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29 神子の正装

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 神子には神子の正装というものがあるんだそうだ。

 俺は裾の長い着物に似た服を幾重にも重ねられた、布が薄い十二単みたいな格好にされた。重い。

 大分長くなっていた前髪はオールバックに撫でつけられ、中央に宝石が付いたアラビアンなお姫様みたいな額飾りと、イヤーカフっていうの? 小さな花をモチーフにした金属製の耳飾りを右側に付けられる。うへえ、変な感じ。さわさわする。

 更に当たり前のように化粧をされそうになって「いや、無理!」と抵抗した。だけど「これだけはお願いします!」と顔全体にぱふぱふと白い粉、唇には薄ピンクの口紅と、そして目尻に朱色のアイライン的なものまで入れられてしまった。いや、かなりガッツリしたね? だけって言葉の意味知ってる? なんでもこの化粧は、代々の神子がやってることなんだと。本当かよ。

 なお、鏡を見せてもらったら、俺の顔なんだけど俺の顔じゃないように見える着飾った女子っぽい人がいた。……これならちょっと付き合えるかもって思ってしまった自分が怖い。なんていうか、決して美人じゃないけどちょっと生意気そうな目と鼻が小悪魔的な? て俺は俺と付き合う気はない。恐るべし、化粧効果。

 ふと気になったことをエリンに尋ねる。

「そういや、昔の神子もみんな男だったの?」

 中にはおっさんもいたんじゃないか。おっさんもこの化粧を施されたなら、ちょっとは俺の心も慰められると思ったんだけど。

「いえ、男女半々といったところでしょうかね。まあどちらでも大差はありませんけど」

 いや、性別が違ったら大差はあるだろう。でもそっか、女性の神子もいたからこういう文化が残ってるんだな、と無理やり納得した。

 エリンの最終チェックを受けていると、コンコン、とドアがノックされる。

「――エリン、神子様のご準備は」

 セドリックだ。

「もう終わりましたよ」
「では失礼します」

 セドリックが入ってきた瞬間、俺の口は驚きで「お」の字に固まった。だってさ、文句なしの貴公子がそこにいたんだよ。

 淡い水色に銀糸で細かい刺繍が入った騎士服の姿で、肩からはしっとりとしていそうな素材の青いマントが広がっている。髪の毛も耳も白いセドリックが淡い色の服を着ると、まるでおとぎの国の王子様のようだ。うっ、眩しい! 俺、これの横に並ぶの? もう今の時点で負けてる気しかしないんだけど。あ、でも目立ちたくないからこれでいいのか。セドリックよ、是非女子たちの視線を集めてくれたまえ。

 そのセドリックだけど、目を見開きながら俺を見て――固まっている。おい、銅像になってるぞ。

「おーいセドリック? どうした?」

 セドリックが、肩を振るわせながら手で口許を押さえた。

「なんと愛らしい……!」
「嘘だろ。お前の視力はどーなってんだ」

 思わず本音が出る。感激した様子のセドリックに、エリンが釘を刺した。

「お兄様、予想以上の仕上がりに私も驚いています。ですが、このお姿は危険でもあります。必ずや他種族の毒牙からヨウタ様をお守り下さいませ」

 セドリックが背筋をシャンと伸ばして、頷く。

「当然だ。私はヨウタ様を全身全霊で守り抜いてみせる」

 毒牙とか全身全霊とか、ツッコミどころが満載なんだけど。でもなんかこの兄妹には激しく神子フィルターがかかっているようなので、自分から触れるのはやめておいた。藪蛇って言葉、俺は知ってる。
 おもむろに、セドリックがたおやかな仕草で右腕をくの字にして俺に肘を差し出す。ん?

「ではヨウタ様、私の腕にお手を」
「お、おう……?」

 エスコート? これってどう考えてもエスコートだよね? どうして男の俺が男のセドリックにエスコートされるんだ? あ、でもここは俺の世界と常識が違うかもだし、神子の衣装は男女共に共通みたいだから、神子は性差関係なくエスコートされる的なあれか。

「ヨウタ様。私にヨウタ様を介添えさせていただく名誉を何卒お与え下さい」

 介添えってなに? 言葉が通じる割に、こういうところが不便だよな。でもあれか、俺が理解できる通りに全部通訳しちゃったら、アホっぽい言葉で喋るセドリックが出来上がるもんな。うん、神様文句言ってごめん。セドリックの尊厳を失わせるところだった。

「さ、ヨウタ様」

 にこにこしているエリンに催促されて、訳が分からないまま結局はセドリックの腕を掴む。あーもう、知らん!

「では参りましょうか、ヨウタ様」
「うん……」

 誇らしげな微笑みを浮かべるセドリック。嬉しそうでなりよりだけど、俺は全然嬉しくないからな?

 ドナドナされている気分を存分に味わいながら、俺は会場となる王の間へと連れて行かれたのだった。
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