40 / 163
4章 私のお店、開店します!
6)商売の契約を結びましょう?
しおりを挟む
「恋占いのジャム? なにそれ、ロマンティックで素敵じゃない! どこの国のおまじないなの?」
いつも通っている生鮮食品のマルシェの通りからもう一本、家から遠い方の、おしゃれなお店や実用的な日用雑貨を売っている通り。
お目当てのお店の前のマルシェだっていまだに結構に高い敷居なのだが、今日の目的はさらにその奥、しっかり居を構える店舗のほうで、入るのにはめちゃくちゃ気合と勇気が必要なキラキラの別世界。
前回は知らずに入ったから何とかなったけど、全貌を知っている今、かなり緊張しています!
すーーーっと息を吸って~!
ぶはーー! と不安と一緒に息を一気に吐いてっ!
手のひらに人って字を書いて、飲み込んで、を3回繰り返し、こっちの文字でもう三回!
準備万端!
よし! と握りこぶしを握りしめて中に一歩踏み入れた時だった。
「いらっしゃいませ~!」
キラキラの声の集中砲火です!
全身、風魔法のどぎついやつで氷の礫とかと一緒にぶっとばされるんじゃないかという勢いのキラキラの店員さんの声!
痛恨の一撃を何度も食らっている気分です……。
へらっと笑って店内に入る。
ちょっとうつろな目になってるかもしれないけど、気にしないでください!
そして私に声を掛けないでください!
と、お目当てに向かっているので、今はもう本当に近寄るなオーラを気持ち的には全開で噴き出しながら店内を早足で駆け抜ける。
目指すは入ってすぐの右側の!!
人魚姫の櫛が飾ってあるあの区画っ!
「あら、いらっしゃい、お嬢ちゃん。 また来てくれたのね、嬉しいわ。 ……何なの? その険しいお顔は……眉間の皺は癖になるからなくしたほうがいいわよ。」
きたー!
私の目が一気に浄化された―!
キラキラの宝飾品の区画の、一番目立つ場所にいてくださいました!
ありがとうございますー! 逆転勝利!
最初に見た時よりもキラキラを増してる商品を、男の人の節のある、だけどしなやかで繊細な綺麗な手で整えていた赤百合の! 花樹人の! お兄さん! ゲットぉ!
というわけで、ここから冒頭に戻るわけでございます。
「なるほどねぇ、その歳で二つ向こうの通りに薬屋さんを開店して、それから新商品を考えてた上で出てきたアイデアで、しかもそれは精霊から聞いた話なのね。」
突然、本当に突然現れて、お仕事中にもかかわらず、「相談があります!」と叫んだ私に、お昼の休憩に入るところだからその間ならいいわよ、と笑顔で言ってくれたのは赤百合の形の髪の美しい花樹人のお兄さん――名をヒュパムさんというと初めて知りました。――は、お昼を一緒にしましょう? と誘ってくれた。
ぜひ!と頷いたものの、「じゃあついてきて頂戴。」といわれ、つれていかれた先は……なんだか貴族層に入り込んだんじゃない? と思うような目もくらむばかりの美しいティーサロンで、あっけにとられていると、優雅に紅茶なんかを飲みながらにっこりと笑ってくれた。
「じゃあ、ヒュパムさんはその占いは知らないんですね。」
「そうね、この国と友好関係のある国であれば旅行によく行くけれど、ルフォート・フォーマの領内でも、大きな都市でも聞いたことはないわね。 あら、今日も美味しそうね。 ありがとう。」
運ばれてきたのは美味しそうな軽食で、しかもお野菜たっぷりのそのおしゃれな食べ物(ガレット! ガレットに近いね!)で、食べる姿もお美しい!
「なぁに?」
「いや、食事される姿も美しいなっておもって!」
「当然よ、家にいるときも気を付けているもの。 フィランちゃんも食べなさい、遠慮しなくていいの、妹とご飯を食べているみたいで嬉しいわ。」
フフッと笑って食事を勧めてくれるので、いただきます、と手を合わせてフォークとナイフを手にする。
一口に切り分けて、上手にフォークにのせて……ぱく!
「おいしい!」
「よかったわ。」
そのまま、このお店のご飯は健康にも良くて美味しいとか、食べる時の作法には気を付けなさいとか言ってもらいながらも和やかに食事を進め終え、食後のお茶とデザートが運ばれてきたときだった。
「さっきの話だけれどね、とても気軽にも、真剣にもできるし、お茶にジャムを混ぜて占うなんてすごく手軽で可愛らしいし、きっと若い子たちの間で流行ると思うわよ。 ……それで?」
「それで?」
お茶をいただきながらこちらを見て微笑むヒュパムさんに、はて? と首をかしげる。
「私に、わざわざ会いに来てくれて、何が聞きたいの?」
そう言って、彼が笑みを深めた。
「あ!」
そうでした!
美味しいご飯と素敵なお茶の時間で身も心も浄化されてしまって、一番大切な要件を忘れるところでした!
「えっと。 その恋占いのジャムをお店で売りたいんですけど、大体そういうのって一回や二回しかしないじゃないですか? 売り方に悩んでいて……こう、一回分ずつを木のスプーンみたいなものに固定して、そのまま紅茶に入れて混ぜる……みたいな感じにしたいんですけど、一回分ってどう売ればいいのかな? って悩んじゃって。」
真剣に話を聞いてくれているので、そのまま自分の考えをまとめながら言ってみる。
「瓶だとどうしても5回分とかになっちゃいそうなので、一回分をキャンディやホットチョコレートみたいに可愛い形で固形にして、その部分をジャムが漏れたりしないようにきゅっと包んで売りたいんです。 それも、きっと買ってくれる層になると思う若いお嬢さんたちが一目で気に入ってくれたり、気になっちゃったりするような可愛いデザインがいいなって思うんです。 ……が、紙も高価なので策が尽きてしまって……氷魔法で固めるっていうのも考えたんですが、どうせならもっと可愛く売りたくて。 それで、何かいい案がないかなって思っているときに、貴方の事を思いだして……もしいい方法があったら教えていただきたいなって、ご迷惑かとは思ったんですが、うかがわせていただきました。」
こういうのです、と、転生前にみた駄菓子屋さんの練り飴や、輸入雑貨屋さんのホットチョコレートのイメージを端切れで作ったサンプル品を見せながら伝えると、お茶を飲んでいた手を止めて真剣に聞いてくれていたヒュパムさんは少し真剣な顔をして考えたあと、ニコッと笑って私を見た。
「なるほどね。 それならいいものがあるわよ。」
「え!? それって何ですか?」
ヒュパムさんは「そうねぇ」と手に持っていたティカップを置き、口元に手を当てから上品にひとつ咳払いをして私を見る。
「フィランちゃんは、そのアイデアを出した私に何をしてくれるのかしら?」
「……へ?」
気の抜けた返事をしてしまった私に、ヒュパムさんはさらに、にっこり笑う。
「商売のアイデアを、他店の店員に出してもらうんでしょう?」
はっとして、そうだった、と思う。
たった一度、お客さんとして来ただけの私。(しかも若干冷やかしも入ってた!)
その時に親切にしてくれた店員さんであるヒュパムさんに、うちのお店で出す商品のアイデアをくださいなんて、かなり図々しくて調子が良すぎる話だった。
やっぱりこっちに来て、ちょっと気が……というか頭のネジが緩んでいた気がする。
こうして食事を食べながら相談する時間を作ってもらって、そのうえアイデアをくれる人への対価……誠心誠意が伝わる、私ができる範囲の対価……。
笑顔で答えを待ってくれているヒュパムさんを前に、う~ん、と考えた私は恐る恐る提案してみる。
「まだお店を開店したばかりなので、軌道に乗るかどうかもわからないですし、恋するジャム自体がもし人気が出たとしても一過性の物の可能性もあるんですが……恋するジャムの売上げの一割をお渡しするっていうのでどうでしょうか……?」
本当に真剣に、相手の目を見ての交渉。
ヒュパムさんが、どんな判断を下すのだろうか……。
ごくり、と、つばを飲み込んだ。
と、ふっ、とヒュパムさんが噴出した。
「冗談よ。 そんなに真剣に考えて、そんなしっかりした答えを出すとは思ってなかったわ。 単価は低いものだし、一割も出したら赤字にならないかしら?」
「素材は全部うちの畑でとれるので、木のスプーンと包装代だけなんで、大丈夫だと思うんですけど……。」
「その畑を手入れしたり、収穫したり、それから作るときの労力だってあるわよね? それを全部加味して商品の代金は付けるものなのよ。 けして材料の原価だけを基本にして商品を売ったりするものではないわ。」
確かに。
向こうではそういう考え方で物を買っていたのに、自分が作るとなると、なぜすっぽ抜けていたのか不思議である。
「そうですね、それじゃ…」
「それで、これは提案なのだけれど」
ごめんなさい、と、謝ろうとした時に、それをさえぎってヒュパムさんは笑った。
「その包装と木のスプーンをうちの商会から卸すというのはどうかしら。 ちゃんと何種類かサンプル品も用意するわ。 よく考えて頂戴ね? ここからは正式な商売のお話よ。」
え?
えぇ!?
何だが話の方向が変わってきたよ?
「商売……ですか?」
「えぇ、そうよ。」
とても真摯で真剣なお顔をして頷く。
「いやでも、そんなお取引の話をヒュパムさんが決めちゃっていいんですか?」
「いいのよ、だって、私がこの商会の責任者だもの。」
「へ?」
今何て言いました?
理解できない間にも、どんどんヒュパムさんは私に話を続ける。
「フィランちゃんは今、歳はいくつかしら? その若さで自分名義の店があるってことは錬金薬師のスキルは20以上はあるっていうことよね、すごいわ。 でも店同士の正式な契約となるとしっかりした契約書類を作る必要があるのだけど、ご両親……そういえば王都には出て来たばかりだったわよね? じゃあ後見人とかはいるかしら? 契約の時にご挨拶したいのだけれど。」
後見人……あ、そか、いるいる、います。
後見人という名の護衛監視官のお兄さんが!
「親……はいないですが、今、お店を一緒にやってくださっている方が後見人です。」
「そう。 じゃあ明日の午後、うちで働いてくれている部下を連れてフィランちゃんの薬屋に伺わせていただくわ。 それまでにフィランちゃんはその恋するジャムの試作品を私のために用意しておいてちょうだい。 こちらは先ほど言った包装と木のスープンの見本商品数種類をもっていくから、その時に後見人さんも交えてしっかり相談しましょう。 お互いがお互いの商品を確認をしたうえで、そのあと契約について話し合いをして、双方納得したところできちんと契約書を交わしましょうね。 それでいいかしら?」
……契約?
商売?
あれ? あれれ??
確か私、アイデアをもらいに来ただけだったような気がするんだけど……気が付けば商売のお話をしてた!?
「どうかしら? けして騙したり、こちらが有利になるようなことのないように、しっかりさせていただくつつもりよ。」
「……でも、こんな子供相手にいいんですか?」
すこし規模が大きいというか破格というか……いや、もしかしたら騙されたりとかも……と、うろたえている私に、ヒュパムさんは優しく笑った。
「まず、商売に歳なんて関係ないわ。 それにこれは、貴女の将来性に投資する意味もあるの。 だから正々堂々と、貴女の後見人さんにもしっかり見届けて納得していただく必要もあるの。 どうかしら?」
このお話、おうちに持って帰ったら、とりあえずはセディさんに怒られるの確定!
だけど、突撃訪問してきた子供の私に、真摯に話をして提案までして下さったヒュパムさんには誠心誠意応えたい!
だから。
「えっと、それでは、後見人を交えてしっかり話し合いをさせていただく方向で、お願いいたします。」
「えぇ、よろしくね。」
とっても美しい顔でにっこり微笑むヒュパムさんに、ちょっと汗をかきながら、私は少しぬるくなってしまったお茶をそろそろと飲んで……どうしてこうなったんだっけ? と悩み倒すわけですよ。
ん~、吉と出るか、凶と出るか……待て! 次回!
いつも通っている生鮮食品のマルシェの通りからもう一本、家から遠い方の、おしゃれなお店や実用的な日用雑貨を売っている通り。
お目当てのお店の前のマルシェだっていまだに結構に高い敷居なのだが、今日の目的はさらにその奥、しっかり居を構える店舗のほうで、入るのにはめちゃくちゃ気合と勇気が必要なキラキラの別世界。
前回は知らずに入ったから何とかなったけど、全貌を知っている今、かなり緊張しています!
すーーーっと息を吸って~!
ぶはーー! と不安と一緒に息を一気に吐いてっ!
手のひらに人って字を書いて、飲み込んで、を3回繰り返し、こっちの文字でもう三回!
準備万端!
よし! と握りこぶしを握りしめて中に一歩踏み入れた時だった。
「いらっしゃいませ~!」
キラキラの声の集中砲火です!
全身、風魔法のどぎついやつで氷の礫とかと一緒にぶっとばされるんじゃないかという勢いのキラキラの店員さんの声!
痛恨の一撃を何度も食らっている気分です……。
へらっと笑って店内に入る。
ちょっとうつろな目になってるかもしれないけど、気にしないでください!
そして私に声を掛けないでください!
と、お目当てに向かっているので、今はもう本当に近寄るなオーラを気持ち的には全開で噴き出しながら店内を早足で駆け抜ける。
目指すは入ってすぐの右側の!!
人魚姫の櫛が飾ってあるあの区画っ!
「あら、いらっしゃい、お嬢ちゃん。 また来てくれたのね、嬉しいわ。 ……何なの? その険しいお顔は……眉間の皺は癖になるからなくしたほうがいいわよ。」
きたー!
私の目が一気に浄化された―!
キラキラの宝飾品の区画の、一番目立つ場所にいてくださいました!
ありがとうございますー! 逆転勝利!
最初に見た時よりもキラキラを増してる商品を、男の人の節のある、だけどしなやかで繊細な綺麗な手で整えていた赤百合の! 花樹人の! お兄さん! ゲットぉ!
というわけで、ここから冒頭に戻るわけでございます。
「なるほどねぇ、その歳で二つ向こうの通りに薬屋さんを開店して、それから新商品を考えてた上で出てきたアイデアで、しかもそれは精霊から聞いた話なのね。」
突然、本当に突然現れて、お仕事中にもかかわらず、「相談があります!」と叫んだ私に、お昼の休憩に入るところだからその間ならいいわよ、と笑顔で言ってくれたのは赤百合の形の髪の美しい花樹人のお兄さん――名をヒュパムさんというと初めて知りました。――は、お昼を一緒にしましょう? と誘ってくれた。
ぜひ!と頷いたものの、「じゃあついてきて頂戴。」といわれ、つれていかれた先は……なんだか貴族層に入り込んだんじゃない? と思うような目もくらむばかりの美しいティーサロンで、あっけにとられていると、優雅に紅茶なんかを飲みながらにっこりと笑ってくれた。
「じゃあ、ヒュパムさんはその占いは知らないんですね。」
「そうね、この国と友好関係のある国であれば旅行によく行くけれど、ルフォート・フォーマの領内でも、大きな都市でも聞いたことはないわね。 あら、今日も美味しそうね。 ありがとう。」
運ばれてきたのは美味しそうな軽食で、しかもお野菜たっぷりのそのおしゃれな食べ物(ガレット! ガレットに近いね!)で、食べる姿もお美しい!
「なぁに?」
「いや、食事される姿も美しいなっておもって!」
「当然よ、家にいるときも気を付けているもの。 フィランちゃんも食べなさい、遠慮しなくていいの、妹とご飯を食べているみたいで嬉しいわ。」
フフッと笑って食事を勧めてくれるので、いただきます、と手を合わせてフォークとナイフを手にする。
一口に切り分けて、上手にフォークにのせて……ぱく!
「おいしい!」
「よかったわ。」
そのまま、このお店のご飯は健康にも良くて美味しいとか、食べる時の作法には気を付けなさいとか言ってもらいながらも和やかに食事を進め終え、食後のお茶とデザートが運ばれてきたときだった。
「さっきの話だけれどね、とても気軽にも、真剣にもできるし、お茶にジャムを混ぜて占うなんてすごく手軽で可愛らしいし、きっと若い子たちの間で流行ると思うわよ。 ……それで?」
「それで?」
お茶をいただきながらこちらを見て微笑むヒュパムさんに、はて? と首をかしげる。
「私に、わざわざ会いに来てくれて、何が聞きたいの?」
そう言って、彼が笑みを深めた。
「あ!」
そうでした!
美味しいご飯と素敵なお茶の時間で身も心も浄化されてしまって、一番大切な要件を忘れるところでした!
「えっと。 その恋占いのジャムをお店で売りたいんですけど、大体そういうのって一回や二回しかしないじゃないですか? 売り方に悩んでいて……こう、一回分ずつを木のスプーンみたいなものに固定して、そのまま紅茶に入れて混ぜる……みたいな感じにしたいんですけど、一回分ってどう売ればいいのかな? って悩んじゃって。」
真剣に話を聞いてくれているので、そのまま自分の考えをまとめながら言ってみる。
「瓶だとどうしても5回分とかになっちゃいそうなので、一回分をキャンディやホットチョコレートみたいに可愛い形で固形にして、その部分をジャムが漏れたりしないようにきゅっと包んで売りたいんです。 それも、きっと買ってくれる層になると思う若いお嬢さんたちが一目で気に入ってくれたり、気になっちゃったりするような可愛いデザインがいいなって思うんです。 ……が、紙も高価なので策が尽きてしまって……氷魔法で固めるっていうのも考えたんですが、どうせならもっと可愛く売りたくて。 それで、何かいい案がないかなって思っているときに、貴方の事を思いだして……もしいい方法があったら教えていただきたいなって、ご迷惑かとは思ったんですが、うかがわせていただきました。」
こういうのです、と、転生前にみた駄菓子屋さんの練り飴や、輸入雑貨屋さんのホットチョコレートのイメージを端切れで作ったサンプル品を見せながら伝えると、お茶を飲んでいた手を止めて真剣に聞いてくれていたヒュパムさんは少し真剣な顔をして考えたあと、ニコッと笑って私を見た。
「なるほどね。 それならいいものがあるわよ。」
「え!? それって何ですか?」
ヒュパムさんは「そうねぇ」と手に持っていたティカップを置き、口元に手を当てから上品にひとつ咳払いをして私を見る。
「フィランちゃんは、そのアイデアを出した私に何をしてくれるのかしら?」
「……へ?」
気の抜けた返事をしてしまった私に、ヒュパムさんはさらに、にっこり笑う。
「商売のアイデアを、他店の店員に出してもらうんでしょう?」
はっとして、そうだった、と思う。
たった一度、お客さんとして来ただけの私。(しかも若干冷やかしも入ってた!)
その時に親切にしてくれた店員さんであるヒュパムさんに、うちのお店で出す商品のアイデアをくださいなんて、かなり図々しくて調子が良すぎる話だった。
やっぱりこっちに来て、ちょっと気が……というか頭のネジが緩んでいた気がする。
こうして食事を食べながら相談する時間を作ってもらって、そのうえアイデアをくれる人への対価……誠心誠意が伝わる、私ができる範囲の対価……。
笑顔で答えを待ってくれているヒュパムさんを前に、う~ん、と考えた私は恐る恐る提案してみる。
「まだお店を開店したばかりなので、軌道に乗るかどうかもわからないですし、恋するジャム自体がもし人気が出たとしても一過性の物の可能性もあるんですが……恋するジャムの売上げの一割をお渡しするっていうのでどうでしょうか……?」
本当に真剣に、相手の目を見ての交渉。
ヒュパムさんが、どんな判断を下すのだろうか……。
ごくり、と、つばを飲み込んだ。
と、ふっ、とヒュパムさんが噴出した。
「冗談よ。 そんなに真剣に考えて、そんなしっかりした答えを出すとは思ってなかったわ。 単価は低いものだし、一割も出したら赤字にならないかしら?」
「素材は全部うちの畑でとれるので、木のスプーンと包装代だけなんで、大丈夫だと思うんですけど……。」
「その畑を手入れしたり、収穫したり、それから作るときの労力だってあるわよね? それを全部加味して商品の代金は付けるものなのよ。 けして材料の原価だけを基本にして商品を売ったりするものではないわ。」
確かに。
向こうではそういう考え方で物を買っていたのに、自分が作るとなると、なぜすっぽ抜けていたのか不思議である。
「そうですね、それじゃ…」
「それで、これは提案なのだけれど」
ごめんなさい、と、謝ろうとした時に、それをさえぎってヒュパムさんは笑った。
「その包装と木のスプーンをうちの商会から卸すというのはどうかしら。 ちゃんと何種類かサンプル品も用意するわ。 よく考えて頂戴ね? ここからは正式な商売のお話よ。」
え?
えぇ!?
何だが話の方向が変わってきたよ?
「商売……ですか?」
「えぇ、そうよ。」
とても真摯で真剣なお顔をして頷く。
「いやでも、そんなお取引の話をヒュパムさんが決めちゃっていいんですか?」
「いいのよ、だって、私がこの商会の責任者だもの。」
「へ?」
今何て言いました?
理解できない間にも、どんどんヒュパムさんは私に話を続ける。
「フィランちゃんは今、歳はいくつかしら? その若さで自分名義の店があるってことは錬金薬師のスキルは20以上はあるっていうことよね、すごいわ。 でも店同士の正式な契約となるとしっかりした契約書類を作る必要があるのだけど、ご両親……そういえば王都には出て来たばかりだったわよね? じゃあ後見人とかはいるかしら? 契約の時にご挨拶したいのだけれど。」
後見人……あ、そか、いるいる、います。
後見人という名の護衛監視官のお兄さんが!
「親……はいないですが、今、お店を一緒にやってくださっている方が後見人です。」
「そう。 じゃあ明日の午後、うちで働いてくれている部下を連れてフィランちゃんの薬屋に伺わせていただくわ。 それまでにフィランちゃんはその恋するジャムの試作品を私のために用意しておいてちょうだい。 こちらは先ほど言った包装と木のスープンの見本商品数種類をもっていくから、その時に後見人さんも交えてしっかり相談しましょう。 お互いがお互いの商品を確認をしたうえで、そのあと契約について話し合いをして、双方納得したところできちんと契約書を交わしましょうね。 それでいいかしら?」
……契約?
商売?
あれ? あれれ??
確か私、アイデアをもらいに来ただけだったような気がするんだけど……気が付けば商売のお話をしてた!?
「どうかしら? けして騙したり、こちらが有利になるようなことのないように、しっかりさせていただくつつもりよ。」
「……でも、こんな子供相手にいいんですか?」
すこし規模が大きいというか破格というか……いや、もしかしたら騙されたりとかも……と、うろたえている私に、ヒュパムさんは優しく笑った。
「まず、商売に歳なんて関係ないわ。 それにこれは、貴女の将来性に投資する意味もあるの。 だから正々堂々と、貴女の後見人さんにもしっかり見届けて納得していただく必要もあるの。 どうかしら?」
このお話、おうちに持って帰ったら、とりあえずはセディさんに怒られるの確定!
だけど、突撃訪問してきた子供の私に、真摯に話をして提案までして下さったヒュパムさんには誠心誠意応えたい!
だから。
「えっと、それでは、後見人を交えてしっかり話し合いをさせていただく方向で、お願いいたします。」
「えぇ、よろしくね。」
とっても美しい顔でにっこり微笑むヒュパムさんに、ちょっと汗をかきながら、私は少しぬるくなってしまったお茶をそろそろと飲んで……どうしてこうなったんだっけ? と悩み倒すわけですよ。
ん~、吉と出るか、凶と出るか……待て! 次回!
11
お気に入りに追加
694
あなたにおすすめの小説
休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使う事でスキルを強化、更に新スキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった…
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…
※小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
賢者の幼馴染との中を引き裂かれた無職の少年、真の力をひた隠し、スローライフ? を楽しみます!
織侍紗(@'ω'@)ん?
ファンタジー
ルーチェ村に住む少年アインス。幼い頃両親を亡くしたアインスは幼馴染の少女プラムやその家族たちと仲良く過ごしていた。そして今年で十二歳になるアインスはプラムと共に近くの町にある学園へと通うことになる。
そこではまず初めにこの世界に生きる全ての存在が持つ職位というものを調べるのだが、そこでアインスはこの世界に存在するはずのない無職であるということがわかる。またプラムは賢者だということがわかったため、王都の学園へと離れ離れになってしまう。
その夜、アインスは自身に前世があることを思い出す。アインスは前世で嫌な上司に手柄を奪われ、リストラされたあげく無職となって死んだところを、女神のノリと嫌がらせで無職にさせられた転生者だった。
そして妖精と呼ばれる存在より、自身のことを聞かされる。それは、無職と言うのはこの世界に存在しない職位の為、この世界がアインスに気づくことが出来ない。だから、転生者に対しての調整機構が働かない、という状況だった。
アインスは聞き流す程度でしか話を聞いていなかったが、その力は軽く天災級の魔法を繰り出し、時の流れが遅くなってしまうくらいの亜光速で動き回り、貴重な魔導具を呼吸をするように簡単に創り出すことが出来るほどであった。ただ、争いやその力の希少性が公になることを極端に嫌ったアインスは、そのチート過ぎる能力を全力にバレない方向に使うのである。
これはそんな彼が前世の知識と無職の圧倒的な力を使いながら、仲間たちとスローライフを楽しむ物語である。
以前、掲載していた作品をリメイクしての再掲載です。ちょっと書きたくなったのでちまちま書いていきます。
元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
異世界生活物語
花屋の息子
ファンタジー
目が覚めると、そこはとんでもなく時代遅れな異世界だった。転生のお約束である魔力修行どころか何も出来ない赤ちゃん時代には、流石に凹んだりもしたが俺はめげない。なんて言っても、魔法と言う素敵なファンタジーの産物がある世界なのだから・・・知っている魔法に比べると低出力なきもするが。
そんな魔法だけでどうにかなるのか???
地球での生活をしていたはずの俺は異世界転生を果たしていた。転生したオジ兄ちゃんの異世界における心機一転頑張ります的ストーリー
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる