、いろいろ背負わせてしまう結果になってしまった。 本当にすまない。」
私のほっぺにぽつっと落ちた水滴が、顎にかけて床に落ちていった。
0
お気に入りに追加
691
あなたにおすすめの小説
異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~
イノナかノかワズ
ファンタジー
助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。
*話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。
*他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。
*頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。
*無断転載、無断翻訳を禁止します。
小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。
カクヨムにても公開しています。
更新は不定期です。
ヒロインの双子の姉に転生したので妹と一緒に自由を目指します!
星崎 杏
ファンタジー
妹に頼まれたアイスを買いにコンビニに行った帰りに、子供を庇って車に引かれたら、神様に謝罪され、妹が好きな乙女ゲームの世界に転生することになった。
ゲームに出てくることのない、ヒロインの双子の姉に転生した。
ヒロインの双子の姉に転生した私と妹の、のんびりスローライフが始まる?!
初めての作品となります。誤字脱字等がありましたら教えてもらえたら嬉しいです。
念のためR15にさせてもらっています。
主人公視点がなかったりしますが、女主人公です。
最強賢者、ヒヨコに転生する。~最弱種族に転生してもやっぱり最強~
深園 彩月
ファンタジー
最強の賢者として名を馳せていた男がいた。
魔法、魔道具などの研究を第一に生活していたその男はある日間抜けにも死んでしまう。
死んだ者は皆等しく転生する権利が与えられる。
その方法は転生ガチャ。
生まれてくる種族も転生先の世界も全てが運任せ。その転生ガチャを回した最強賢者。
転生先は見知らぬ世界。しかも種族がまさかの……
だがしかし、研究馬鹿な最強賢者は見知らぬ世界だろうと人間じゃなかろうとお構い無しに、常識をぶち壊す。
差別の荒波に揉まれたり陰謀に巻き込まれたりしてなかなか研究が進まないけれど、ブラコン拗らせながらも愉快な仲間に囲まれて成長していくお話。
※拙い作品ですが、誹謗中傷はご勘弁を……
只今加筆修正中。
他サイトでも投稿してます。
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ
さとう
ファンタジー
書籍1~8巻好評発売中!
コミカライズ連載中! コミックス1~3巻発売決定!
ビッグバロッグ王国・大貴族エストレイヤ家次男の少年アシュト。
魔法適正『植物』という微妙でハズレな魔法属性で将軍一家に相応しくないとされ、両親から見放されてしまう。
そして、優秀な将軍の兄、将来を期待された魔法師の妹と比較され、将来を誓い合った幼馴染は兄の婚約者になってしまい……アシュトはもう家にいることができず、十八歳で未開の大地オーベルシュタインの領主になる。
一人、森で暮らそうとするアシュトの元に、希少な種族たちが次々と集まり、やがて大きな村となり……ハズレ属性と思われた『植物』魔法は、未開の地での生活には欠かせない魔法だった!
これは、植物魔法師アシュトが、未開の地オーベルシュタインで仲間たちと共に過ごすスローライフ物語。
異世界転生令嬢、出奔する
猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です)
アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。
高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。
自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。
魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。
この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる!
外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。
5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる