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54 ユグの了承
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感動的な親子の和解の後。
実に不思議そうな顔で、ワドナンさんがユグに尋ねた。
「しかしな。村への入り口はあの一箇所しかないのに、一体どうやってここまで見つからずに入って来られたんだ?」
ワドナンさんの疑問は尤もで、『守り人の村』は石が積まれた高い外壁に囲まれている。普通だったら、あんな壁を乗り越えて来られはしないからこその外壁だから。
すると、ユグがスッと裏手の方を指差した。大きな木の枝が、遥か高い場所から外壁の上を乗り越えて中に入り込んでいる。普通の身体能力の持ち主では、到底登ったり飛び降りたりできる高さじゃなかった。
でも、そこはユグのことだ。日頃鍛えまくった足腰があるから、ユグにとっては何でもなかったんだろう。毎日抱き抱えられながらぴょんぴょん険しい道なき道を連れて行かれているから、僕には分かる。
ユグが懸命に説明をする。身振り手振りも交える一所懸命な姿がやっぱり可愛くて、胸がきゅんとなった。
「向こうの山が火を吹いて、俺、アーウィンが心配になった。ラータが案内してくれるって言うから、一緒にアーウィンを探しに来た。閉じ込められててびっくりした、けど。ここへの道も、アーウィンがいた場所も、ラータが教えてくれた」
「キッ!」
ラータが「どうだ凄いだろう」とばかりに小さな胸を張る。やっぱり人間くさいよなあ。
「……あれを来たのか」
呆れた様子でワドナンさんが言ったので、「ユグなら余裕ですよ。だって本物の祭壇がある虚は、もっと険しい道を行かないと行けませんもん」と補足説明をした。ワドナンさんのちょっと腫れぼったくなった目が、大きく見開かれる。
すると、ユグが悔しそうに首を横に振った。
「でも、こっち側からは届かなそうかも」
「さすがに高すぎるかあ」
ユグ二人分はある高さの壁は、驚異的な跳躍力を持つユグにも飛び越えるのは無理らしい。
ユグの眉が、へにょりと下がる。
「うん……ごめん、アーウィン」
「いやいや! 来てくれただけで嬉しいから!」
「へへ」
ユグがキュッと腰を抱き寄せたので、僕もユグにぴったりと身体を寄せた。うん、やっぱりここが一番落ち着く。
ヨルトとドルグの物欲しそうな目線には気付かないふりをした。ユグが僕を心配してくれていたように、僕もユグが不安になっていないか心配していたんだ。こうして危険な所まで会いにきてくれた嬉しさを、きっちりと味わいたいじゃないか。
それにしても、だとすると、何とかして入り口から出ていく他はない。見張りはいるだろうから、確実に見つかってしまう。
どうしようかとワドナンさんと唸っていると、ヨルトとドルグが提案してきた。
「ひとまず我々はここで別れよう。我々はニッシュ殿を掴まえ次第、ローニャ殿の元へと連れて行ってもらう隙を狙う。できればそちらで守り人の目を引き付けてもらえた方が助かるのだが」
厳しい表情で、ワドナンさんが頷く。
「仕方あるまい。危険ではあるが、こうしてユグとも無事合流できたことだし、ここはユグとアーウィンと俺の三人で引き付けよう」
「シュバクくんの命を助けるのが先決ですからね!」
僕もうんうんと頷いていると、事情が分かっていないユグが不思議そうに首を傾げた。そうだった、一番知らないといけない人がまだ何も分かってないじゃないか。
「ワドナンさん、ユグに話をしましょう!」
「そうだったな。――ユグ、我々からお前に提案がある。まずはそれを聞いてくれないか」
「テイアン?」
ワドナンさんは、大分マシになったとはいえユグが片言であることに気付いたらしい。恐らくはかつてユグに生きる術を教え込む時にそうしたように、分かりやすく噛み砕いて現在の状況とユグへの要望を伝えてくれた。さすがは次期族長と認定されていただけある。
僕だったらああでもないこうでもないと時間がかかっていただろうけど、ワドナンさんの簡素な説明でユグは全容を理解したみたいだ。
驚いた顔になったユグが、「オレが『命の水』を捧げる? オレが族長になるのは駄目」と言ってワドナンさんを指差した。族長になるのはワドナンさんだと言いたいんだろう。
「オレがなったところで、十年守り人に黙っていたことは、さすがにみんなも許さないだろう。ユグは元々『贄』だから、なってもおかしくないんだ。それにユグには神獣ラタトスク様の加護がついているしな」
ワドナンさんが、真面目な表情でユグの説得を始める。
ん? 神獣……ラタトスク? なんだそれ。
ユグも聞き慣れない言葉だったのか、首を傾げた。ワドナンさんが、ユグの頭の上に鎮座しているラータを見上げる。
「お前の頭におられる方は、ラタトスク様だと思う。――それでよろしいか?」
「キッ」
ラータが偉そうにふんぞり返った。うっそ。
「代々守り人の長には、リスの神獣ラタトスク様が加護に付くと言われている。長老は近年お姿を見る機会に恵まれなかったらしいが、そうか、代わりにお前を守っておられたのだな」
感慨深げに頷くワドナンさん。だけど、ユグは首を小刻みに横に振り続けた。
「でも、オレ……アーウィンと、」
「ユグ」
何かを言いかけたユグを、ワドナンさんが短く制する。悲しげな眼差しをユグに向けた。
「守り人の制限を、お前には教えた筈だ。だからお前は聖域から出なかった。ならば分かっているだろう?」
ユグも何故か悲しそうな目になる。守り人の制限。ワドナンさんが言っていたやつだ。だけど一体どういうことだろう?
口角を下げたユグが、ボソリと呟いた。
「……どっちも、一緒」
「そうだ。長になろうがなるまいが、結果は一緒。そうであれば、よりお前の身の安全が守られる方を選びたいのだ。分かってもらえないか、ユグ」
ユグは唇をグッと噛みしめると。
「――分かった。オレの血、捧げる」
ほっとしたワドナンさんの表情とは対照的に、ユグの表情は暗かった。
「……では、話し合いはもういいでしょうか」
ドルグの言葉を合図に、僕らは各々取るべき行動を取る為に、暗闇の中二手に分かれたのだった。
実に不思議そうな顔で、ワドナンさんがユグに尋ねた。
「しかしな。村への入り口はあの一箇所しかないのに、一体どうやってここまで見つからずに入って来られたんだ?」
ワドナンさんの疑問は尤もで、『守り人の村』は石が積まれた高い外壁に囲まれている。普通だったら、あんな壁を乗り越えて来られはしないからこその外壁だから。
すると、ユグがスッと裏手の方を指差した。大きな木の枝が、遥か高い場所から外壁の上を乗り越えて中に入り込んでいる。普通の身体能力の持ち主では、到底登ったり飛び降りたりできる高さじゃなかった。
でも、そこはユグのことだ。日頃鍛えまくった足腰があるから、ユグにとっては何でもなかったんだろう。毎日抱き抱えられながらぴょんぴょん険しい道なき道を連れて行かれているから、僕には分かる。
ユグが懸命に説明をする。身振り手振りも交える一所懸命な姿がやっぱり可愛くて、胸がきゅんとなった。
「向こうの山が火を吹いて、俺、アーウィンが心配になった。ラータが案内してくれるって言うから、一緒にアーウィンを探しに来た。閉じ込められててびっくりした、けど。ここへの道も、アーウィンがいた場所も、ラータが教えてくれた」
「キッ!」
ラータが「どうだ凄いだろう」とばかりに小さな胸を張る。やっぱり人間くさいよなあ。
「……あれを来たのか」
呆れた様子でワドナンさんが言ったので、「ユグなら余裕ですよ。だって本物の祭壇がある虚は、もっと険しい道を行かないと行けませんもん」と補足説明をした。ワドナンさんのちょっと腫れぼったくなった目が、大きく見開かれる。
すると、ユグが悔しそうに首を横に振った。
「でも、こっち側からは届かなそうかも」
「さすがに高すぎるかあ」
ユグ二人分はある高さの壁は、驚異的な跳躍力を持つユグにも飛び越えるのは無理らしい。
ユグの眉が、へにょりと下がる。
「うん……ごめん、アーウィン」
「いやいや! 来てくれただけで嬉しいから!」
「へへ」
ユグがキュッと腰を抱き寄せたので、僕もユグにぴったりと身体を寄せた。うん、やっぱりここが一番落ち着く。
ヨルトとドルグの物欲しそうな目線には気付かないふりをした。ユグが僕を心配してくれていたように、僕もユグが不安になっていないか心配していたんだ。こうして危険な所まで会いにきてくれた嬉しさを、きっちりと味わいたいじゃないか。
それにしても、だとすると、何とかして入り口から出ていく他はない。見張りはいるだろうから、確実に見つかってしまう。
どうしようかとワドナンさんと唸っていると、ヨルトとドルグが提案してきた。
「ひとまず我々はここで別れよう。我々はニッシュ殿を掴まえ次第、ローニャ殿の元へと連れて行ってもらう隙を狙う。できればそちらで守り人の目を引き付けてもらえた方が助かるのだが」
厳しい表情で、ワドナンさんが頷く。
「仕方あるまい。危険ではあるが、こうしてユグとも無事合流できたことだし、ここはユグとアーウィンと俺の三人で引き付けよう」
「シュバクくんの命を助けるのが先決ですからね!」
僕もうんうんと頷いていると、事情が分かっていないユグが不思議そうに首を傾げた。そうだった、一番知らないといけない人がまだ何も分かってないじゃないか。
「ワドナンさん、ユグに話をしましょう!」
「そうだったな。――ユグ、我々からお前に提案がある。まずはそれを聞いてくれないか」
「テイアン?」
ワドナンさんは、大分マシになったとはいえユグが片言であることに気付いたらしい。恐らくはかつてユグに生きる術を教え込む時にそうしたように、分かりやすく噛み砕いて現在の状況とユグへの要望を伝えてくれた。さすがは次期族長と認定されていただけある。
僕だったらああでもないこうでもないと時間がかかっていただろうけど、ワドナンさんの簡素な説明でユグは全容を理解したみたいだ。
驚いた顔になったユグが、「オレが『命の水』を捧げる? オレが族長になるのは駄目」と言ってワドナンさんを指差した。族長になるのはワドナンさんだと言いたいんだろう。
「オレがなったところで、十年守り人に黙っていたことは、さすがにみんなも許さないだろう。ユグは元々『贄』だから、なってもおかしくないんだ。それにユグには神獣ラタトスク様の加護がついているしな」
ワドナンさんが、真面目な表情でユグの説得を始める。
ん? 神獣……ラタトスク? なんだそれ。
ユグも聞き慣れない言葉だったのか、首を傾げた。ワドナンさんが、ユグの頭の上に鎮座しているラータを見上げる。
「お前の頭におられる方は、ラタトスク様だと思う。――それでよろしいか?」
「キッ」
ラータが偉そうにふんぞり返った。うっそ。
「代々守り人の長には、リスの神獣ラタトスク様が加護に付くと言われている。長老は近年お姿を見る機会に恵まれなかったらしいが、そうか、代わりにお前を守っておられたのだな」
感慨深げに頷くワドナンさん。だけど、ユグは首を小刻みに横に振り続けた。
「でも、オレ……アーウィンと、」
「ユグ」
何かを言いかけたユグを、ワドナンさんが短く制する。悲しげな眼差しをユグに向けた。
「守り人の制限を、お前には教えた筈だ。だからお前は聖域から出なかった。ならば分かっているだろう?」
ユグも何故か悲しそうな目になる。守り人の制限。ワドナンさんが言っていたやつだ。だけど一体どういうことだろう?
口角を下げたユグが、ボソリと呟いた。
「……どっちも、一緒」
「そうだ。長になろうがなるまいが、結果は一緒。そうであれば、よりお前の身の安全が守られる方を選びたいのだ。分かってもらえないか、ユグ」
ユグは唇をグッと噛みしめると。
「――分かった。オレの血、捧げる」
ほっとしたワドナンさんの表情とは対照的に、ユグの表情は暗かった。
「……では、話し合いはもういいでしょうか」
ドルグの言葉を合図に、僕らは各々取るべき行動を取る為に、暗闇の中二手に分かれたのだった。
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